26.本屋さん
「こりゃイキのいい文字だなあ」
ピョンピョンと瓶のなかで跳ねている文字を光に翳して、お爺さんが目を眇める。
彼こそが猫の行き付け、本屋さんの店主である。
煙管咥えてプカプカしながらロッキングチェアに座って猫を撫でてるような、いかにも!なお爺さんだ。ちなみに猫が好き。いや、私ではなく、猫という生き物が。
私というか風猫族については、「猫と話せないなら役に立たん」とのことで別物扱いである。まあ話せても「翻訳とか無粋なことはするな」とか言われそう。たぶん言う。
でもたぶん、猫のことは可愛がってくれている。わかりづらいけど。そういうところが猫は嫌いじゃない。
この本屋さんは、部屋の奥までぎっしり本棚…という店ではない。たったひとつの本棚とカウンターだけある、狭い店だ。でも猫が最初に入って来たときより、本棚が育っている。
はじめに、これしか本がないのかと聞いたときに「そこにないなら、ねえな」と某均一ショップ店員のようなことを言っていた店主に面食らったものだが、今ならわかる。
この店は客が読んだ本しか売ってない。つまり、一定数は読んでないと本がない。もしかしたら本棚が現れず、店主さんしか見えないんじゃなかろうか。もしかしたら店主さんすら見えないかも、なんて。そう考えさせる佇まいの店なのである。
「お爺さんが言ってた通りに『ガラス瓶』に入れてみたけど、暴れるから1瓶に3文字くらいしか入らなくて困ったにゃんよ~」
「そりゃお前、瓶の品質が悪ぃんだよ」
「ちゃんと通常品質の瓶にゃあ」
「だから、通常じゃダメなんだよ。ポーションなんか入れておく、割れてもいいようなうっすいガラスの瓶じゃ、暴れ文字にゃ耐えられんのさ。もし使うなら最高品質。ま、出来れば、どっしりした『硝子瓶』を使う方がいい」
おっと、ここで出てくるのか『硝子瓶』。ポーションを容れる上位品になると予想してたけど、用途が違うってことかな?
「なんで『硝子瓶』は持ってねえのに『試験管』なんか持ってんのかね、面白い猫だよお前さんは」
「『試験管』じゃ変にゃ?」
「『硝子瓶』のが全然安いだろうが」
うん?
サイズだけでいうなら『試験管』は『ガラス瓶』より小さいから、材料としては少なそうな気がするんだけど。『硝子瓶』の方がレシピが簡単なのかな?
というか『硝子瓶』、売ってるの??
お爺さん店主は猫が持ってきた『動く文字』をピンセットでひとつひとつ摘み上げて、別の瓶へ移していく。なんか透明な液体が入っているんだけど、それに浸けると文字はおとなしくなって底に沈んでいく。
持ってきた全部の文字を移し終えると、お爺さんは瓶の蓋をしっかり閉めてから、ゆらゆらと瓶を振る。すると瓶の底から紫や緑が煙のように滲み出してくる。
「こりゃ植物について書いてある本から逃げ出してきた文字だなあ」
「そんなことまでわかるにゃん?」
文字や栞が出てきた本の一覧は施設の受付に渡してしまったからはっきりとは覚えていない。でもたしか、初心者向け森歩きの本とかあった覚えがある。それだろうか。
「文字が逃げ出した本は、文字が消えるにゃ?」
「そうだな、虫食いみたいになっちまう。だが『動く文字』を取り除いておいてやれば、次第に修復されていく。あんまりたくさん逃げ出すと、頁が意味をなさなくなって千切れちまう」
「千切れた頁と『不思議な栞』は違うにゃん?」
「まったくの別もんだ。頁は元々は本にいた頁が追い出された。栞は元々本にいなかったやつが入ってきた。な? 別だろ」
なるほど。
そう説明されるとたしかに別物だ。
「追い出された頁が他の本に挟まるとかは?」
「そりゃ挟まることもときにはあるかもしれんが、それが『不思議な栞』になることはねえ。栞は本の中に直接わいてくるもんだ、逆に言うと、やつらは本が開かれてる限りは生まれねえもんだ」
