36.劇物と愛の炎
「しかしこれは明らかに持久戦ですねー! ミリも減らない!」
「つってもミリでもやるしかないでしょう!」
「にゃん~、ちょっと試してみてもいいにゃん?」
「なんでもやっちゃってー!」
承諾を受けて猫はあるアイテムを取り出す。真っ黒な丸いそれは、猫の手に余るほどの大きさ。
「何が出るかはわからないにゃんよ~!」
『火竜鳥の糞』を火属性で圧縮して出来上がった謎アイテム、名前は『炎の劇物』。取り扱い注意の気配だけはすごく感じる!
猫が思うに、これは噂の反作用爆弾?とやらなんじゃないかと思って。本来ならダメージが吸収や無効になる、耐性の強い属性なのに逆に大ダメージを与えられるという噂の下克上特性。信じるぞ!
初期なら巨大ハートが出ても傷は浅いって信じてる。
『投石玉』と同じ要領で劇物をスリング投擲!
相手の巨大さゆえ外れるわけのない一撃は、火精霊の炎に当たってカッと白い光を放った。
ま、眩しいーー!!
こいつはメタリック星きた!?
「ナイスアタックー!!」
「余剰は!?」
「1個しかないにゃん~!」
「残念~! でも一撃でもありがたぁい!」
大ダメージでかなり減らせたのは嬉しい。思いつきだけど作っておいてよかったよかった。
惜しむらくはアイテムの残りが少なかったことだけど、猫は行き当たりばったりだから仕方ない。ロマン羽根もちょうど出荷したばかりで在庫がないのだ。無念。
実体がなさそうに見える火精霊だが、物理攻撃も効く。リアンさんは火の玉を殴りつつ、火精霊も殴っている。格闘家スタイルだった。そういえば格闘家ってジョブはまだ解禁されてないんだっけ? その辺も気になる人は多そう。
猫も火魔法を使うべきか、それとも魔法銃で攻撃した方がいいか。 一通り従魔へのバフを終えて悩んでいると、サッサさんと目があった。
「ランさん、やりましょう!」
「にゃ、合奏にゃん!」
『トーチベル』の合奏『愛の炎』は、火属性強化・火耐性減少と猫たちにとっても諸刃の剣だ。しかしちまちまダメージを稼ぐ戦いはNPC連れの猫たちには分が悪い。NPCにはスタミナとは別に疲労という隠しステータスがあって、長時間の戦闘は出来ないようになっているのだ。多少のリスクをとっても、短期決戦を狙う方がいい。
サッサさんと視線を交わし、猫は『トーチベル』に火をつけて構える。せーの、で楽器を振り上げるとガラン、と鐘に似た音が鳴り渡った。続けてリーン、リーン、と鈴の音が。
するとこれまでダメージ源だった人形連合やラージ、リアンさんを交互に狙っていた火精霊が、突然にこちらへ目を向ける。えっ、演奏ってそんなにヘイト買うの!?
「アッ、これは合奏がキーになってる予感!?」
「総攻撃! 総攻撃ですよヘイ! カモンカモン!!」
ショーユラさんが踊りながら(?)『インフェルノ』を放つが、火精霊は見向きもせず猫たちへ杖を振り上げる。
氷の壁が目の前に迫り上がり、放たれる炎の舌を防いで溶けた。ロッテンさん!
「なるべく防いでみせよう。二人は続けて」
「お願いするにゃん~!」
「俺も協力する!」
「守られてる~!」
リアンさんは巡回する火の玉をひとつひとつ潰してくれる。『ファイアウォール』でも潰せるとはいえ、ダメージを与える好機、手数を減らすよりはと火の玉はリアンさんにお任せだ。
リーン! と最後の音が鳴り渡り、合奏が自動演奏に切り替わると、壁から天井から炎が再び吹き出し始める。
「思てたんと違う!!」
「まさかの火攻め!?」
エンジェルさんとタレイアさんが壁際から飛び退いた。チカッとダメージの吹き出しが出る。
「あっつ! 地味に熱いんですが!?」
「『ファイアヒール』ステージですわね!」
火が着いてわたわたするクマなショーユラさんとティアラさんが『ファイアヒール』を配る。
サッサさんと目を合わせる。猫たち全然熱くない!
「女王の涙、攻略に必須だったにゃんね」
「悪いことしちゃいましたネ……!」
幸いだったのは、この火のダメージは火精霊にも有効でそれなりに継続ダメージとなっていることだ。
「ごめん、1個抜けた!」
「あわっ」
リアンさんの取りこぼした火の玉がサッサさんへ向かうと、『トーチベル』へ吸い込まれた。先端部分に火が着き、合奏の音色が乱れる。両方の『トーチベル』に火が着いてしまったことで、鐘の音が消えた。
「まさかの妨害!!」
「にゃあん!」
猫は自分の『トーチベル』を『ウォーター』で消火して、合奏を再開する。
「『ファイアウォール』1枚おくれ~」
「りょ! そっちにも気を配っとくー」
戦力を割くのは惜しいけど、妨害されるってことはこれが有効ってことだ。実際、火攻めのダメージはこちら側が食らう量より、総じて火精霊へのダメージの方が大きい。
火の玉をリアンさんが防いでくれたり、スーニャが『シャドウバインド』で止めてくれたり、『ファイアウォール』で消してくれたり。ロッテンさんが『トーチベル』を凍らせてくれたりとみんなが手助けしてくれたおかげで、『愛の炎』をきっちり最後まで演奏することが出来た。
すると火精霊は少し小さくなり、魔法の威力や耐性も下がる。
ギミックが割れれば後は順調。
「これを使うときがきた…!」
「やるかぁ!」
タレイアさんとエンジェルさんが取り出したのは。
「ロマン羽根にゃん!」
「今回は自前で用意してきました!」
「銭投げ砲、頼むぞ!」
2人が構えてそれぞれに『インフェルノ』を放つ。残念ながら属性クリティカルは出なかったが、赤いメタリック星(銅?)は出て大ダメージを与えた。
ナーフされたって聞いたけど、やっぱりまだロマン羽根強いんじゃん! 猫もやっぱり仕入れておかないとだめだな!
