13.入り江の不思議
ルイに乗ってビーチまでの道をぽくぽく歩き、砂浜へ降りてからはルイが足を取られるようだったので猫も歩く。
波の音と、さくさくと砂を踏む音。
砂浜、地味に採取スポットがある。砂の中とか、放置されてる流木の上とかがキラキラと採取スポットの光を放っているのだ。ついでに『マジックセンス』もかけておこう。
砂浜の採取はそのまま『砂』か『石ころ』。砂の採取地、ここか! いや他にもあるかもしれないけど。
『石ころ』はレアだったらシーグラスとか琥珀とか竜涎香とかあるんだろうか。海から流れ着くものには夢があるな。
流木の上のは海藻だった。主に『泡藻』という種類。なんだろ? アクアリウムに入れるやつ?
採取ポイント外の貝殻も採取できるみたい。巻き貝が多め。種類はいろいろだけど全部『貝殻』。ビーチコーミングみたいだな。
『貝殻』はレア度低そうだし、集めて圧縮してみようかな?
ルイは砂浜歩きづらそうなのだが、レトは砂をまったく気にせず走ってるし、なんなら穴を掘って潜ったりしている。砂浴び?
たまになにか見つけるみたいで、がま口にしまう。レトに限らず、鞄を使える召喚獣や従魔は自分であれこれ拾ってくる性質があるらしい。頻度は高くないし、主が採取しないなら、滅多に採取しないそうだ。一種のラーニングみたいなもの? とはいえ『採掘』と違って『採取』のラーニング確率はかなり低いらしい。
たぶん、採取スキルは覚えさせたくない人の方が多いからだろう。枠が決まってるから、下手に消費されたくないって人は多そうだもの。
そういえば学園都市のサモナーギルドには調教師というNPCがいて、お金を払えば召喚獣にスキルを覚えさせてくれるらしい。
すでにラーニングしかけていて見込みのあるスキル――主の持ってるスキルは習熟度合によっては安く覚えられるけど、元々あまり素養がないスキルはかなり高額なのだとか。これがコボルトを調べたときに読んだ『召喚獣とその仕事ぶり』に書いてあったやつかな? 習得スキルの数が減っちゃうやつ。
レトは『隠れる』は覚えたけど、その後は音沙汰無しだ。まあ戦闘はほとんどしてないし、他にしてることといったら遊ぶか本を読むか虫を取るかなので、ラーニング経験値が全然貯まってないのだろう。
虫取は私がログアウトしてる間に行ってるから、どういう方法で取ってるのかわからない。石は減ってないから投擲で倒してるわけではないだろう。飛びかかって倒してる場合は、何になるんだろ、体術か? よくわからん。
あれこれ考えつつ採取して砂浜を進むうちに、入り江についた。入り江の手前? 途中?
砂浜は途切れ、ちょっと先に大きく隆起した岩壁が見える。岩壁は中が窪んで、洞窟のようになっているようだ。中にも海水が入り込んでいる。中へ入るには舟が必要になるのか、あるいは潮が引いてたら入れるのかも?
うーん、今あそこまで行くのは難しい。それに立入禁止とかなってそうな場所だ。
…いや、入り江の方、ていってたし、たぶんあの中ではないよね? この辺でいいはず。いいってことにしよう。
ザア……、ザザ…、ザン…と波の音だけがする。
夕日が落ちてきていて、海や空がオレンジに染まっている。うっすら暗くなってきたからわかったけど、白い月が真ん丸。白月夜だ! ちゃんと他の二色の月も上がってる。黒はわからん。
この世界の月は明るいうちは決して見えず、夕方にならないと姿を現さない仕様だ。だから月夜がわかりづらいともいう。
白月夜なら『ムーンキャッチ』用意しておかねば。
春明の季は最初が白月夜だから、今季は色月夜が全部辿れそう。せっかくだから、色月明は全色作りたい。
夕日の届かない洞窟の影は紺色で深く、暗くて、海の水は波で泡立って、白くキラキラしている。
海…、海ってきれいなんだねえ。
眺めつつ『ムーンキャッチ』をインベントリから出して、砂浜に並べてみる。月の光を当てるってこれでいいんだろうか?
