35.女王の涙
「僕は幼い頃、贄にされそうになったことがあるんだよ」
「にゃあ」
「けれど、僕では贄になれなかった」
「それはよかったです?」
「うん、今でこそよかったと思えるけれど、当時はとても悔しかったんだ。谷底の乙女の子というのであれば、僕も間違いないはずなのに、と」
『ロッテンって氷の血筋の放浪貴族なんだよね。その辺は、ビオパールのクエストでちょっと出てくる。本来なら現当主よりロッテンの方が魔力が高いとかなんとかで』
『だからあえて放浪してるとかいう設定だったよな』
『複雑な身の上にゃん~』
『あれ、でもロッテンってルイネアでもあるんですよね? それで贄になれなかったんなら、ルイネアは贄とは関係ないことに?』
『贄に求められているのは『純魔の系譜』の方だったのでは?』
『てかNPC的には『純魔の系譜』ってどういう扱いなんだろ。ブラッドスキルっていうくらいだし、NPCの場合は生まれつき…?』
「ロッテンさんは『純魔の系譜』にゃん?」
『ド直球!!』
だってその辺は聞かないと答え出なさそうなんだもん!
「はは、風猫族さんは潔いね。僕はたしかに『純魔の系譜』を持っているよ。たとえルイネアの血が現れていてもね」
「にゃあ…」
ルイネアの血が現れる、ていう言い方からすると、父母のどちらかがルイネアとかじゃなくて、先祖返りなのかな? だとしたらなかなか不遇なお人。
「僕はビオパールの再興を望んでいる。あの火山を封じ込め、氷の花咲く大地を取り戻したい。そのために、捧げられる贄について知りたいんだ」
「それで古い物語を探していたんですねえ」
「ああ。君たちならその謎に辿り着けそうな気がする。よければ、僕もその石碑まで連れていってくれないだろうか」
ロッテンさんが猫たちへ向けて、手を差し出す。ティアラさんがその手を取って、固く握った。
ロッテンさんが仲間になった!
『NPC2人連れ…これは勝てる気がする!』
『やるにゃんよ~~!』
早速、サッサさんと『トーチベル』を構えて合奏だ。ガラン、リーン、と音色が響き渡ると、はじめのときと同じように泉が炎を吹き上げ、階段が現れた。
「泉が燃える前に鳴る音は、この楽器の音だったんだな」
「『トーチベル』の音色…、やはり土地に伝わる楽器は精霊の声を伝えているという伝承は本当なのかもしれないね」
「『トロンポス・ベル』もそうかもしれないにゃんね~」
感心したようなリアンさんとロッテンさんを連れて、みんなで階段を降りる。
「あっ、熱!! なにこれ熱いんだけど!」
「にゃん~?」
「ランさんたち熱くないんですの!?」
新しく来た4人は階段を降りるのがかなり熱く、かなりダメージも入っているようで大変だった。『ファイアヒール』で回復はしているが、星とハートと代わる代わる出ている。熱いのは熱いらしい。
「先に降りてますねー!」
「あち~~!」
燃える4人は階段を急いで降りていった。
「女王の涙ってもしかしてこのために必要だったんですかね?」
「そうっぽいにゃん。悪いことしちゃったにゃあ」
ロッテンさんとリアンさんは女王の涙を当然浴びていたようで、猫たちと同じく動じていなかった。
燃え盛る階段を降りて、最後の猫たちが室へ入ると、ゴゴゴ…と出口が閉ざされる。
『あ~……、いいですね、いかにもな演出!』
『こういうのワクワクしちゃいますわね!』
タレイアさんとティアラさんはきゃっきゃと楽しそうにしている。猫もこういう演出は好きなのでわかる。さっきはインパクトが強すぎてはしゃぐ暇がなかった。
「閉じ込められた…!?」
「なるほど、ここは贄を捧げる祭壇というわけか…」
「アッ、そういう感じです!?」
「合奏で開けて、ひとり降りていくのを見送るのが本式だったのかもしれないにゃんね~」
「あー、そういうのありそうですね!」
石碑へみんなで近づくと、やはりポワンと一瞬光る。今回違ったのは、リアンさんとロッテンさんには光がくるくるとまとわりついたことだ。
「おや、これは…?」
「なんだこれ?」
ふたりは不思議そうにするが、猫たちも理由はわからない。
「にゃん~?」
「マレビトは贄になれないってことですかね?」
「それか、ふたりが満たしている項目がある?」
どちらとも取れそうで、ややこしい。リアンさんは石像にも象られていた火狗族だし、ロッテンさんはルイネアでもあり、『純魔の系譜』でもある。
「石碑に贄の条件は書かれていないのだね」
「はい。全部の石碑を回りましたけど、ヒントになりそうな話もなかったですし。強いて言えばルイネアか『純魔の系譜』か、くらいですけども」
「地元で拒否られたなら、ここで贄になることはなさそうよな」
「でも光はちょっと怪しいよね!」
「惜しむらくは我々に『純魔の系譜』持ちもルイネアもいないことですねー! 取っておけばよかった、というにはなかなか厳しいガラスの靴よ…」
オレンジのクマがオヨヨアクションで嘆くのをリアンさんが目を見開いて見つめている。やはりNPCだってキグルミは気になるのだな…。猫たち慣らされ過ぎたのよ。
その点、ロッテンさんはまったく気にする素振りがないのがさすがだ。年の功って感じがする。
