11.悪魔の繊維
「まさか『悪魔の繊維』が家畜から採れるなんて、存じませんでした」
そう静かな、けれど興奮した声で言うのは裁縫師互助会のクランマスター、ヘレナさん。今日は虹色のティラノサウルスのキグルミを着ている。真っ赤なハートのバルーンが5つ尻尾についており、HAPPYと書かれている。
ヘレナさんは、というか裁縫師互助会は、浮かれると衣装がド派手になる。
「『悪魔の繊維』といえば天使塔の裏、悪魔の逆さ塔のBOSSからしか採れないと考えられていたんですよ!」
「それがまさか、育てられるなんてっ!!」
「夢のようですー!」
「もしかしたら『天使の繊維』も育てられるかも……」
「夢が広がっちゃうーっ!」
キャッキャウフフと楽しそうな裁縫師互助会のメンバー(虹色)は今、牧場に来ている。
バロメッツを育てるには牧場が必要とわかった途端、ポーンと魔物が育てられる牧場を新しく買ってしまうのだから、やはり裁縫師互助会はお金持ちである。
しかも場所は自由都市。なかなかに贅沢な環境である。ちなみにアルテザには牧畜ギルドがないので、便利なところという理由で選ばれたらしい。
酪農の里ファームで『悪魔の繊維』を手に入れた後、裁縫師互助会にいらないかと連絡をしたときの反応は劇的だった。
『悪魔の繊維』が上級のBOSSレア素材とは知らなかった。倒せる人が限られているのもあって、かなりお高いのだという。
そこで猫が、もしかしたら定期的に卸せるかも、と言ったら家畜の話となり、あれよあれよという間に、裁縫師互助会もバロメッツを飼うことに決まった。
元々、裁縫師互助会では羊毛のためにビッグメリーを飼育しており、『牧畜』『使役』は持っている人が多いんだって。
そこで、猫の箪笥に眠っていたバロメッツの鉢植えに、禁断の時魔法『タイムパス』をかけてみたところ、ポコポコとバロメッツが生まれてきたわけである。
猫側の準備としては実績解除スキルの『育成譲渡』が必要になったけど、これはいずれ取ろうと思っていたスキルだ。マンドラコラが出来たら、出荷するつもりだったしね。
そんなわけで育成したバロメッツを裁縫師互助会に出荷して、従魔契約を結んでもらったのが現在である。
ただの従魔では、副産物を得ることはめったに出来ない。たとえばビッグメリーを飼っていても、『牧畜』がなければ『大羊の白毛』は極稀にしか手に入らない仕様だ。しかし『牧畜』を持っていれば、手入れと引き換えに手に入る。更に餌をやり手間をかければ、収量が増える。
そんなわけで一面の牧場に『牧草』や『マリッソ』を茂らせ、ムシャムシャと食べ尽くすバロメッツのお世話をして『悪魔の繊維』を刈り取る方法が取られたのである。
『牧草』『マリッソ』なのは初心者でも種が入手しやすく、成長が早いからだ。そして2種類混ぜると長持ちする。雑草でもいいんだけど、雑草は種が手に入らないからね。
さすがに『農業』まで取るのはSPがきついそうなので、互助会にはラーニングを目指していただきたい。
ちなみにペチカちゃんにも『悪魔の繊維』は提案したんだけど、「LVが高くて扱えない素材です。すごく高いので売り時ですよ!」という返信をいただいた。
そう、高いんですよ『悪魔の繊維』。
その元となるバロメッツも当然お高い、という理論で、裁縫師互助会からはめっちゃお金もらった。
にゃんと1匹300万。さすがお金持ちィ…!
「でもよろしかったのですか? 貴重なSPを使っていただいて…」
「猫にバロメッツの飼育は難しいにゃんよ~」
SPはお金で代替がきかないから、とヘレナさんはいうけれど、元々取ろうと思っていたスキルなので、猫にとっては順番が前後しただけだ。
バロメッツの鉢植えは9匹のバロメッツを生んで枯れた。打ち止めらしい。8匹は裁縫師互助会にお嫁にいった。
つまりあっという間に2400万。おおおお。
もう1匹くらい残しておこうかとも思ったけど、300万の前には無力だった……というか、猫にはやはりバロンだけで十分だった。
なにせバロンだって、収穫を終えたあとの庭や畑にはなしてあげるくらいしか出来ないのだ。
他のバロメッツに混じって一面の緑に夢中になっているのを見ると、やはり放牧(?)されているほうがいいんだろうなと思ってしまう。
「お礼の気持ちといってはなんですが、装備で困ったことがありましたらいつでも仰ってくださいね」
「にゃあ、ありがとうにゃん~!」
裁縫師トップの裁縫師互助会に装備を相談出来るとは贅沢だな! ほくほくである。
「早速ですけれど、こちら作ってみました。お納めください」
「にゃ?」
渡されたのは、革の手袋だ。器用と魔力が上がる、生産用の手袋だという。その名も『巧みなる職人の手袋』。イレギュラー品で、猫のLVに合わせて作ってくれたそうだ。
「ありがとうにゃん~! とってもうれしいにゃん!」
「こちらこそ、素敵なものをいただけて、ありがとうございました!」
「ありがとうございまーーす!」
「猫ちゃんサイコーーッ!」
「やったーー!繊維採れたー!」
「わーー! 見せて見せてえー!」
畑からきゃっきゃと声が上がる。にぎやかだなあ!
ついでに、とおまけとして虹色猫ちゃんキグルミももらった。これがまた今の猫の装備より防御力が高くて困惑するんだけど、さすがに派手すぎて装備する勇気が出ない。
ありがたいけど、ありがたいけど!
