18.巨大畑と愉快な農家たち・前
続き物ですので途中で切れます
「『農業』持ちに『時属性魔法』を使ってもらうアルバイトですが、説明は聞いてます?」
「レイドまでの間に収穫したいから『経過』使える人を探してるって聞いたにゃん。何を育ててるかとかはまだ聞いてないにゃ」
「育ててるのは治癒草、いわゆる上薬草ってやつです。レイドの日付を間違えて覚えてたそうで、畑に種蒔いちゃったらしくて。治癒草は根付き収穫出来ませんから、『種回収も出来ないもう治癒草育てられない畑終わった!』と絶望して暴れまわっていた農家を救うのに農家ネットワークで解決案を探し、引きずり出してきたのがヤマさんだったわけです。そしてフーさんから紹介されたのが君です」
「にゃん、種の収穫ってことでいいにゃ? 治癒草は育てたことがなくて猫は詳しくないにゃん」
「種を一畝分、こちらはヤマさんの尽力でさっき終わったところです。あとは丸ごと収穫します。すべて若葉でとかさすがに言ってられないので。害虫も気にしなくていいです、こっちで殲滅します」
「治癒草につくのは『畑ホッパー』とはまた別の何かにゃん?」
「『畑ホッパー』も出ますが、メインは『畑ロリポリ』ですね。岩のように転がってくるので適宜避けてください」
ダンゴムシかぁ…。
「『よりにもよって治癒草! いちばん手間がかかる!除虫剤も使えねえじゃねえか!』と集中砲火食らいながら必死に収穫してる元凶農家が金を出しますので、魔法だけお願いします。ちなみに収穫出来た治癒草の売上分のすべてがバイト代になります。手伝ってる農家たちの分もありますのでそのまま全部ってわけではないですが、魔法師の取り分多めになります。本人は種だけ回収出来れば万万歳だそうなので」
「にゃん? なら種の畝だけ育てたらいいにゃ?」
「害獣レイドだから、作物を食べて回復するギミックがあるんだって~。その中でも治癒草は最悪らしいよ。でも引っこ抜いて捨てたりすると、その後しばらく畑の収穫量がかなり下がるんだってね?」
「畑の妖精に嫌われるらしいにゃんね~」
害獣レイド、さすがギミックが農家向けだ。
治癒草は薬草より成長が遅めで、育ちきらないのを途中で引っこ抜くとアイテムにならずに消える。そしてこれは作物を無駄にした扱いになってしまうそうだ。
かといって放置してレイドが始まると害獣を回復させてしまう上、人が畑を踏み荒らすとこれも作物を無駄にしたことになってしまうそう。
なるほど、厄介。
そんなわけで、レイドまでにすべての治癒草を収穫するのが今回のミッションだ。
「畑の移動にロバを使ってもいいにゃん? 猫の従魔にゃ。あと、マルモを放す許可も欲しいにゃん」
「構いませんよ。マルモ?」
「畑ホッパーを捕まえるのが得意にゃん」
「へえ! それは知りませんでした」
「草原でホッパー食べてるのを見てスカウトしてきたにゃん~」
「マルモを特性狙いでスカウトした話は、ビブリオマルモ以外では初めて聞きました」
そんなわけでフーテンさんはそのまま待ち合いで待つことになり、猫は畑へ入る許可をもらう。
「いってくるにゃ~~」
「いてらしゃ~~」
畑、すごい広い。どのくらいあるんだろこれ?
ああ、なるほど、背景もあるのね。そうか全部が全部そうってわけじゃないのか。ふむふむ。
とはいえ、この区画はすべてプレイヤー畑で、更に『共通管理』で繋げてあるため、見える範囲の近くにある畑は全てプレイヤー畑で間違いないらしい。いや広いわ。
そしてその中でも芽が出てる畑は全部、今回の元凶畑主さんの畑だそうな。いやいや、広いわ。
これに全部種蒔いたの? コンバインとかあるの?
「にゃあ……。畑装備には重機があるにゃ?」
「牛車をレンタルでしょうね。ここまでになると、人の手では途中で力尽きますから」
大変そう。
ちょっと指示を聞いてくる、と牛獣人の農家さんは作業してる人々の方へ歩いていく。
はあ、しかし農業ギルドの畑すごい、広大。ほあーとルイを呼び出しつつ眺めていると、なんか見たことある人が。
「おー! ラン、来よったか!」
頭タオル巻き、デニムっぽいツナギの作業着姿で、一瞬誰かわからなかったわ。さては形から入るタイプ。
「ヤマビコさん! ラーニングおめでとうにゃん~!」
「おおきに! タイミング悪うて、巻き込んでしもて悪いなあ」
「LV上げにもなるし全然構わないにゃんよ。ツナギ似合ってるにゃん~」
「おお、ええやろ、突っ走り村っぽくて」
「魂が農家にゃん?」
猫も先日ようやく購入できた『麦わら帽子』にしたいところだが、この帽子はMP増強装備、魔法師アルバイトで脱ぐわけにはいかない。残念!
