36.海の家とお土産の誘惑
魚売りのお兄さんと別れ、ビーチへ降りて海の家へ。
ああ~今日も食べ物屋台がいっぱいで、食欲をガンガン刺激される~。でも前回買い込んだ分がまだまだ残ってるので買い食いはダメです。
あっ、でもあの海鮮焼きそばはまだ食べたことないやつ。ブイヤベースは鍋で欲しい。あ、フィッシュリング発見。正体を知っても誘われてしまう魔性のフライよ…。フィッシュリングポテト? 絶対美味しい組み合わせじゃん。間違いない。買おう……。
磯辺焼きだ。磯辺焼きを磯辺で食べる、なかなかない経験。お餅も美味しい…。
醤油や味噌を使った料理を出してるのは、まず間違いなくNPC屋台だ。なんでもプレイヤーが醤油や味噌を使っても、味は美味しいけどバフはうまくつかないんだって。バフがつく他の商品とバランスが取れないから、あまり売られないそうな。
NPC屋台では、醤油や味噌はやはり自家製らしい。新規に店を作るときには、そういう調味料系はすべて自家製にしないといけないんだって。へええ、これは料理で店舗を作る条件かなにかかね?
他人には決して明かさないけど、調味料の樽や壺には名前をつけたりして、お店の守護として大切にするのが料理人なのだそうだ。
ほ、ほほう…名前を…? なんだかファンシー?
あれこれ話を聞きつつ買い食い…ではなく、試食させてもらってはちょっと買う、を繰り返し、クラフトコーラを買った辺りで我に返った。
クラフトコーラは『調薬』と『料理』のハイブリッドらしい。薬膳を越えた先にコーラやチャイの魔境が広がってるとかなんとか。飲み物、そんなことになっているとは…。
そんな話を聞きつつまんまと買わされてしまったぜ。シュワシュワ、甘酸っぱくて少し柑橘の香りもするしあわせコーラだ。美味しい~。
意志が弱い? なんの、経済を回してるにゃんよ~~。
海の家はゴザを敷いた昔ながらの感じが半分、残り半分は浮かれきった海のリゾートお土産店だった。…スパリゾートなのかここは?
世界観迷子が独自の扉を開いて南国と温泉街まで融合させてるなこれ。混ぜるな危険。ショッキングピンクはさすがに地中海リゾートから浮いている気がします。
でも海!夏!屋台!と浮かれきった心がなんだかやたらとワクワクさせられてしまう。
何処に置いても浮きそうな『常夏の街ポーツ』のドピンクとエメラルドグリーンのペナント、同デザインのステッカー、謎の鮭?の置物、大きな法螺貝、巨大な魚の骨格標本。
なぜかキラキラした宝石とアクセサリーのコーナー、なぜか伝説の剣(模型)コーナー、なんで木刀があるんだこれ。
浮き輪にエアボート、水着、あとこれは潮干狩りセット?それとも砂遊びセットか? 後者の気もします。
そして『ポーツクッキー』に『ポーツ饅頭』……すごい、全力でお土産店してるぞ、ここ!!
もちろん変な商品ばかりではなく、立派な出汁昆布や海鮮干物、醤油に味噌といった乾物や保存食もあれば、おそらく『七宝魚の鱗』で作られたと思われる装飾品といった真面目な特産品コーナーもある。
七宝魚の装飾品は、お姉さんが言ってた通り色で値段がかなり違うな。赤と紫が高いみたい。火と毒かな? もし通常品質まで圧縮するなら、この二色にすると高く売れるのかもしれない。見たところ、オシャレ装備で特殊効果はないみたいだけども。
装飾品以外にも、暖簾のようにシャラシャラと連なる壁掛けや、三連ほどでまとまったサンキャッチャーに似た家具もある。これはなかなかきれいだなあ、窓辺に置いておきたくなる。色はやはり青と茶色と透明で出来ているのだが、その配色が逆に落ち着いていていい感じ。
うーん、これいいな。レトもキラキラしてるのが気に入ったのか、ずっと見上げてゆらゆらしている。『素敵な窓辺』に下げたい。買っちゃお。家具だからそれなりの値段だけど、思ったよりは全然安い。
あとペナントも、狩猟祭で作った記念品コーナーに置きたい。でも微妙な価格だなコレ。悩むわ~。といいつつ、買っちゃう……。
……いやいやいや、土産物屋はついつい色々買いたくなっちゃってダメだ! 退散、退散!