ところどころかなり危うい部分が(何度も)あったが、無事に討伐を完了した。
猫はひたすら合奏してただけなので、あまり出来ることがなかったね。
炎を吹き上げていた火精霊は最終的には人と同じほどのサイズになり、ゆらりとうずくまると、そのまま一条の炎となった。
後に残されたのは空中で何もなく燃える赤い炎だ。
「これが、火の力…?」
リアンさんが声をあげ、火へと近づいていく。猫たちはなにか起きたらすぐサポートに入れるように構えつつ見守る。火狗族のイベントかな?
リアンさんの手が炎に触れると、ボウっと火が大きくなった。様子を見るに熱くはないみたいだ。そのまま彼は跪き、炎を掲げるような仕草をする。
『火狗族による祈りが捧げられました』
『贄を選択してください』
「いやいやいや」
「ここで贄を選択するのか~。誰いく?」
「アッ、待って、これ炎を選択できますよ!」
「それでいきましょう!」
ひとりひとりが指名できる投票制だったが、みんなで炎を選択。
『炎:6、ロッテン:1、リアン:1』
『投票の結果、炎が贄に捧げられました』
「どういうことなの」
『それぞれセルフ投票でしょうか』
『自己犠牲~~!!』
『これでお互いに相手に投票してたら逆に怖い』
それはたしかに怖いので真実は追わないことにしたい!
炎が贄に捧げられると、床や壁を静かに炎が走っていき、ゆらゆらと輝く。まるで施設にエネルギーが充填されていくかのような演出。
「もしかしてこれで炎の泉が復活するにゃん?」
「そうだったらいいな。お前らのおかげだよ!」
リアンさんは嬉しそうだ。うーん、善行。
しかしロッテンさんの反応は渋い。
「おそらくは一時をしのぐに過ぎない、けれどその時までの時間は稼げる、といったところだろうか」
「にゃん~、その場しのぎでも、誰も犠牲にならない方法にゃんよ?」
「そうですよ! ビオパールにもきっとそういう、氷の力を捧げる場所があるんじゃないでしょうか」
「そうか…たしかにそうだね。思い当たる節はある。今度試してみるよ」
天井まで炎が走り抜けると、石碑の前にポワンと魔法陣が浮かび上がった。
「あ、帰還の魔法陣ですね」
「炎は捧げちゃったし、何もなさそうだし、もう帰りますかぁ」
「リザルトは帰還後かな。では行きましょう!」
帰還先は冒険者ギルドの前。
リアンさんとロッテンさんはここで別れることになった。
「火の力を捧げられてよかったぜ! これ、俺にはいらないものだからやるよ!」
「他の属性とはいえ、同じように贄を捧げる場を見ることが出来てよかったよ。きっとビオパールにも誰の犠牲なく氷の花咲くときが来るだろう。これは私には必要ないものだ。君たちにあげるよ」
そういって二人それぞれがくれたのは『精霊の涙』だった。
実は猫たちも火のドロップテーブルで倒したから、実はBOSSリザルトで『精霊の涙』は手に入っている。
「もしかしてあえて火で倒さなくても、NPC連れなら確定入手だったやつ?」
「その可能性…、ありまぁす!」
「ま、まあ高く売れるアイテムですしね!」
「いっぱいで嬉しいにゃん~」
『精霊の涙』は、火属性マギカだけではなく他のイベントでも使われる優秀なイベントアイテムだ。それだけにかなりの高額取引アイテム。多くて困るものではない。やったぜ。
「結局のところ、火のマギカじゃない場合のシティクエストって感じだったんですかね?」
「いや、むしろマギカ関連クエをPTメンバーが手伝えるクエって感じじゃなかった?」
「『精霊の涙』を確定で取る方法、でしたわね~」
「楽士2人をPTに入れるのは難易度高いけど、ロッテンが楽士してくれるなら1人いればオッケー、かも?」
「たしかに『トーチベル』だけ2個あれば、それでもいけたかもしれませんね!」
もし火の『純魔の系譜』持ちがいた場合はどういうクエストになったんだろう。気になるけれど、火のマギカに聞いてみる以外にはなさそうだ。
フーテンさんならスキルロックは解除できるはずなので、今度聞いてみるのもいいかもしれない。
「結局、ルイネアが関係あったんだかなかったんだかわからなかったのもちょっと消化不良でしたね」
「にゃん~、やはりサブクエストだったにゃんね?」
そこはメインを通らないと謎が残るところなのだろう。気になるけれど、仕方ないかな。
林檎はなくても、DPを要求される展開はあるかな?と思っていたのでちょっと拍子抜けでもあった。
あれこれワイワイと話しつつ、こちらもイベント終了で解散。
「また頼っちゃったにゃ、ありがとうにゃん~~」
「こちらこそありがとうございますわ!」
「『精霊の涙』ゴチです~!」
「っした!」
「火のマギカも悩むところですね~~、参考になりました!」
「おつかれさまー!」
解散といいつつ、その後せっかく来たので『魔鉄』掘っていくという皆で一緒に炎のダンジョンへ向かう猫一行であった。
解散の挨拶とはなんだったのか…!?
評価、ブクマ、リアクション、感想、誤字報告ありがとうございます。
辺境編はもう1話(いや0.5話)あって、それから5章エピローグに入ります。




