32.魔道具マーケット
猫も早速、ルイに乗って荷車を引いていく。霧の橋は別にふわふわはしていないけど、荷車の車輪がゴトゴトは言わずスムーズに進む不思議な感覚。
橋の向こうにはうすぼんやりと黄色や橙の、おそらく街の明かりと思われるものがちらちらと見える。
渡りきったら街へ着くのだろう。
「おや、同胞」
「にゃん?」
すれ違い様に声をかけられて振り向くと、白いモヤモヤとした人影。
おお?
「……おっと、これは失礼、勘違いだったらしい。呼び止めてすまなかった」
「気にしてないにゃんよ~」
めちゃくちゃ気になるけど、人違いなら仕方あるまい。
「ありがとう。どうやら繋ぎ止めるには絆が足りないようだ。これでは道に迷ってしまうね。また結ばれたら会おう、未来の同胞よ」
人影さんはそう言うと、返事を待たずにふわりとほどけて消えてしまった。
「にゃあ…」
未来の同胞、とは??
結ばれたら、とか、繋ぎ止める絆が足りない、ていうのはもしかして、手首に結ばれた妖精族の『証』、かなあ?
アザラシに会った後に思い出したんだけど、あれってペチカちゃんが言ってたリボンの話と似てたよね。親愛の証としてリボンを贈るってやつ。
証が2本じゃ足りなくて、同胞未満。うーん、妖精族の種族クエストかな?? そんな気がします。
霧の人影さん、別に猫耳ではなかったから風猫族の種族クエストではなさそうなのが気になるといえば気になるところだ。
『妖精族』という括りで別途何かあるのかも?
リボンを用意しておいた方がいいかもしれない。先に渡してリボンをゆすろうという魂胆、にゃふん。
霧の人影さんに呼び止められた以外は特に何事もなく、魔道具マーケットへ到着した。
いろいろな色のランタンがあちこちに灯った、テントや屋台のお店がところ狭しとひしめく街角にはめちゃくちゃ心引かれるのだが、残念ながら今日はもうログアウト時間。無念~!
また明日、魔道具マーケット探検だ。絶対、夜のマーケットも堪能してやるぞ!
ログインして昼下がりの街角へこんにちは。今日は夜のマーケットまでいられる見込み。
魔道具マーケットは、ゲーム上は街扱いだが実のところ街ではない。市場であり、市場以上のものは何もない……つまり店しかない場所だ。行政施設とか、宿屋とか、ギルドとか、一切ない。潔く店しかないが便宜上、街と呼ばれている。
そんなわけで魔道具マーケット、建物といえば『簡易ロッジ』くらいしかない。他はテントに屋台、荷車屋台などがひしめいている。
『簡易ロッジ』というのは異世界的プレハブのようなアイテムで、使用するとテントよりマシな宿泊施設が作れるアイテムだ。消耗品で、テントと違ってしまうことは出来ないが建てっぱなしで数ヶ月持つし、最大で12人が泊まることが出来る。なお雑魚寝。
その『簡易ロッジ』を解放して店のようにしてる場所がポツポツと点在していて、そこは位置が変わらないので目印になっている。
そう、他はテントなもんだから、日によって店の位置が変わったりするらしいのだ。
なので店との出会いは一期一会。掲示板で見たからといって出会えるとは限らないのもまた、魔道具マーケットの醍醐味だったりするらしい。
ちなみに店主と仲良くなると、だいたいの出没地点を教えてくれたりするので(友好的に接していれば)再会自体はそう難しくないそうだ。
ひとまずは運送ギルドで預かってきた荷物たちを指定の店へ下ろす。GPS付きだったし、『簡易ロッジ』で出来た店が固まっている通りだったので楽だった。仕舞える程度に荷物が減ったので、荷車はマイルームへ戻す。
ルイの荷鞍はまだいっぱいだけど、それは追々探索しながらで大丈夫だろう。期日も十分あるしね。
それにしても色とりどりのテントの群れだ。『簡易ロッジ』にしてもひとつひとつ個性があって面白い。なんだか巨大な青空フリーマーケットとか、フェスみたいな雰囲気でわくわくしちゃう。
よし、早速探検するぞ、とマップを開く。おや? 誰かフレンドがいるな。
自由都市ならそりゃ誰かしらいるだろうと特に気にせず過ごすけど、知らん初めての街で誰かいると気になる。
しかもマップの点は猫の方へ近づいてきている。おお、もしかして猫に会いに来てる?
