29.異次元農業
「いやはや、猫ちゃんほんとお疲れさま、ありがとうね~!」
フーテンさんがまとめて買取価格などを調べてくれる間、ヤマビコさんのお手製おやつをいただく。
マドレーヌうまい…。
柑橘系はいったいどこにあるのだろうな。見果てぬレモン。植木鉢に植えたい。
「そういやランは製菓、何作ったんや?」
「掲示板の伝統に従って、アイスボックスクッキーにしたにゃん。プレーンとマリッソの2種類にゃん~」
せっかくなので『クッキー』と『マリッソクッキー』もテーブルに出してみる。
おもたせ感。
「お? 混ぜても評価変わらんのはすごいな」
「混ぜると下がるにゃん?」
「混ぜ物か小麦のどっちかのランクをあげないと総合的に評価が下がるんよ。その代わり混ぜ物した方がアイテムとしては上んなるで」
たしかに『マリッソクッキー』の方が満腹度の回復量が高い、誤差レベルだけども。
「『マリッソ』はうちの庭で育てたやつで品質が高かったにゃん」
「高品質『マリッソ』か。よかったら売ってくれへん?」
「今『マリッソ』は30個、『ドライマリッソ』が20個あるにゃんね」
「全部買い取るけど、自分の分はいいんか?」
「マリッソはたくさん育つし、種もいっぱい取れるにゃん。今畑にも蒔いてるし、全然問題ないにゃん~」
「おー、なら買わせてもらうわ。また採れるなら買うから、余るようなら声かけてな。ハーブ類は高品質珍しいから、マケボに出しても意外といい商売になるんちゃう?」
そうなのか。香草なんてその辺に生えてるし、種も大量に取れるから全然売れない『農業』LV上げアイテムと思い込んでいた。
「ランちゃんは『薬草』育ててないの?」
「薬草も育ててるにゃん」
「『薬草(若葉)』が採れるなら、各種ポーションで使うからそこそこの価格で売れるわよ~」
「そうにゃん? 薬草まるごと使うんじゃない?」
「まず『薬草』から葉を千切るところから『調薬』は始まるのよ。品質のいい『薬草』だと『薬草(若葉)』が3枚採れるの。この若葉は中級や上級でも使うけど『薬草葉』は下級ポーションにしか使わないのよ」
「『薬草(若葉)』を集めるのに『薬草葉』が大量に出るのが難点なんだ。それもリーが『薬草玉』に変えてくれるから『調薬』に使えてるけど」
「『薬草玉』は『薬草(若葉)』の代用品になるのよ。『薬草』でも作れるけど、『薬草葉』からも作れるの」
そ、そういう仕組みだったとは…!
『調薬』はやらないからと情報収集を怠っていた。だって調薬スレすごいたくさんあるんだよ…。現行スレだけでもレシピ検証とか魔法薬専用とか派生がやたらある。『錬金術』とは大違いだ。
ちなみに農家スレでは『薬草(若葉)』はギルド納品が推奨されている。初心者ならマケボで売るより高く買い取ってくれるとかで。でもLV上げるの控えてたし、納品は後回しと考えてたし。
「にゃあー…。そうとは知らず、若葉たくさんあったけど全部お茶にしちゃったにゃん」
「お茶に!?」
「もしかして『薬草茶葉』か。NPC貴族に人気の高級茶やでそれ」
「そうだったにゃん?」
見本にと『薬草茶葉』と、それからよければどうぞとカップに淹れた『薬草茶』を出す。
ヤマビコさんが小さなカップを出してくれて、1杯をひと口ずつ飲めるようにと小分けしてくれた。これは『味見用カップ』らしい。これにいれると試飲用として1つを割って配れるし、全量の場合の商品説明もわかるんだそうな。今度買っておこ。
「『薬草茶』てこんな香りなんだね。同じ材料なのに、ポーションとはまた違う香り」
「草なんだけど、草だけじゃない感じだな」
「エドの評に文句をつけたいけどたしかにそんな感じで否定できない…」
「『薬草茶』売った方が儲かるだろうし、LV上げも出来て一石二鳥だから問題ないわねえ」
「あ。そういえばお茶にするのに失敗した薬草があったにゃ。これは『調薬』に使えるにゃん?」
『乾燥薬草』を取り出して見せると、ポユズさんとリーさんは一緒に眺めて、うんうんとうなずいている。
「『薬草(若葉)』を乾燥させたものよね? これは中級ポーションにする前の素材ね」
「うまく乾燥出来てるねえ。料理にも『乾燥』のアーツってあるんだっけ?」
