8.『月と精霊の扉』
自由都市も人通りは多いけど、ここもかなり人が多い。自由都市より道が狭いから余計多く見えるってのもあるかもだけど、ちょっと意外だ。
廃都は街が5つに別れているから、ひとつひとつはそこまで賑わってないのかと思ったけど、そうでもないんだね。
ちなみに自由都市周辺にも街はある。『酪農の里』に『陶芸村』、『隠者の村』『魔道具マーケット』とかいろいろ細々と。フィールドが開いたついでにその麓に小さな集落も解放された、という感じで、街というより必要最低限の機能とちょっとしたクエスト、ジョブ関連アイテムのある村が多い。
『魔道具マーケット』は錬金術関連らしいので、いずれ行く予定。推奨LV30なのでまだまだ先だ。
自由都市と同時に追加されたところは、大体推奨LVが20より上。LV制限25のところに追加されたからね、第二エディション。
そんなわけで自由都市周辺は後回しになっている。
さて『冒険者の街フロント』。
NPCも冒険者の格好をしている人が多く、武器防具の店が目立つ。屋台でも冒険で使う消耗品などが多く扱われていて、薬屋の出張所なんかもあるのが面白い。
露店はNPCが多めで、プレイヤー露店は少ないようだ。うーむ、NPC商品が充実しすぎてパイがないのかな?
ここと技術の街や鉱山の街を往復して、商売して儲けるって聞いたけど、そういうのは今やる人がいないのかも。
素材買取所で価格チェックもしてきたので、ちょっと買取露店でもするか。ついでに話も聞ければ一興。
……結論から言うと、露店がないのには理由があった。
クラン勧誘がひっきりなしに来るのだ。上級者からのももちろんあるんだけど、初心者からのも多い。
クランは作成にお金がかなりかかると思うけど、初心者もクラン作ってるんだなあ、とびっくりしてしまった。
自由都市ではクランの勧誘なんて二、三回しか受けたことないけど、ここは来る客、みんなクラン勧誘だ。そりゃ露店もなくなるわ。
話ついでに売っていってくれるので買取露店としては機能してるけど、特に安く買ってるわけでもないので旨味はない。勧誘をあしらうのがめんどい。最終的には露店黒板にデカデカと『クラン勧誘お断り』と書いたけどそれでもくる。
青田買いなのか?? こんなくるもの??
気になって初心者勧誘とかクランの初心者募集とか見たら、錬金術師が今、売れ筋らしい。知らなかった。
そういえば先日から『初心者ラーニング手袋』『初心者救済水』が出回り始めたんだっけ? 私も便乗して出そうかと思ったけど、安すぎたのでやめた。マケボ売りされると初心者しか買えないってんで、LV低い錬金術師を捕獲したいとこが多いらしい。更に商人錬金術師ならLV20越えてても初心者装備が買えるし錬金術出来るってことで、欲しい人材なのだとか。
うーん、猫は集団行動が出来ない猫にゃん。クランとか絶対無理。
というか調べていて知ったけど、『冒険者の街フロント』はクラン発祥の地というか、クラン結成のための施設があるんだね。
そんなとこで露店開いてる猫は、もしかして売り込みしてると思われてた……?
それは相互理解が足らなかったわ。失礼しました、てことで露店は閉めた。
次は図書室に行こう。
図書室は件のクラン作る施設、というか街の行政施設の中にあった。図書館ではなく図書室、というだけあって、資料室並に小さい。
そして中に入るとお約束的に暗い。本のある部屋が暗いのは本のためだ。この世界の大体の明かりは魔法か日光で、多くは日光を多く取り込むような作りになっている。
しかし本のある部屋は窓はなく、日光は入らない。本が傷むからだ。それに人が常時いるわけでもないので、光源はランプとなっている。司書さんがいる資料室は明るいけどね。
この図書室も例のランプだったので『光源』を入れる。ササッとレトが手の上まで降りてきて、手を揃えて上目遣いになった。
「今日は一緒に本を読むにゃん。ちゃんと図鑑か絵本にするにゃんよ~」
司書さんのいる資料室では許可を取って好きにさせるのだが、そうじゃない場所では放し飼いにはしない。
ちょっと不満そうに腕から肩を走り回っていたが、棚から絵本を取ると落ち着いた。
レトは本そのものが好きだが、やはり理解しやすいという点でだろうか、絵本、次に図鑑を好んでいる。文字の本も飽きずに眺めているが、自由にさせると絵本を選ぶ。
私が手に取ったのは月の満ち欠けと移り変わりを描いた絵本『月と精霊の扉』。
新しい知識を得るには絵本から入るのがわかりやすい、というのが経験則だ。
ええと、まずこの世界の月は白、赤、青、黒がある……、あれ、三色じゃないのか。最初から初見の情報だな?
でもたしかに暗黒夜が約15日に1度なら、9日で一巡より12日で一巡のが納得感がある、ような?
