51. 弘法大師・御尊像の奇跡
百日の行が始まり、まもなくひと月が過ぎる頃、10月だというのに、すでに気温は0度を越えており、だいぶ疲れも溜まってきた頃でした。過酷な水行の影響が徐々に出始めてきました。膝から下にかけて、ふくらはぎのあたりが皮膚の表面に細かな傷のようなものができて、血が吹き出してきました。寒さのために霜焼けになり、少しずつ状態が悪くなり始めてきたのです。
同じ頃、手の甲が霜焼けになり、日増しに悪化してだんだん腫れてきました。密教の行は真言をあげる時、それぞれの仏様の印を手で組んで印を作り、真言をあげるのです。手の甲はパンパンに膨れ上がり、印を組むと手の甲がパリッと裂けて血膿が吹き出すようになってきました。時々、血膿を拭き取りながら、真言を唱える。そして、脚の傷も裂けめが大きくなり、血が吹きだしています。
その頃には普通に歩くのは、少し困難になっており、長い距離は少し足を引きずって歩くようになりました。水行の後、入浴ができるわけでもなく、暖房禁止なので身体を温めることがない中、回りは零下ですから、身体は冷える一方で、肉体的には一番つらかった時期でした。
そして、そんなある朝、いつものように自室の御尊像にお参りをして、何気に扉を開けてその顔に目をやりました。すると、不思議なことが起こったのです。この、御尊像は、そもそも目の作りが他のものとは違っていました。目の輪郭がはっきりとありますが、その中には瞳はなく、あくまでも輪郭だけ。
しかし、この日の朝のお参りが終わったあと、なんと金色の瞳が突然入っていたのです。これが、ただの点のようなものではなく、明らかに、金色の瞳が入ったような感じで、おまけに、その瞳には表情があり、いかにも高いところから見下ろして、励ましているような感じで、
まさに、
「挫けることなく、しっかりとやり遂げよ」
とでも言っているかのようでした。
そして、偶然にも、その朝のお参りは、なぜか他の人は都合が悪く、誰も来られないという、信じられない状況だったのです。たった1人で体験した、そのあまりの衝撃に、驚き、同時に涙が溢れて止まりません。
その時は、なぜか全く感情がなく、嬉しいとかそういうものでもなく、無の状態であり、どういう意味の涙なのかはわかりませんでした。ただ、その御尊像は、もはや、弘法大師の形をした像ではなく、弘法大師本人が、そこに現れてくださったかと思われるような、その時、初めて、神仏と直接出会った、そんな、これまで感じたことのない不思議な感覚がしていました。これまで、こんな体験したのは初めてでした。これが、これこそが、話しに聞いたことのある、宗教体験というものなのでしょうか。
この奇跡の体験は、心に響くという、そんな浅い、軽いものではなく、もはや心や五感を通り越して、魂に直接、激しく響いている、という感覚でした。そして、そのだいぶあとから、喜びと感謝の気持ちが溢れてきて、本当に心からありがたいと思いました。その日から、なぜか、少しずつ身体が回復してきて、少しずつ歩けるようになっていきましたが、手は凍傷になっていて、もはや限界を感じていたので、残念ながら、水行は途中で断念しました。
そして、普通に歩けるようになり、百日の残りの行をなんとかやり遂げることができました。しかしながら、12月に百日の行が終わるも、脚は回復してきましたが、手はあまりよくなっていなかったので、冬休みに入ると同時に、意を決して山を降りて病院に行きました。すると、かなり酷い状態で凍傷になっていて、このまま、ほっておいたら、あと数週間で指が切断になったかもしれないと言われたので、冬休みは帰宅し、治療に専念し静養しました。
一方で、当時、友人5人に御尊像を見てもらいましたが、瞳をみて5人ともかなり驚いていました。しかし、これは色々と難しい話題なので、5人には他の人たちには内緒にしてもらうことにしました。しかし、その後、百日の行が終わって卒業したのちには、いつのまにか、瞳は消えていたのでした。
百日の行が終わり、改めて振り返ってみると、凍傷になった身体での行の満行は、もう無理で、挫折するしかない思いだった時に、身も心も落ちていく自分を、ふーーーっ、と落ちていくところから救い上げられたような、
そんな感覚がして、ただ単に、瞳が入って元気づけられたというよりも、瞳が入ったことはあくまでも、弘法大師様からの私への目に見える意思表示にすぎなくて、同時に、実は目に見えないところで、本当の大きな御神力が働いていたのだということを、瞳が入った後の自分の精神の大きな変化を満行までに気づくことができました。
その精神の変化は、まさに魂の次元にまで及ぶような大きなもので、瞳が入るその段階にたどり着いた自分が、何かを頂いたのかもしれません。本当に、不思議な宗教体験だったのだと思います。




