30.物語をさがして
楽器工房を探してみると、意外とすぐに見つかった。看板にはトランペットが描かれていて、何だかおしゃれなウィンドチャイムがかかっている。ドアが開け放たれているので、役には立ってないようだけど。
中を覗いてみると、どうやら金管楽器の工房のようだった。これは当たりかな?
「こんにちはにゃん~」
「やあ、いらっしゃい。楽器の御注文かな?」
応対に出てきたのは若い地人族だった。
「レシピがあるにゃんけど、ここで『トロンポス・ベル』は作ってもらえるにゃん?」
「レシピがあるならなんだって作れるよ」
「ほんとにゃん!? 嬉しいにゃん~!」
「材料は持ち込みになるけど構わないかい?」
「頑張って集めてくるにゃん!」
『トロンポス・ベル』の材料は『魔鉄』20個、『きれいな火花』5個、『トロンポス・リリー』1個。
『トロンポス・リリー』だけはマケボのお世話になるけど、他は猫が用意出来そうだ。依頼料は1万z。スキルが手に入る装備としては、そこそこ安い。
よし、『トロンポス・ベル』も見えてきたし、気を取り直して石碑巡りに戻るとするか。
「あれ、ランさんですにゃん!?」
「にゃあ、サッサさんにゃ、こんにちはにゃん!」
サッサさんは硝子連合であり人形連合でもある、小人族の楽士さんだ。直接会うのは『美声のど飴』を取引して以来になる。
「楽器工房で会うなんて、まさかランさんも楽士の道を…」
「始めてみることにしたにゃん~、まだ楽器を作るところからだけど」
「やった、お仲間が出来ました!」
くるっと『ラストターン』アクションを決めて、サッサさんは喜んでくれた。
「楽器は何にするんです? 金管楽器ってことはホルン系?」
「にゃあ、『トロンポス・ベル』にゃん」
「もしやご当地楽器です? さすが…。材料、大丈夫でした?」
「『トロンポス・リリー』だけマケボで買おうと思ってたにゃん」
「あ、『トロンポス・リリー』なら私、持ってますよ。よかったら使ってください」
「にゃん!? 猫は願ったりだけど、いいにゃん? おいくらにゃん??」
「お金はいいですよ~。その代わり、ちょっと相談に乗ってもらいたいことがあります」
「猫でいいなら喜んでにゃん~!」
サッサさんの相談ってなんだろな?
「実はいま、古い物語を探してまして」
サッサさんが話してくれたのは、猫もさっき聞いたような話だった。楽士の専用クエストだそうで、あるNPCから頼まれて廃都に伝わる古い物語を探しているのだそうだ。
「それってロッテンさんにゃ?」
「あ、ランさんも会いました?」
「泉のところで会ったにゃん」
「これは幸先がいいですね!」
サッサさんは喜んでいる。なんでもロッテンさんは滞在場所がころころ変わるNPCだそうで、廃都エリアにいることは間違いないけれど、毎回探すのにも苦労するらしい。風猫族みたいな人だな。
「古い物語って、たとえばどんなものにゃん?」
「えーと、ドゥーアでは地鼠族と地人族の確執の話でしたし、アルテザではルイネアの人形師の話だったりしましたね」
「なるほど、そういう話にゃんね」
「これであってるかはわからないんですけどね! 私なりに集めてはみたけど、ロッテンは『もっと古い物語が知りたいな』としか言わなくて。なかなか難しいんです」
『もっと古い物語が…』のところがちゃんとロッテンの声になっていて、さすが芸が細かい。猫も楽士になったら声真似出来るようになるんだろうか。ちょっと楽しみ。
「最終的にどうなるクエストにゃん?」
「それも、まだわかっていないんですよね~」
「にゃん?」
サッサさんいわく、楽士にしか発生しないクエストであることはわかっているが、これが楽士の何に繋がるのかは謎、という状態のクエストなんだって。チェーンクエストで、たぶん廃都エリアを回り終えたら完結するだろうけど、まだ誰からも終わったという情報が流れてきていないんだそうな。
「楽士は魔法師とかに比べるとマイナー職ですし、メインにしている人も少ないので、進みが悪いんでしょう。それにロッテンって、氷属性の系譜クエスト――人族の種族クエストにも出てくるらしくて。だからもしかするとそっちの派生サブの可能性も捨てきれないねって」
「にゃあ、どっちもあり得るにゃんね。猫、楽士じゃないけどロッテンさんに楽譜渡したら、古い物語の話をされたにゃん」
「それは新情報。楽士になりそうな人もクエスト保持者に含まれるのかな?」
首を傾げてみたけど、考えてもそこはわかりそうにない。
「猫にお願いっていうのは、その古い物語に関することにゃん?」
「ですです。ランさんなら古い物語って聞いて、思い当たるものもあったりするかなあと」
「にゃあ、古いかどうかはわからないけど、いま石碑を巡ろうと思っていたところにゃん」
「石碑…、街のあちこちに点在してるやつですね。なにかクエストで?」
「行政施設で聞いたらマークがついたにゃんよ」
「なるほど、ご一緒してもいいです?」
「回るだけでよければよろこんでにゃん~!」
手を繋いでPTを組み、サッサさんを連れて石碑巡りを再開。
せっかくなので、泉の最初の地点から読み直すことにした。
『●かつてこの地は不老の女王が支配していた』
『・女王の支配により人と狗は苦しめられていた』
『・あるときひとりの英雄が現れた』
『●女王と男は出会い、ふたりは一目で恋におちた』
『●ふたりはままならぬ恋に身を燃やした』
『●しかし時は残酷にもふたりを分かつた』
『・解放軍は決起して女王を追い落とした』
『・女王は異界の扉を開き、この地を道連れに望んだ』
『●英雄は女王を異界の扉の向こうへ閉じ込めて守った』
『●それよりこの地は女王の憎しみの炎に包まれている』
『・英雄の子は憎しみを鎮め、この地をいまも支えている』
ぐるっと石碑を巡ってみた結果がこれである。
ペチカちゃんが恋しい…。猫にはどうリアクションを取っていいかわからない。
「なんか…なんか思ってたのと違ったにゃんね」
「思ったより愛憎ものでした。これって順番通りに読むと結構多いんですね~」
「にゃあ、11個あったにゃんね」
「なんだか中途半端な数」
言われてみればたしかに。でももうマップのどこにもマークはついてないのだ。時計回りに、て言われたし12個あった方がキリがいいような気はするけども、うーん?