でも『ポーツ饅頭』はどんなものか気になって買った。お茶請けに最適らしい。マンボウみたいな魚のかたちの黒糖饅頭。なお『ポーツクッキー』は船のかたち。これもちょっと買った。配る用。
…お土産ってほんとついつい買ってしまうな…。
まだ日が高いので、ビーチの採取スポットで砂拾い。ついでに貝も気になるので、マジックセンスを掛けて波打ち際を歩く。
採取ポイントで取れるのはやはり大半が『砂』で、たまに『マーロ貝』が取れる。これは食用貝で、加熱してブイヤベースとかに使える。『1日漁業権』買ってるからか、1回の採取で5~6個取れる。
あとは採取ポイントじゃないけど拾える『貝殻』も拾っていく。これは圧縮用なので数が欲しい。せっせと拾い集める。見てる分にはたくさん見かけるのに、いざ拾おうとすると少ないのがこの手の見える採取物よな…。
一通り拾いつつ入り江まで行ってみて、周辺を採取したけどやはり『精霊砂』はなし。残念!
入り江の洞窟付近に釣りスポットがあったので、せっかく来たし、しばらく針を泳がす。
…うーん、全然釣れませんね。魚影も見えないし、釣竿か餌が合ってないとかLV足りないとかかもしれん。
そろそろやめるか、と針を引き上げると、何か引っ掛かってる。なんだこれ、紙?
『ハズレ』
和紙のような紙には達筆でそう書かれていた。
……くじ引きだったの?
もう一回やってみようか、と針を垂らそうとすると釣りポイントは消えていた。1回こっきりなんかな??
採取ポイントじゃなくても採取出来るように、釣りポイントじゃなくても釣りは出来る。出来るが、釣りの場合はポイントじゃないとヒットまでの時間がすごく伸びるし、釣れるか釣れないかわからないから推奨されていない、というか時間の無駄と言われている。
まあ採取もポイント外では大したもの取れないもんね。
ポイント外でもいいものが採れる例外は、『魔力感知』などのスキルや魔法で探り当てたシークレットポイントと、導くものがあった場合だけらしい。
導くものがあるっていうのは、たとえばルイが牧草の位置を教えてくれるとか、そういうやつ。
そんなわけでここの釣りポイントはもう消えたので、もう一回やっても無駄な可能性が高い。残念。時間回復かな? 前回来たときは夕方(夜)と朝と両方見たけどなかったなあ。昼じゃないとないんだろうか。
まあ消えたものは仕方ない。
採取ポイントも採掘ポイントも掘り尽くしたし、帰って桟橋で釣りを楽しもうっと。
桟橋での釣りはやはり『ピッグシー』と『イワッシー』が多いが、新しく『アッジー』と『リューシー』が釣れた。アッジーはもちろん青魚だが、リューシーは海蛇?だった。にょろろん。
海蛇はどうやらまだ子どもらしく、10cmもない。うーん、これは食べられる気がしない…。『釣り』は、釣り上げてしばらくは生きている。はい、リリース!
ポチャンと水に帰せば、スイーッと泳いで波間へ消えていった。達者で暮らせよ。
釣りもいろいろなものが釣れるなあ…。
翌日、島と行き来する観光船の船着き場へやってきた。船の運賃は2000zと、特に予定がなければ乗らない価格設定。さすが観光船。
時刻表を確認すると、朝イチの便は出た後だった。昼にもう一便あるようだから、それを狙おう。目的は夜だから、遅くても構わない。
ちょっと時間が空いてしまったので、行政施設の図書室で本を探すことにした。ざっくり周辺の地理の本は読んだけど、アトノ島に関する本は調べていなかった。たぶんあるんじゃないかな?
