42. 食だけが楽しみ
今までの話しからは、つらいことだけの1年と思われ、何の楽しみもなかったような印象ですが、今回はそればかりではなかったお話しをいたしましょう。
実は、週に2度、1時間だけ外出の許可がでて、好きな買い物とか出来るのです。高野山内には、大きなお店はないので、個人のお店だけなのですが、一応スーパーとか、書店もあります。
これまでの話しから想像できないと思いますが、買って寮で食べることもできます。もちろん、趣味や娯楽のものを買ったり、仏教や密教以外の本とか買うことはできませんが、食べ物は嗜好品であっても大丈夫なのです。当時は、喫煙者も多い世の中でしたが、意外にも、寮で喫煙も許可されていました。それというのも、以前は喫煙は禁止だったのですが、かくれて吸っていてボヤ騒ぎになり、防犯上、あえて、喫煙は自由になりました。
みんな、若い人も多いし、食事も質素なので、みんな、パンやお菓子を山のように買っていました。私は少食で、普通はご飯も一杯で充分なのですが、とにかく、ここではハードスケジュールなので、お腹がすきます。こんな私が、食後でも食パンを1斤の半分くらい食べていました。他の人たちは、2斤くらい食べ、その他にも何か食べていましたね。
ただし、食べ物は何でも許可されるわけではなく、食事と同様に、肉、魚、などは精進なので許可されず、これが、面白いのですが、買い物から帰ると、寮監が買い物チェックです。しかし、あからさまに、肉や魚を買う人などいませんから、何のためににチェック? と思ったのですが、たとえば、ポテトチップ。寮監は、おっ、と気がつき、おもむろに手に取って裏をみる。
すると、
「これは、コンソメ味、却下ぁ!」
ええっー!なんと、コンソメ味だめなの?細かいなぁ!
取り上げて、後ろにある段ボール行き。次は、同じく、また、ポテトチップ。ああっ、これもだめかあ、と、思いきや。
「これは、サラダ味、オッケー!」
なんだって?そう来たかぁ!
そうやって、裏の原材料の項目をすべてチェックして、お米の、お煎餅もダシいりとか、魚風味なども、細かくみて、却下される。なんとも、変なチェックです。お笑いのネタのような。そうして却下されたお菓子たち、後で知ったことですが、寮監たちが夜食べていたそうです。もっとも、寮監は修行中ではないので、肉、魚もオッケーなのです。食事はみんなと一緒なのに。
毎日の食事、最近は慣れてきたせいか、おかず一品もそれほど苦にならなくなり、煮物とかも味付けはおいしいので、それほど気にならなくなってきました。というか、我慢してきて、あきらめたのかとも思う。
すると、ある時、夕食の時間、みんな、楽しみもないので、一応おかずが何か気になる。食事は、60才くらいのおばさんが2人で約80人分作る。1人すごく太っていてよく食べる人がいて、いつも、おかずを聞きに行く。
「おばさん、今日のおかずは、なに?」
「んっ。今日かい、今日は、カレーだよ。」
「ええっ!うそーっ?カ、カレー、って、うそだろ?普通のカレーかい?」ーい。。。
「だからぁ、カレーって言ってるだろ!」
みると、普通の、バーモントカレーの空箱がたくさん、置いてある。
「なんだって!カレーが出るんだ!」
すぐに、全員にこのことが伝わって、大騒ぎ。
何人かは、叫びながら踊り回る始末。子供かっ?
しかし、待てよ。ポテトチップだって、コンソメが却下されてきたんだ。
1人が、みんなに言った。
「みんな、もしかしたら、喜ぶのは早いぞ。ただ、普通に食べていたカレーが、そのまま出るわけはない。ここは、精進なんだぞ。喜んでガッカリするのは嫌だからな。実際に、食べてみるまでは、期待しないでいた方がいいぞ。そうやって、これまで、ガッカリして来たんだからな。」
みんな、踊るのをやめて、口々に、そうだそうだ、と言い始める。
いよいよ、食事作法が終わり、いただきます、っ。
スプーンで、ゆっくりすくってみる。すると、何か、ゴロゴロとしたものが。それも、一つ、二つではなく、いくつも入っている。なんだろう、これは。もちろん、肉のわけはないし、溶けなかったルーの固まり?いやいや、そんなわけはない。余計なことを考えながら、しかし、とりあえず、ルーをすくって口に運ぶ。みんなも、ドキドキで、無言のまま、口に…。
すると、懐かしい、あの家で食べたカレーの味だ。今日まで、煮物の地味な和風の味の毎日に、雷でも打たれたような、洋食の味が口に広がって、すごい感激な思いがこみ上げてくる!
