62. 2人の預言者
ここから、自分でも予想外であった、新たな展開になりますが、それに触れるためには、時は、高野山の頃に遡ります。
時は戻って、高野山で夏休みを迎えて、みんなは帰郷して3週間夏休みになった頃の話しになります。
私は1年間は帰らない覚悟で奥之院にご奉仕が決まり、まさに弘法大師様のお膝元で毎日充実した日々を送っていました。
すると、ある時、奥之院の中でも滅多に行かない別棟での仕事があり、ある高齢の僧侶と一緒になりました。
「君は、夏休みだというのに、帰らないで奥之院でご奉仕とは感心だね。ところで、四度加行は(百日の行のことです)これからだね。」
「はい。四度加行は、とても楽しみです。気持ちもずいぶん変わるかも知れません。」
「そうだね。ただ、そういう、漠然としたものだけじゃなくて、四度加行が終わったら、君に大きな変化が起きるんだよ。」
なにやら、言っている意味がわからない。
「えっ、どういうことですか。」
「いや、言葉通りのことだよ。四度加行が終わったら、君に大きな変化が起こる。」
「それって、はっきりわかることですか。いったい、どんなことが起こるんですか。」
「四度加行が終わったら、もう一度君に会いたかったけれど、その頃には、私は、もうここにはいないから、残念だが会うことはないだろう。生涯で一番大変な、そして、とても大事な行になるだろうが、頑張って。」
その後も、色々と話しをしたけれど、やはりこの人は普通の僧侶ではなかった。軽々しい感じもないし、その辺にいる、サラリーマンのような、名前だけのお坊さんとは全く違う、本当に行をしている僧侶でありました。
それに、自分と会って、何を感じたのか、それについては、とうとう教えてくれませんでした。
ところが、この人から聞いていて、ハッとなり、あることを思い出したのです。
それは、初めてのインドに行っている間のことです。私の姉が、たまたま新聞で知った占いの先生がいて、都内まで見てもらいに行っていました。その占い師の女性は、本町聖子先生といい、姉にこれまでのことを色々と言い当てただけでなく、姉の欠点を指摘して、今後どのようにしていけばいいかなどアドバイスしてくださったといいます。
しかし、その時に、家族構成と生年月日を聞かれて、私のことを聞いて、インドから帰ったら、その弟さんとぜひ会いたいから連れて来てほしいと言われたというのです。自分は占なってほしいとは思わなかったのですが、なぜ会いたいのか、とても興味があったので、2回目のインドから帰国後、行ってみました。
本町聖子先生は、当時50才くらいで、香聖館という占い師を養成している会社の経営をしていて、10人くらいの女性の生徒の占い師をデパートや店舗などに都内各地に派遣していて、その人たちに指導しながら、自らも占いをしている女性で、霊能者でもあり、別に相談なども受けていました。
私は聞かれるまま、インドのことや、これから高野山に行くことなどを話しました。すると、インドに行った時点でもう人生の流れが大幅に変わり、高野山に行ったら、さらに変わっていくと、そして、大きく変化が見られるのは高野山で、是非とも再会を楽しみにしてます、と言われました。高野山の、その僧侶と同じようなことを言っていました。
いったい何が起きるのか、楽しみの反面、怖いような気もして…。
というわけで、とうとう、百日の行の満願の日がやってきました。ところが、別段なんの変化もなければ、満願になった感激はありますが、2人から言われたような変化もなければ、手応えもない。
これは、何かを期待した自分が浅はかだったと反省しました。