誰だろな~。
「こんにちはにゃん~」
「ニャア~~…」
大きな白いフルク連れ、ケータくんでした。
いやいや、人の顔を見るなりがっかりするんじゃないよ。誰だと思ったんだい。
「どうしたにゃん?」
「ニャ…、背に腹は変えられないニャ…、頼みがあるニャン……」
「にゃん?」
「か…、金を……貸してほしいニャン……」
「にゃん???」
なんて??
「ギャンブルにでも手を出したにゃん?」
「違う! ニャ、買おうと思ってたアイテムが予算より高かったニャ…。でも今日中に買わないと売り切れちゃうっていうニャン! この街は夜になるまで外に出られないし、ギルドもないニャン~」
「マケボがあるにゃん?」
「売るものがないニャン~!」
「にゃん!?」
ま、マケボで売るものがないなんてそんなことある!?
猫がよほど衝撃を受けた顔をしていたのか、ケータくんは半目に猫を見た。
「マケボで売るものが常にある方が普通じゃないニャン」
「そんなことないにゃん! 何をどうやったら売るものがなくなっちゃうにゃん!?」
「売れるときに売れる価格で売ってたら売るものなんてすぐなくなるの!」
なんですと!?
「やっぱり忘れてく」
「猫は今お金持ちだから100万までは貸して上げられるにゃんよ~」
「100万!?」
猫の財布には今400万以上あるけど、『属性銃』にいくらかかるかわからないので控えめな申告よ。
「でも今日中に買わないと売り切れるなんてなんだか詐偽っぽいから猫も一緒に行きたいにゃん!」
「一緒に行くのはまあ、構わないけど…、マーケットでの用事はいいニャン?」
「クエストのGPSは調べてあるから、後からでも構わないにゃん」
「もしかして属性銃?」
「そうにゃん!」
魔道具マーケットはプレイヤー風猫族にもっとも会いやすい街と言われている。そのくらい属性銃を求めてくる風猫族が多いのだとか。
あれ、てことはケータくんも?
「もし攻略サイトを見てきたなら、だいぶ変化してるから予算足りなくなるぞ。『魔道石』に要求される素材量が増えてるし、足りなかったらその分、請求金額が増える……ニャン」
「にゃん? 『魔道石』から魔道具マーケットで作れるにゃん?」
『魔道石』は学園都市で作ってもらわないとダメなんじゃなかったっけ?
「アニバーサリーキャンペーンでアップデートが入ったらしいニャ。『魔道石』が作れるクエストが魔道具マーケットにも増設されたニャ」
「それは知らなかったにゃん!」
「ランは学園都市で作ってきたニャン?」
「にゃん~、『魔道石』は『精霊石』でも代替できるにゃん」
「えっ!?」
「元々『精霊石』を作りたくて錬金術師が頑張ったアイテムが『魔道石』って聞いたにゃ」
バルトロさん…今頃ちゃんと自白してるだろうか。アベルさんが光の神父感出してなんとかしてくれると信じてるけど、ちょっと心配。
「もしかして『足りないならその『精霊石』を寄越せ』って代替品として、て意味だったのか…」
「たぶんそうだと思うにゃん」
「質に入れられちゃうかと思ったニャン…」
そんな極悪な。
「目的の属性が合ってるなら借金せず『精霊石』にするのも手だと思うにゃんよ~。でも精霊はいずれ昇華するから、そこは考えておかないといけないにゃん」
たしかケータくんの精霊は火属性で『火硝子』に入っていたはず。
『ムーンキャッチ』や『ムーンストーン』に入ってない精霊のLVアップ(?)って『融合』しかないんだと思ってたけど、実は道具として使用することで蓄積する経験値があるみたい。
というのも『転変の面』、あれは使用していると精霊が明らかに大きくなってる、て話が裁縫師互助会から出てたんだよね。
だから使用することにより石が損耗して壊れちゃうというより、精霊が力をつけるので石が耐えられなくなっちゃう、というのが正しいのではないか、というのが互助会の意見だ。なるほど、そう見えなくもない。