「こ、これは、普通のカレーだぁ!おいしいーっ。」
みんな、口々に、おいしい、うまい、を連発。一口ごとに、みんな幸せになっていく。そして、ゴロゴロしたものを、初めて口にする。
すると、なんと、これは、こんにゃくと、高野豆腐を、四角く切ったものではないか。肉の代わりに入れてある。これが、意外に、味が沁みていて、おいしいーっ。こんな変なもの、カレーに入れるなよ!おいしいけどっ。みんな、狂ったように全速力で口に運ぶ。みんな、最近にはみせることのなかった笑顔があふれて、こぼれそうだ。中には、噛まずにあっという間に平らげて、おかわりにいく人。そして、2杯目を味わって食べるという。なんか、みんな、なぜかびくびくしながら、もう味などお構いなしに、とにかくカレーを大量にかきこんでいるっ、今は、戦時中か? と錯覚しそうだ。
ひと月に一度、必ず訪れるこの日は、私たちのつらい修行の日々を応援してくれるかのような、そんなありがたい感謝の日となっていたのです。
そして、また、思いがけない、そんな日がやってきた。
ふと、台所の方に目をやると、すでに食事の支度をしているおばさんと話している彼。驚いたような表情になり、こちらへ全速力でやって来た。
また、またぁ、カレーは嬉しいのはわかるけど、相変わらず、喜びが大きすぎだ。まあ、でも、自分も今、直接おばさんから聞いたら、けっこうはしゃぐかも知れない。まあ、仕方ない、許してやろう。しかし、彼には、ちょっと冷静になれ、って言って、自分は落ち着いてるっていうところを見せてやるか。そんなにはしゃぐなよ、とか、言って。
「おい、そんなにはしゃぐなよ。子供じゃないんだから。」
「それどころじゃないんだ。今日のおかず、なんだと思う?」
「だから、カレーだろ。嬉しいけど、そんなに、喜びすぎだって。」
実は、自分も、内心、相当盛り上がってきてしまったけど、危ない、危ない、ちょっと冷静で大人の振る舞いをしなくちゃ。
「それが、違うんだ。今日は、違うんだよ。なんだと思う!なんだと思う?」
全く、なんなんだ。うるさすぎる。
「実は、今日はカレーじゃないんだ。なんと、コロッケなんだよ。コ、ロ、ッ、ケ」
「ええっ。コ、コロッケだって?」
えっ?コロッケって、あり得ない。ど、どうして?
「えっ?コロッケって何?」
コロッケって何、っていう問いかけも、今考えると、わけのわからない変な問いかけだけど、それだけ、自分も冷静になっていなかったということだろう。
「詳しいことは、わからないけど、差し入れらしい。」
ここでは、1年間修行をしているみんなのために、山内のお寺の方より、これを、大衆供養、という言い方をするのですが、応援のために、わざわざ、精進で肉や魚なしで注文して下さり、今回は、ポテトコロッケを差し入れして下さったのです。これが、カレーに続いて、本当に楽しみで、ありがたいことでした。これも、ひと月に一度やってきます。
これが、またとてもおいしい。カレーももちろんいいのですが、これにソースをかけて食べると、ここでなかなか味わえない洋食感が増して、非常に食が進むのです。本当に、おいしいものを食べると元気がでることを身をもって実感しました。それに、頂いた数は、余裕を持って、1人2個以上ありますから、コロッケのおかわりも、あと数十個くらいあるのです。
すっかり、このコロッケにハマってしまった人が5人いました。そして、その後、この5人が真剣に何かを話している。その話しの内容はこうでした。コロッケのおかわりをしたいが、2個を食べ終わり、席を立ち、取りに行き、戻ってくると、10秒くらいかかり、その間にコロッケが半分は食べられると。3分の時間内には、十分に食べられるが、その取りに行く時間分、ゆっくり味わいたい、と、それにはどうしたらいいか、と。そんなことを真剣に話しているのです。まあ、気持ちはわからないではないですが、自分は2個食べればおかわりはいらなかったので。
ふと、気がつくと、こんなことで話し合うほど、ここでの生活は楽しみがないのだなぁと、つくづく感じました。
そして、とうとう、そのための作戦が実行されました。それは、食事を作るのは、2人のおばさんたち。しかし、食事の支度で、配膳をするのは、私たちが交代で行います。ご飯をつけるのも、私たちが行います。そこで、コロッケの日に、配膳の担当のチームに話しをして、ご飯をつける時に、その5人のお茶碗にごはんを、まず半分つけてもらい、そして、こっそりコロッケをそのごはんの上に載せたら、もう半分ごはんをその上に盛りつけて、コロッケを隠すのです。すると、最初からその5人には3個コロッケが行き渡り、おかわりを取りに行く時間が節約できて、その分、食べることに費やせるという作戦です。見事に作戦は成功して、5人はいつもコロッケを3個手に入れることができました。
今回の内容は、なんてくだらない。それなのに、いつもにも増して、長いエピソード、失礼致しました。