でも『ガーデニングエプロン』は装備しよ。これは上着扱いなのでローブと併用は出来ないが、ローブは魔力もMPも関係ないので問題ない。
「後でお醤油とか渡すにゃん~」
「おっ、せやったな。買出しおおきに! 助かるわあ」
ヤマビコさんにも『タイムパス教本』を渡して覚えてもらってもよかったのだが、おそらくたとえ5分であってもMP回復に阻まれて読むのが難しいだろう。猫でも途中に浄化したりジュエルしながら読んでたし。ここで服毒してもらうわけにもいかないので、教本はお預けだろう。
話してるうちに、農家の人が指示を出しに迎えに来てくれた。さっきとは別の人で、金髪ゴージャス巻き髪の人族女性だ。この人もカソックスタイル。黒い詰襟長袖、禁欲的なのにやたらと色っぽい。
「君がもうひとりの農家の時魔法使いね! 今日は来てくれてありがとう。早速だけど、あっちの端からお願い出来るかしら。ロリポリ対応とMP回復、それから収穫はこっちに任せてね」
「了解にゃん!」
どうやらカソックの人がMP回復とロリポリ対応、その他の作業着の人が収穫担当らしい。
「差し支えなければ猫ちゃんはLVおいくつ? あと農業ランクも出来たら」
「LVは19、ランクは『小さな農家』にゃん」
「あら、農業ガチ勢……、ああ、時魔法があると早いのだっけ。やはりいいわねえ」
「便利にゃんよ~~」
ぽくぽくとルイの手綱を取ってもらって畑の端へ。
「ほんと広いにゃんね~!」
「一区画辺りの最大数30で繋げてるって言ってたわね。本当にレイド当日に大変なことになって、一時はどうなるかと思ったわ。さすがにこの規模の畑の収穫ダウンはペナルティとしてきつすぎるしねえ」
話しつつ、収穫作業班と合流。
基本的には猫は1畝ずつ魔法をかけて進んでいき、15畝分進む。そして戻ってきてまた最初の畝から魔法をかけていく。猫が戻ってくるまでの間に作業班が出来る限りの手入れをする、という進行予定だそうだ。
作業が進んでても進んでなくても魔法はかけていいらしい。若葉が取れたら取る、取れないなら仕方ない、とのこと。うーん、もったいない。でも畑1枚30畝で20枚あるっていうんだから、人海戦術してもそこは限界がある。仕方ないねえ。
「それじゃあ、いくにゃんよ~~」
スタンバってた作業班にちょっと離れてもらって、いつも通りのようででも違う魔法の『タイムパス』。
畑の畝分伸びるときのニョキニョキ!て感じが面白くて好きなのだが、これだけたくさん生えてるとそのニョキニョキ具合も壮観だ。ワッサーッと緑がいっぱいになる。
「やっぱりすごいわねえ、時魔法!」
「あれ、猫ちゃんヤマビコさんより距離出てます!?」
「その分、魔力が尽きるのは早いにゃん~2回でなくなっちゃうにゃん」
「回復はいくらでもするから任せてちょうだいね!」
猫は治癒草見たことないから、断って観察させてもらう。葉っぱはバジル? 背は高くならなくて横に伸びるタイプかな。あまり茎を伸ばすと葉が大きくならないのかも。作業班を見てると脇芽ごと取ってるので、やはり這わせないようにしないといけないやつっぽい。
あ、アブラムシ。
「アブラムシは取るにゃん?」
「取らないと品質が悪くなるのが悩みの種よねえ。ここの治癒草って買取り手決まってるんだっけ?」
「調薬農家の知り合いの調薬師が相場で買取り予定だって。でも低品質はさすがになあ」
「不良在庫は困るでしょうしねえ」
「浄水設備はレンタルしてないらしいから…」
「畑20枚分の濾過装置とか、いくら金があっても足りんだろ」
浄水を撒いてアブラムシ取るのは、農家では知れた知恵だ。ただスプリンクラーとは組み合わせられなかったり、畑の水撒きが出来るレベルの浄水設備を用意するのが大変なのがネックとなっている。
調薬師の通称『浄水器』――『浄化の水瓶』は湧水量が1日10Lと定められているので、プランター程度なら賄えるが、畑に使うのは難しい。猫のベランダハーブ農園なら10Lでギリギリなんとかなる……いや、護衛ラコラまで入れると足りないか。そのくらいの量だ。
畑で水撒きに使う設備には『井戸』があるんだけど、これに浄化装置をつけるのがまず高い。そして更に浄化する水の量によって濾過装置の代金が決まっているので、畑が広いほど懐が痛む。
なんでもそうだけど、農業は手広くやるとほんとめちゃくちゃ金がかかるらしい。
畑、買うのは高いし買うまでのクエスト納品が大変なので、結局自転車操業でレンタルになりがちらしいし。
でもここは買ってるんだっけ? すごい金持ちにゃんね~。
「ピュリファイはしないにゃ?」
「ピュリファイは消費MPのわりに水量少ないから、畑じゃ効率悪すぎるのよ。浄水の品質は高いんだけど」
