37.旅は道連れ
そんなわけでペチカちゃんに同行してもらうことになった。猫ひとりでもよかったのだが、旅は道連れというし、役立つ話を聞いておいて一人で行くというのも気が引ける。
『幽世恋物語』なんて、猫は人に紹介されない限り(もしかしたら紹介されても)手に取らない本だ。情報にはたどり着けなかっただろう。
だって猫が調べた範囲では、醤油と味噌は全部『海の向こうの国』だったもの。
昼過ぎの船で出ることを伝えて、それまでの間は一緒に図書室で情報収集することにした。
ペチカちゃんはポーツでやろうと思ってたことは大体終えて、あとは図書室でまったり本を読んだらアルテザへ行く予定だったそうだ。
「ホーム変更もしたので、廃都エリアをぐるっと回ってみるつもりです。アルテザで裁縫のLV上げをしてから、メインストーリーもせっかくだから追いかけてみようかと思って」
「目的が決まってるのはいいことにゃん~」
話しつつ本を探していく。ペチカちゃんは調べものは得意というだけあって、探したい情報を示せばさくさくと本を選んでいく。ふたりで探して、手分けして読む。猫は図鑑や地図系、ペチカちゃんは物語系。得意分野を分担だ。
「にゃあ、テイマーギルドにも秘密の書庫があるにゃん?」
「はい、司書さんに『美味しい牧草』について聞いたら案内してもらえました」
「美味しい…牧草…??」
そ、そんなアイテムが…!?
「あ、アイテムとしてあるわけじゃないんです。ただ、ピピちゃん…、あ、私のミミットなんですけど、あの子がすごくがっつく牧草ポイントが1ヵ所、自由都市の東平原にありまして」
一緒に採取しても、品質もアイテム名も普通の牧草で、その牧草は特にがっついたりしない。しかしその草原の牧草ポイントでは一心不乱にモリモリ食べるので、ずっと不思議だったらしい。それでテイマーギルドで調べてみることにしたそうな。
「そんなポイントがあるとは知らなかったにゃん~」
「どうも種族毎に美味しさを感じる草?というかポイント?が違うらしくて。ミミットは比較的、美味しい牧草ポイントが多いみたいです」
「なるほど…、猫も自由都市に戻ったら読んでみるにゃん」
「是非是非。書庫、他にも面白い本がたくさんありましたよ!」
ペチカちゃんは『魔道具知識』が足りなくて『総合知識』をラーニングすることが出来てないそうなので、猫からは冒険者ギルドにある魔道具本を教えることにした。
「『右巻き、左巻き』ですか」
「そうにゃん。表紙がスネイル…カタツムリの絵だから怯むかもしれないけど、中身にカタツムリはいないにゃ。あれは魔道具の、魔力巻き構造についての本だったにゃん」
「なるほど、たしかに私、虫表紙の本はなるべく避けてました…!」
うんうん。猫はカタツムリ本かと思って手に取ったら当てが外れたんだけどね。畑アルバイトでチラッと見かけてから、いずれカタツムリとも戦わねばならない日が来るかと思って、読もうと思ったのよ。でも面白い本だったし、図形や絵も多くて、レトにも好評だった。
ペチカちゃんは掲示板で調べて『虫類知識』のためにめちゃくちゃ我慢して虫の本を一冊読んだものの、それが結構つらかったのでそれから虫の本は避けてきたそうだ。
個人の嗜好はどうしようもないよね。ちなみに猫は虫は結構好き。生理的にダメなのもいるけど。蚊とか…。
「あっ、そうだ、『マジックセンス』、教本で覚えることが出来ました! あと、『生活魔法教本』も少しずつですけど進んでて……。疲れて何も出来ない、のヒント、すごく助かりました! ありがとうございます」
「伝わってよかったにゃん~!」
「ただ、『動く文字』には逃げられちゃって…。受付さんに聞いたら逃がすくらいなら潰しておいてほしいって言われちゃって、反省です」
「にゃあ、猫の説明が足りなかったにゃんねえ」
「あ、いえいえ! 単純に私が失敗しちゃっただけですんで!」
『動く文字』は『ガラス瓶』で捕まえられること、本当はもう一段上のアイテムでの捕獲が望ましいようだが、どうやら今はまだ探索者ギルドでのみの販売で、マケボでは流通してないっぽいことなどを話した。
ペチカちゃんは探索者ギルドには登録してないとのことだったので、もし今後も登録しないようなら『動く文字』を手に入れたら猫が買い取ること、そしてもしペチカちゃんがちょっとお金に余裕が出てきたら、いいお店を紹介してあげることなどを話した。
さすがに猫も金欠になりがちな初心者(本好き)に本屋さんを紹介するような極悪非道はしない。いや~本屋さんほんとお金溶けるからね…。
「お金に余裕…、縁遠い言葉ですね…」
ペチカちゃんが煤けている……。
金策については、猫は錬金術と露店で何とかしてるので、アドバイス出来ることが何もない。裁縫のことはわからないしなあ。
「でも!前に比べたら全然今は余裕がありますからね! そのうちもっと余裕が持てるようになるって信じてます!」
前向き!