白は光と回復と木と聖。
赤は火と土と毒と雷。
青は水と風と氷と時。
黒は闇と無と空間を司る。
まったく月のないように見える日にも黒の月があり、真実月のない暗黒夜は目に見えるよりもはるかに少ない。
黒月は肉眼では観測が不可能なため、満ち欠けについてははっきりとしたところがわかっていない。3日毎に必ず満ちる三つの月とは違い、周期がぶれることもある。精霊は月が見えているから、精霊の騒ぐ夜が満月の目安。黒月の周期のブレは暗黒夜のブレにも繋がっていると考えられている。
夜の異名は東にかかる月、西にかかる月、南にかかる月の順で呼ぶが、南の月は省略されることも多い。四つの月がすべて上がる夜は、いずれかの月が満ちている――
ふむ。
絵本だけどめちゃくちゃややこしいな。
月の満ち欠けにしても東にある月はこの法則、西はこれ、南はこれ、みたいな感じで、それぞれ違う。どの位置でどの満ち方をしているかが異名だけでわかるようになっているわけだが、まあこれが素人にはなかなか飲み込めない。
月暦カレンダーを! くれ!!
月は例えば白→赤→黒→青→白…のようにずっと同じ順序で満ちるのではなく、初春の季は黒青白赤、蛇目の季は赤白黒青のように、季で周期が異なるらしい。そして暗黒夜でリセットされて『季』が移る。それが二十四区分。
……これ二十四節気だな? 道理で農業に関係あるはずだ!
ゲーム内世界、全体的に先取り思考なのか、現実とは季節がずれている。だから猫は2月でもマイルーム農業が出来てたのだ、ということを先日初めて知った。
青空壁紙、季節対応だからね。1月だったらゲーム内の季節は冬で、マイルームの庭でも雪が降る日があったらしい。
でも2月からは春。暦の上では、とかじゃなくてもう一気に春よ。そして5月からは夏だというのだから先取りにも程がある。
とりあえず今はおそらく蛇目の季の終わりごろで、そろそろ春明の季に移る頃合い、といったところか。
春明の月の順番だけとりあえずメモしておこうっと。白赤青黒。本はスクショ出来ないのが難点。
あとこの本で気になるのは精霊の話だ。
精霊は月夜に生まれる。生まれたての名前のない精霊は好奇心が旺盛で人と契約してくれやすい、ただし弱く、育てるのに時間がかかる。
精霊は契約を結ぶと呼び掛けに応えてくれる存在。どこにでもいてどこにもいない、形のないもの。
強い精霊は属性の力が強く、相性のいいものだけを選ぶ。選ばれる自信のあるものは、月夜に精霊の丘で名を呼ぶとよい…。
以下つらつらと呪文のように名前?がある。何個か空白があるけど、なんかすごくいっぱいある。確認されている精霊の名前かなんかなのかな??
たぶんこれは精霊使いになる道の話なんだろうなと思うけど、月夜に生まれた精霊をどうやって探すのかとか、どこにいるのかとか、どうやって契約するのか、精霊の丘ってどこにあるのとか肝心なことは何も書いてないので、これで探すのは無謀だろう。
精霊の名前を呼ぶ方が本命なのかな? 呼び掛けに応えてもらう自信のあるもの、ていうのはたぶんLVが高い人なんだろね。
猫には縁のない話だった。
…うーむ。
本は通常、一度読むとメニューの『メモリー』に記録され、後から知識として思い出せるようになってる。
でもこれは一般知識の本だからか、それともなんか特殊な制限でもかかってるのか、この本の内容はどうやら記録されないっぽい。これじゃ『思い出す』のも無理だろう。
『思い出す』ていうのは例えばレシピ本を読んでたら材料や分量がアシスト表示されたり、アイテムを鑑定したときに読んでた本の内容も鑑定項目から引き出せたり、という機能だ。
なお『思い出す』は『総合知識』のアビリティなので、LVに応じて表示量が決まる。猫は今のところ、自分が読んで覚えてる量の方が『思い出す』で出る分量より多い気がする。
『総合知識』は基本的には読書で上がってる気がするけど、それ以外で上がるときもあるので、感覚的には勝手に上がるパッシブに近い。
そういえば『総合知識』には『一般知識』とか『天文知識』とかないなあ。その辺補うスキルってあるんだろうか?
本を閉じても知識ラーニングは出ないし、残念、無念。
月の異名も二十四節季毎の月巡もとてもじゃないけど覚えきれないし、本屋さんにあったらこの本、絶対買おう。
レトが気に入ったみたいで熱心に眺めているし。私が次の頁めくろうとすると、はしっと頁を止めるの面白い。でもごめんよ、買うからこの本はもうしまいます。
次は図鑑…、と思ったけどなんか見つけてしまった。いや、はみ出てる本ではないんだけど。
机の上に置いてある鎖のついた本。チェインドライブラリー、とはちょっと違うな。棚と本が鎖で繋がってるのはもちろんなのだが、本そのものにも鎖が巻きついて、鍵がかかっている。
ナンバーロック式? 数字を合わせると開くやつっぽい。
そしてご丁寧にぼろぼろの木板が結びつけてあって、よく見るとメモ書きがされている。
『ヨハンの誕生日』
ふむ。
謎かけタイプのクエストかな?
