幕間:骨董品店の羊
ドアを開けると、木のいい匂いがする。
「こんにちはにゃん~」
「あら、お久しぶりです。本日はどういったご用件でしょう?」
ここは荷車屋台を買ったお店。前にも会った上品そうな受付のお姉さんが微笑む。
今日は前回のレイド戦で無理をしてしまった荷車を見てもらいにきた。というのも、荷車の耐久がちょっとばかり減ってしまったのだ。これは装備同様、耐久がなくなるギリギリまで使うものなのか、それとも設備類のように耐久が減ったら効果もちょいちょい下がるものなのか、どっちなのか聞いておく方が安心なので。
なにしろ荷車、自作している人が大半なので、購入者の話っていうのがあまり上がってこないのだ。
「耐久が減るなんて、相当な無理をしましたのね」
「魔物を撥ね飛ばしてしまったにゃん~」
「ああ! 運送神の加護をお持ちでしたか」
「まだ運送神官じゃないけど、運送神官さんとご一緒したにゃん」
「今後もそうした、スピード配送をお望みでいらっしゃいます?」
スピード配送とはいったものだな。
「興味はあるにゃん」
「それならおすすめの部品がありますよ」
そんなわけで出てくる、出てくる、ごつい部品。えっ、なんだろうこのトゲトゲしたやつは?? こんなの荷車につけたら世紀末じゃない?
荷車の部品には、防御力を上げて耐久を守るタイプと、攻撃力を上げるタイプとあるみたい。攻撃力は上げなくても重さで十分出るみたいだから、つけるなら防御力を上げるタイプかな?
「お値段はこちらになります」
「にゃん~…」
算盤ぱちぱち。
もちろん買えません! 貧乏って悲しい!
「部品はまた今度にするにゃ……」
「いつでもいらしてくださいね」
なお荷車は装備タイプで、耐久ギリギリまで修理しなくても大丈夫だそう。その点は安心した。
くぅ、お金がないってつらい!
とはいえ猫も露店したり、掘り出し物屋で『真贋』に適う『岩石』を買ってガチャしたり、『漬け物石』にして売ったりと、細々と稼いではいる。少しはお金を手に入れているのだ。ざっくり30万ほど。消耗品アイテムには困らないけど、大量買いや装備更新には足りない。つまり気持ち的には貧乏!
成金生活が尾を引いて、あれもこれも欲しくなってしまうけど我慢、我慢の日々なのである。お金が楽に入っていた頃がすでに懐かしい…。
いや、猫はあきらめんぞ。次なる金の成る木を探すのだ。
そんなわけで今日もぶらぶらお散歩している。
それより狩りに行け? いや、ごもっとも。でも猫のLV帯の狩りって、いわゆる経験値効率狩場はあっても、金銭効率狩場はないのである。残念ながらレア狙いの狩り場もなくて、生きるか死ぬかのまぐれ狩りみたいなのになってしまう。
まぐれ狩りは猫のようなテイマーには不向きだ。従魔は死なせると好感度が下がってしまう。テイマーには全滅前にすべての従魔を送還するプレイヤースキルが求められるとかなんとか。猫にそういう細やかな技巧は無理だからなあ。
まあLV上げのための狩りもするんだけど、経験値効率狩場は混雑していて苦手だし、結局狩りをするにしても自由都市周辺でまったりポルクス狩りくらいになってしまう。ポルクスのレア、『ふさふさの尻尾』はわりと高値で売れる。
まあなんだかんだいって、猫はこうして街歩きをするのが気に入っているのだ。ルイに騎乗してられるしね。
騎乗といえばダイアモンド騒動を経て、猫も騎乗用召喚獣の必要性を感じたが、まだ騎獣はルイだけだ。
召喚騎獣といえばファントム系、捕獲は素早さと耐久が高くないと難しい。ので自信がない人は購入がおすすめ、と掲示板にはあった。
購入……はい、そういうわけです。
ちなみに召喚ギルドで購入できるのだが、ラインナップはランダム。ホースが多くて、他は稀。ファントム・ドンキー(ロバ)も稀にだけどいるらしいので、手に入れるならロバがいいな。
なお資金がないときにロバ当たっちゃうと悔しいので見に行っていない。
あとは召喚獣ではないけど、そのうちフルクを仲間にしたいと思っている。『迷子の犬狼』クエストは『従魔の証』も手に入るというし、やりたいことリストの上位だ。
でもまずは2代目タマちゃん(モンシラ)の孵化待ち。幼虫はルイと一緒には連れ歩けないだろうから。
つらつら考えつつ街歩きしていると、猫ったら見つけてしまった。
「にゃわ……」
目の前にあるのは『骨董品店』の看板。
骨董品店。それは魅惑の響き…。入ってみちゃってもいいだろうか!? 看板が読めるってことは入ってもいいんだよね! 隣のお店は看板読めなかったもん。だからここは入れるはず。
意を決してドアを押せば、カララ、と変わった音色のチャイムが鳴る。見上げてみると、骨? 骨の鈴、なのかな?