船の時間まで図書室を調べてわかったことは、以下の通り。
アトノ島には幽世が重なっており、青月夜の日には完全にあちら側になってしまうこと。
その際、島では魚が空を飛ぶようになること。
この魚を捕獲、あるいは釣り上げて島の祠に捧げると、あちら側からも界の安定に働きかけてくれて、界の揺らぎが収まること。
魚を捧げずに持ち帰ってしまうと、界を安定させることが出来ず、異界の扉は開いていってしまうこと。
「アトノ島では魚のかたちの精霊が見れる、て掲示板にあったけど、本の内容を踏まえるに、たぶん精霊じゃないにゃんね?」
「精霊って異界の存在ってわけじゃなさそうですもんね。あとこの、触れなかった、すり抜けちゃった、ていうことは、正攻法では捕まえられないってことなんですかね?」
船着き場へ移動して船を待つ間、ふたりで掲示板情報も見つつ考えてみる。
観光地スレと、それからミニダンジョン発見報告スレにもアトノ島の情報はあった。
「うーん? 猫が話を聞けたこと、それから『幽世恋物語』の内容を踏まえると、ジョブ漁師が『釣竿』でしか捕まえられないのかもしれないにゃんね」
「ジョブと道具が必要っていうのはたしかにありそうです」
ちなみにペチカちゃんも『釣り』は持っている。彼女は猫と同タイプのエンジョイ勢だ。
「あっ。そうだ、道具といえば恋物語には、妻が『ヤノ蔦』で編んだ『魚籠』の中に、魚が次々と飛び込んでくるってエピソードがあるんですよ。これも使えるんじゃないです?」
「よさそうにゃん! 他に何かなかったにゃ?」
魚籠、というか籠の作り方なら、自由都市のレシピで見たし、作ったことがあるというペチカちゃんに『ヤノ蔦』を預けて製作を依頼する。
ペチカちゃんは早速『ヤノ蔦』を手際よくナイフの背でしごいて下準備しつつ、うーん、と首を傾げる。
「魚関連では、海蛇が魚を飲み込んでいくところがありました。魚を釣っていた漁師と、逃げていたお姫さまが出会うシーンで」
「にゃ…。魚を釣ってると海蛇が釣れちゃう可能性?」
「わあ、ありそうですね!?」
「海蛇については『海魚大全(上)』にあったにゃん。雷が弱点にゃんね~」
いうて魚系全般、雷が弱点なので突出した特徴ではない。でもそれ以外にたいした情報はなかったんだよねえ。
「『発雷』覚えた方がよさそうです?」
「『発雷』は接触してないと使えないにゃん~。それに生活魔法だから、あんまり威力もないにゃ」
「ですよねえ…」
「猫、『ライトニング教本』を持ってるにゃん。読んだら貸すにゃん~」
「えっ!? それはさすがに申し訳ないです、お金払いますよ!」
「猫もこの教本は人からもらったにゃんよ~。それに猫はMP低いから、拡大もそんなに出来ないし、すぐガス欠しちゃうにゃん。ペチカちゃんの方がMPは多いし、それに初心者魔力potがまだ使えるにゃん?」
「なるほど、その利点がありましたね…!」
PTを組んでいるので、お互いのHP/MPは把握できる。ペチカちゃんはMPがかなり高めだ。おそらく魔力・器用型のオーソドックスな魔法師と思われる。
「『初心者強化ポーション(魔)』も飲めば更なる戦力強化が期待できるにゃん~!」
初心者強化pot各種は初心者脱却前に作った在庫がまだ残っている。
なんてったって猫は戦闘には不向きの種族、いつだって他力本願だぜ。
ほどなくして、やってきた観光船に無事乗船。島までは、二時間ほどかかるそうだ。
