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54. 慈尊院での贈り物

 私たち、院生たちは、無事に阿闍梨あじゃりとなりましたが、それを、様々な縁のあるお寺に報告しに行かなければなりません。バスを使い、京都の東寺とうじへ行ったり、徒歩で山を越えて、慈尊院じそんいんにお参りするのです。この慈尊院は空海の母親がお祀りされていて必ず報告に行くところです。高野山からだと山を越えないと行けないのですが、なぜか徒歩で行くのです。服装は作務衣ではありますが、なぜか下駄を履いて。かなりきつい山道を下駄履きは信じられません。下駄の平らな板から足が滑って離れそうな状態できつい坂を登るのは、まさに修行です。


 それも、今回、自分は下駄の歯が折れてしまい、とても困難を極めました。本当に足が痛くて捻挫しそうな状態で山を越えるのは、百日の行が無事に終わった、ほっとした自分には過酷過ぎましたが、これも含めて行なのかと。

 やっとの思いで、山越えをして、空海の母親が祀られている慈尊院に到着し、無事にお礼のお参りが終わりました。今度は逆のコースで帰るのです。つっぱってしまった足を揉みほぐしていると、一人の若い女性が何か持って、私に声をかけてきました。

「あのう。」

「はいっ、何でしょうか。」

と答えると、持っていた箱を差し出して、

「先程、他の方から、下駄の歯が折れて、山道を登ってきたとききまして、これ、よかったら使って下さい。」


 その木の箱を開けると、桐でできた下駄が入っているではありませんか。

実は、自分の持っている下駄は、普通に売られている普通の金額のもので、足の底の大きさの板に、後から歯になる木を2本取り付けたものでしたが、今頂いた桐の下駄は、一つの木の大きな塊から、歯の部分と本体を一緒に残して削り出した、高級品だったのです。そもそも、入っていた箱も桐の箱で、とても高級で、おそらく数万円はするような、まさにお宝のような下駄だったのです。


 とても、普通に気軽に使用するようなものではなく、ひと目見た印象では、飾っておくものかと思うくらいに高級感溢れるものだったのです。

「ありがとうございます。でも、こんな高価なものは頂けません。」


 すぐに蓋を閉めて、差し出しました。

すると、

「でも、これはきっと、弘法大師様のお母様から、修行している方への贈り物ですよ。これは、たまたま使わないで置いてあったものですから、下駄は飾り物ではなくて、履くものですから、このような形で使われてよかったと思います。一生懸命に修行している方のお役に立つなら、一番いい使われ方だと思いますよ。どうかお使い下さい。」


 そう言って、にこっ、と笑って差し出してくれたのです。見た目も、それは本当に素晴らしくて、これを履いて、帰りの荒れた山道をまた歩くなんて非常に気が引けたのですが、履くのがないからというより、これだけ素晴らしい下駄ですから、正直ほしくなってしまい、ありがたく頂戴しました。


 実は、あまりの素晴らしさに履くのがもったいなくて、帰りは裸足で帰れないかと真剣に考えたほどでした。しかし、そうもいかず、山道はできるだけ汚れないように、本当に気を遣って歩いていったので、とても歩きにくくて大変だったのですが、今まで履いていた下駄とは違って本当に履き心地がよくて、とても有難くて感謝の気持ちでいっぱいで、全くつらくなかったのです。施設に戻ってから、外出の際に、すぐに新しく安い下駄を買って、頂いたものはよく拭いて箱に戻して、使わずに大事に宝物として今もしまってあります。入れ物の桐の箱からして本当に素晴らしく、念のために、帰って、高野山内で下駄を買う時に、色々と下駄をみて見ましたが、似たような桐の箱に入った下駄がありましたが、頂いた下駄ほどいいものではなくても、けっこう高価で、自分だったらとても買うことはできないと思いました。時を超えて、弘法大師様のお母様から頂いた贈り物は、高野山での大切な思い出のひとつになりました。


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