本というのは扉と同じ、閉じられて、開く。開かない本はやがて『閉ざされた扉』の役割を担い、どこか異界と繋がってしまう。
元々扉の形をしているものは異界に繋がりやすいけど、それをパカパカすることでメンテナンスしてるというか、開閉していれば異界との繋がりは断ち切れるんだって。でも開閉しないと、いずれ異界の入り口として整備されちゃう、てな具合らしい。
ちなみに『ロック』にはこれを防ぐ効果があって、扉をこちらの世界に固定する意味もあるそうだ。だから古くは『ロック』で鍵をかけることが当たり前だったとか。
閑話休題、『閉ざされた扉』となった本の中は、半分はもう異界に呑まれているようなものになる。そして異界側から扉を抉じ開けてこちらへ扉を繋げるために、そこに栞という形で布石がうたれ、やがて本の頁と成り代わる。そしていずれは、本そのものが乗っ取られてしまうそうだ。
その説明は施設の受付でも聞いたのだが。
お爺さんがいうには、そうなったら本は魔物になってしまうし、同時に異界の扉でもあり、気まぐれに扉を開いてあちらとこちらを繋いでしまう。そうしてお互いを侵食させ、その場をダンジョン化してしまうのだそうだ。ワーオ。
「その最たるものが学園都市の図書館ダンジョンだ。まったくもったいねえこった。あんなに本があるのに、あそこにある本はほとんど読めやしねえ」
ぷかぷかと煙を吐きながら、お爺さんは忌々しそうに吐き捨てる。
一度転移罠で行ったときも、本はオブジェクトで中は読めないって言ってたもんなあ。たしかにすごくもったいない。
「ましてあの土地は元々、界が揺らいでる。もうひとつの図書館の方は厳重に管理されてるって話だが、それもいつまでもつやら」
あ。そうか、前に聞いた『図書館内での召喚禁止』って、もしかしてそういうことなのか。召喚獣は界を渡ってきているものだから。なるほどなあ。
あと、お爺さんは『不思議な栞』のコレクターではなく、むしろ「そんなもんうちに置いておきたくねえ」と言われてしまった。さっきの話の流れからすると、そりゃそうね。
『不思議な栞』は抜き取ったらそれで終わりではなく、界の向こう側の存在のままなのだそうだ。だから妖精召喚の触媒として使えるものもあり、それらはコレクションを超えて高く取り引きされるらしい。
妖精召喚というのは、こちら側の世界にまだ現れてない妖精を呼び寄せて召喚契約を願う方法だって。そんなのあったんだね。たぶん強い妖精と契約するための方法なんだろう。
ちなみにどれが妖精召喚の触媒かとかはわからん。全部説明同じなんだもん。
「自由都市で売れるところはねえだろうから、学園都市で売ってこい」
「にゃん~。これって、うちに置いた本棚でも発生することがあるにゃ?」
「お前んちがどこにあるかは知らんが、界の揺らいでるとこでは出やすい。だが妖精が住んでるとこなら異界だろうから、たぶん出ないんじゃねえか?」
妖精が住んでるって何の話?て一瞬思ってしまったけど、そう私は妖精、プレイヤーは妖精設定でしたね。ゆえにプレイヤーが住んでるマイルームは異界。はい。
召喚妖精と違うのは魔法的ではない、物理的な体を持っていること――とはいうが、なら死に戻りのときの体とかどうなってんの?てなるのでその辺は深く考えてはいけない。はい。
「そういや猫はまだ学園都市には行ったことがねえんだっけ?」
「ないにゃ。廃都旅行が終わったら、学園都市も行こうと思ってるにゃん~」
「そうか。なら学園都市に行く前にはうちへ寄んな」
「にゃん? わかったにゃん。行く前に来るにゃあ。行かなくても来るけど」
「お前は来すぎだ。金貯めろ」
にゃあん、本屋さんにまで金遣いが荒いって言われた!
