23.ひとつの海の小冒険(完)
「ヨクメイ~、シウ、ユテクイ?」
「にゃん??」
んん?? これ、話しかけられてる?
アザラシ語か?
「コバワル? ワル?」
な、なにもわからん…。
わからんけど、猫に話しかけてきたってことは魚が欲しいのだろう、たぶん。アザラシといえば魚!
インベントリから『チッギョ』を出して差し出してみる。
「オイ~、ソイ!」
両手を前に出してから、それを左へ動かすジェスチャー。
うん? 『それは置いといて』?
釣果が欲しいわけじゃないのか。いったん仕舞うと、なんだかわくわくしたような目で見てくる。
なんだろ??
猫が首を傾げると、ズコーとばかりに転がる。
こ、このアザラシ面白いぞ。
「モウ! ホニモツ、アョ!」
ジタバタビチビチしておられる。
うーん、たぶん何か欲しがってるんだよね?
チッギョは置いといて、てことは違う方ってことか?
インベントリをごそごそしてワカメこと『シンガ草』を取り出してみると、ビヨンッとバネのように跳ね起きた。腹筋が強い…!
「ソ! ソイ、クル? チイ!」
「これが欲しいにゃん?」
「ホイ~!」
両ヒレを差し出してチョーダイのポーズだ。かわいい。これであってるらしい。
『シンガ草』はいくつかあるので、ひとつくらいなら譲ってもかまわない。アザラシに手渡すと、左右に揺れてお花が舞った。こ、これは背景に花が舞い飛ぶラララ・アクション…!
猫もラララ・アクションを返してみると、アザラシは手をペチペチと叩いて喜んだ。そしておもむろにワカメを食べる。えっ。
そして歌い出す。
おお? なんかすごい、テノール歌手みたいな低音で伸びるいい歌声だ。アザラシが歌い出すと、他のアザラシもつられたように歌い出す。コーラス付き…!
猫がポカーンとしている内に島中のアザラシが歌い出し、まるでその歌に追い出されるようにペンギンたちは海へ飛び込んでいく。やがて島の中はアザラシだけになってしまった。
歌が終わり、猫はパチパチと拍手する。手動である。くう、拍手喝采アクションを調べて取っておけばよかった。こんなときのためにあったに違いないのに!
「アウ! アウ、キゲ~!」
アザラシは猫の手を取って握手してきた。ひんやり。よくわからないが嬉しそうだ。
ペンギンと縄張り争いでもしてたんかな。
「よかったにゃんね~」
「アウ~! オイスヨ! ナイ?」
話しかけてくるけど、やっぱり全然わからん。猫が首を傾げると、アザラシは「ダカ~…」といってうなだれた。
そして猫の手を離し、他のアザラシの元へと這っていく。なんか会議してる。アザラシ会議だ。円陣組んでる。
しばらくすると会議が終わり、ペチペチとまたアザラシが近寄ってくる。
「アル~!」
アザラシから大きな石を差し出される。どうやらくれるらしいので受け取ると、『岩石』だった。でも『真贋』さんによると何か隠されているらしい。たしかに普通の『岩石』と比べると全然軽い。
インベントリにしまうと、パチパチ拍手してくれる。
「ノノチガワト、ペニシヲトテシノ」
「にゃ」
「シハウハドガアラ、ワハトダ~」
「にゃん」
「ダラアウネ!」
「にゃあ」
身振り手振りから察すると、歌えたのがよかった?嬉しかった、と言ってる気がする。『シンガ草』が歌うために必要だったんかな。……歌手草ってこと!?
『シンガ草』、アイテム説明だと「不調を治す薬草の一種」としか書いてないので確信はない。シンガ草に限らず、薬草類はみんなこういう表記になる。『植物知識』や『調薬』のLVを上げると変わってくるらしい。猫のLVでは薬草か食草かそれ以外がわかる程度だ。
アザラシたちはペンギンがいたときよりリラックスしているように見える。
うむ、たぶんペンギンと縄張り争いをしていて、追い払うには歌う必要があったが、『シンガ草』がなくて歌えなかった、これできっと合ってる!
