34.忘れ去られた祈り
サッサさんが腕を組んで唸る。
「仮にこれが、条件を満たすと贄にさせられるシナリオだったとしてですね」
「にゃあ」
「プレイヤーが贄になるって選択肢はないでしょうから、たぶんここで戦闘になるか、あるいは贄の代わりになるアイテム?とかを捧げるかを選ぶんだと思うんですよ」
「にゃん」
「それがもしかして、ワンダリングBOSSを火属性で倒すってアレなんじゃないかと!」
「なるほど!?」
そういえば系譜スキルのクエストでいるって話だった。捧げると戦闘スキップとか、あるいは緩和されるとか?
「しかし問題は、贄になれない我々が捧げたとして、イベントが進むのかどうかですよね~……」
「にゃん……」
アイテムを手に入れるべく頑張るのは吝かではないが、結果が伴わないのはたしかに悲しい。
しばらく考えてみたが、やはり猫たちにはその路線で進めるのは難しいのではないかと結論づけた。中をぐるぐるまわってみたけど、石碑以外にめぼしいものもない。
「うーん、残念ですが帰りますかぁ」
「本来の目的である石碑は見つかったし、これでよかったことにするにゃん~」
「ですね~! ……さて、どう帰りましょうか……」
「にゃん…!」
閉じ込められているんでしたね!
「合奏して入ったからには合奏して出るのが王道にゃ?」
「それしかないですよね」
石碑の前で並んで『トーチベル』を構える。おっと、火をつけておかないとね。
せーの、で合奏し始めると、『憎しみの炎』が奏で始められた瞬間から壁から炎が吹き出してきた。ごうごうと勢いよく燃える。
火攻め!?
『こ、これで合ってます!? 合ってました!?』
『なんか間違った気がするにゃん!』
アワアワしても合奏中は動けない。とりあえず最後までは奏でなければ。
そうこうしているうちに壁から天井から吹き出した炎は石碑の前で渦巻き、なにかを象りはじめた。杖を振り上げ、巨大な半身をくねらせる女性の姿。
『なんかめちゃくちゃBOSSっぽいやつ出てきた』
『対話、対話を求めるにゃん~~』
『平和的に解決したいッ!』
猫たちのわちゃわちゃした内心は通じず、合奏が終わった瞬間、巨女は杖を振り下ろした。
猫たちへ向けて炎の渦が吹き荒れる。
『にあああああ』
『減る減る減る!!』
合奏後硬直で動けない猫たちを大ダメージが襲う!!
初見殺し! 初見殺しですよこれは!!
「あにゃ~~……」
『いや無理ッス』
猫は冒険者ギルドの前へ戻ってきていた。
はい、全滅しましたね…。
ギリギリ従魔たちの帰還だけ間に合ってよかった。いやもう、あんなの手も足も出ないよ。ずるい。
さてサッサさんは何処だろうか。
『すみません、ホーム更新忘れてたのでアルテザにいます!』
『にゃんと』
『どうしましょう、リベンジします? あれってたぶん、ダンジョンで出るワンダリングBOSSと同個体だと思われます』
『にゃあ、猫たちでは無理にゃ?』
『私たちふたりでは無理ですが、せっかくアルテザに戻ってきたので、リベンジ希望なら他の面子も巻き込んじゃおうかと』
『人形連合にゃ!』
『ですです! せっかくなら火属性で倒して、特殊アイテムをぶんどってやりたい!』
『やってやるにゃん~!』
『おー! 希望者連れていきますので、そちらで待っていてくださいー!』
『了解にゃん!』
とはいったものの、猫、炎のダンジョンは適正LV以下なんだけどよかったのだろうか。
ま、まあ猫は合奏要員で、他の面子に頑張っていただくということで…!
猫は待っている間にちょっと情報収集でもしておこうかな、と掲示板を開く。すると猫へ向かって走ってくる人影が。
「いたぞ、お前だ!」
「にゃん?」
猫を指差したのは、最初に泉で会った火狗族の少年だ。
「お前、さっき燃える泉に入っていったよな!?」
「にゃあ、たしかに入ったにゃん」
「あのときすごく泉が燃えてて、みんなわからなかったみたいだけど、俺は騙されないからな。どうやって泉に入ったんだ!?」
勢いがすごい。どうどう。
「猫は逃げないから落ち着くにゃんよ~」
「これが落ち着いていられるかよ! あんなに泉が炎を吹き上げたことなんて、俺が生まれてから一度もなかったんだ。年寄り連中はいよいよ泉が枯れ果てる前兆かもしれない、なんて悲観し始めて……」
「にゃん~、それは申し訳なかったにゃん…」
NPCにはあの泉の状況って、そういうふうに見られたのか。勢いで行動してすまない。
「わ、悪いと思うなら俺も連れていってくれ!」
「にゃん?」
「泉の奥には当主さまが火の力を捧げる場所があるって聞いたことがある。お前もそこへ行ったんだろう? 俺も行きたい!」
「にゃあ…、火の力を捧げる場所にゃ?」
「俺たち火狗族にはそう伝えられているんだ。もし当主さまが忘れていたなら、俺たちが火を灯さないといけないって」
「でもとっても危険にゃんよ~」
このゲームではNPCロストはなく、仲間になったNPCはプレイヤーと同じく死に戻りが可能になる。しかし当然だが、死に戻ると好感度がめちゃくちゃ下がる仕様。
連れていくのは構わないけど、玉砕覚悟のリベンジマッチにNPCを連れていくのは、さすがにちょっと気が引ける。
「そんなの覚悟の上だよ。頼む!」
「にゃあ……」
『…………というわけなんだけど、連れていっても大丈夫にゃ?』
念のためサッサさんに事情を説明して尋ねると、快諾してくれた。
『全然問題ないですよ! 初見殺しでイベントが動くなら、助っ人NPCの可能性もありますし』
なるほど、その可能性もあったか。
「じゃあ、猫たちの仲間が揃ったら一緒に行くにゃん」
「やった!」
火狗族の少年、リアンさんが仲間になった!