その後、ちょっと大きくなった本棚を物色して、『月と精霊の扉』の絵本を発見した。さすがにヨハンの教本はなかったから、やはりああいう場所固定の本は入荷しないのだろう。
なお『月と精霊の扉』はめちゃくちゃ高かった。え、びっくり。思わず「高ぁ!」て言っちゃったもん。
「そりゃ高いに決まってんだろ、この手の魔法文字のある本は稀少なんだぞ。よく見つけてきたな」
「魔法文字?」
「知らなかったのか? この最後の方にある、言葉の羅列だよ。然るべきとき、然るべき場所で唱えれば魔法となる呪文が刻まれている。しかもご丁寧に、一度どこかで唱えられれば消えちまう術式だ。まだこれだけ魔法文字が残ってるんだ、高くないわけがなかろう」
「にゃああ……」
やっぱり誰かが使うと名前は消えていくのか。
それなら理由には納得しかないが、それにしても高い。収穫バイトで結構な臨時収入もあったし、全然買えるけど、買えるけどぉ! 猫にも予算というものはさすがにあるの!
でもティアラさんとこでアクセサリ買う予算もまるまる浮いたので……、うん、はい。
「買うにゃ……」
「お前……、本で身を崩すんじゃねえぞ」
「この本の真価を発揮できる人にチラ見せして金をせしめる計画にゃん」
「こすいことすんな」
にゃん~~!
本屋さんは倉庫街と近かったので、そういえば運送ギルドがあると聞いたっけと思い出して足を向ける。ルイに揺られてカポカポと。
ちなみに本屋さんは鳩ポッポ商店街にも近い。商店街を更に進んで西へ行ったところが倉庫街。道は広いけど、人通りもかなり多い場所だ。
こんなところもあるんだなー、と感心しつつ、運送ギルドを発見。これじゃ場所を知らないと見つからないわけだわ。
広々としたギルドへ入って、運搬依頼の確認。
ポーツから自由都市まで荷物を運ぶ依頼、帰る前に受けようと思ってたのに、すっかりすっぽ抜けてしまった。こんな早く帰るならあのとき受けてしまえばよかったね。結果論!
今回はポーツヘすぐ戻る予定なので、運び屋依頼も安心して受けられる。一週間以内にお届けの荷物が3件あったので受注、出発前に受取にくるか、今渡すか、と言われたので、一応出発前にしておいた。明日はお使いクエストと露店して、会える人がいたら会う予定。
ちなみに運び屋の依頼荷物は、マイルームの棚へ仕舞うことは出来ない。なので運び終えるまでインベントリを圧迫する仕様だ。荷物の重さを考えて受けないと大変な目にあう。ちゃんと計算しました! ルイのパワーがすごいぜ。
運送ギルドへ寄った後は鳩ポッポ商店街へ。
またポーツヘ行くから、『交易』を生かすべく特産品を仕入れたい。
そう思ったものの、はて、自由都市の特産品ってなんなんだろうか?? 知っているようで自由都市のこと何も知らんかったな…。
商店街で聞きこみつつ買い物してみたところ、自由都市の特徴はまず『大都市なのにダンジョン機構がない』ことに尽きるのだとか。
そしてそれを可能にしているのが錬金術であり、魔道具。つまり自由都市は元祖!錬金術の都なのだ。なぜ元祖を主張するかというと、最近すっかりお株を学園都市に奪われているからだそうな。そういうの何処にでもあるのね…。
そんなわけで自由都市の特産品、といえば魔道具であるらしい。なるほどね~。
…交易するには有り余る大金が必要な特産品もあったもんだぜ…。
猫はあきらめたにゃん。
まあそれ以外にもダンジョンの影響を受けずに育った木材とか、それで作った木工品は有名なんだそうな。こちらも高級路線。
うん。あっちの商業ギルドで求めてるものを見ておけばよかったね! はい、勉強になりました。
せっかくなのでお話聞かせてくれたおばあさんから綺麗な木彫りの皿を買った。これにロニのための予備『白月明』を置こうと思って。今も木皿には入れてるけど、たまにレトが鞄に入りきらない『畑ホッパー』を混入させたりしてたから。これなら専用に出来る。
「おひとつでいいの?」
「ひとつでいいにゃ。お友だちの住処を置くにゃん」
「まあ、素敵な用途ね。石を置くのかしら?」
「そうにゃん~」
「なら水晶石を敷いてあげるといいわ、安定するからね」
「やってみるにゃ!」
なんで水晶石??
よくわからんけどアドバイスもらったし、マイルーム帰ったらやってみようっと。
話にだけは何度か出ていた本屋さん登場。本を取り巻く環境と、猫のお買い物。
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