ひとまず今までの情報を元に『魚籠』は欲しいし、『ライトニング』も覚えておきたい。揺れる船内よりも、マイルームの方が読書も籠作りも捗るということで、ひとまず解散してお互いの作業を進めることにした。
「籠自体は何度か編んだことがあるので、1時間もあれば出来ると思います」
「頼もしいにゃん~、それなら1時間後に進捗確認も兼ねていったん合流するにゃ?」
「はい!」
それでは、船からお互いマイルームへ移動だ。
猫はまず、『ライトニング教本』を覚えるところからだ。ライトニングは読めるMPをメモしておいたので、調整したらすぐ読める。
帽子を外して、ロニは水桶の白月明へ移ってもらって、ちょっと多いので『ジュエル』で調節。よし、読むぞ!
……はい。
『ライトニング教本』は危険回避のための各種注意事項が長い以外は特にややこしいこともなく、さくさく読めた。
雷属性は魔力を変換するときにロスが少ない属性とかで、かなりシンプルな構造。
火と雷、光と闇は魔力そのものに近く、『理力』で多少のコントロールも可能。逆に水や土、氷なんかは『理力』ではどうにもならないところがあるので、魔法構造そのものでガチガチに固定してあるんだそうな。
なので前者は消費MPの割に攻撃力が高い魔法が多く、後者は前者に比べ攻撃力は低いが複雑なことが出来る魔法が多くなっている。
属性ってそんな違いもあるんだねえ。
ざっくりいうと火や雷、光や闇は、ファイアとファイアボールのように魔法のサイズはMPの違い。
でも水や土、氷なんかはちょっと違って、魔法それぞれで細かい指定が入っているので単純に拡大してもうまくいかないことが多いんだって。
なのでライトニングは『魔力操作』と『理力』を鍛えていけばいつまでも使えるため、(費用的な意味で)コスパのいい魔法なのだとか。なお魔力的にはそこそこ重い。
そんな小ネタに興味を誘われつつ、無事読み終えて学習完了。『ライトニング』を覚えた!
まだ全然時間があるので、同MP帯の『ターゲット教本』も続けて読む。
うーむ、読めるのになに言ってるかわからんこの感じ、いかにも無属性教本ですなあ…。
魔力を目から伸ばすってなんなの。ビームか? 視線の圧力を円にして照準を絞る……はあん??
ひとまず読み進める…、視線がうまく出来ない場合は指や杖先でマークをつける方法もある。そっちを先に言ってよ! それならわかる。
そこからはさくさく読めた。魔力を目から伸ばす方法についてはさっぱりわからんかったけど、いずれこれをうまくコントロール出来ないと使えない魔法とか出てくるんだろうか? テレポートに対するリターンのように?
…いや、今考えても仕方ないな!
2冊読み終えても少し時間が余るので、『七宝魚の鱗』をまず『発雷』で圧縮しつつ、掲示板で海蛇の情報を集めることにする。
んー? 海蛇の魔物っていないのかな? 全然話題に出てないみたいなんだが。
ここは秒で返事がくる大商人を頼るか。
『急募)海蛇対策』
『おん? 猫ちゃん船にでも乗るの?』
『船にはもう乗ってるにゃん。離れ小島で海蛇に襲われる予定にゃん~。ライトニングは覚えたけど、他に用意しておいた方がいいことはあるにゃん?』
『にゃん~? 猫ちゃんいるのポーツだよね? ポーツの海蛇って海運の神の化身なんだけど、それ倒して大丈夫なやつ?』
なんですと??
猫は『ライトニング』『ターゲット』を覚えた!
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