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ブレーメンの錬金術師は散財したい  作者: 初鹿余フツカ
2章 金欠猫には旅をさせよ~魅惑の海旅編~
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幕間:初めまして本屋さん

 ナビの導くままに進んでいくと、矢印が左折を示す。首を傾げつつも矢印に追いつけば、そこには石造りのアーチに花冠の飾られた小さな門。

 隣家と渡り廊下で繋げたような造り。ナビが示さない限り、この先は個人宅の敷地だろうと、足を踏み入れることはなかったに違いない。


 なにしろこのゲーム、街中での不法侵入には一際厳しい。その上衛兵さんはどこにでも現れるスーパーエリートであるからして、それっぽい場所には及び腰になるのが古参プレイヤーというものである。衛兵さんには散々、迷子のお世話になってきた。


「うーん、巧妙~…」


 自由都市マケットは広い。

 NPC商店街も、奥まった部分となるとすべて把握している人は少ない。まして武器防具を扱う鷹の目商店街ではなく、日用品を扱う鳩ポッポ商店街ならばなおさら。


 フーテンは自由都市を拠点としているが、街歩きはそれほど極めていない。とはいえ長らく商人をしていれば、街の情報は他のプレイヤーよりは入手しやすいし、そこそこ通じている方と自認している。

 自由都市の商店街はどちらも大体知っていると思っていたが、まだまだ底は深かったようだ。


 設定的にも自由都市は古くから歴史のある都市とされている。

 学園都市のように、あふれでた異界を力任せに封じ込めるために急拵えにドンと作った新興の街とは、面構えが違う。

 学園都市は街自体は綺麗で整っているわりに、迷いやすい。しばらく過ごしていれば、あれ、この街なんか変、と誰もが気がつく造りになっている。街中に転移トラップがあったり、気がつくとダンジョンにこんにちはしてるとか、どう考えてもおかしいに決まっている。

 比べるのも烏滸がましいわ!と自由都市先輩にはっ倒されそうなのが学園都市小僧なのである。


 そんなわけで人の敷地内ではとためらわれた路地も、門さえ抜ければ、これまで通ってきた脇道と変わらない程度にはしっかりと整備されていた。


 こういう小さな門をくぐる公道は、現実世界の西洋都市にも多く見られる。

 街の増設に伴い拡張する際、元あった外壁すべては撤去されない。大通りは撤去しても、他は放置、なんてよくある話。最初はせっせと大通りまで出て移動していた人々も、慣れてくれば次第に「この壁くり貫いて通ろうぜ!」と楽をしたくなる。すると門が出来る。壁を挟んで向こう側の土地も買ったから渡り廊下で家を繋げよう、なんて人も出てくる。

 放置された外壁が風雨に晒され崩壊を始め、これは危険だと撤去され消えていっても、人々の暮らしに飲み込まれた外壁は消えず、残り続ける。特に歴史ある都市には散見される造りだとか。


 つまりこれは、自由都市は歴史ある都市であり、元は小さな街だったマケットが外壁拡張を繰り返して大都市になった…というアピールポイントなのかもしれない。



 初見の路地には、初見の店の看板がぽつぽつと並んでいる。どうやらここも、鳩ポッポ商店街の裾野であるらしい。


 世界観を壊すようなガラス張りのショーウィンドウこそないけれど、ここはゲームなので、店の看板に目線を合わせでタゲれば、営業中ならば店舗案内と簡易商品紹介が現れる。目線タゲ出来ない場合は、看板に触れるといい。頭上、届かない位置にある看板ほど対象LV帯が上、という暗黙の了解。

 この路地の看板は立て看板ばかりで、吊り看板は少ない。初心者から中級者向け、それでいて街歩き上級層がターゲット。そんなところだろう。


 薬屋に見せかけた魔法薬店に、杖の専門店、靴屋、あちらは金物屋だろうか。こっちにあるのは骨董品店。骨董は家具類から謎のアイテムまで幅広く取り扱うジャンルだが、前提ジョブがないとガラクタにしか見えないという特徴がある。


 あの猫ちゃんは、骨董品店にはまだ入っていないだろうか。フーテンはナビの導くままに店を通り過ぎる。

 魔法師と商人しかめぼしいジョブのないフーテンは、骨董品店はものの数分で回りきれる場所だ。でもあの多趣味で伸ばした手の広そうな猫ちゃんは、一度骨董品店に入ったが最後、素寒貧になるまで出てこられないかもしれない。

 …これはきっと正しい予想。骨董品店のことは黙っておこう。フーテンはひとりそっとうなずいた。


 さて、それにしても結構歩いた。さすがに街中で行き倒れるほどの体力無しではないが、魔法師の貧弱ボディがそろそろ休憩を求めている。スタミナが、スタミナがね?