「いらっしゃい」
そう店の奥から声をかけてきたのはおそらく店主さん。珍しい、ルイネアだ。
青みのある銀髪に水色の瞳、丸メガネ……。ルイネアにはよくあることだが、座ってると性別がどっちか全然わからない。声もどちらとも取れる。
しかし、ルイネアが店主やってる店なんてあるのか。骨董品店だけあって、古いお店なんだろうか?
「お邪魔しますにゃん~、見てもいいにゃ?」
「どうぞ、ごゆっくり」
お言葉に甘えて、端からよくわからない商品を眺めていく。
骨董は家具類から謎のアイテムまで幅広く取り扱うジャンルだが、見る人によって価値が変わるガラクタが揃っている、らしい。
これは街歩き中にNPCから聞いた話なので、システム的な解釈がどうなってるのかは不明である。たぶん、スキルやジョブに由来して鑑定の入り方が変わる、みたいな話だとは思うのだけれど。
「にゃわ~……」
ひっそりとした室内にはまず大きなハープが置かれていた。彫刻かと思うくらい大きな像がついている。これはたぶん家具なんだろうな。
それからピアノに似た謎の楽器。鍵盤が見たことのない並び。マホガニーの赤茶に蒔絵のように色とりどりに絵が描かれていて、金のラインが繊細だ。
目立つのはそのふたつの大型家具で、となりには蓄音機だろうか? 大きなオパール色の巻き貝に、さまざまな線が繋いである不思議な機器が置いてある。
楽器の取り扱いが多いんだろうか?
猫には眺めてもわからないし、アイテムとして見ても『楽器?』『楽器?』『楽器?』とはてなが浮いている。
楽士のサッサさんとかだったらもっとよくわかるのかもしれない。後でメールしておこう。
楽器以外はないのかというとそんなことはなく、小さな猫足のテーブル(これも売り物らしい)の上にところ狭しと並べられているのはミニチュアの人形や、箱庭だ。魔道具マーケットで見たものより古そう。
残念ながら『不思議な栞』で見たようなヴィネットはなかった。まあ栞があったからといって、この前のレイドみたいに簡単に召喚できるわけではないのだろうけど。……ないんだよね?
まあ、一致する栞はないので保留、買えないしね!
他には小さな桐の三段箪笥や、レースや古びた布やリボンの切れ端、絵画、謎の壺、何かの角、大きな水晶クラスター、首飾りや指輪などの細かなアクセサリー。いろいろなものが並べられている。
だいたいが『楽器?』と同じようにハテナ付きアイテムなんだけど、たまに猫にもわかる商品がある。
たとえばこれ。
『切れた妖精リボン』
運命のいたずらで切れてしまった妖精リボン。なにかしら縁が残っているかも。良縁、悪縁、結んでみるまでわからない。切れてよかった縁かもね?
フレーバーテキスト…!