「あるで。スキルLV15で出る。ランはまだ出てないんちゃう?」
「出てないにゃん。レンタル設備にある箱で魔法使って乾かしたにゃん~」
「そういえば、ランはなんで『薬草茶』知らないのに薬草を茶にしたんだ?」
「お茶が好きにゃん。最初は余ってた薬草を乾燥させて焙じ茶にしたにゃ。ハーブティーが欲しくて香草採ってきて、マリッソも育てたし。次はブレンドを試してみる予定だったにゃん」
「なるほどなあ。紅茶わけよか?」
「にゃん! 欲しいけど、お高いにゃん?」
「『薬草茶』より全然安いで」
「にゃあ…」
なんてこった。
「『薬草(若葉)』は順番に採取してると1株で12枚取れるにゃん。種を取ろうとすると葉は取らないで育てないとダメだけど、それ以外ならそんなもんなんだと思ってたにゃん~」
「猫ちゃんの『農業』は魔法使ってるし、たぶん異次元農業してるからなあ~~。ていうかいつのまにレンタル畑にまで手を出したの」
精算のために市場調査してたフーテンさんが戻ってきた。
レンタル畑というのは農業ギルドで借りられる畑のことだ。家賃(?)と、設備使用料がかかる。ちなみに畑は買うことも出来るらしいが、めちゃくちゃ高いのでレンタルで済ます人が多い。
「猫のはマイルームの家庭菜園にゃん。プランターを置いてたら環境が整ったから、ようやく整地したにゃん。大変だったにゃん~」
「そっちか~。でも庭で家庭菜園の畑してるのか。本格的だねえ」
「育てたいものが多くて追いつかなくなったにゃん。でもたしかに畑は大変にゃん。魔法をかけるにはMPがたくさんいるにゃあ」
「水やりと耕すのと、時短の『経過』?」
「あと『浄化』もするにゃ。なんでかはわからないけどアブラムシとか芋虫の卵が退治できるにゃん」
「そうなの!? 『生活魔法』本当に『農業』と相性いいねえ」
「便利魔法にゃん~」
農業は生活に密着しているからだろうか。料理にも結構使えたし、食と相性が良い……いや、錬金術にも使えてるし、生産全般かもしれん。
「トマトに薬草にマリッソ、でそれ以外って何育ててるんだ? ランはギルドランクは上げてないんだよな? 薬草毒草のレアか?」
「種ガチャはまだしてないにゃん。今育ててるのは『赤ラコラ』と『白ラコラ』にゃん」
「『白ラコラ』育ててんの!? 収穫したら買うからおしえてなぁ」
ヤマビコさんは白ラコラが気になるらしい。
「『白ラコラの種』なんてよく手に入ったねえ…て、もしかして?」
「『赤ラコラ』と『シュガーマンドラコラ』の交雑にゃん。マンドラコラから『白ラコラの種』が取れたにゃん。少しだけ取れた通常品質のを今植えてるにゃん。でも白ラコラは歩くらしいし、収穫の邪魔するらしいから、もしかしたら収穫出来ないかもしれないにゃん」
「待って、白ラコラって歩くの? それ既にマンドラコラじゃない?」
「野菜売りのおばちゃんがそう言ってたにゃん。『白ラコラ』は歩くし、そばで育ててる『赤ラコラ』も歩き出すからうちでは育てられないって」
「それでNPC屋台から手に入らないんか『白ラコラ』…!」
『白ラコラ』は特に手足はなく、顔もついてない大根らしい。ダンジョンで収穫(採取)出来る野菜だそうな。
「ほんとに異次元農業してるなあ…」
「楽しいにゃん。レトも手伝ってくれるにゃん」
「マルモが『農業』の手伝いするの?」
「バッタ退治してくれるにゃん~。薬草はバッタ被害を受けやすいみたいにゃ。レトのおかげで虫食いなしで育つにゃん」
「コボルト系とか妖精と農業する話はよく聞くけど、マルモかぁ…。でもたしかに『農業』は害虫との戦いらしいからねえ。『除虫剤』は便利だけど、一部肥料と併用出来ないから品質が思うように上がらないとかなんとか」
「調薬農家は多い型だから、農業薬も多いけど、結局はログイン中に虫に食われたとか、種が弾けて散らばったとかで、時間がネックみたい」
「ずっと畑についてるわけにはいかないから『農業』は広めに借りて大量に作って、生産母数を上げて高品質を増やすのが王道みたいだね」
「通常品質の薬草やら野菜もあふれるけど、それはそれで初心者育成になってるしねえ」
なるほど、猫のは『生活魔法』の勝利らしい?
