3.インドに到着、途端に危機に
ここから、【インド編 Part.1】が始まります。
そして、やっとその年、出発の日がやってきました。海外には、何度か行きましたが、1年近い長期滞在はこれが初めてです。それも、都会ではなく、思い切り山の中。当時は、インドのニューデリーへは直行便がなく、香港とタイのバンコックを経由して、約19時間のフライトです。
長い空路の末、ニューデリーに到着したのは、早朝の4時半。空港の出口には、たくさんの人が、タクシーに乗らないかと、寄ってきます。その中に、ひときわ親しげに話しかけてくる1人のインド人がいました。言葉は、もちろん英語で、
「あんた、日本人だろ。おれは昔、東京に住んだことがある。懐かしいな。」
当時、若いし、おまけに見た目も大人しそうな私は、すっかり、打ちとけて、
「そうですか。ところで、バスターミナルへは行きますか。」
「大丈夫だ。20ルピーで行ってやるよ。」
正直言って、それが安いのか高いのかもわからなかったですが、これ以上、他を探している暇もないので、お願いしました。
その後、タクシーは出発して、なんだか親しげに話しかけてくる。東京が懐かしいというけれど、東京のどこの住んでいたか、いつ行ったのか聞いても、曖昧な答えしか返ってこない。なんだか少し胡散臭い感じがする。気がつくと、どんどん人気のないところを走っている。すると、よく見ると、料金メーターを倒してないことに気がつき、大声で、
「メーター、メーター! !」
と叫んだ。すると、そのインド人は、タクシーを、外がまだ薄暗い中、道路の脇に急に止めると、後ろを振り向き、降りろ、という動作をする。もう、すでに、これは相当に危ない状況になっていると全身で感じながら、車を降りた。
すると、インド人も、すぐ降りて、こちらにやってくる。そして、よく見ると、手には、ナイフを持っていた。それも、普通によく見るものよりも、ちょっと大きめのナイフで、それをこちらにむけながら、
「マネー、マネー」と言う。
やはり、危ない雰囲気は、その通りでした。
しかし、まだ信じられない自分がいて、正直、理解できているような、できていないような、夢を見ているような感じがする中で、ふっと、死を意識したのです。
えっ、まさか、ここで死ぬの?いや、ここで今、死ぬことは、ちょっと人生の予定にはなかったな。すると、次の瞬間、生まれてから、これまでの、小中学生の頃からの思い出が、本当に、走馬灯のように脳裏をすぎていく。死の直前に見るという、走馬灯のようなビジョンというのは、嘘ではなかったと、妙に納得してしまった。ここまでは、時間にして、数秒ほどか。しかし、次の瞬間、自分は、サイフを出していた。彼は、サイフを開いて、札だけを無造作にむしりとり、急いで、タクシーに乗り込んで、さっさと立ち去ってしまった。ものすごい勢いで、走り去るタクシー。
その走り去るタクシーを見ながら、呆然となり、現実に引き戻されて、夢ではなかったと気づき、改めて、怖さが実感されて、全身に震えがきた。ここで、走馬灯を見たのに、死ぬ時ではなかったと感じると同時に、走馬灯を見るというのは、本当に死ぬ時ではなくて、人が死を本気で覚悟した時に見るものなんだな、と納得した。
しかし、ボディチェックもしなかったし、サイフをだしたら、他に持ってないかと訊くこともなかったので、本気で命をとろうとは思わなかったのだろう。
しかし、とにかく、命があってよかった。インドの初日が、これでは、これからが、とても思いやられると不安になったのでした。
しかし、ここで、一つだけ準備していて、成功してよかったことが、ありました。
それは、遡って、出発の2か月前のこと。友人の紹介で、インドに旅行したことがある人に会うことになり、色々と参考になることを聞かせてもらうことになっていたのです。
その人から、様々な注意点、気をつけることなどを教えてもらい、とても参考になったのですが、本当に、目から鱗のことばかりでした。
インドでは、右手は食事の時に使い、トイレの大の用をたした時は、左手で拭くのですが、日本人は慣れてないので、トイレットペーパーをもっていくといい、かさばらないようにするため、中の芯を抜いて数個もっていくといいという。しかし、これは、自分は短期旅行ではないので、やはりインド式に慣れるしかなかったです。
あと、水は絶対に飲んではいけない。必ずお腹をこわすので、飲むなら、ジュースやコーラなど加工したものにするとか、その他にも、細かいけれど、とても参考になる感心することが多かったのですが、極めつけは、とにかく治安が悪いから、現金は、持ち込む分から数万円分だけをサイフに入れておき、残りは下着にポケットを縫いつけて、そこに全部入れておくというもの。
このアドバイスが、今回役に立ったのです。まさに、サイフの中身は、すべて盗られましたが、それで済んだのでした。なにより、命が助かったのですから、本当に、人の言うことは聞くものだな、と思いました。
とりあえず、真っ暗で人家もない場所に放置されてしまったので、まずは灯のあるところを目指して歩きだしました。