16.ロマンアクセサリー
『白月明』はティアラさん側で在庫があったそうで、ブローチに仕立てたものを見せてもらった。事前に聞いた通り、特殊効果のなにもないファッションアイテムだ。
『白き月光のブローチ』はピンに大粒で淡い乳白色の光を放つ『白月明』と、小さく煌めくガラスビーズが連なる直線デザインで、シンプルかつ上品な美しさだ。
もし仕立てる『白月明』に拘りがなければすぐに渡せる、とのことだったので、許可をもらってロニに見てもらう。結果、問題なく入ってくれるようだ。
「これで大丈夫にゃん! 作ってきてくれてありがとうにゃ!」
「どういたしまして! …それにしても、ランさんこれはすごいですわよ」
「にゃん?」
ティアラさんに言われてブローチのアイテム説明を見ると『精霊装身具』となり、MP+50の効果があるアクセサリへと変貌していた。
「にゃん!?」
「ついた効果だけを見れば、初級装備品といったところですが…、精霊さんが中に入る、という性質を考えますと、おそらくこれは『成長するアクセサリー』というものだと考えられますわ」
「そ、それは憧れの…!?」
「ええ! 誰もが一度は夢みるあの! 自分だけの成長するアイテム…! なんてことですの!」
ティアラさんは大興奮だ。猫ももちろん興奮している!
いや、だって成長する装備とか嫌いな人いる!? みんな好きでしょ! 少なくとも猫は好き!
「でもこちら、もしかしたら精霊さんの好み?や成長?とかで、着替える必要が出てくるとも考えられます」
「それは思うにゃん。ロニはいずれペアシェイプに入れるようになると思うし、たぶんだけど、猫が指示したらスクエアとかでも入ってくれる気がするにゃん」
「ということは、精霊の住処のかたちを変えることで、精霊さんを変質させる…ということも出来る可能性もありますわね」
なるほど、強制的に進化の方向性を決める、みたいな?
もしかして『固定』のアーツってそのためにあるんだろうか。
改めてアクセサリーに入ったロニを見てみると、同化率が10に増え、更に猫の方でも『固定』が使えるようになっている。おお!?
ティアラさんに『精霊使役』のアーツについて説明すると、彼女はメモを取りつつ拳を握った。
「くうう、ロニさんしかいないのが実に惜しいですわ! わたくしも精霊スポットへ行ってみなければ…! 憶測ですけれど、ランさんはムーンキャッチを『白月明』にしようとして並べていたんですわよね?」
「そうにゃん。ティアラさんにはこれからもロニの住処でお世話になりたいし、わかる限りでお話しするにゃん」
「まあ…!」
ティアラさんには、最初から順序立てて流れを説明した。
まず魚屋で「いいものが見れる」と教えてもらい行ってきたこと(これがフラグになってるかどうかは不明、ただ精霊スポットを教えてくれただけという可能性もあるし)。
夕方からそのスポットにいて、日が暮れてきて白月夜だと初めて気づいたので『ムーンキャッチ』を用意して並べ、その後は夕焼けを鑑賞するために椅子を出してずっと座っていたこと。そのため、精霊が現れ始めてからほぼ消えるまで、身動きをしていなかったこと。近づいてきたのは最後の方に現れた精霊で『精霊が興味を示しています』とメッセージが出たこと。
冒険者の街フロントの図書室で読んだ本に『月夜に精霊が生まれる、生まれたての精霊は弱いけど好奇心旺盛、名をつけると契約出来る』と書かれていたので、名をつけてみたこと。
精霊と契約が行われたが、使役するためにはSP10使ってスキルを取るようアナウンスがあったこと。スキルを取ったら初めての精霊契約としてSP10戻ってきたこと。精霊は『ムーンキャッチ』に吸い込まれ、『白月明(精霊の住処)』になったこと。
