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48.夏休みは、奥之院へ

 いよいよ今日から夏休みです。しかし、私はここに来ることについては、3月の卒業までは決して山を降りない決意できました。


 そこで、奥之院に行った時に、夏休みの間、部屋付きでどこか手伝いをさせてもらえるところはないか相談していたのです。


 すると、奥之院の人が、ここでの手伝いを快く受けて下さったのです。私はまだ、僧侶ではなく修行中なので、あくまでも補助的な仕事と、雑用のみになりますが、個室3食付きでありがたかったです。


 ちなみに、奥之院の僧侶は、高野山内でもトップクラスで、下界に降りれば、全国で有名な寺院でも引くて数多です。そして、奥之院にいるためには、条件があり、独身でなければいけないのです。そのためでも、一生いる人は稀で、だいたいの人は30代半ばくらいまでには結婚して山を降りていきます。当時は、独身で高齢の僧侶が1人いましたが、たぶんこちらで余生を迎えるのかと思います。   


 ここでの仕事は、一日ひたすら交代で御祈祷を務め、御札と御守りの授与をします。


 私たちは、奥之院の灯籠堂とうろうどうという建物で一日を過ごしています。朝は6時から朝のお勤めがあります。基本的に、3交代制で、早番、遅番、夜勤と分かれ、自分はまだ僧侶ではないのでできることも少ないですが、早番の人と一緒に、最初はお札とお守りの授与とか皆さんの助手をしたり、色々な準備をしていました。

ここは、灯籠堂といって、ものすごい数の灯籠が下がっていて、これは一般の人たちが灯籠を奉納されたものです。

 そして、その中には、一灯だけ特別な灯籠があります。これは、貧女の一灯ひんにょのいっとうと言います。昔、十代で両親を病気でなくした、貧しい娘が、両親の菩提を弔うため、どうしても奥之院に灯籠を奉納したくて、お金がなかった娘は、女性の命とも言える自分の大事な黒髪を売って奉納しようとしたのです。


 ところが、高野山奥之院は、当時、女人禁制で女性が立ち入ることはできません。そこで、高野山のふもとまで行き、そこでたまたま出会った、奥之院へ行くという、若い僧侶に託します。その後、奥之院の高僧がその灯籠をみて、こんな貧乏人の灯籠などと、ののしり、お堂の扉を、ガーッと勢いよく開けました。すると、突風が吹いて中のたくさんの灯籠の火がすべて消えて真っ暗に。ところが、よく見ると、その娘の灯籠だけは消えずに灯っているではありませんか。


 それを見た高僧は衝撃を受け、自分の誤りを反省し、この灯籠こそ、本当の、意味のあるものであると、今後決してこの灯籠を絶やしてはならないと、そして現在まで絶やされずにきたということです。


 ここ、灯籠堂には、千年も昔から現在までその灯籠が火を絶やさずに灯され続けています。ここにある多くの灯籠は、すでに電球になっていますが、この貧女の一灯だけは、現在も油で灯っており、その油を毎日欠かさず注ぎ足すことも私たち奥之院の僧侶の仕事です。


 それを聞いて、万が一、注ぎ足すのを忘れたり油の量が少なかったとか、何か手違いがあって消えてしまうようなことはないのかと聞いてみたのですが、実は、奥の手がありまして、私たちが休む休憩室がありますが、そこには、その火をまた別の形でとってあり、一年中決して消すことはなく、いざとなったらそこから火をとります。逆に、万が一、その火が消えてしまった時は、灯籠からつけて決して絶やさないようにしているのです。


 それから、ここ奥之院では、弘法大師に朝と昼に食事を作って差し上げます。ご飯を炊いて、お味噌汁と、おかずは3品、これを一年365日欠かさずに行います。


 聞いた話しだと、ある日、たまたま、その日の担当の人が寝坊してしまい、時間がなくて急いで、海苔と納豆と漬物で三品、ごまかしたということです。弘法大師様もさぞかしお困りになられたことでしょうね。


 9月からの四度加行の百日の行に向けて、買い揃えるものがあったり、自分で手縫いの雑巾を何枚か作ってくるとか色々な宿題をやりながら、経験したことのない毎日で、目から鱗が落ちる思いでした。


 結局、自分が一番担当した仕事は、納経所で行なっている塔婆書きです。40㎝くらいの薄い板でできた塔婆に、◯ ◯家先祖代々の苗字だけを筆で書きますが、一枚の金額は破格で、ちょうど夏休みの時期だったこともあって、かなり殺到していました。


 ちょうど少し前まで、梵習字の授業で毛筆に慣れていたので、とりあえずよかったです。私を含めて、3人で書きますが、かなり忙しい毎日でしたが、自分はまだ僧侶としては、奥之院でご奉仕できる立場ではないのに、それでもできる仕事があったのは非常にありがたかったです。


 この休みの最中でも、特に非常に貴重な体験は、弘法大師様が入定された御廟ごびょうの敷地の清掃です。御廟の建物は、広い敷地が塀で囲まれており、塀の正面だけが少し開いていて、かなり離れているところの敷地中央に建物が見えます。その塀の中の敷地の清掃で、その塀の中には奥之院の僧侶しか入ることはできません。まして、私など、まだ普通のお坊さんにすらなっていないというのに、こんな大役をさせて頂いてとても感激しました。

 そこは、塀の外とはなんだか空気が違っており、全体を竹ぼうきで掃いたあと、石に挟まった葉っぱを手でとっていきます。

 そこで作業をした1時間はまるで夢のような時間でした。なにかこう大きな御力を頂いたような、そんな素晴らしい時間を感じました。


 そして、実際に、間近でみる御廟は、なぜか気のせいか、中に誰かいるかもしれない雰囲気がしました。


 それで、奥之院は撮影禁止なのですが、当時、特別に許可をもらい、御廟の写真を撮らせてもらいましたが、不思議なことに正面の扉だけが白く光っているのです。本当に不思議でした。


 もうじき、9月からの四度加行という百日の行が始まります。山を降りずに奥之院で御奉仕をさせて頂いた数週間は行に取り組む気持ちをさらに大きなものとしてくれたのでした。

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