ついでに椅子も出して、すっかり鑑賞の姿勢。ルイも猫の椅子の横で寛いだように座り、レトもささっと戻ってきてルイのお腹の上に乗っている。うーん、和む。
そのまま海を眺めていると、だんだん日が沈んでいく。空が真っ赤になって、海も燃えるように染まって、夕日が海の向こうへ沈んでいき、空の色は静かに変わっていき、紫と紺と黄色とオレンジの、絶妙なグラデーションに彩られる。
マジックアワー、てこういうのを言うんだろうな。ははあ…。
空の色はゆっくりと、そしてひとときも止まることなく変化して、やがてほとんどが紫色になって、世界が深い青に染まった。
この夜になりたての空気ってのもいいよねえ。しばらく波の音に耳を澄ませる。
するとザア、と一際大きく波の音がして、入り江の奥がボウっと青白く輝いた。
おお?
その光が波によって海へ流れだし、砂浜へ散っていく。パチパチと弾けるように光は消えるが、入り江の奥がまた光り、波で流れ出していく。
二度、三度と波が寄せて返すあいだ、波の先端が砂浜でパチパチと泡立つように輝く。夜光虫? にしては不思議な光り方だな。
洞窟の中には何があるんだろ? 気になるけど、この暗闇じゃ確かめようもない。それにダンジョンとかだったら猫には無理だし。危うきに近寄らず、だ。
魚屋さんが言ってた『いいものが見られる』は、これかな? たしかに不思議できれいないいものだ。いいね、こういうのが見られるのって、すごく旅っぽい。
やがて洞窟から光が流れ出さなくなり、お仕舞いかな、と考えていると、音もなく波間にキラキラと光の小さな柱が立つ。んん、漁り火?
光の柱はくるんと丸くなると溶けるように消えたり、ヒュンッと素早くどこかへ飛んでいったりする。
なんだろ、魔物? いや、ここは街中のセーフティエリアだからそれはないか。
なにか意志のある存在に見えるけど、いまいちわからない。ポ、ポ、と光の小さな柱が立っては、光が散っていく。
なんなのかすごく気になるけど、下手に動くと光が消えてしまうかもしれない。それは惜しい。
そのうちに光の柱が立つ頻度が減っていき、ぽつぽつとしか出なくなってきた。そろそろこの光も終わるのかな?
ちょっと詰めていた息を吐くと、ポ、と新しく立った柱がくるりと丸まって、ふわふわとこちらへ近づいてきた。
おお??
近くで見ても、光の玉、としか言いようがない。中に何かがいるわけじゃなくて、でもふわふわ浮いてる。光そのものが動いてる。
私の前に留まってふわふわしているので、何となく手を差しのべてみると、ふわん、と手の上に来た。感触はない、が。
『精霊が興味を示しています』
わあ。
これ、精霊か!
そういえば月夜に生まれるって話がありましたね! そして生まれたての精霊は名前をつければ容易に契約が出来るって書いてあったっけ。
生まれたての精霊は弱くて成長に時間がかかる。猫も初心者、この世界に生まれたてだし、なんの問題もないな。君が何の精霊かも知らんのだけども。
「ロニ」
ラ行で考えていた名前だ。つん、と指先に光が触れて、くるくると渦を巻いて消える……と思ったら、砂浜に並べてた『ムーンキャッチ』に吸い込まれた。えっ。
『精霊との契約が完了しました』
や、やったぜ?
『契約した精霊との絆を確たるものにするためには、スキル『精霊使役』が必要です。SP10を使用してスキルを取得しますか?』
やっ……????
SPの追い剥ぎ!!?
名付けた精霊の子を質に取るなんて、そんな非道なことある!!??
ぐ、ぐう、取ります。
スキル『精霊使役』を取得、と。
『おめでとうございます。初めて精霊と契約しました。SP10とプレゼントボックスを入手しました』
……そ…、そういう仕組み???
今の葛藤は一体なんだったんだ……!?
なんだか納得いかない気持ちになりつつも、新しい仲間が増えた。
ロニが吸い込まれた『ムーンキャッチ』は『白月明(精霊の住処)』に変化していた。手に持つと白い月光のように淡く瞬き、鼓動か、呼吸するようにやわらかく明滅する。
これは召喚石のようなもので、呼び出してないときはしまっておけばいいのかな?