出る浄水に品質の違いとかあったんだ!? 常に通常品質が出るもんだとばかり思っていた。
「撒く水を用意してもらったら猫が浄化しますにゃあ。もしくは畑直接浄化でもいいにゃん」
「あら、浄化も使えるの?」
「にゃ? ヤマビコさんはやってなかったにゃ?」
「やってなかったような?」
「あー、申し出はあったけどスピード重視したんだって。二人来たし、出来そうならやってもらいたいっていってる」
おお、元凶農家さんと連絡取ってる人がいたらしい。
「ならやるにゃん~、『タイムパス』使ったとこ浄化すると猫のMP尽きますにゃ」
「了解、お願いします!」
はい『クリーン』、30倍拡大! これもキラキラのエフェクトが立ち上って綺麗なんだよね。
「おおー! アブラムシって直接浄化でも消えるんだなあ」
「一瞬で消えるけどサンクチュアリっぽい見た目の魔法だねえ」
「……え、あれ、待って、もしかして豊穣マッマの『プランツ・サンクチュアリ』ってそういうことなのでは!?」
「ああ!?」
豊穣神の専用魔法『プランツ・サンクチュアリ』は植物のある場所で使える聖属性の浄化魔法で、森の中などで不死系魔物に周囲を囲まれた場合などに力を発揮する魔法だ。こう聞くとかなり限定的な魔法のようだが、『不浄の地』とか『兵どもの戦場跡』など、不死系魔物に囲まれるタイプのフィールドやダンジョンは意外と多いそうな。仲間を呼ぶやつとか、罠系とか。
『プランツ・サンクチュアリ』は植物のある場所と限定されるが、神官が共通で使える『サンクチュアリ』より要求LVが低くMP消費も控えめとあって、重宝されている魔法なのである。
神官にはなるつもりないけど、神像巡礼したあとに加護をもらった神については一通り調べた。
「――『プランツ・サンクチュアリ』!」
カソックお姉さんが突然立ち上がって両手を広げて叫ぶ。
周辺の大地が輝き、荘厳な光の柱が次々に立つ。柱が結界のように周囲を閉ざすと、黒いモヤ?細い煙?があちこちで浮かんだ。
「畑ホッパーの霊圧が…消えた…!?」
あ。なるほどあのモヤは畑ホッパーだったのか。
「いやああああプランツ・サンクチュアリィィイ!」
作業着男性が叫びながら畑を駆けていく。
畑の向こう側でもなにやら歓声が上がり、あちこちに光の柱が立ち始める。
「滅びろバッタァァア!!」
「アブラムシとおさらばよおオオ!」
「うおおおマッマありがとううう!!」
「まさに農家の聖域ィィイ!」
はしゃいでおられる。
「にゃあ……」
た、楽しそうでなにより…?
『プランツ・サンクチュアリ』祭が盛大に行われたせいで畑ホッパーが消えたのか、放し飼いにしてたレトが走ってくる……いや、なんかに追われてるな!?
アポートでレトを回収。
「なんかいるにゃん!?」
「あっ、うそ、モグラ!? 『ビーストネット』!」
カソックお姉さんが片手を突きだすと、緑色の網が鋭く放たれた。網は地面に落ちると溶けるように消えたかに見えたが、そのすぐ後に緑の魔力網に囚われたやたら凶悪そうな面構えのモグラが現れる。
「速報、サンクチュアリはモグラ無効!」
「地上しか楽園にならないだと!?」
「野菜農家には儚い夢だった…!!」
ざわめきが伝搬し、今度はあちこちで緑の網が放たれている。
『ビーストネット』も豊穣神専用魔法だ。獣系特効の拘束デバフ。害獣に類する獣類へはほぼ確定で入るとまで言われている有用な魔法。こういう使い方もあるんだなあ。ちょっと気になる。
まあうちではモグラは主にラコラによって駆除されてるからいらないっちゃいらないけども。でもこの凶悪顔モグラはラコラより強そうだぞ、大きいし。
「ごめんなさいね、畑ロリポリも無効の可能性があるから、ちょっと警戒しておくわ。……ちょっとぉ、作業班ー! さっさと水撒きしてー! あと遊んでないで若葉収穫ー!」
猫はカソックお姉さんと共に次の地点で魔法をかける…のだが、水撒きが先なので作業班が戻ってこないことには次へ行けなかったりする。
『プランツ・サンクチュアリ』の農業利用が考えられていなかったのは、まず『畑で魔法使うとヤバい』という大前提があるから。攻撃魔法を放つと作物がしぬというやつ。
それに加えて『プランツ・サンクチュアリ』を覚えた頃に『不浄の地』などに行くことになるので、完全に戦闘用魔法と認識されていたことが大きい。
もちろん中には畑に使えると気づいていた人もいる。いるが、普通は人の畑に遠慮なく魔法を放ったりはしないものである。カソックお姉さんは思い切りがよい。
豊穣神はマッマだし、幸運神はじぃじである。じぃじはたまにおこづかいくれる。
評価、ブクマ、イイネ、感想ありがとうございます