「さて、価格は全部つけられたよ。猫ちゃんが持ち帰りたいアイテムはどれだね? 他は全部買い取るよ~」
フーテンさんが調べてくれたので、実験アイテムの精算だ。
猫が自分で持って帰るのは『ゆきんこケープ』と『ウィザード・ハット』、『ドルイド』シリーズ3つ全部、それから『影走りのダガー』『コズミックシュート』、『ポーションポケット』『郵便鞄』。
「うんうん、さすが手堅い。下級ポーション類はこっちで引き取るとして、『初心者ラーニング手袋』と『初心者救済水』は露店の機能じゃないと買い取れないから、また今度でもいい?」
「問題ないにゃん~」
「情報はまたこっちで適当に載せとく? それともまだしばらくは検証する?」
「他にも錬金術したいアイテムはいっぱいあるから、残りは他の人にお任せするにゃん~。最初に言ってたシャツとズボンの合成とかも、しようと思ってたけど面倒になったにゃん」
「言ってたねそういえば! でもたしかに集めるのもなかなかしんどいしね~」
ついでに作っておいた『蜘蛛の巣ヴェール』なども買い取ってもらう。
「ランダム要素がなくて手堅いのはやっぱり『蜘蛛の巣ヴェール』だねえ。単価で言えば『ウィザード・ドレス』とか『ドルイド・ローブ』のが高値で売れるけど、頭装備が出ると微妙なとこだし。LV制限無しでやり取りが簡単なら『初心者ラーニング手袋』が高値間違いないけども」
初心者装備なのに高値で売れるというのは、クラン関係者が育成で使うかららしい。
新スキルが出てそれが有効となれば、転生というか、文字通りのキャラクター作り直しなんかもするそうな。すごい世界だなあ。
「いくらSPカツカツでも、作り直しまでしようとは思わんわなぁ…」
「あ。そうだ、SP20手に入る情報があるにゃ。たぶんまだ知られてないやつにゃん」
「ぶほ!?」
「お、おお。猫ちゃんはいろいろな方向に予想外だから、もうすでに見つかってる情報じゃない可能性が高くて怖いわ…」
「掲示板には載ってなかったにゃんね」
「わあ…、ランちゃんやっぱりすごい猫ちゃんだわ」
「えええ。たぶん『生活魔法』関連だよね?」
「そうにゃ。『生活魔法』を覚えると自然と踏むことになるにゃん」
「掲示板では『生活魔法』不評だものねえ」
掲示板での『生活魔法』は、主にSP消費で覚えた人の話だ。初期スキルで取った人の報告はまだ来てないので、猫が得た情報が出るのもおそらく時間の問題だと思う。
ちなみにSP消費して『生活魔法』を覚えると、『点火』『流水』『微風』『耕土』『光源』までが自動で覚えられるそうだ。しかしそれだけ。実は『生活魔法』にはLVがなく、それ以上の魔法は教本で覚えるしかないのである。そのため現状では死にスキルとされている。
LVがないということはLVmaxにならないということ、つまりSP回収の見込みもないスキルということだからだ。
初期に取ったとしても真っ先に『スキル救済水』の対象となるスキルとまで言われていた。ひどい話だ。
しかし生産系、特に『錬金術』と相性がよくかなり使えるという話は出ているので、完全にまったく使えないわけじゃないがこれで20SPは重すぎ、という意見が多数派。
うーん、SPで取るとそう感じやすいのかも? でもSPで取ったとしても極めればSP20戻ってくるんだから、全然問題はない、ノープロブレムじゃない?
それに猫が思うに『生活魔法』はラーニング前提のスキルだ。
何よりもまず、教本が入手しやすい。フーテンさんいわく、『生活魔法教本』は1万zだったそうだ。魔法10個入ってるのに!驚きのお値段。『生活魔法教本2』が10万したことを考えると破格である。初心者が気の迷いで購入しやすいお値段。だって魔法10個セットで1万だもん。
インプットは売店に表示が出てこないと使えないが、教本は他の人から譲ってもらったり、マケボから買うことも出来る。
おそらくこれが属性魔法ラーニングの抜け道で、5つ属性魔法を覚えるとラーニング出来るんじゃないかなあ、などと考えている。だからこそ、最初に覚える魔法の教本が、天恵から外れるかもって販売されてるんじゃないか? しらんけど。
ちなみに生活魔法のインプットは出来ないそうだ。理由は複数の魔法が一冊の教本に収まっているからだとか。
元々この辺りの6話分を2話として書いていたので区切りのいいところが見つからず、次回へ続く。
初心者の頃に『薬草(若葉)』の納品が高めなのは、つまりそれだけ初心者には採りづらい素材ということ。
猫は時短農業してるからタイミングが合うけど、実は『薬草(若葉)』が採れる時間はとても短い。LVが上がり畑とかやって大量に薬草を育てるようになると、タイミングの合う個体が出てそこそこ安定して採れるようになる、という仕組み。
フィールドで薬草を採取するときも『農業』と『採取』があれば若葉のみを狙って採取することは可能。しかしフィールドにも若葉時間は存在しているため、結果的には薬草をザクザク刈り取って後でむしる方が若葉の入手枚数は多い、という検証結果が出ていたりする。
なおメリットたくさんの時短農業にも、ちゃんとデメリットはある。あるけど、その話はまたいつか!
評価、ブクマ、イイネありがとうございます。