『シンガ草』は喉の不調を癒す薬草だったのだろう。
…喉に効くといえば、最近、他にも作ったな?
『咳止め飴』は孤児院に渡してきてしまったが、『美声のど飴』は手持ちがまだある。楽士のサッサさんから購入したい旨お返事来てたから、また作ろうと思っていたんだよね。
……気になる。
「歌うならこういうのもあるにゃんよ~」
試しに『美声のど飴』を差し出してみると、アザラシは猫の手にある飴をジロジロと眺めたあと、ペロリとそのまま口に入れてしまった。
食べた!
そしてびっくりしたようにミョンと縦に伸びる。え、不味かった!?
ハラハラしたが、アザラシは満面の笑みを浮かべた。
『アウ、チガミテキヨ~!』
ふんふんとヒレを素振りしたアザラシが天を見上げて声を上げる。おおお、さっきも鳥肌ものの声だったけど、更に磨きのかかった声。
島のアザラシたちもざわめいている。
猫の前のアザラシが歌い始め、またコーラスのようにアザラシたちが歌う。さっきより歌う人数(?)が多いようで、声がまるで海鳴りのようにとどろく。
猫の体からシュワッと青い光や赤い光が出る……と思ったらバフだこれ! アザラシの歌はただの歌じゃなくて、楽士スキルだったらしい。
歌っている時間はそう長くなく、3分くらいだっただろうか。あっという間のような、ちょっと長かったような歌が終わると、今度はアザラシたちがペチペチと拍手する音でいっぱいになった。もちろん猫も拍手だ。
そしてバフもりもりになったであろうアザラシたちが意気揚々と海へ飛び込んでいく。狩りにでもいくんだろう。猫もバフもりもりにしてもらったけど、使いどころがないぜ。
「アウ、キハセノオヨ! コヲウテ!」
歌ったアザラシは猫の手を取ると、くるりと光るリボンのようなものを巻いた。あれ、これは前にも見たな。キジトラさんが結んだのと同じ?
アザラシは手を振ると、他と同じように海へ飛び込んでしまった。
「にゃあ……」
猫は島にぽつんとひとり。
えっ。
……えっ!?
こんな万全のバフをかけられて島に取り残されるとか、怖すぎるんだが!?
これから何が起きるんです!?
………よし、帰ろう。
猫はポーツへ帰還することにした。
私は猫。ガワは猫だけど中身はチキン。
「じゃあそこで戻ってきちゃったのか~」
「猫に七つの海の大冒険は荷が重いにゃんね~」
ポーツから富豪のワープ(ギルド畑経由)で自由都市へ帰還、フーテンさんの露店へお邪魔している。
「フーテンさんは何もなかったにゃん?」
「俺は特にイベントもなく、買い出しだけで終わったなあ。猫ちゃんと違ってスコッパーじゃないにゃんよ」
「にゃん~~、不可抗力にゃん」
『ダイアモンド』がキーになるなんて知らなかったもんよ。
今回のことで猫がイベントに当たりやすいのは、持ち歩くアイテムの物量のせいだとわかった。わかったけどじゃあ持ち歩く量を減らすかというと減らす意味も別にないので、やはり猫は歩く倉庫のままである。
イベントもクエストも嫌いじゃないしね! 今回も低品質とはいえ『ダイアモンド』たくさん拾えたのでちゃんと黒字ですし。
それに拾ってきたアイテムをフーテンさんに調べてもらったところ、亀島のアイテムはかなり高く売れるらしい。そもそも亀自体が旅をしているので、なかなか狙って上陸出来ない島なのだとか。
「亀島自体がレアってのもあるけど、そこで手に入るアイテムの需要が高いんだよねえ」
「シオミ草にゃん?」
「そっちじゃなくて万年亀素材。猫ちゃんは妖精族だからあんまり関係ないだろうけど、貴族関連クエストで要求されることが多くてね~」
「にゃあ」
妖精族は基本、陣営がフリーだ。だから貴族関連クエストはよほど念を入れて頑張らない限り発生しにくい。ルイネアのように対立陣営で逆に発生しやすい妖精族もいるけど、ルイネアは妖精族というよりルイネアだからな。