『こっちはタレちゃん、エンちゃん、ティアラんにショーユラさんが参加します~』
『了解にゃん~』
人形連合のタレイアさん、エンジェルさん、ティアラさん、ショーユラさんか。
ショーユラさん、前回のドゥーアではオレンジのクマで参戦してたけど、やはり今回も着ぐるみなのかな。もう誰も突っ込まないので慣れてしまった。未だに中身に会えてない。
ギルドの前で待っていると、転移施設からみんながゾロゾロと現れた。やはり目立つオレンジのクマ。
「お待たせしました!」
「イベントごちです! またよろしくおねがいします!」
「お邪魔しやす~」
「火属性ならばお役に立てると思いますわ!」
「ぼくはわりとなんでもいけますよ!」
「いらっしゃいにゃん~!」
早速みんなでPTを組み直す。
猫はNPCリアンさんと、サッサさんとPT。タレイアさんたちは4人でPT、アライアンスを組む。従魔を足しても構わないとのことだったので、スーニャ、ルビー、ラージをメンバーに入れさせてもらった。ルイが入ってないのは、泉の階段を降りれないからだ。残念。
『イベントの内容は話したにゃ?』
『一通りはしてあります』
PTやアライアンス会話はNPCには伝わらない仕様、なのでこっちで情報のすりあわせを少々。
ロッテンさんの古い物語クエストから始まって、楽器のレシピから楽器再現して、合奏したら謎の場所へ案内され、そこでも合奏したら謎のBOSSに燃やされた……と話してあるらしい。
『しかしボウフォルということは、火属性純魔の種族クエストですわよね? わたくし、小人族ですので詳しくはないんですけれど』
そういうティアラさんの額には、サッサさんと同じく花蕾のような薄いピンクの模様がある。いずれは第三の目になるという刺青だ。小人族は結構、種族クエスト進んでるよね。
『やるなら火の純魔になるんかな~つって調べたことあるけど、ワンダリングBOSSはたしかでっかい火の精霊?みたいなやつで、火属性で倒して『精霊の涙』を手に入れる必要があるとか?』
『5層奥のBOSS、炎竜を倒しても『精霊の涙』はレアで入手出来るって話よ』
人族のエンジェルさんとタレイアさんが教えてくれる。ふたりは火属性の『純魔の系譜』を検討してみたことがあるらしい。
しかし掲示板の純魔専用スレはロックがかかっていて、スキル持ちしか見られない。ふたりはまだ系譜スキルは取っていないので、そこまでしか情報を得られていないのだそうだ。概ねサッサさんが得ていた情報と変わらない。
『おそらく『精霊の涙』を確実に手に入れるためのイベントなんじゃないかなー?と思ってます』
『リアンさんの情報も合わせますと、ここを火で倒すのが正規ルートな気もしてきますわね!』
火の力を捧げるっていうんだから、たしかにこのルートが正しいような気がしてくる。
アライアンスで泉へ向かう。
泉の炎はもう消えていた。野次馬の姿も今はなくなり、イベントなどなかったように元通りになっている。そこにはロッテンさんもいた。
ロッテンさんは顔をあげると、こちらへ向けて手をあげる。おや?
「やあ、見ていたよ」
「見られちゃったにゃん~?」
「泉の奥に石碑はあったかい?」
これは言っちゃってもいいやつかな? 話しかけられちゃったし、答えちゃうか。サッサさんと視線を交わしてうなずく。
「新たなる贄を捧げよ、と石碑は終わってました」
「なるほど…」
ロッテンさんは考えるように口許に指を当てた。
「実は、こういう『贄を捧げよ』という話は古い物語ではよくあるんだ」
「にゃんと」
「精霊との契約の名残、と言われていたが、アルテザの古い物語と、今の話を聞くと少し違うような気がしてくる」
「そうですねえ」
精霊との契約というより、お前が精霊になるんだよ、て話だもんね。
「僕の故郷、湖畔の街ビオパールにも似た話があってね」
ロッテンさんが語ってくれたのは、ビオパールの古い物語だった。
ビオパールも古くはルイネアと思われる不老の少女がいて、里の男と結ばれる。少女は子を生むが、男からは捨てられてしまう。今でも少女の悲しみが吹雪となって吹き荒れている、という内容だそうだ。
吹雪の乙女と呼ばれ、氷の当主はこの子孫であるらしい。そして谷底に凍れる百合が咲かなくなったら、贄を捧げよと伝えられているのだそう。
なおビオパールではここ百年ほど、凍れる百合は咲いていないとか。
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