「なるほど、これまで聞いてきた『ムーンキャッチが精霊の力で素早く染まる話』とほとんど一緒ですが、最初から最後まで身動きせず見守るのと、名前をつけて契約するところが異なってますのね…」
「身動きせず見守らなくても興味を示してくれるなら、近寄ってくる精霊の性格?とかかもしれないにゃんね。ロニはおとなしくて静かだけど、見ていた中にはギュンギュン飛んでる精霊もいたにゃん」
「……つまり、お前が精霊を見ているとき、精霊もまたお前を見ているのだ、という……」
「深淵にゃん??」
うふふ、とティアラさんは頬に手をやって微笑んだ。
「名前をつけたことで契約が行われ、スキルの取得を促される、とすると、SPがない場合は契約が失敗するのかもしれませんね」
「スキルを取得しなかったら契約した精霊はどうなるんだろうと思ったら取らないわけにはいかなかったにゃん~」
「運営さんはさすがやることが非道ですわね!」
直近で精霊と会えるスポットと月夜を探してみると、次は赤月夜で、すでに判明している精霊スポットは学園都市エリアにある小人族の集落『小人の街コロップ』と、『はじまりの街ルイネ』にあるらしい。
「ルイネのスポットは観光ツアーがよく組まれてますから、ぶつかる可能性もありますし、静かな鑑賞は難しそうですわね。わたくし、コロップへ行ってみることにしますわ」
里帰りですわね、とティアラさん。
「猫はいま、廃都エリアを観光してるから、行けるようならルイネのスポットに行ってみるにゃん~」
二人で掲示板の『【観光】旅の見どころ紹介【名所】』を見つつ話す。
月は3日毎に違う色の月が満月になる。だからひとつめの満月を見つければそこからしばらくは満月の間隔がわかりやすい。白月夜が昨日だったから、赤月夜は2日後、といった具合に。
……あれ、猫がルイネにたどり着くのかなり無理っぽいな?? 次の青月夜のスポットも調べておかねば…、あ、ポーツにもあるんだっけ。なら大丈夫そう。
「ランさんさえよろしければ、この話をガラス工の、硝子研究仲間と共有したいと思うのですけれど」
「もちろん構わないにゃん~! 猫も知り合いに教えようと思ってるけど、これは装備品がネックになるにゃん? ガラス技師さんたちがお暇なときにでも、住処装備の相談に乗ってもらえたら嬉しいにゃん~」
「まあ! 検証人数が増えるのはもちろん歓迎ですわ!忙しくなりますわよぉ!」
少人数である程度の検証をして、住処用の『色月明』アクセサリーを増産してから、掲示板に流すのがちょうどよいのではないか、というのがティアラさんの意見だ。猫としては装備を提供する側に混乱が生じないのがいちばんだと思うので、それで問題ない。すべてお任せだ。
「『ムーンキャッチ』は『ガラス瓶』の三段階上のレシピですの。これまでガラス瓶ばかり作っていた方々には、一朝一夕には作れないアイテムですわ。LV上げに励むならよし、そのまま停滞するのであればそれはそれで、ご新規さんを誘導する場所があって素晴らしいことですわ!」
うふふ、と笑うティアラさんの笑顔はちょっと黒い。
「あ。そうだ、砂浜で『砂』が拾えたから、お土産に持ってきたにゃん。海の砂でもガラスに出来るにゃん?」
「何処で取れた『砂』でも『砂』に貴賤はありませんのよ。買わせていただきますわね!」
「お土産にゃんよ~。あとこれは、精霊を見た翌朝に拾った砂にゃん。使えるにゃん?」
「あら、あらまあ! これは初めて見るアイテムですわ! たしかに溶解用素材です。こちらも譲ってくださるの?」
「猫には素材とは表示されてないにゃ。役立てて欲しいにゃん~」
「ありがとう存じますわ! でもこちらはさすがに無料でいただける素材ではありませんから、支払わせてくださいませね」
それでは精算。
『白月明』3個を材料費として渡すことでブローチはトントン。それからロニが『光玉』にも入ることから、ティアラさんが試作で作った単品で光属性のついたアクセサリー『光チャーム』を『光玉』2個と交換でもらった。
