35.界の揺らぎ
「にゃあ、品質のいい素材は錬金術では扱えないにゃんよ~。低品質とか最低品質で、きれいなヒビが入ってたり、中に屑が入ってるようなアイテムが得意にゃん~」
「ヒビとか屑…、『カーバンクルの魔宝石』みたいな?」
やはりそれを思い浮かべる人が多いのね。
「そんな感じにゃん。でもそこまでレアでお高いものじゃなくても構わないにゃん」
「最低品質がいいなんて不思議な生産もあるんだねえ。…あ!じゃあ、もしかしてこれもつかえるかい?」
お姉さんが出したのは『魚竜の鱗』。
深い青から緑への縞模様のある雫型。鱗というからには薄いと思いきや、厚さ5mmくらいはある。防御が固そう…。そして中央には同心円状にきれいなヒビ。おお、これはいい感じのヒビだ。
「良さそうにゃん!」
「よかった、ならこれをあげるよ」
「でもこれ、お高そうにゃんよ?」
表面はツヤツヤしているし、半透明の質感に、きれいな縞模様で、なんだかメノウのような趣。たぶん『装飾工』とかで使える素材なのでは。
「最低品質だから、これも細かいビーズしか取れないし、あまり高くはないんだよ。ヒビがなければ大きく取れて価値が高いみたいだけどね。ビーズはガラスと競合するから、鱗素材は余り気味なんだ。猫ちゃんが上手く使えるならとっておいておくれ」
「にゃん~、ならもらっちゃうにゃん! ありがとにゃーん!」
くれるというならありがたくもらっちゃう。
お姉さんは余ってるからと20個くらいくれた。おぅ、太っ腹。これは予想外。
「もし貝が上手くいって、もっと欲しい、てなったら、猫ちゃんに『鍵魔法玉』を頼んでもいいかい?」
「家内手作業品だから、あまり多くは作れないにゃんよ?」
「生産品は全部そうじゃないかい? もちろん無理な数を頼んだりはしないよ」
真顔で言うお姉さん、さては真面目なタイプだな?
『鍵魔法玉』は、マケボでもたまに売られてるので、価格がわかる。大体5000z前後だ。今回は相談料も含めてということで、高値で買ってくれた。相談料はさっきの鱗じゃなかったのか…? ま、まあいいか。なんと1個1万z。ワーオ。
3個全部お買い上げ、まいどありにゃん~。
貝相手に必要な個数にもよるけど、取引1回あたり3個1000z、素材は持ち込みで商談を了承した。
なおマケボ価格より低めの取引をお願いしたのは猫である。素材として『七宝魚の鱗』をもらえるなら、そっちのがありがたいからだ。鱗は今までと同じように品質ごちゃまぜ袋での受け取り。冒険者ギルドで最低品質素材を買い取るより安く手に入るし、更に属性付きでいいこと尽くめ。
お姉さんは大商人…ではないようだが上級商人で、遠方とも取引できる『直送便』スキルの持ち主。これはメールにアイテムやお金を添付して送ることの出来るスキルだ。着払いのように、相手が対価(指定されたアイテムやお金)を支払わないと受け取れない仕組み。
フレンド関係にある商人同士しかやり取り出来ないという致命的欠陥はあるのだけど、ポーツと学園都市を拠点にしているお姉さんと、自由都市が拠点の猫が定期的に取引するには必要不可欠なスキルだ。
ちなみにスキルを使わなくても、運送ギルドで宅配便としてアイテムは送れる。これは商人じゃなくても利用できるもので、送ったよーとメールして相手が地元の運送ギルドへ行けばすぐ受け取れる転送機能となっている。しかし片道になるので、友人間のやりとりはともかく、商売では使いにくい仕様となっている。なお距離に応じて使用料がかかる。
スキルの方はLVに応じて距離が伸びる。最初は同じ街の中だけというのだから、なかなか使いにくい。LV上げに商人仲間が必要不可欠なスキルだ。
なおこのスキル、フーテンさんは持っていないが、モルタさんは持ってる。ティアラさんやセルバンテスさんも持ってない。同じ商人でも、実績解除スキルの取得は人それぞれだねえ。
猫に出るのは大分先だろうけど、なかなか迷うスキルだ。NPC商店も友人になっていれば利用出来たりするらしいし。
野菜売りおばちゃんや本屋さん、投擲専門店の店主さんとかとメール交換出来るのか、すごく気になっちゃう。
なんでこのスキル、『運搬』系列じゃないの?て感じだけど、運送ギルドは荷物を自分で運ぶジョブだからだろう。自らの足で荷物を運ぶ、それが運び屋の役割なのである。きっとたぶんそういうこと。
お姉さんとはフレ登録をしてもらい、上手くいってもいかなくても結果を教えてほしいとお願いして、お別れした。
ちなみにお姉さんは狸でも熊でもなく、アライグマの獣人とのこと。アライグマ…。
獣人の世界も奥が深いね。
プレイヤー露店のあとは、NPC露店へ。前回入り江について教えてくれた魚屋さんを探すと、ほどなくして見つかった。
「あっ、お兄さんにゃーん!」
「お? ああ! この前買ってくれた猫さんか! 今日は『デビ』が安いよ!」
魚屋お兄さんが持ち上げるそれはやたらでっかいタコだ。タコはデビ。デビルフィッシュ由来?