気になるけど買いたくないような、あえて買ってみたいような。お値段は3万z、リボンの切れ端にしてはずいぶん高い。
どうやらハテナ付きアイテムは購入できないようで、こういうふうにフレーバーテキストが出たものにだけ値段が出るみたい。どれもかなりのお値段。
たとえばこれ。
『貸本屋のチケット』
どこかにある貸本屋で使えるチケット。1枚につき1冊借りられる。店のなかで読むならちょっとサービスがあるかも? お店がどこにあるかは誰も知らない……。
フレーバーテキスト…!
貸本屋がどこかにあるという話は本屋さんからも聞いたことがある。口振りからして自由都市じゃなさそうなので、学園都市か、それとも廃都の街のどこかか。
大商人に聞いたところ「貸本屋なんて聞いたことない」っていうから、隠れた場所にあるんだろうね。いつか見つけられたらと思うけど。
チケットは古びていて、お値段なんと100万z。もしかしたらこのチケットがないと辿り着けなかったりするんだろうか?
気になるけど、とても手が出る金額ではない。
他には、こういうのもあった。
『小さなバロメッツの種』
納められているのは希望か悪魔か、成るのは魔法の果実か生ける羊か? 植えてみるまでわからない。悪魔に魂を売ってみる?
フレーバーテキスト…!
しかしバロメッツの種すごく気になる。たぶん魔性植物。ハエトリグサ系列の捕食植物なのか、妖精植物なのかは不明。
いやもう動くやつは大根でお腹いっぱいな気はしているのだけど、ギルド畑に行って動かない植物を見ると物足りなさも感じており……そんな馬鹿な。気の迷いよ、と思いはするんだけど。
でもバロメッツ気になっちゃうよね。
バロメッツの種は小さなロケットペンダントに収められており、種だけで購入が出来るみたい。ペンダントの方は『装飾品?』となっており、猫には効果不明、セット購入は出来ない。
種だけのお値段は、25万z。たっか。でも一粒ではなく何粒か入ってるみたいだ。
……買っちゃおうかな。
高いけど、高いけど買えるし。
マイルームで育てるならそんな変なことにはならないだろうし。ベランダで始めてもいいし。
でもこの装飾品はどういう効果なんだろう? 別々で買えるってことはただの入れ物なのか、それともなにか意味のあるものなのか。
こっちのリボンも気になっちゃう。猫の種族クエストには、たぶん妖精族との縁が必要なはずだ。縁が結べるならすごく欲しい。
しかし妖精リボンってそもそもなに?
今なら買える、買えるんだよなあ……。
ま、迷う!
「まいどあり」
にゃん~~!
……どうも、貧乏猫です。
リボンも種も買ってしまった。懐がペラッペラ。
しばらくは街歩きも出来ない体になってしまった…。真面目に商売しよ…。
早速ベランダで『小さなバロメッツの種』に向き合う。種は5つ入りだった。1粒5万! 大切にしなくては…。
まずは『グロウシード』をかけて1粒、発芽させる。ちょっと手こずったけど成功。
びっくりしたのは双葉からして蹄が出てきたことだ。そんなことある!? めっちゃ羊!!
え、メリメリと羊が出てきちゃう感じ? メリーさんだけに? なかなかホラーだな?
すでにちょっと不安はありつつも、新しい植物は嬉しい。ただ水をかけるのにだいぶ罪悪感のある形をしているので、早く大きくなってほしいところだ。
…この蹄、前肢なのかな。頭から出てくるんだろうか?
これが後にあんなことになろうとは、その時の猫は知るよしもなかったのだった………とかいうことにならないようにだけ、猫は祈っている。
フラグじゃないから!!
骨董品店→2章幕間 初めまして本屋さん
魔性植物→1章36話
またしても4章からはみ出ちゃっていた猫の街歩き(こうして猫は素寒貧になった)編でした。どうなるバロメッツ!
作中の貸本屋チケットは、友人のすずのさんによるVRMMO小説『貸本屋のお姉さんに気に入られるために俺は今日も本を読む』からちょっとお借りしてます。
https://ncode.syosetu.com/n0798jx/
貸本屋のアンジェリーナさんに気に入られるために奮闘するセツナくんの話です。猫と合わせてよろしくお願いします!
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