しかし万年亀と名のつく植物を貴族が欲しがる…というとやはり不老長寿の妙薬とかそんな感じなのかね。
何があるかわからないし、素材はひとつずつ取っておいて、被ったものだけ売却することに。マケボに出せば即金になるそうなので、換金性の高い素材のようだ。
「中級越えると貴族の縁が露骨に物を言うクエストとかあるからね~、激戦区よ」
貴族NPCと縁があるかどうかで難易度が激変するクエストとかが出てくるらしい。なるほど、そういうのがあるならお助けアイテムとして需要が高いのも納得だ。
「妖精族だったらどうなるにゃん??」
「妖精族は……たぶん商人とか職人の絆が強めに出るんかな? うちはルイネアしかいないからその辺あんまり詳しくないねえ、ごめんにゃん」
「にゃん~、また妖精族スレ読んでみるにゃん」
低品質『ダイアモンド』はすべて売却。10個残して釜に入れようかとも思ったんだけど、低品質『ダイアモンド』10個売れば通常品質が余裕で買えることに気づいたのでやめた。『圧縮』で品質が上がるとも限らないしね。
そして今のところ『ダイアモンド』がどうしても欲しい!というわけではないので、売却分はロニ用の宝石資金として貯めておくことにする。仲間のためなら貯金も出来るえらい猫。
以前の幻の宝石といい、『ダイアモンド』には縁がないのかもしれない…。
『シオミ草』は調薬素材、『シオミ万年杉』は武器素材とのことなので売らずに取っておく。採取大変だったし、一度手放すと入手が難しい素材だ。そろそろ猫も新しい杖が欲しい。素材は取っておいて、不要なら後で売ればいいかと。
『シンガ草』も調薬素材として使えそうなので取っておく。『美声のど飴』のレシピに足せないかと思うけど、どう見ても海藻なので悩ましいところだ。
『秘島鳥の羽根』はロマン化するから保留、各種鳥やら海獣類の糞は二束三文なのでこれも猫のインベントリへ残留。真にタンスの肥やしにならないように、ちまちま釜に入れていかなければ。
アザラシの島で拾った貝殻は普通の『貝殻』だったのでこれも残留。
うむ、全体的に見てあまり売るものがなかった。
ついでなのでモンシガこと『自由都市の悪夢』の素材も売れないかと交渉してみると微妙な顔をされてしまった。
「また謎に高LVの素材が出てきた…」
「街中依頼にゃんよ~」
「街中でLV60近いのが出るとかマジで悪夢にゃん?? ……あ。これ、なんか新しい装備の材料っぽい。ヘイト減少系装備みたいだけどどうする?」
「にゃん~、売るにゃん!」
明らかに猫にはまだ早い装備だろう。後生大事に取っておく素材ではあるまい。さくっと売却!
それからアザラシから手首に巻かれた光るリボンは、やはりアイテムではなく証だった。『水豹族の証』だって。
「妖精族からもらう『証』はどこかにある店だか門だかを開く鍵になるらしいって聞くねえ」
「にゃん?」
「妖精族を助けたり、友達になったりするともらえるとか。俺は魔子族からもらったことあるけど、それくらいかな~」
「妖精族だともらいやすいのかもしれないにゃんね~」
もらうときに手首に光るリボンを巻くような仕草をされるが、手首になにか印が出たりするわけではないようだ。種族の好感度がちょっとアップするという説もあるが、体感できるほどではないそう。
フーテンさんとしても「そもそもNPC魔子族ってあんまり会わないから効果は謎」とのことだった。
しかし友情でもらえるなら猫はミーさんの証が欲しかったな! キジトラさんは全然そういう感じじゃなかったので謎が深まったぜ。
海の小冒険が完結しただけで猫の冒険(?)はまだまだ続きます
次回はお久しぶりの露店回!
評価、ブクマ、イイネ、感想、誤字報告ありがとうございます。
今週もお疲れさまでした。
次回更新は11/4(月)です。