裁縫師互助会は全体的にすごくいい人なんだけど、ズレてるんだよなあ……。
さて、牧場から酪農の里へ戻ってきた。
途中で違うクエストがカットインしちゃったけど、お使いクエストをやろうと思っていたのだ。
酪農の里のお使いはそう長くなく、2個ほどで終わる。しかもアイテムの受け渡しだけ、と簡単だ。拍子抜けするほど。
「里に大きな赤い月が上ったとき、百年に一度しか咲かないはずの花が咲いたんですよ。私の生きているうちには見られないと思っていたから、感動しました」
「百年に一度しか咲かない花にゃ?」
「はい、なんでももう寿命で長くないと診断された樹を、かつての長が惜しんで魔法をかけたそうなんです。それで樹の時間は百倍ゆっくりになって、百年に一度しか花が咲かなくなったんですって」
「へえ~、そんな逸話があるにゃんね」
大きな樹に白い花が咲く画像が攻略サイトに上がっていた。噂によると林檎の花だったらしく、誰かがルイネの林檎のクエストをクリアしたんじゃないかと言われているらしい。詳細は不明で、大多数にとって酪農の里のメインクエストは花見イベントだったそうな。
その時に食べた味が忘れられなくて、という宿の女将さんに『赤ポム飴』を渡し、『大羊の白毛』をもらう。
そして次のクエストは酒屋の店員さん。
「そうそう、あのときはお祭りになって、たくさんの人が訪れたのよ。マレビトさんもたくさん。それにね、あの一度だけと思ったけれど、どうやらまた花は咲くみたいなの。きっと魔法が解けてしまったのね」
「にゃあ、それは残念……にゃん?」
「そうね、ちょっと残念で、でもいいことだわ。寿命が訪れるのは、仕方ないことだもの。それに魔法が解けたことであの樹に触れるようになったのよ。挿し木にして増やそうかっていう案もあるの。命は続いていくのね」
「いいことにゃんね~」
酒屋さんの配達のお手伝いをして、お駄賃に1000zと『赤ポムの枝』をもらう。
『赤ポムの枝』は『料理』にも使えるけど、『農業』にも使える。挿し木にすると『赤ポム』の樹になるのだとか。
果樹園は無理でも、庭に林檎の木があるのはいいな。花見が出来るとなおいい。
ちなみに『赤ポム』は林檎のことだけど、生命の果実といわれる『ルイネの林檎』との差違はまだ判明していない。同じ種類でなにか変異が起きたもの、とする説もあるし、種類自体が――それこそ梨とリンゴくらい違うとする説もある。つまりまったく別物ってことね。
猫としては同じ種類でなにか変異が起きたもの、という説を推している。変異っていったらもうルイネア関連しかないわけなんだけど、そこはまだ推論の域をでないかな。
無事にお使いクエストも終えて、酪農の里の用事は終わり。
後はここでしか買えないものの買い出しでもしておこう。
牛乳、チーズ、クリームに、多種多様な肉類がNPC価格で手に入るのはこの街だけだ。商人としても、たくさん仕入れておきたいところ。
ほくほくお買い物をしていると、声をかけられた。
「なんや風猫族やと思ったら、ランやんか」
「にゃ、ヤマビコさんにゃ」
フーテンさんところの料理人兼盾士のヤマビコさんだ。街着に大きなリュックを背負っている。
「買い出しにゃん?」
「おう。ランもか」
「猫は巡礼とお使いクエストに来たにゃんよ~」
「神官なるんか? てか光属性はもう取れるんちゃう?」
「猫は過程を大事にするタイプにゃん」
「はあん。何神官になるん?」
「運送神にゃん~!」
「なる。ランには合うとるわ」
うんうんとうなずかれる。
「あ、そうにゃん、面白いものを手に入れたにゃんよ」
「また変なことに首つっこんできたんか」
「にゃん~、たぶんブリーダーのクエストだったにゃんよ。えーと、これにゃ」
取り出しましたるは『羊の木の実』。これ、どうやら食用らしいんだよね。
「またえらいもん持ってきたなあ!」
「にゃん?」
「悪魔肉やん」
「にゃん???」
悪魔肉…??
「なんや知らんと取ってきたんか。『羊の木の実』といったら悪魔肉やで」
悪魔肉というのは、『悪魔の繊維』がレアで取れるBOSSから取れる食材なのでそう呼ばれている、のもあるが。
「中にちっこい羊が入ってんねん」
「にゃん!?」
それはバロット的な!?
「だから好き好き別れるとこやな。あとこれを調理したものには『悪魔的美味しさ』ていうフレーバーテキストがつくねん」
悪魔的美味しさなるフレーバーテキストがついたものは、貴族の貢ぎ物にすると高評価が出る。そのためクエストアイテムとして人気があるらしい。
「これ、買い取ってもうてええんか? 料理依頼も受け付けるで?」
「にゃん~、それなら1個は『料理』してもらって、残りは売るにゃん!」
ヤマビコさんとしてもありがたいアイテムらしいのでよかった。『料理』アイテムとしては破格で売れるのだとか。
1個15万z。バロメッツ1匹分と思うとかなり値が落ちる気がしてしまうが、そこはそれ。料理素材としてはかなり高い。
『料理』の方は急がないので、また作ったときに連絡してもらうことになった。
「まいど~」
「ありがとうにゃん~!」
(バロットは孵化直前の卵を茹でちゃうやつです)
評価、ブクマ、リアクション、感想、誤字報告ありがとうございます。




