10.儀式魔法
「猫さん、お待たせ!」
「アルミハクさんこんにちはにゃん~!」
「この度は、お世話になります」
「アベルさんお久しぶりにゃん~!」
ラコラ農家仲間のアルミハクさん、それから二面性神父のアベルカインさんことアベルさん。ちなみに暗黒面のお名前がカインさんなので、アベルカインさんと呼んではいけない。
「よろしくなー!」
「猫ちゃん、お邪魔するわね~」
「タスクさんもユミーさんもいらっしゃいにゃん!」
「姐さんは無理せんでもよかったのに」
「バタピーがなんぼのもんじゃい! マケットの食糧危機イベントなんて一大事、誠心誠意やらせていただくわよ!」
金髪ゴージャス巻き髪の人族女性はユミーさん。ノシシ戦前の畑バイト中、猫のMP回復役としてついててくれたお姉さんだ。虫嫌いなのに来てくれたらしい。
突っ込み入れてたのはルイネアの男性、タスクさん。畝を走る小津波『タイダルウェイヴ・リトル』を披露してくれたお兄さん。
ノーカさんの救援要請に答えて来てくれたのはこの4人だった。
「明日がもう青月夜じゃない? すでにイベント拾っちゃったり、精霊イベントの方やりたいやつが多いみたい。今はDPいくらあっても足りないから、来なくても許してやってねえ」
「全然構わないにゃんよ~。来てくれる人がいただけでありがたいにゃん!」
「こちらこそ呼んでくれてありがとうね!」
ノーカさんはマレビトダンジョンを一緒に育ててるグループに救援要請を一斉送信したらしい。そりゃDP大事だもん、来れないのはしかたないよね。
むしろ明日だったら全然誰も捕まらない可能性もあったので、今日でまだよかったかもしれん。
猫が救援隊を回収している間、ノーカさんは幼虫退治をしてくれている。孤児院内、もう戦闘フィールドになってるので大暴れしても問題ないんだって。
畑に『プランツ・サンクチュアリ』をかければ小さい芋虫は浄化されるそうな。浄化されない分は手作業らしいが、決定力に欠ける猫より効率がいいことはたしかだ。お任せ!
「それにしてもマケットの『革命』なんて久しぶりねえ。これで4回目? 5回目?」
「4回目は私が踏んでますから、5回目ですね」
「うっそ、神父も踏んでたの!?」
「それは初耳!」
なんと経験者その2が。
あー、でも神父さんと孤児院とかたしかに合いそう、というか行ってそう。なんかわかる気がしてしまった。
「ええ、ですから私もヤツには浅からぬ因縁があります…」
「おっ、B面出ちゃう? 出ちゃう?」
「なんのことでしょう」
にっこりとかわす姿はさすがロールプレイ勢、一度中身バレしてても押し通すところは尊敬に値する。
「そういえば、食糧危機になるとレンタル畑ってどうなっちゃうにゃん?」
「最初に飛んでくるモンシラを退治出来れば影響は無しよぉ。……だから1回目が起きたときに専業農家が吹き飛んじゃったんだけどねえ」
なんでも1回目が起きた頃は農家神官って全然いなかったそう。レンタル畑で農業してるのは専業農家が大半で、趣味のガーデニング勢が少しいる程度だったんだって。
それが全部モンシラバタピー襲来からのキングモンシラでマルハゲにされたもんだから、かなり被害が大きかったらしい。
「思えばあれが初めてのでかい害虫だったのよ。あれがキーで実装されたんじゃないかってくらいだから」
「へえ、さすが最古参、詳しい」
「生き字引と呼んでちょうだいホホホ」
ユミーさんはフレ欄で見るとLV70台後半、現在の最高LVに近い。ゆるゆる遊んでる人は古参でもLV60近辺らしいので、彼女はなかなか本気のガチ勢といえる。
ちなみにフーテンさんたちはLV70前後だ。かれらは半固定PTなので比較的まったりなんだよね。
閑話休題、歯の立たない害虫に心折られてしまった専業農家たちはそのとき、専業をやめるか、マイルーム農業に絞るかの岐路に立たされたのだそう。
「そこでノーカが豊穣神の神官になって、専業からでも戦闘職に乗れるルートを出してきたのよ。といっても結局、今でも神官続けてる旧専業農家なんて、ノーカくらいのもんじゃないかしら」
「いきなりの方向転換は厳しいもんね」
「そう、特に農家神官はガチ勢多いから…」
「ガチのガチ勢がなんかいってる…。神父のときはどうだったん?」
「何もわからないままお祭り騒ぎで流されましたね」
ちなみにマケット以外でも食糧危機の『革命』イベントはよく起きて、その度にお祭り騒ぎにはなってるらしい。猫が始めてからも、学園都市側の街で1回起きてるんだって。LV高めじゃないと行けない街だから大規模な祭にはならなかったけど、マケボの食糧はかなり値上がってたみたい。
あー、もしかして猫がゲーム始めた辺りだったんかな? あの頃に比べると食糧は値下がってるかも。高LV向けは掲示板も見てなかったから、全然知らんかったな。
なおユミーさんとノーカさんが第一エディションから、アルミハクさんとアベルさん、タスクさんが第二エディションからスタートだそう。アベルさんが第二エディションなのはちょっと意外だ。この人もLV70台だし。
いや、そうか、アベルさん、ソロも出来るタイプのヒーラーか。二面性っていうからには回復以外の何か攻撃手段があるはずだ。そういうところからこだわってそう。偏見かもだが。
しばらく他に合流者がいないか待ってみたがなし、ということで今回はPTで収まりそうだ。
「ヒーラーしかいないけど、キングモンシラくらいなら倒せるから安心してちょうだいね!」
「頼りにしちゃうにゃん!」
うん、高LV戦闘職の言葉は実に頼もしい。
さて、孤児院へ戻ってノーカさんと合流、畑がめっちゃ輝いていた。
おおう、なんだろ、『プランツ・サンクチュアリ』の重ねがけかな?