タコといえば関西人のソウルフードの材料だ。買って帰ってヤマビコさんにデビ焼きをねだろう。関西人はみんな焼ける、猫はそう信じてる。
「買うにゃん~!」
「まいど!」
「この前は入り江のこと教えてくれてありがとにゃ! いいもの見れたにゃん」
「白月夜だったんだっけか。よかったろ?」
「行ってよかったにゃん~綺麗だったにゃ。あの入り江の洞窟には何かあるにゃん?」
「あそこは元々、界が揺らいでんだ。白月夜の日は、完全に幽世に繋がっちまうらしい」
おや、ダンジョン化しちゃってるのか。
もし簡単に中へ入れてしまうような造りだったら子どもが迷い込むと危ないので封鎖するなりしたのだろうけど、洞窟の地形と波が噛み合って、徒歩はもちろん、泳いでも船でも入れないからそのままになっているそうだ。
たしかに、一回は海に入らないと洞窟の中には入れなさそうだったし、そのわりには浅いしでむずかしい地形なんだろう。
「下手に封じると、どうにかして入ってやろうってやつが出てもおかしくないからな」
それはそう。
しそうなやつは山ほどいる。
たぶん『水泳』とかのスキルか、水タイプの従魔とか召喚獣を持ってる人は行けるんだろうね。
港街ポーツは鉱山の街ドゥーアと違い大きなダンジョンはなかったんだけど、ミニダンジョンが第三で結構追加されたって聞いた。怪しかったあの場所やこの場所がダンジョンとして解放されたとかなんとか。
これもそのひとつなんかな?
「放置してて危なくないにゃん?」
界の揺らぎって、広がって行くんじゃなかったっけ?と尋ねれば、お兄さんはケラケラと笑う。
「この辺りじゃ、揺らぎは特に珍しくもねえよ、気にしてたら暮らせねえ。アトノの祠くらい揺らいでりゃ、人の手もいるんだろうけど」
アトノの祠、はおそらくポーツから船に乗って行ける離れ小島、アトノ島のミニダンジョンのことだろう。そしてこの島は青月夜の精霊スポットでもある。
ミニダンジョンにもいろいろあるみたいだけど、アトノ島のは地形、魔物、オブジェクトの組み合わせでランダムに作られる、インスタンスダンジョンだと書いてあった。
行けそうな精霊スポットだったし、周辺情報は掲示板で調査済だ。
「人の手がいるって何するにゃん?」
「アトノの祠は水の界と繋がってるらしくてな、島には鳥のように飛ぶ魚がいるんだ。こいつを釣って、祠に返してやる」
そうすると水の精たちが手伝ってくれて、界が少し安定するのだそうだ。これは昔語りに則った古くからの習わしであり、水の精との約束なんだって。
水の精は納めた魚の代わりに、美味しいものや海の泡、月の光などをくれたりするそうだ。
美味しいものはともかく、海の泡? 月の光?? それはなに、アイテムなの??
猫が首を傾げていると、またケラケラと楽しそうにお兄さんは笑う。
「気になるなら明日、アトノ島へ渡ってみな」
「にゃ~~、気になるにゃん! 行ってみるにゃん~!」
本当はポーツは今日だけ滞在で、明日はアルテザへ旅立つ予定だったけど、こんなん聞いたら気になっちゃうにゃん~!
どうやら青月夜の関連みたいだし、ちょうどよかった。
アルテザとドゥーアの間にある森の泉にも青月夜の精霊スポットがあるから、本当はそっちへ行こうと思っていた。といっても、旅程的にかなり厳しい、しかしアトノ島に寄るにはポーツの滞在期間が長過ぎるのでは…と迷っていたのだ。
でも旅行的には足踏みでも、イベントがありそうで、かつ確実に間に合うならポーツで迎えたっていいよね!
ちなみにその次の黒月夜は、『隠者の村』にある泉がそうじゃないかと考えている。ここは『満月じゃないのに精霊が見えるスポット』らしい。
隠者の村はざっくり調べたところ、斥候系スキル持ちは行った方がいいところらしい。猫も当てはまるのでいずれ行きたいと思っていた。こちらは推奨LV20。……いつの間にかクリアしてたな、そういえば。うん、行けそう。
隠者の村は自由都市エリアなんだけど、結構、マケットからは遠い。自由都市周辺は界が安定してるからか、精霊スポットも全然なかったりする。
遠いなら無理かなと思ってたんだけど、隠者の村も自由都市の転移施設ポータルポート(通称ポート)から転移可能らしい。これはまだ未踏の地でも使えるんだって。隠者の村なのに!?とちょっと思ったけどそれはそれ、これはこれ。ありがたい機能である。
まずポーツの転移施設から自由都市へ、それから自由都市から隠者の村へと転移するからお金は多くかかる。
でもやっぱり黒月夜だって、気になるもんね!
ティアラさんは、学園都市エリアで青月夜の精霊スポットへ行くみたい。レンタル上級工房もあるし、しばらくはあっちにいるっぽい。青月夜まで終えたらしばらく色月夜がないから、研究に勤しむつもり、との連絡をもらっている。
黒月夜のこと、確証はないから話すか迷ってたんだけど、黒月という見えない月が存在しており「満月じゃないけど精霊が出る」スポットがある、という話は一応、しておくことにした。行くか行かないかは、向こうで判断してもらおう。
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