34.イレギュラー品
「魔法玉でも魔力をプールできるにゃん?」
「いいところに気がついたな。これが菱形の二重術式だ。魔法玉に入っている魔法を属性値に変換して魔力として注ぎ込む」
んんむ?
菱形の、てことは真円では出来ないっぽい?
魔法玉に入ってる魔法を属性値にして、というのはアレだ、魔力を属性に変えるのが魔法ってやつ。難しい魔法ほど高い属性値の魔力を必要とする。魔宝石の価値が魔石より高いのは、属性値が高いからでもある。つまり、属性値が高い方がより強い効果が出る…てことか?
押し込む魔法は何を使うんだろう。
店主は細く短い指揮杖を構えて、『クリスタル』の魔法を使った。
ん、んんんん?
「今の魔法は無属性にゃ?」
「よくわかったな?」
「猫、無属性魔法師でもあるにゃんよ」
自分が持ってる属性だと、違う人が使ってても色がついててわかる。たぶん新しい魔法を覚えやすくする一環なんだろう。名前がわかっていれば教本売店でも調べられるし。
「『無属性魔法』は知っての通り『錬金術』では基礎だ。マテリアルを直接かたちづくるには魔力の型が必要になってくる」
「にゃあ…、『クリスタル』と『ジュエル』は別にゃ?」
「『ジュエル』は知らんが、名前からして宝石系魔法だな? オーブから手に入れた魔法は、他人とまったく同じ魔法にはならん。『クリスタル』は研究された教本魔法だ」
「今度教本を見てみるにゃん~」
たぶん『クリスタル』は、『ジュエル』や『パウダー』と同じく魔力の形を指定するような魔法だろう。『ジュエル』があればいらない気はするけど、『ジュエル』が本来どんな魔法なのかを知るためにもその教本は是非読みたいやつだ。
そんなわけで話の腰を折ってしまったが、無事に猫の『魔道石』の素材となる魔宝石、『木魔硝子』は出来上がった。エメラルドにも似た濃い緑に透き通ったオーバルの綺麗な石だ。
……なんか素材の質が異様に上がってない?
「職人たるもの頼まれものには全力を出すものだろう」
「にゃあん」
この店主さん、ワーカホリック職人タイプだったか…!!
「これ…、他の素材大丈夫ニャ?」
「にゃあ~……出来るだけ頑張ってみるにゃん…」
こっそりケータくんにも心配されてしまった。だ、大丈夫。謎素材もあるし…! 心配なのはインクに当たるものがないところだが……、何か使えるものあったっけ? 色のついた液体ならいいの?
木属性の素材はあれこれみてもらった結果、『金炎の種』『万年亀の甲羅』が使えたので助かった。
種、火属性じゃないんだな、燃えてるのに。結局何もわからないままだが、素材として使えるならここで使ってしまおう。必要ならまた作れるし!
「灰色猫はいろいろ持ってんなァ」
「でもインクになりそうなのはこれと、これくらいしかないにゃん」
硝子瓶に詰めた『動く文字』(アルテザ書庫産)と、『濃厚雑草汁』を差し出すと店主さんには大変嫌そうな顔をされた。
「インクの材料をそのまま持ち込むやつがあるか、ちゃんとインクにしてこい! ……こっちの『濃厚雑草汁』はなんだこれ!?」
「『変成』で作ったにゃん」
「臭いはヤバイが不純物のない濃色の液体、色もつく……くっ、基準は満たしているか。仕方ない、これを使ってみよう」
やったぜ!?!?
だ、出してみるもんだなあ…。
『動く文字』は返却されたのでインベントリへ仕舞う。ケータくんがこれを虫だと思ったらしくて勢いよく3mくらい後ずさったのがちょっと面白かった。いや、ごめんて。たしかにザワザワ動いていて虫っぽいよねこれ。
「まずはこっちの黒猫のから作るぞ」
「よろしくニャン!」
店主さんはまずなにやら革の手袋を嵌める。手のひらに刺繍なのか模様がついた変わった手袋だ。
それから、露店台の上に羊皮紙らしき紙が広げられる。その上に『スモーキークォーツの魔宝石』が乗せられ、『ジニアのインク』でサラサラと図面が引かれていく。図面というか、曲線で出来た模様のような、図案?
これ、実際に自分でやるとどういう判定なんだろうな? 本当に絵を書かなきゃいけないわけではなさそうな気がする。
というのも、ペンは使ってないし、見ている分にはインクが勝手に? 動いてるんだよね。それを指先で抑えたり、押したりしていっているような。うーん、不思議な動き。
図案を書き終えたら、店主さんは片手に『歪真珠』を、もう片手に『白月兎の尾』を持って、ぐっと握りしめる。すると、両手にボウッと白い光が点る。
お、おお? なんで光るの!? 魔法か?