ちなみに実験も兼ねてよく使用していたアライグマ獣人のオードリーさんが気づいたらしい。
猫みたいに回数多くて弱い変身タイプより、回数少なめで強い変身タイプの人の方が、1回の変身で変化が出やすいみたいよ。
そんなわけで、もし属性銃に『精霊石』を使用していた場合、攻撃で成長していく…ということも考えられる。もしかしたら戦闘毎かもしれないけれど。
通常、属性銃はたまに損耗回復のお手入れさえしていれば買い換えなくずっと使えるものだけど、『精霊石』を使ってたらそうもいかなくなる、かもしれない。
まだ想像の域だけども。
猫はロアンの『闇硝子』で作るか、それ以外にするかまだ考え中だ。
光属性と闇属性は、地水火風の4属性に対して優位なため、属性銃としてオススメとは言われている。
ロアンはあまり主張のない子なので武器にするにはちょっと悩むところでもあるのだけど、属性銃にはデバフを放てるものもあるというので、そういうのだといいな。
「『精霊石』か~、たしかに属性の力はあるが」
「予算と相談にゃんね~」
「ぅ、ニャア~~……」
悩んでる悩んでる。
とりあえず店に向かうことにして、人通りもあるのではぐれないようにPTを組んでもらった。おお、ケータくんLV34か。猫より高いだろうとは思ってたけど、予想より近いな。まあ『属性銃』を必要とするLVなんだから同じようなもんだよね。
ケータくんと歩調を合わせるために、猫もルイから降りる。久々の街中徒歩である。ちょっと新鮮。
借りるお金は20万で十分足りるというので、とりあえずお金を貸しておく。ギルドへ行けば銀行があるので返済出来るという。
……銀行。そういえばそんなものもありましたね……。
悩みつつもケータくんの足は迷いなく向かい、そうしないうちに1件の屋台に辿り着いた。
屋台か…。ケータくんは「今日じゃないと売り切れちゃう」っていってたけど、それは方便で、もしかして店の位置が変わっちゃうのかも?
というか『属性銃』にまつわる店をこうして教えてもらえた猫、もしかしてラッキーなのでは。
屋台の店主さんは頑固親父みたいなのを想像していたら、少年……じゃないな、青年、たぶん地人族かな? 小人族とは顔立ちが違うし、人族にしては小柄すぎる。地人族は若いと分かりにくいんだよね。
それにしても人相が悪いお兄さんだ。目の下のクマがすごい。
「おう、また来たのかよ。……お仲間か?」
「こんにちはにゃん~」
「らっしゃい」
店主さんの視線がちらっと猫に流れてから、ケータくんへ戻る。んん、ちょっと不機嫌になった?
「あっ」とケータくんが小さく声を上げて、心なしか耳がしんなりした。
「にゃん?」
『ニャ~、忘れてた…。別のプレイヤーにNPCを紹介すると、紹介したプレイヤーの好感度が下がる仕様があるニャン…』
『にゃ!?』
えっ、そんなのあったの!?
てことは今、猫がケータくんに対する店主さんの好感度を下げちゃったってこと!?
『いや、俺が忘れてたせいだから全然いいんだけど! 紹介した相手の好感度が低いと一緒に下がるっていうけど、そのへんは気にしなくても良さそうだし』
『頑張るにゃんよ~!』
責任重大じゃんか。
…………、えっ、もしかして本屋さんの好感度が下がったのって…?とか一瞬思ってしまったけど、いやいや、あれはまちがいなく猫のせい。
(第三エディションウェルカムキャンペーンではちょっとキャンペーンのタイミングが謎すぎたので、アニバーサリーに変更しています)
評価、ブクマ、イイネ、感想、誤字報告ありがとうございます。
今週もお疲れさまでした。
猫もなんと200話到達しました。
200話!? そんなに!?
こんなにたくさん読んでくれて、いつもありがとう…
次回更新は11/25(月)です。