表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/82

43. 奥之院への参拝

 私たちは、高野山の一番奥にある、奥之院に参拝をします。自分たちの寮のある場所は、高野山の一番端にあり、下界から高野山を登ってくると上がったすぐのところに、施設があり、ちょうど正反対の一番端に奥之院があります。


 徒歩で、確か20~30分で奥之院の入り口の一ノ橋に着きます。そして、そこから一番奥にある奥之院まで参道があり、参道の両側にはお墓があり、その数は、実に10万を越えます。そこには、一般人のお墓はもちろん、巨大企業の会社のお墓もあり、全国から一年中参拝者が絶えません。そして、一番奥を、奥之院といい、そこには灯籠堂という御堂があり、そこでは御祈祷と御守りの授与を行なっており、その灯籠堂の脇には、歴代の天皇のお墓があります。そして、その灯籠堂のさらに奥に、御廟ごびょうという建物があります。


 この建物こそ、弘法大師 空海が、入定にゅうじょうした場所であり、全国から高野山に参拝に訪れる人たちは、実は、ここを目指してくるのです。その、入定にゅうじょうについて、説明をすると、空海は、最後は死んだことにはなっておらず、五穀を絶って、御廟ごびょうに入り、この身このまま仏になる、という入定にゅうじょうした御姿のまま、この中にいらっしゃっるということになっています。ここには、全国から様々な観光客が訪れておりますが、私の知り合いの霊能者の話しだと、霊視をすると、御廟の中央の扉の奥に、白い髭をたくわえた弘法大師の姿がみえるということです。まさに、信じようと信じまいと、の出来事ではあります。


 私たちは、徒歩でここの参道を突っ切って、一番奥の御廟まで行き、参拝をします。私たちは、御廟まで徒歩で行く間、観光客を多く見かけますが、毎年、大勢のお坊さんが行き過ぎるのを見ると、観光客は、ありがたいと、一斉にお辞儀をしたり、手を合わせて拝んだり、時には、土下座をしたりして感謝されています。私たちも、案の定、手を合わせてお参りされましたが、観光客からみれば、これほど大勢のお坊さんの団体が闊歩している姿は、壮観なので、かなり評判になっていて、恰好の被写体にもなっています。すると、私たちも、それでなくても、下界では履かない下駄履きで、奥之院までの長い距離を徒歩で行くのはけっこうきついのに、手を合わせられたり、写真を撮られたりすると、あがってしまって、足がもつれたり、転びそうになったりしてました。本当に、下駄履きで長く歩くのは、とてもきついです。おまけに、靴下と違い、足袋を履いて下駄を履くと下駄の表面で足が滑るので、足が脱げないように爪先に力を入れて歩くので、余計に歩きにくくて疲れます。それでなくても、足袋を履いたまま一日過ごすのは本当に苦痛です。こんな細かいところまで、我慢しなければならないとは、一年間の修行とは別の言い方で、ひと言でいえば、本当に我慢の日々といったところです。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