29.吟遊詩人とご当地楽器
火狗族少年の手招きに誘われて、泉のそばへ戻ったときだった。
ガラン、と鐘の音に似た音が大きく響いたかと思うと、石像の男性の手から炎が勢いよく噴き出した。炎を受けて隣の女性の像がメラメラと燃え始め、やがて炎が泉の中へ広がっていく。あっという間に泉全体に燃えあがった。
リーン、リーン、と今度は高い鈴のような音色が響き渡り、炎がどんどん泉へ満ちていく。
「にゃあ」
「ほら、早く火を浴びて!」
街の人たちはこぞって泉のそばへ寄って、火を掬うようにして、頭の上からかける。真っ赤な炎が油の上を走るように伝っていき、そして地面に落ちて消える。燃え移ったりはしていない。
猫も少年に促されるまま、炎の泉に手を浸けてみる。あっ、熱ッ、思ったより全然あつい、1か2くらいだけどダメージも入る! 熱いよこれ! 全然熱くないのかもとか思ったけど予想をはずされた。
わー、でも面白い。炎が水のように掬える。感触が少しだけあって、熱い靄? 蒸気? なんか圧力みたいなものが少しだけある。
掬った炎を、見様見真似で頭から浴びる。あ熱ッ! 100くらいダメージが来てびっくり。あっ、でもちょっと気持ちいい。めちゃくちゃ冷えたときに温泉に浸かったようなじんわり感が全身に行き渡る。
あ~~。
『女王の涙を浴びました』
「にゃん!?」
なんか変なアナウンス出た。女王の涙ってなに!?
一瞬固まってしまったけど、特に何か起こるわけではなく、メッセージが表示されただけみたいだ。
まず間違いなくこの炎が原因なんだろうけど、女王ってなんだろな?
皆が火を掬ったからか、火は泉の中程まで減ってもう手が届かなくなった。ちょっと残念。
名残惜しく眺めていると、少年に声をかけられた。
「ほら、見ていってよかったろ?」
「とってもよかったにゃん、新体験だったにゃ! あの火はまた消えちゃうにゃ?」
「あと1時間もすりゃ消えちまうかな。でも2時間に1度、泉はこうして火を噴くんだぜ」
「すごいにゃんね~」
「ああ、街の自慢の泉だよ!」
ふむふむ、2時間に1度噴いて、1時間で消えてしまうのか。そして1時間は炎がない泉。
う、ううん、絶えぬ火はちょっと看板に偽りありかな?
わからないことは図書室で調べるに限る。早速行政施設へ向かい、図書室を訪ねる。この街も廃都エリアなので、たぶん図書室はあるはずだ。
「図書室ですか? 申し訳ありませんが、こちらには図書室はございません」
「にゃあ?」
「火災があって、すべて焼け落ちてしまいましたので」
「にゃん~、それは大変にゃん……」
おやー。火事があったのなら、たしかに紙の本はひとたまりもない。残念だが仕方ない。
「他にこの街の歴史がわかりそうなところはあるにゃ?」
「街の歴史でしたら、各所に置かれている石碑を回られるとよろしいかと思います」
「石碑にゃんね」
「泉から時計回りにまわると時系列順になりますよ」
「さっそくまわってみるにゃ、ありがとうにゃん~!」
泉からスタートか。てことはあの石像で表されてる場面がはじまりか、ラストってことかな。
本が燃えるような火事があったっていうのもちょっと気になる話だ。燃え移らないように石壁があるっていうし、そんなに火事の多い土地柄なんだろうか。火属性のお膝元にしてはちょっとお粗末というか、火をコントロール出来てないような。
行政施設から出て火の泉へ戻る。まだ炎はゆらゆら泉のなかをさまよっている。泉のほとりにはまばらに人がいて、露店が少し出ていたり、楽器を奏でる吟遊詩人らしき人がいたりした。
楽器なー。
そういえば、楽譜を手に入れていたのだった。『トロンポス・ベル楽譜』。売るにも価格がつけにくくてまだ猫のポッケにある。
調べてみたところ、『楽譜』と『楽器』を手に入れると『演奏』のスキルが取得可能になるんだって。『楽譜』は魔法でいうところの教本で、手に入れると3~5つの呪歌を覚えられるらしい。ただ楽譜は楽器を指定しているので、自分の楽器にあった楽譜を手に入れるのはなかなか難しいらしい。
ちなみに楽譜の入手難度でいうとフルートとリュートが一番手軽。しかし楽器の価格が高いのもその2点らしい。
状況に応じた『演奏』をするために、楽器を何種類か切り替える人も多いんだって。なかなか大変そう。
猫の知り合いで唯一の楽士であるサッサさんの楽器はオカリナで「たまたま縁がありまして」と笑っていた。
縁かぁ。
猫、最近ちょっと楽士、つまり『演奏』も気になってる。
『演奏』スキルは、移動しない、演奏以外動かないことを条件に、低威力だがその他の魔法と重複してかかるバフ・デバフを広範囲にばらまくことが出来る。
有用ではあるが、PTの手を減らしてまでやる必要はないかな、と言われがちなのが『演奏』だという。逆にいえば、今の暇になりがちな猫がやるならちょうどいいんじゃない?
とはいえ、それには楽器、『トロンポス・ベル』を手に入れる必要がある。そしてこの『トロンポス・ベル』がどこに売っているのかが謎なのだ。楽器の入手難度が高いってやつ。
このタイプのどこで売ってるかわからない楽器は、吟遊詩人を見つけて楽譜を見せて聞いてみるか、楽器屋に依頼して作ってもらう必要があるらしい。
……。
せっかく吟遊詩人がいるのだし、ちょっと聞いてみようかな?