インベントリにしまおうとすると、ぽよんと中からロニが出てきた。ふわふわと周囲を漂っている。もう一度『白月明』を取り出すと、再び吸い込まれる。
なるほど、インベントリに精霊は仕舞えない。
ううん、でも常に持ってなきゃいけないのは不便だな。何かに『白月明』をくっつけておければいいのだが…、あ、そうか、装備だったら表に出しておける。
早速マケボで『白月明』を使ったアクセサリーを探してみる。…が、見当たらない。
そもそも『白月明』の検索件数が0件だわ。『青月明』ならともかく、白はあまり用途ないみたいだもんねえ。
ううーん、ティアラさんに頼んだら、『白月明』のアクセサリを作ってもらえるだろうか? オーダーメイド受け付けてる?
一応、お伺いのメールを送っておこう。
『アクセサリの製作依頼は受け付けてますにゃん? 材料は持ち込み、制作費も別途お支払するので、お願いしたいアクセサリがあるにゃん』
ティアラさんはログインしてないようなので、お返事はログイン待ちだな。
ロニが選んだ以外の『ムーンキャッチ』は、まだ『白月明』にはなっていないようだ。アクセサリにするときにロニが入ったまま渡すのもなんだかかわいそうだし、予備は欲しい。
ロニ入り『白月明』も置いて、『ムーンキャッチ』を並べたまま、ちょっと瞑想でもしていくか。
せっかくの月夜だしね。
『トランスファー』を、MP30くらいのサイズで出して、お腹の前でくるくる。レトは一度MP50のトランスファーにぶつかって昏倒してから、MP10より多い魔力の気配には触らなくなった。賢明である。
ぽよん、ぽよんと跳ねさせるようにしながら回転させる。バスケットボールを指の上で回転させるやつあるじゃん? あの感じを目指してるんだけど、そもそもあれはどうなってるんだ。
回転と、軸? 支点があって、指、というか点で支えることで回っているのか。独楽といっしょ。最初だけ力をくわえたら、あとは遠心力で回り続ける……。
軸、軸はどこにあるんだ。まっすぐ上?
そういえば月夜に瞑想するのはなんでなんだろ。イメージ?
月光。光、七不思議ラビリンスで降っていた光の粉みたいな。あれもそういえば、糸をくるくる巻いて回転してたっけ。回転して、何をするんだろ。周囲の魔力を集めてる?
トランスファーは、術者が触ってないと消えてしまう。触ってると消えない、というのはなんらかの魔力の交換?が行われているのかもしれない。足し引き0でMPには影響してないけど、実際は魔力が手と魔力塊の中で動いているとか。
ならそうだ、魔力でうっすら繋がったイメージで手を放せば……お、浮いた。浮いたけど、このままだと魔力でくっついてるから、回せない。
うーん、やはりどうにか軸を作って、ちゃんと回るやり方を考えないといけないのか。なんだかパズルゲームみたい。
ぽわ、とメッセージが表示されてはっと我にかえる。
お、おお、結構集中してたな。さすが瞑想。
そしてティアラさんからメール来てた。
『ランさんからの製作依頼でしたら喜んでお受けしますわ! でもわたくしの『装飾工』はガラス特化ですので、材料によっては加工できませんの。メインとなる素材について、お聞きしてもよいかしら?』
『メイン素材は『白月明』にゃん。アクセサリーの種類はブローチか、チャームみたいな、服の外側につけるものがいいにゃん。必要素材を教えてほしいにゃん~』
返信、と。
腕輪や指輪だとぶんまわしてしまうので、中身入りと思うと気が引ける。猫耳は繊細なので飾りをつけたくない。いつでも様子が見れる方がいいけど、ペンダントだと跳ねちゃうし…とあれこれ考えた結果のブローチかチャームだ。
あ、予備の『白月明』も出来てる。よかった。
『白月明』も出来たし、瞑想もしたしマイルーム入ろ。
もう真っ暗だから、これから街中まで帰るのはセーフティエリアでも不安だ。運営はセーフティエリアでボス幽霊出してきた前科があるから信用ならない。
猫は『精霊使役』を覚えた!
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