物々交換でいいのか聞けば、色月明は作るのに手間がかかるので、あまりマケボに出回らないし希少品だそうな。『青月明』は用途が多くあるので見かけるけど、白と赤は逆に入手が困難なのだとか。なるほど、たしかに見つからなかったもんね。
それから『ムーンキャッチ』のアクセサリーをいくつか購入させてもらった。これなら精霊契約を試すときに一緒に染めてしまえば、そのまま精霊の住処に出来る。
元々ティアラさんは『ムーンキャッチ』のオシャレアクセサリーを手掛けていたので、在庫も潤沢にある。
スキル取得実験に人を巻き込むことも考えて、念のため10個買っておくことにした。
大量購入について、他の人も巻き込むからと伝えたら、かなりまけてくれた。「卸値と思ってくださいませ!」とのこと。なるほど、渡すときには通常価格を取るのが商人というもの…。
あとはティアラさんが『光玉』を買い取りたいとのことだったので、なにかに使えるかもと10個ほど作っていた分を販売。結構な収入になった。
光チャームに属性以外の効果がつかなかったのも、もしかしたら精霊用アイテムだったからかもとティアラさんは考えているそうだ。硝子のルースと光チャームを組み合わせたアクセサリーを考えてみるって。まばゆそう。
あと『精霊砂』も精算。これは価格がわからないのでひとまず暫定で支払って、効果を確認後加算という形に。これについては新素材だから高く買うと言われたのだけど、アクセサリーの価格をかなりまけてもらってるので、普通に精算をお願いした。
製作依頼にきたのに収支が全然プラスになってしまう…!
ついでにティアラさんが用意してきていた『宝硝子』ももらえることになった。
「これはもらいすぎにゃんよ~」
「全然ですわよ! こちらはどうか情報料としてお納めくださいな。むしろヘキサゴンやペンタゴンがご用意出来なかったことが申し訳ないくらいですわ。もしロニさんが別のものに住まい替えなさるようならまたアクセサリを仕立てますから、いつでも気軽に仰ってくださいませね」
ルースのアクセサリの仕立ても無料とまで言われてしまって慌てたが、そこまでで情報料と言われてしまうと難しい問題だ。
情報料はお気持ちだから、よほどの大金じゃない限りは猫もありがたく受け取ることにしている。しかし、今回のアイテムがいくらになるのか試算がまったくわからない! いや、逆にわかるともらいづらい気もする……、こ、今回はもう、もらってしまおう!
「ありがとうにゃん! ロニに変化があったり、精霊が仲間になったりしたらまた相談させてもらいたいにゃん~!」
「もちろんですわ、お待ちしておりますわね!」
『白き月光のブローチ』はスカーフの横につけることにした。初心者背負い袋が少し早めのお役御免。いつLV上がってもいいように、荷物整理はしてあるので問題ない。
ティアラさんとお別れして、まだ昼前。
せっかく自由都市に戻ってきたし、まずギルド通りに行って、気になることを調べてしまおう。
『魔道工』がどんなスキルかを調べたいし、狩人ギルドで資料室を見たい。それから各種ギルドの本棚を『マジックセンス』で見てみたい。
それから中央にある行政施設に図書室がないかも確認したい。
うーん、本ばかりだな。なんだかんだいって読書が好きなのはここでも変わらないようだ。だって面白いんだもん。短いからさくさく読み終わるのも達成感があってよい。
あ、そうだ、本屋さんへも行こう! 『月と精霊の扉』の絵本を買いたい。色月夜がいつになるのか、すぐ調べられるようにしておきたいのよ。
あと『不思議な栞』について聞きたいし、『動く文字』も渡したい。
いざ行かんギルド通り!
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