ヨハンって誰だ。たぶん図書室の本からわかるんだろうけど、くまなく探すのは大変だ。
鎖付きの本を眺めてみると、この本の持ち主?の名前なのかサインがついている。『ヨハン・フロント』。
メインストーリーに出てくる、冒険者の街フロントを作った英雄だっけ? ルイネアの生き残りユーリハーの思い出の人とかいう。
ユーリハー含むヨハンのPTが、魔物に乗っ取られていた廃都ルイネを取り戻してここに冒険者の街を築いたのが数百年前。
林檎の切株には魔物が狙うなにかがあるらしくて、ヨハンたちはこの切り株を守る役割もしていたとか。
しかし長い年月によってヨハンの遺志は失われて、この切り株を焼き払ってここに新しい街を拡大しようという動きが出てくる。せっかく遺跡の機構があるのにもったいないと。
その思想によって、それまで仲良くやっていたヨハンの子孫(正確にいうとヨハンの養子の子孫)とユーリハーは決別して対立。
メインストーリーのイベントではユーリハー率いる保守派と、ヨハンの子孫ヨハネス率いる推進派にプレイヤーも別れて戦うことに…、と思ったら林檎の切り株を狙う魔物の大群が押し寄せてドンパチ、その最中に切り株は燃え、ついでにヨハネスは戦死してしまった。
なんでも林檎の木は異界の扉に通じていたらしく、それが木を伐ったことで更に揺らいでいたらしい。つまりダンジョン化しかけてた。そこから魔物を喚ぶものがあって、大規模戦に繋がったとかなんとか。
ユーリハーは己がかつてこの木を伐ってしまったことを悔いていて(なおなぜ伐ったのかはまだ不明)、死ぬまでこの切り株を守り、扉が開かないように戦うつもりだったらしい。その意志に付き合ってくれたのがヨハンだったそうな。
「まさか戦う相手が、守るべき人間となるとはのう…」とか憂い顔で言っている動画があった。
で、林檎の切り株が燃えたことで異界の扉が更に開いたらしくて、暗黒夜の度になんかが湧いてくるし、そうじゃなくても強いのがにょきっとしちゃうことがあるそうな。レイドの起きやすい場所ってことで『冒険者の街』を拠点にしている上級プレイヤーが意外と多いのだ。
……もしかして人が多かったのって、暗黒夜が近いからってのもあったんかな? だとしたら、猫はさっさとポーツへ移動しちゃう方がよさそうね。
閑話休題、ヨハン・フロントの誕生日なら知ってる。
ヨハンの墓が冒険者の街にあるので、墓標に書いてあるんだそうな。たしか攻略サイトにも載ってた。4月21日だ。
0421とナンバーロックを動かして、あ、鍵がないじゃん。でもこれ鍵穴がない? ナンバーだけで動かないかと鎖を揺らしてみるが、無理っぽい。
…。これは覚えたての『ロック』、やってみてもいいやつ?
杖を取りだして、鍵に当てる。『アンロック』。カチャリと金属の動く音がして、鍵が開いた。
そっと鎖の間から本を取り出して開く。
日記だったらどうしようと思ったが、鎖で隠れてた部分に本の題も書いてあった。
『地下遺跡の機構について』
ほう?
精霊→無形、実体がないもの。あるようでなく、ないようである。魔法の源とも言われているが、定かではない。
妖精→幽世に住むもの、幽世で生まれ、暮らし、ときに現世に現れるもの。契約により現世暮らしになることもあるが、本体は幽世にあり、現世にいるのは写し身といわれている。死の概念が異なる。
妖精族→人族にはない特徴を持つ、祖先に妖精を持つもの。現世出身現世在住。
幽世→異界のこと。特に現世と対比してこう呼ぶ。必ずしも悪い世界ではない、というマイルドな言い方。古語。
異界→現世ではない世界のこと。異界と呼ぶときは悪い意味合いを含んでいることが多い。たとえばダンジョンを異界の扉とは呼んでも、幽世の扉とは呼ばない。
久し振りのじっくり読書回。絵本なのにややこしい本は希によくある。秘密の香り。
二十四節季が元になってるけど、季は微妙に違ったりそのままだったりいろいろ。
次回、チェインドライブラリーを読む。
評価、ブクマ、イイネ、感想ありがとうございます。
寒暖の差がとんでもないですね。皆さまご自愛ください。
240301.
初春の季、雨水の季の月巡が間違っていたので修正、そのままだと周辺の文脈がおかしくなるので例に出た雨水の季を蛇目の季に変更しました。
消したので残らないのですが、雨水→天水に変更しています。
手元の月齢表に凡ミスがありまして、改めて計算し作り直した次第です。