「あ! うっそ、『ハーヴェスト』使ってる!?」
「ノーカが本気だ…! うわあ、収穫手伝うわ」
『ハーヴェスト』…、豊穣神専用の神聖儀式魔法だったっけ? たしか、畑のすべてを収穫可能にするというトンデモ性能だったような。準備が必要で、日取りも考えないといけないんじゃなかったっけ?
「『ハーヴェスト』は月夜の前日が対象日なのですよ。そして、翌日に満ちる月に合わせた供物が必要になる。『色月明』などのアイテムが使えない分、使いづらい魔法なのですが……、考えましたね」
なるほど、今日ならば月夜の前日だから当てはまるわけか。
そして精霊の件が広まったことによって『月と精霊の扉』も知れ渡るようになったので、次の月が何かも知られている。
更にたとえキングモンシラが羽化したとしても、『ハーヴェスト』で先に畑の収穫を終えてしまっていれば畑の作物を無駄にすることなく、モンシラ被害をゼロに出来るわけだ。
あたまいい!
猫たちが見守るなか、まるで早回しするように作物――主に粗麦はにょきにょきと伸びていき、次々と穂を出していく。
もし『タイムパス』ならここで受粉作業が必要になるところだが、『ハーヴェスト』はその必要はないらしい。植物が豊かに実るために必要なこと全てを魔法が行ってくれる。
みるみるうちに瑞々しく育っていく粗麦たち。
『ハーヴェスト』は、作物が通常品質または高品質になった段階でその作物には影響を与えなくなるようで、畑のすべてが収穫可能になると終わるらしい。
粗麦以外の実のなる野菜、たぶんトマトと思われる野菜や茄子っぽい何か、キュウリ?などもたわわに育ちきると、畑はキラキラの粒子を残しつつも、光を放つのを止めた。
「すみません、お待たせしました。収穫の手伝いをお願いします」
「よしきたガッテン!」
「うい~~」
「っス~~」
「神の恵みに感謝いたします」
アベルさん、とにかく姿勢がよいので一人だけ別世界を見ているようだな。同じ丁寧な話し方でもノーカさんはハキハキしてて、アベルさんはおっとりしているのでだいぶ印象が違う。
「お疲れさまにゃん、持ち出し申し訳ないにゃん~」
「いやいや、気にしないでください。俺がやりたくてやってるんで。月夜がわかるようになったので試しにと用意しておいたのが役に立ちました」
すでに孤児院内を見回ってモンシラ幼虫は駆除済だそうで、『ハーヴェスト』もシスターさんとも話して許可済みとのこと。
収穫は孤児院の子どもたちも手伝ってくれることになり、あっという間に終わった。粗麦は刈り取ってくれたので、猫たちはお野菜の方。つやつや大きくて立派なのは『ハーヴェスト』の力か。
このトマトは見たことがないし、茄子もキュウリも初めて見る野菜だ。トマト、大きいやつもあるんだなあ。『ヒーリングミニトマト』のように回復効果とかがついているのかな? ちょっと気になる。収穫物はクエストアイテムの篭へしまうので、名前がわからないのが残念だ。
手伝ってくれた子どもたちを見ていると、比較的小さな子が多いみたい。大きくなるとすぐ出ていっちゃうとかなのかね。
収穫を終えると、クエスト画面にカウントダウン表示が出た。残り1時間。えっ、なんだこれ。
「考え得る対策は全部してみましたが、キングモンシラは出るみたいですね」
「確定イベントにゃん?」
1時間後にBOSS登場ってことか。
「俺のときは、子どもが部屋に幼虫を持ち帰ってたんですよね…、かわいそうだからって」
「にゃあ、すごくありそう!」
自分の持ち帰った幼虫が原因で都市の食糧が壊滅的危機になるの、NPCとはいえ子どもの健やかな精神への影響が気になりますな!?
だから今回はノーカさん、一度子どもたちをみんな集めて、放置したり匿うとどうなってしまうのかを説明してから駆除に入ったそうだ。反省を生かしている。えらい!
とはいえ、それでも防げないのか。
でもカウントダウンがあるってことは、たぶん時間内に探し出せれば登場前に片付くってことじゃない?
あとはもう、とにかくどんな小さなモンシロでも、見かけたらすぐに駆除するしかあるまい。てことで、孤児院の中を探索させてもらいつつ、みんなでモンシロ探しをすることに。
「もしキングモンシラが出た場合でも、私たちなら討伐余裕じゃない? そんな重く考えなくてもいいと思うけど」
ユミーさんがこてんと首を傾げる。ノーカさんは首を振った。
「ソロの場合は、です。今回はPTにしてもらってますから、格上がくると思ってます」
「キングモンシラの格上」
「ついにモンシラが……モンシガに!?」
「あれ以上でかくなったらこの畑に入らないでしょ!?」
待って、キングモンシラってそんなにでかいの!?
『ハーヴェスト』→2章2話
評価、ブクマ、イイネ、感想、誤字報告ありがとうございます。
今週も月水金に猫をお届け! まったりいきましょう~
次回更新は10/2(水)です。