32.トーチベル
サッサさんと話して、まずは猫が知っている古い話――ドゥーアやアルテザ、ルイネの話をしてみることになっている。サッサさんの話とかぶってしまうところもあるけど、それで猫の楽士ランクが上がるならラッキー、さらにクエストが進むなら一石二鳥だ。
そんなわけで、かくかくしかじかにゃんにゃんにゃん。
廃都エリアの古い話というので、まずは冒険者の街フロントから…と思ったけど、フロントでは大したことをしていなかったので、林檎の幽霊の話をした。
それからアルテザのルイネアの人形師ストルミさんの話、ドゥーアのヨシヒサさんから聞いた地鼠族のゴーレムと地底王国の話、ルイネの精霊の祠にはヨハンが眠ってる話。などなど、思いつく限りをつらつらとお話してみた。
サッサさんもふんふんとうなずいたり、ちょっと驚いてくれたりと聞き上手だ。もちろんロッテンさんも。
「なるほど、古い物語をたくさんありがとう。やはりルイネアは興味深い存在だな」
「にゃあ、ルイネアが好きにゃん?」
「好きというか、少し縁のある種族かな」
ロッテンさんは被っている帽子をちょっと上げて、耳を出した。耳の先がほんの少し尖っている。
「僕はルイネアの血を引いているから」
「にゃあ」
『アッ。ロッテンってそうなんですね!?』
新情報だったらしい。
ルイネアの混血か~。ヨハンとユーリハーが友情で終わってたし、種族を越えた子は生まれない世界なのかと思ってたらそんなこともないようだ。でも隠してるってことは禁忌だったりするのか? その辺ちょっとわからない。
「僕はルイネアの血が特に濃く出たようでね。不老というわけではないが、長生きなんだ」
「そうだったにゃんね~」
ど、どの程度突っ込んでいいのかわからなくて無難な相槌しか打てない!
「じゃあ猫の話した古い物語には、知ってる話もあったにゃん?」
「ははは、さすがにそこまで長く生きてはいないよ。200と少しくらいかな」
「にゃん!?」
見た目は20代半ばほどの人族青年にしか見えないので、これで200歳超とは驚きだ。サッサさんも目を丸くしている。
「ルイネアの血を引く人族はみな長生きになるようだよ。けれどルイネアと違って定命のものだ。若い姿のまま、ぽっくり逝くこともあると聞く。僕も人としてはずいぶん生きたから、明日をも知れぬ身さ」
「にゃあ…」
見た目が年を取らないだけで、寿命はあるのか。それはなかなか怖い話だな。
思わぬ情報に驚いてしまったが、話さなければいけない古い物語はもうひとつあったのだ、と思い出す。昨日調べた石碑の話だ。サッサさんをつついて説明してもらう。
といっても、こちらは石碑に書いてあったことを言うだけなので短い。
「……というのが、街にあった石碑の話ですね。気になるのは、もうひとつ石碑があるかもしれないことです」
「ありがとう、とても興味深い話だったよ。石碑がもうひとつか…、もし石碑があるなら、泉にもありそうなものだけれどね」
ロッテンはそう言って、泉を眺める。たしかにそうなんだよね。位置的にも泉にあってもおかしくない。しかし石碑らしきものはないのだ。
「それにしても、この街に石碑がそんなにあったとは知らなかったよ。火事で失われないためには、石はたしかに有効だね」
「この街ってそんなに火事が多いにゃん?」
「最近になって増えたと聞くね。前はそうでもなかったようだけど」
「最近何かあったんです?」
「さあ、僕も旅をしていて噂を聞くくらいだから、あまり詳しくは…」
「にゃん~」
そりゃ旅人さんに聞いても仕方ないよね。これは街の人に聞く話か。
「また古い物語を見つけたら教えておくれ」
「探してみるにゃんね!」
ロッテンさんとの話を終えると、猫の楽士ランクが上がり『楽士』になった。
『ランクがあがったにゃん~』
『おめでとうにゃん~! クエストもちょっと進んだみたいですね。ロッテンがルイネアについて探していたとは知りませんでした』
『にゃあ、心なしかユーリハーにも興味を持ってたにゃんね』
『ですね~、ヨハンには興味なさそうでしたけど』
ルイネアに興味のあるロッテンさんがこの地にいるってことは、ボウフォルのクエストもルイネア関連なんだろう、というのが猫とサッサさんの見立てだ。メタ読み!