クエストの途中だけど、寄り道、寄り道。
ちょうど演奏が終わったので、彼の足元にあるお椀の中へ100zを投げ入れる。おひねりの相場感がわからん!
吟遊詩人は猫へ向けて大袈裟な礼をした。おお、これは宮廷作法アクション。メインストーリーで覚えることになるとか聞いたことがある。……ダンスしたり宮廷作法が必要になったり、学園都市のメインストーリーは大変なことになってるな。猫は面倒なことは抜きに、お使いクエストで走り抜けるぞ。
「ありがとう、素敵な風猫族さん。火の領地で見かけるとは珍しい」
「にゃん~、猫はどこへいくのだって自由にゃんよ」
「これは失礼、それもそうだね」
ほんわりと笑う吟遊詩人さんは推定人族青年NPC、なのだが、アクションしたときに取った帽子の下は水色の髪をしていた。プレイヤー以外で青っぽい髪の人族って、なかなか珍しい。
これは、なにかクエストを持っているNPCをひっかけてしまったかもしれない。いやいや、でも初志貫徹! 猫はトロンポス・ベルの情報を聞くぞ。
「猫さん、僕になにかご用かな」
「ある楽譜を持ってるんだけど、その楽器を見たことがないにゃん~、ちょっと見てもらってもいいにゃん?」
「もちろんだとも」
『トロンポス・ベル楽譜』を吟遊詩人さんに渡すと、彼は驚いたように眼を瞪った。
「『トロンポス・ベル』! やあ、懐かしい。これは僕の故郷で生まれた楽器だよ」
「そうだったにゃん?」
「ああ、谷底に咲くトロンポス・リリー、それを模して作られたのがトロンポス・ベルだ」
「にゃあ、お兄さんはどこの生まれにゃん?」
やはりその土地に行かないと楽器は手に入らないものなんだろうか?
「僕は湖畔の街ビオパール生まれだよ」
「遠いにゃんね~」
「ああ、とても遠い土地だよ。でもこの楽譜には、楽器のレシピもついているようだ。もし楽器を作りたいならば、楽譜を見せれば、街の楽器工房で作ってもらえるだろう」
「にゃあ、楽器って作ってもらうものにゃんね」
「その土地独特の楽器は、その土地の楽器工房じゃないと手に入らないものなんだ。でも、レシピがあれば別さ。まあ工房によっては、土地の楽器のレシピが遺失されていることもあるそうだけど」
「その土地で生まれた楽器っていうのはよくあるにゃ?」
「いろいろあるものだよ。例えばここ、ボウフォルで生まれた楽器は『トーチベル』だ」
「ご当地楽器があるとは知らなかったにゃん~。ありがとうにゃ、とっても助かったにゃん!」
お礼を言うと、吟遊詩人さんは猫に楽譜を返してくれる。
パラパラとページをめくってみると、たしかに楽譜の最後につらつらと数字などが書いてある。レシピってこれのこと? 図面とかじゃないんだ?
そして材料は主に『魔鉄』らしい。もしかして鉄って書くけど鉄じゃないやつか。魔銀と書いてミスリルと読む的な、別次元の鉱物だったりするのかもしれない。
「猫さんがもしこれから楽士になるのだとしたら、ひとつお願いがあるんだけど、いいかな?」
「にゃん?」
「僕は古い物語を探しているんだ。もし、なにか見聞きしたら、僕に教えてくれないかい。僕の名前はロッテン。各地を旅しているから、もしまた会えたときにでも」
「にゃあ、わかったにゃん。次に会うときまでに何か探しておくにゃんね~」
古い物語ってなんだろ。
でも各地を旅しているっていうからには、ここのクエストってわけじゃなくて、長期的な何かかな?
とりあえず、今は考えなくていいか。手を振って吟遊詩人さんとは別れた。
石碑をぐるっと見に行くついでに、楽器屋さん探しかな。そして『魔鉄』を求めてダンジョンにも入ってみたい。そのためには『投石玉』がいる。石ころはルイネでたくさん拾い集めてきたし、また『錬金術』でチンしなければ。
それにしてもご当地楽器なんてあるんだね。ご当地楽器が古い物語に関わってるのだとしたら、猫は古い物語とやらを手に入れるために、ビオパールまで行かないといけないのかもしれない。そうなったらだいぶ遅くなりそうだぞ?
気持ちを切り替えて石碑へ辿り着いた。
石碑は『黒火石』のなんてことない石材で、石像とかはない。石碑と知らなかったら、塀の一部かと思って通りすぎてたかも。行政施設に教えてもらったことで、マークがついていてよかった。
肝心の石碑の内容はというと「●かつてこの地は不老の女王が支配していた」とある。
石碑自体が小さいので、書いてある文章もずいぶんコンパクトだ。不老の、てことはルイネアかな。
これがさっきの泉で出た『女王の涙』の女王だろう。辿っていけば泉の由来がわかりそう。
次の石碑まで、またマークがつく。そう遠くないので、すぐ辿り着いた。
「・女王の支配により人と狗は苦しめられていた」とな。狗っていうのは、火狗族かな?
次は「・あるときひとりの英雄が現れた」。
ふむふむ、これがフーフェズでしたって話になりそう。
はい次。「●女王と男は出会い、ふたりは一目で恋におちた」。
英雄とは…? ペチカちゃんが恋しい。
「にゃん…」
ちょっとスンッてなっちゃったので周囲を見回すと、工房の並ぶ通りのようだ。ちょっと寄り道してこ。
湖畔の街ビオパール→2章46話
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