位置的には泉が怪しいのだが、泉には石碑がないんだよね。
あと気になるのは、この文の頭についてる●と・の違い。パターンがあるような、ないような? ●だけ集めて読む、とか?と思ってみたものの確信はないし、結局よくわからない。
ここから憶測するにはヒントが足りなさすぎる。
「あ、そうだ、『トロンポス・リリー』渡しておきますね!」
「ありがとうにゃん! 本当にもらっちゃっていいにゃ?」
「これ、ビオパール行けばいくらでも簡単に手に入るので。街中で売ってますし、予備もたくさんあります!」
「予備って、何かに使う予定があったにゃ?」
「持ってるとロッテンの態度がやわらかくなる好感度アイテムですね。『君からは懐かしい香りがする』とか言われます」
なるほど、そういうアイテムもあるんだね。
「早速、楽器作ります?」
「にゃん~、『魔鉄』も『きれいな火花』もこれから集めるにゃんよ~」
「あら。フィラメント……、アッ、錬金術師ですもんね!」
「そうにゃん~、『投石玉』なら任せるにゃん!」
「フィラメントお任せできるなら、よかったら『魔鉄』掘りお手伝いしますよ。これでも採掘LVは高いんです」
「いいにゃん!?」
「ここのダンジョン、『精霊砂』がレアで出るんですよ~。そちら目当てで掘ってると『魔鉄』は結構出るんで」
『精霊砂』が出たらサッサさんがもらい、『魔鉄』が出たら猫のもの、ということでふたりでダンジョンへ行くことになった。
ロッテン? 彼は同じ場所に同じ時間帯で現れるので、探し回るより次の昼に泉へ行く方がよさそうって話になりました。人探しは大変なのだ。
石壁の街ボウフォルが有するダンジョンは、洞窟型のオーソドックスなダンジョンで、通称『炎のダンジョン』と呼ばれている。名の通り、火属性の敵がよく出てくるダンジョンだ。
火属性のプレイヤーが訪れねばならない街なのにダンジョンが火属性とあって、火耐性持ちばかりとかなり嫌がられているらしい。それが試練みたいなやつなのかね。
「石碑の通りなら、これは女王の憎しみの炎ってやつなんですかねえ」
「にゃあ…女王は火属性魔法師だったにゃん?」
「フーフェズも火属性魔法師でしょうから、それで気があったのかも?」
フィラメントは銀色の薄い小さな岩で、ふわふわと浮かびながら近づいてくる。触れるとゴオッと炎上し、魔法をかければ反射、叩いても炎上するだけで倒せず、大ダメージを与えると爆発するという厄介な敵である。しかもアクティブなので、こちらを見つけると近寄ってくる。
しかし『投石玉』を使うとパキンと割れてあっという間に倒せる仕様。これはちょっと楽しい。
通常ドロップで『きれいな火花』、レアドロップで『白い炎』を落とす。『白い炎』は火属性武器とかに使うアイテムでなかなか高く売れる。
1層はフィラメントしか出ないので『投石玉』さえあれば恐るるに足らず。ちまちま作りためていたものが90個近くある。フィラメントは大量に群れるタイプではないし、他にも掘っているグループがいるので、余裕である。
サッサさんはさすが採掘スピードが速い。
「こればっかりは道具とLVですねー」
「道具…、やはり道具も買い換えないとダメにゃんね」
猫ったらまだ初心者ツルハシだもんな。『鉄鉱石』と『石ころ』しか出ないのも仕方ないのかもしれない。いや、サッサさんがいてくれてよかった。
あ、ようやく『魔鉄』出た。
「2層でBOSS出たって!」
「よっしゃ、行こう!」
「次こそ絶対やる!」
隣で採掘していたグループがわっと賑やかになって、先へと旅立っていった。それについていくように、採掘していた人々がぐんと減る。
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