そしてリアンさんは石碑より、閉じ込められたのが気になるみたいだ。そりゃそうだ、普通はそうです。
「これ、どうやって戻るんだ?」
「また合奏すると開くはずにゃん。でもその前に、火の精霊?が石碑から出るにゃ。たぶんそれを倒す必要があるにゃん~」
「それで危険があるって言ってたのか。多少なら俺も戦えるし、火には強い。任せてくれ」
「頼もしいにゃん!」
火狗族はタンク型性能なのかな? フィジカルが強そうなイメージある。火に強いという性質は獣人族にはないので、その辺に差があるのかも。
「それじゃあもう調べるところはないですかねー? もう一度合奏してみます」
「お願いします!」
開幕、猫たちが身動き出来ないところに火炎の渦が襲ってきたことは説明したので、バフで対策してもらう予定だ。みんな火属性があり、ショーユラさん以外はファイアーヒール持ちだ。猫たちが集中砲火を食らったら回復をお願いしてある。なんとか生き延びたい。
「あ、ロッテンさん。出てくる精霊は火ですが、火の力で鎮める必要があるようなので、攻撃ではなく支援をお願いしてもいいですか」
「わかったよ。元々支援は得意なので任せてくれ」
そういえばロッテンさんは氷属性なんだっけ。猫すっかり忘れてた。サッサさんのフォローに感謝だ。
「それじゃあランさん、いきましょう!」
「にゃん!」
ふたりで『トーチベル』を掲げ、いざ合奏。
すると壁から天井から火が吹いてきて、前回の状況通り、巨大な女性の半身が現れる。
「おおお、でかい!」
「燃える!」
「やりますわよー!」
猫たちの合奏中は、他の皆も登場ムービー的に身動きが制限されるらしい。焦れていたが、猫たちより少し前に動けるようになったらしく、ビュンビュンとバフが飛び交い始める。
攻撃は残念ながらまだ無効らしい。
そしてリーン、と最後の合奏の音色が響き渡ると、火の精霊が杖を振り下ろす。猫たちに炎の渦が襲いかかった。と同時に猫たちの前に氷の壁が立ちはだかり、『ファイアヒール』がかかる。目の前が燃えたり氷が生えたり溶けたり忙しい。合奏後硬直の間はお世話になります!
「『アイスウォール』助かりますぅ!」
『アイスウォール』は文字通り氷の壁を作り出す魔法だ。ウォール系では『ファイアウォール』と双璧を成す魔法でもある。『ファイアウォール』は魔法を素通ししちゃうけど、『アイスウォール』は物理的に壁として存在しているので、ある程度魔法も防げる。難点はちょっと脆いことだ。
なお壁の強度でいうと『アースウォール』が一番強いが、これは地面が土じゃないと使えないという特性がある。そんなわけで使い勝手でいうと『アイスウォール』なんだって。ちなみに消費はアイスが重い。
『アイスウォール』を素早く連発して使えるロッテンさんはさすがルイネアの『純魔の系譜』といったところ。
導かれるに、つまりめっちゃ貧弱でもある。守らねば! ラージにカバーをお願いする。「!」と吹き出しが出てやる気だ。頼んだぞ。
ルビーは空飛ぶ絨毯の上で『地団駄』をし、レトは『カウント』からの『ヒール』を始める。火の届かないところにいておくれよ。
シロビは白狐の擬態を解いて浮かび上がった。猫と一緒にいたのでダメージが心配だったが、火耐性が高いようで幸いだった。
スーニャは『インビジブル』で気配を消しててどこにいるのかわからない。味方すらも欺く、さすが猫ッ! まあ戦闘はサボるタイプではないので、どこかで働いてくれるだろう。
「『ファイアストーム』と同等ですわね。『ファイアヒール』で継続ダメージが消せれば恐るるに足らずですわ!」
「振り下ろしで『ファイアストーム』、振り上げ溜めで『フレイムタン』だそうです! なぎ払いは火属性物理の範囲。それから火属性攻撃を続けると最終的に『インフェルノ』を放つようになるそうなので、そこまでには倒したいですねーっ」
タレイアさんが調べてきたらしき情報を教えてくれる。ありがたや。
『ファイアストーム』は範囲設置型の火属性魔法。範囲から出ればダメージを食らわないが、範囲にいる間は断続的にダメージを食らい、行動キャンセルが起きる。そのため範囲外に出ることが困難という厄介な魔法だ。しかし『ファイアヒール』と組み合わせると、燃えている間継続回復という特性が合致して行動キャンセルを封殺出来る。
単体魔法の『フレイムタン』『インフェルノ』なら、『ミラー』や『ポヨ』が使えるのでよく見て気を付けないといけないな。
『ファイアストーム』が燃えている間は女精霊は火の玉を巡回させる攻撃をしてくるのだが、これは『ファイアウォール』で防げるようだ。安心!
「こんなに燃えてるBOSSなのに火属性でわずかながらダメージが入るってふしぎ!」
「たしかに。回復とかしそうな見た目ですよね!」
火精霊なのに火でダメージが出るのはたしかに変な話だよね。やはりルイネアだから…?とか考えたところで、手加減なんてしている余裕はないわけだけど。
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