 フーテンが貧弱なのは、体力持久力と引き換えに魔力とMPを上げる『純魔の系譜マギカ・ブラッド』という常時発動パッシブスキルを持つせいだ。砲台魔法師は、戦いのためにお姫さまになることを強いられる。特に単属性魔法師など、ガラスの靴を履く気概がなければやっていけないのである。


 街中は特に、浮遊禁止なのがきつい。最近は猫ちゃんを見習って、街移動用に新しい騎獣でも契約してこようかともフーテンは考えている。しかし街中騎乗も許されるコンパクトな召喚獣、となると愛玩用と評される種類しかいないのが悩ましい。

 とはいえ件の猫ちゃんは愛玩用の筆頭たるマルモを飼っているわけで、あのマルモも近いうちに何か起きそうな予感がしている。

 おそらく第三エディションでマルモの進化先に何らかの追加があったのだろう、と憶測しているが、マルモが愛玩用と切り捨てられたのなんてもう大分前だし、これまですでに存在してきたフラグが放置されてきた可能性もまた、なきにしもあらず。

 愛玩用と切り捨てられてきたものに光明を見出だしてくるのは、さすが初心者というべきか。

 いやはや、エンジョイ勢こわい。ほんとにエンジョイしてるもんなあ。



 大商人というジョブの特性上、フーテンは初心者と関わることが多い。初心者サポートしないとランクアップ出来ないジョブとかなんなん??と昔は思ったものだが、今はわりと楽しんでいる。

 しかし初心者とは得てして難しいもので、情報も金もヘルプも、与えすぎてはいけないし、突き放しすぎてもいけない。


 いろいろな初心者と接してきたが、猫ちゃんはMMO経験者なことが言動から察せられる分、大分手のかからないタイプだ。それでも、さすがに大金を渡すときには、ちょっと心配もしていた。


 なにしろ第三エディションまで育ったゲームは、マネーアタックでなんとかなる道がいっぱいだ。

 ショートカットはたしかに楽だけど、マネーでいけるところまでドンドンいって、いざお金がなくなったら行き詰まっちゃって、やる気もなくなっちゃった、じゃあね引退、なんてこともわりとあるのが初心者である。柵が少ないからこそ、思いきりもよい。

 初心者のうちはすべてがチュートリアルのようなもんだから、マネーアタックは控えた方がいいよ、とアドバイスするのは簡単だが、逆にそれによって「お金でなんとかなるんだ!」とその道に気づいてしまう初心者もいるのがまた、めんどくさい。

 それにお金の使い方は本人が決めるものだし、口出ししすぎるのもまたややこしくなる。


 適度に突き放して適度に支えて、時には導線を修正するアドバイスをして……大商人ってほんと大変! うちは保育所じゃねえんだよ!とは大商人スレ(もちろん制限付)でよく叫ばれている言葉である。


 そんなわけでフーテンは、大丈夫だろうとは思いつつも、猫ちゃんの大金の使い道については、ちょっとドキドキしていたのだ。


 MMO慣れしてる人は、長く使えるいい防具や生産系の道具類、あるいはインテリア(特に箪笥)に走ったりするもんなんだけども。


 学園都市には風猫族のような非力種族でも戦闘力を発揮できる、銃や大砲に似た武器もある。といっても中級までの装備しかなく、そこから進もうとすると新たに別の種類の装備を探さねばならなくなる難点はある。それでも多くの非力種族に愛用されてる武器だ。猫ちゃんにもオススメ。

 掲示板は見ているようだから、おそらくすでにそうした装備があることは知っているだろう、たぶん。


 その辺をまるっと無視して、本屋さん。

 まさか新しいものを見つけてきて散財してくるとは、思わなかったな~~!


 それに猫ちゃんは本屋を気軽に紹介してくれたけど、あの子はもしかして、他人にNPCを紹介するとそのNPCの好感度がちょっと下がる仕様を知らないのではなかろうか?

 そこがフーテンはちょっと悩ましい。

 なにせその仕様には、紹介した人がNPCの好感度を下げると紹介者のNPC好感度も下がってしまうという、一蓮托生の謎仕様もついてるのだ。一見さんお断りシステムか?

 この仕様があるからこそ、見つけた名店を気軽に他人に紹介、というわけにはいかず、街歩き開拓の難易度が高かったりもするのだが。


 たぶん知らないんだろうなあ。知ってて紹介してきたのだとしたら、それはそれですごい。

 単純なようで、なかなか読めない猫ちゃんだ。

 嬉しいような、気合いが入るような。もちろん、信頼を裏切るつもりはないけども。


 フーテンは小休止を止めて、また一歩踏み出した。


 ナビが目的地を示す下向きの矢印に変化し、くるりんと回っては飛び上がってゆっくり落ちる、独特のモーションでフーテンを待っている。


 通りの建物と建物の隙間にせりだした屋根。吊り看板は本のマーク。そう、吊り看板だ。

 看板を見上げタゲれば店の案内は本屋、商品紹介は本、シンプル・イズ・ベスト。商売する気がないぞこの店。

 猫ちゃん、ほんとなに見つけてきてるの。


 店の扉は開いたまま。通ろうとすると、うにゃん、と暖かな日差しの色の毛玉が足へまとわりついた。鼻先と尾の先だけ茶色い、ブルーアイのシャム猫。もちろん、普通の四ツ足の。