『ボウフォルのクエストっていうと、火事が多いらしいのと、泉が力を失い始めているってアレですよね』
『一見矛盾してそうだけど、要は火をうまく操れてないってことになるにゃん?』
『たぶんそういうことだと思います。ボウフォルの領主、今代のフーフェズは最近代替わりしたばかりとかで、その辺がこう…』
『あやしいにゃんね~~』
『ね~~。でもたぶんこれって『純魔の系譜』の火属性クエストだろうから、我々にはなんとも』
『歯がゆいにゃんね~~』
『ね~~』
うむ。触りだけしかわからないクエストというのは、にゃんともしがたい。しかし、猫の知り合いにいる火属性持ちはみんな半生産だからなあ。
生産メインでいきたい人族は、器用値の上がらない系譜スキルや、種族クエストにはあまり興味がわかない、と掲示板でも見たっけ。
その辺は難しい問題よな。裁縫互助会のヘレナさんたちなんかは、全然種族クエスト興味無さそうだもん。ショーユラさんにしても『純魔の系譜』はソロが出来なくなりそうで二の足を踏んでるらしいし。
『猫たちに出来そうなのは、石碑探し?と、石碑が楽譜かどうかを確かめるくらいにゃんね』
『ですね! それには『トーチベル』のレシピを探さないと!』
『頑張るにゃん~!』
『怪しいのは最後の石碑ですよね』
『たしかに、もし石碑に楽譜が記されているなら、最後の石碑にレシピが書いてあってもおかしくはないにゃん』
そんなわけで、石碑探しに戻る。といっても宛がないので、一度行政施設に戻ってきた。石碑探しを一通り終えたことで、なにか進展があるかもしれないしね。
「石碑を一通り見てきたにゃん、ありがとうにゃん~。石碑は全部で11個しかないにゃ?」
「ええ、11個です。数も位置も微妙なので12個目がある!なんて話も伝えられていますけれど、12個目が見つかった話は聞いたことがありませんね」
行政施設の受付さんが教えてくれる。
「『トーチベル』という楽器について探しているのですが、なにかご存じありませんか?」
「昔、この地に伝わっていたという楽器ですね。資料をご案内できたらよかったのですが、あいにく…」
「にゃん~~……」
「なにか少しでもわかることはないでしょうか!」
サッサさんが尋ねると、受付さんはうんうんあたまを悩ませたあと、ハッと顔を上げた。
「もしかしたら、街の骨董品店には取り扱いがあるかもしれません」
「骨董品店ですね、行ってみます」
ボウフォルにも骨董品店はあるらしく、マップにマークをつけてくれた。
いざ行かん骨董品店!
「財布への大打撃が心配ですね……」
「猫もにゃん~……」
入る前にちょっとためらっちゃったりもしたけれど。
骨董品店の落ち着いた佇まいは、ちょっと気合いが入る。
扉を開けばドアチャイムが涼やかに鳴り、老年の店主が顔を上げた。
「やあ、いらっしゃい」
「お邪魔しますにゃん~」
「すみません、こちらに『トーチベル』か、そのレシピの取り扱いはないでしょうか」
「珍しいものをお探しだね」
店主は驚いたように目を瞪り、猫たちを眺めた。
「『トーチベル』はもう廃れて長い楽器だ。それでも私たちの耳には音色がずっと残っている。本物はもうひとつしか残っていない」
「ひとつはあるんですか!?」
「ああ、泉の石像があるだろう? かのフーフェズが携えているものが、『トーチベル』だよ」
「にゃあ…? 持ってたのは松明じゃなかったにゃ?」
「松明のような楽器だから、『トーチベル』というのだよ」
な、なるほど!?
「あー…。ということは、手には入らないのでしょうか」
「石像に象られた『トーチベル』は今でも絶えぬ泉の火がわくとき、奏でられる。その音色と形状を知れば、楽器職人ならあるいは作れるかもしれないね」
「職人の腕にかかっている…!?」
ヒントは得られたのでお礼を言って、骨董品店を後にする。いや、猫もなにも買わずに出るのは申し訳ないと思って一通り回ったんだけど、残念ながらフレーバーテキストの出るものはなにもなかった。サッサさんもだったらしい。
おそらく適正LVに足りてない! 残念無念、でも財布には優しかった。
楽器工房へ戻り、骨董品店の店主から得られた情報を伝える。かくしか~。
すると楽器職人さんは雷に打たれたように飛び上がって、店の奥へと消えていった。
『にゃ、にゃあ…』
『思い出した!て感じでしたね』
「これを見てくれ!」
店主さんは店の奥から出してきたのは、松明のような設計図だった。おお、レシピ?
「これはずっと杖のレシピなんだろうと思っていたんだ。うちの兄弟弟子で武器屋になった職人が忘れていったんだろうって…。まさか、楽器のレシピだったなんて」
「レシピがあるなら作れそうですか!?」
すかさずサッサさんが聞くと、職人さんは大きくうなずいて請け負ってくれた。
「作るのが初めてだから、ちょっと材料が多めになってしまうけれどもいいかい?」
『トーチベル』に必要なアイテムは『魔鉄』30個、『きれいな火花』10個、それから『白い炎』1個に3万zだそうだ。
『白い炎』はフィラメントのレアドロップ。昨日手に入れた分もある。
無理な材料ではないな。サッサさんと猫は視線を交わしてうなずいた。これなら、もう1回か2回ダンジョンに行けば集まりそう。猫も『きれいな火花』を採るお手伝いならできる。
楽器職人さんにはまた集めてくることを伝えて、いざダンジョンへ!
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