掲示板でも精霊スポットやミニダンジョンとして情報収集はしたけど、それと現地の本はまた別だ。
図書室に来ると、おや先客が…、てペチカちゃんじゃないか。
しかし図書室の中はずいぶん暗い。あれ、ペチカちゃんは生活魔法持ちじゃなかったっけ? 『光源』は最初に取らんかったのかな。教本はまだ読めないようだし。
暗いランプは光で上書き出来るので、『光源』で魔力を入れさせていだたく。部屋が明るくなった。
「ファ!? あ、あれ、ランさん!?」
「こんにちは、ペチカにゃん~。いい本あったにゃん?」
「ポーツの図書室は物語というか、風土記っぽいのとかも充実していていいですね。これなんかすごく面白かったです!」
手渡されたのは『幽世恋物語』。お、おう。猫は読まないジャンルだ。まじまじと本を眺めていると、ペチカちゃんはあらすじを説明してくれた。
「漁師が青月夜に漂流して、どこかの離れ小島に迷い込むんですけど、そこで幽世のお姫さまと巡り会うんです」
「ほう??」
気になる単語がいくつかありますね。
「お姫さまは住まいを海蛇に乗っ取られて困っていて、これを漁師が討伐。そして幽世のお姫さまは漁師に恋をしてしまうんです。しかし漁師は既婚の身…」
なんだかドロドロの泥沼の気配。
ペチカちゃんはぎゅっと胸の前で両手を握って、キラキラした目で言った。
「帰りの遅い漁師を心配した妻が、離れ小島に乗り込んできてからの、お姫さまとのキャットファイトがもう! すごいんですぅ!」
「なんて??」
「最終的には漁師そっちのけに女二人の友情が芽生えてですね、そこから幽世との貿易がはじまり、ポーツに醤油や味噌がもたらされた…というお話でして」
「醤油そこから来てたにゃん!?」
海の向こうの国って聞いたから、航路を行けばいずれジパング的な国が出てくるんだと思ってた。それはかなり予想外。
「そうなんですよ。ちょっと和風っぽい場所みたいなのが気になって、調べてたところなんです。でも青月夜しか行けないみたいだから、日付も調べないといけなくて…」
「青月夜は今夜にゃんよ~。猫は青月夜に界が揺らぐアトノ島の祠に行くつもりで、調べようと思ってたにゃん」
猫もたまたま白月夜の日がわかったから、その日から3日毎に満月が変わる法則にしたがって月夜がわかるだけで、黒月夜や暗黒夜が挟まるとずれてまたわからなくなるだろう。
先の月夜を調べるのはかなり大変なのだ。なにせ暗黒夜はそれまでの月の満ち欠けに関わらず別の法則で割り込んでくる。『月と精霊の扉』にもその法則については書いていなかった。
でも暗黒夜はだいたい15日に一度となっているので、前回の暗黒夜がわかっていればなんとなく予想はつく。たまにズレるけどね。
暗黒夜が来ると月の満ち欠けがすべてリセットされるので、月夜がズレる寸法だ。
「わあ、今夜だったんですか! それに、青月夜に界が揺らぐ島ですか…」
「たぶんランダムインスタンスのミニダンジョンだと思うにゃん。ペチカにゃんも一緒にいくにゃん?」
「えっ? いいんですか、私、LV低いですよ??」
ペチカちゃんはフレンド欄によるとLV18。猫とそう変わらない。
「猫の方がLVは高いけど、戦闘経験はほとんどないにゃんよ~。ペチカちゃんがそれでもいいなら問題ないにゃん」
「私はご一緒できるなら嬉しいです!」
そんなわけで、今日から青月夜編です。
8話の続き物となります。
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