 尻尾でくるりんとフーテンの足に挨拶したあと、まるで案内するように店の奥へと入っていく。


 本屋さん、と聞いて想像した店とは、少しばかり違った。図書館ほどとはいわないまでも、もっと本棚がたくさんあると思っていたのだが、思いの外、店内はがらんとしている。


 レースのカーテンがかかった窓辺には、籐のカゴに暖かそうなブランケット。シャム猫がお気に入りのお昼寝スペースを通りすぎて進んだ店の奥には、古びたカウンターにロッキングチェア。

 座ってこちらに目を向けたのは、客が入ってきてもにこりともしない気難しそうな老人で、フーテンはちょっとひきつる。


 ちょっと猫ちゃん、このお爺さん、めちゃくちゃ難易度高そうなんだけど!?


 老人はフーテンから膝の上に乗りあがってきた猫に目を移し、ぽんぽんと撫でる。

 こちらを見たのに、声はかけてこない。こちらから話しかけなきゃ進まないタイプか。


「こんにちは。看板が出ていたので、お邪魔させてもらってます」

「……ああ」


 膝の上の猫が、気持ち良さそうに喉を鳴らし始める。こういうとき、このゲームにくいわ、と思う。猫好きに悪い人はいない、などと思ってしまうじゃないか。


「知り合いの猫ちゃんに、本屋さんがあると紹介されてきました」

「猫。……ああ、あの猫か。灰色の」


 さすが猫ちゃん。お爺ちゃんからの好感度やたら高いな??


 NPCはプレイヤーをあまりしっかりと認識していない。好感度が高くなってようやく、個人を認識してくれるようになる。こんなふうに、名前も出してないのに「ああ、あの」みたいに出てくるのは大分高くなっている証拠だ。

 風猫族特性があるのはわかっているが、それだけじゃない気もしてしまうのが恐ろしい。


「本は、ここだけですか?」


 壁際に並ぶ、五棟の本棚。それ以外には見当たらない。2階とか奥とかあるのかも、と尋ねれば、老人の口がほんの少し笑った。皮肉げにも楽しそうにも見える、かすかな笑み。


「そこにないなら、ねえな。ある本は、全部売ってやれる。好きな本を持ってきな」


 顎で示されて、早速本棚に近づく。背表紙を眺めていると、最初は拍子抜け…と思っていたのに、じわじわと言葉の意味が理解出来て、うすら寒い心地がしてくる。


 そこにないなら、ない。

 ここにあるのはすべて、フーテンが読んだことのある本だけだ、と気づいてしまった。


 フーテンは魔法師であり、商人である。情報通な方である。生産スキルを持たない都合上、本から知識を仕入れる必要があるときには、PTでも率先してその役割を担ってきた。それなりに本は読んできた方だ、という自負がある。

 しかしこうして可視化されるとなかなか屈辱的だ。この店がまさに『本屋』に見えるほど本棚を並べるには、到底足りやしない。


 老人がフーテンの言葉を笑ったのも、わかる。

 「これしかないのか?」なんて、まさに自分に返ってくる言葉ではないか。


 おのれ第三エディション、さすがは大型アップデート。

 ここにきて「おまえの読んできた本、たったこんだけですけどー?」とか煽ってきよる…!


 フーテンは近々、学園都市で図書館にこもることを決めた。こう見えて負けず嫌いな方である。そして、数字にされると燃える方でもあった。


 気になった図鑑を数冊、手にとって会計して、価格を二度見したのは余談。


 猫ちゃんや、ここ絶対、初心者向けの店じゃないからね!??



友人の『他者視点から見た猫ちゃん』というリクエストで書いてみました。

元からフーテン視点で本屋さんとのファーストコンタクトを書きたいと思っていたので、それも組み合わせて。


猫が全然興味を持ってくれない建築の話とか、設定回りとか、あれやこれやと詰め込みつつ軽めの三人称で、と試行錯誤してたらやたら難産でした。間に合ってよかった…!


評価、ブクマ、感想、イイネ、誤字報告ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
フーテンお兄さんと本屋の猫好きおじ! 両者ともすごく好みのキャラなので私にとってウルトラハッピー回で助かりました!! 執事さんも大好きなのでフーテンお兄さんと執事さんの邂逅もこの先ありそうでちょっと期…
[一言] ネコチャン(半角に出来ないかなしみ)……なんて場所に入り浸ってるの……(白目)
[一言] 好感度下がる仕様知らないにゃん 下がった分とか誤差レベルで次あげあげにゃん 猫はみんなの愛され散財猫!してるからへーきへーき
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