その光る両手を広げて、図案の書かれた羊皮紙に指先をつける。するとその光が図案の線の上を走っていく。
早回しの香時計のように、光が通った先から煙が出て紙が燃えて(光って?)サラサラと砂になって消える。
そして図案は光ったまま浮かび上がり、それが魔宝石へ沈み、刻み付けられる。
最後に少し強く光ると魔宝石にはしっかりと回路が焼き付き、ちょっとスチームパンク味のある『魔道石』が完成していた。名前は『透銀の魔道石』。
『魔道工』ってこんな感じなんだな! 難しい機械工みたいなイメージを抱いていたけど、思ったより全然魔法的だった。ちょっと面白そう。
「よし、待たせたな黒猫。完成だ」
「ありがとうニャン!」
ケータくんの『透銀の魔道石』は白く濁った半透明の石に、銀色のラインが細かく走っている。柱状結晶体でなかなかカッコいい。
「灰色猫のも出来たが…」
「にゃん~…」
一方、同じように作ってもらったはずの猫の『魔道石』は、抹茶色を通り越して若干紫みのある緑というか……なんかなんとも言えない色に仕上がってしまった。ラインもなんか黒っぽいが、内側からほのかに光っていて不気味。名前は『濃厚な緑炎の魔道石』となってるし、なんだねこれは…。
「考えられ得る原因は『濃厚雑草汁』だな…」
「にゃあ…」
「イレギュラー品なぞ久しぶりに作った。見ろ、指向性が噛み合ったのかアビリティまで出たぞ。見た目はアレだが、かなりいいアイテムだ。ただまあ、木属性な時点でその気はないだろうが属性銃にはしねえ方がいい」
「ううう、複雑な気持ちだけどありがとうにゃん~!」
『魔道石』にアビリティなんてつくんだね。…て『精霊石』につくんだから、そりゃそこを目指してる『魔道石』にだってつくことはあるか。
ついたアビリティは『生魔反転』。これは魔道杖にたまについてるやつで、MPの代わりにHPを使用して魔法が使えるやつだ。MPが低くて魔法師になれない一部の種族には必須装備と言われていたりする。
猫もMP少ない種族ではあるが、HPも少ないので微妙……。ま、まあ農業用に使う装備としてならレトに回復してもらいつつやればいいからあり、かなあ??
「アビリティつくなんてすごい…ニャン?」
「猫が巨人族だったら当たりアイテムだったにゃん…」
「無い物ねだりはよくないニャ」
はい。
きっちり10万zしか受け取らないという店主さんにお金をお支払し、次は『属性銃』にしてもらうための店へ出発だ。
店主さんの知り合いの店らしく、紹介してもらえた。ちなみにこの店主さんのお名前はルドルフさんと言うらしい。ほうほう。
「偏屈だが腕はたしかなヤツだよ」
「ルドルフさんは『属性銃』は作らないにゃん?」
「あれの基礎は『木工』と『鍛冶』だ。錬金術師の役割は、『魔道石』と仕上げがちょこっと。もしヤツが仕上げをこっちでやれっていうならまた持ってきな」
「わかったにャ。世話になったニャ!」
「ありがとうにゃん~!」
ルドルフさんの店を後にして、紹介された店へ移動。道中目移りしちゃうけど、今は『属性銃』が優先だ。
「予想以上に好感度盛り返してたみたいニャ」
「そうにゃん?」
「たぶん。属性銃の店まで紹介してもらえるとは思ってなかったニャン。ルドルフ店主は名前もあまり教えてくれないって掲示板にあったニャ」
「よかったにゃんね~」
今現在わかっている、魔道具マーケットで『魔道石』を作ってくれる職人は3人。中でもルドルフさんは中級~上級魔道石へ加工してくれる職人。
ケータくんは持ってきたアイテム的に別の職人さんを狙っていたようだが、魔道具マーケット内をくまなく探すのは難しく(なにせ広いし店の場所はよく変わる)、最初に見つけることの出来たルドルフさんの屋台で妥協したんだって。そうしたら予算以上の金を取られそうになり慌てたんだそうな。
ケータくんの狙ってた低級職人なら「指向性」「魔道強化」がつかないそうなので、ルドルフさんは効果が増える代わりに素材そのものの要求数が多いパターン。その分、質のいいものになったので結果オーライではある。
ちなみに『魔道石』は前座で、『属性銃』にはもっとお金がかかる。だからそっちの予算を削るわけにはいかず、ケータくんは猫に借金を持ちかけた、というわけだ。
ルドルフさんの好感度が上がったのはたぶん『宝硝子』を渡したからだろう。ワーカホリック職人さんだもの、新しい素材とか嬉しかったに違いない。
猫もドドメ色の魔道石を作った甲斐があるというものである。わざとじゃないけど。ていうかそこで好感度が上がったわけじゃないだろうけど!
しかし、アップデートで攻略サイトとクエスト内容が変わっているとは、ケータくんに会えてよかったな。猫では盛大に迷子になっていた可能性がある。
「ケータにゃんに会えて猫はツイてたにゃん、ありがとうにゃん~!」
「お、おぉ、お、俺、お、おう……」
ケータくんが立ち止まったので振り向くと、ハチワレの白い部分がピンク色に染まっていた。
んんん?
「にゃん?」
「なっ、なんでもねーーーニャン!!」
フンスッと鼻息荒く言うと、ケータくんはドスドスと歩いていく。
……もしかして俺もありがとう的なことを言おうとして照れて恥ずかしくなっちゃったやつ?
このツンデレ猫ちゃんめ。
まあはぐれてもPTだし、行き先のGPSもあるし急がなくてもいいか~とのんびり歩いていくと途中で待っていてくれたりしていい子である。萌えキャラか?
ツンデレ猫ちゃんのロールプレイだとしたらもはや脱帽の域なんだが、きっとそういうわけではないんだろうなあ…。才能が怖い。猫はとんでもないものを目覚めさせてしまったかもしれない……。
などと意識を1万光年ほど飛ばしているうちにGPSの指す店へついた。
『簡易ロッジ』で立てられたちょっと大きな店が続く一角。ここは最初に荷物を下ろしたりしたところだ。この中のロッジのどれかかな、なんて思っていたら違った。
建てられたロッジの隙間を通るように進路の矢印が点滅して、思わずケータくんと顔を見合わせる。
こんな開けたように見える魔道具マーケットにも、どうやら裏路地というものがあるらしい。
イレギュラー品→2章32話
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次回更新日は11/29(金)です。