5.錬金術師の汚部屋
よし片づけるぞ!
といっても実は猫、そこまで片付けは得意ではない。そもそも片付けって物を減らすところからじゃん? 猫はリアルでは持ち物が少ないからなんとかなってるだけで、持ち物が多くなると破綻するタイプだ。だからゲームでアイテムたくさん持ちたい派なんだけども。ゲーム内だとインベントリとか箪笥とかあっていいよね!
しかしこの家の箪笥は空間収納ではなく、ごく普通の箪笥であるらしい。残念。
とりあえず空き箱をいくつか用意してもらってざっくり紙類を放り込んでいくところからか。
おや、この箱は空間収納になってるっぽい。なるほど、同一アイテムだけ収納できるクエストアイテム。つまりこれに入らない紙類は重要な物ってことか。
紙、紙以外、そして箱に入らないもの、とぽいぽいぽい、と放り込んでいくとわりとすぐに封筒は見つかった。しかし赤い紐ではなく緑の紐でまとめてある。
「あ、それも見せようと思ってたやつなんだ。前に失くしたと思って、新しく赤いのを作って」
片付けられない人あるあるだ!
これは脇に置いておいて、箱に入らない紙は横に避けて、封筒探しを続ける。ちなみに叔父さんは横に避けた紙を確認して片付けるお仕事だ。
…ところでこの雑多に放り込める紙はゴミってことでいいの? 単純に捨てられないタイプなのか叔父さん。
ちなみに掃除しながら雑談したところ、叔父さんのお名前はバルトロさんと判明。
ひとまず机とソファの上の紙山が片付いた段階で見つかった封筒は3つ。すべて猫のために用意しておいてくれた封筒らしい。赤い紐のも見つかった。
「やあ、助かったよ。机がこんなに広かったなんて!」
「どういたしましてにゃん! いらないものはすぐ片づけないとだめにゃんよ~」
ばたばたしたからか塵が舞ってるので空間魔法の『ホール』をちょいちょいとかける。これは生活魔法の『集積』に当たる魔法で、掃除機魔法だ。吸い込まれたものはどこかに消えてしまうので重要なものがあるときには使えないんだけども。
空間魔法の基礎が『何かを集めて別の空間へ送ること(取り出せない)』なのはなんだかちょっと面白い。
「おや、猫くんは『空間魔法』が使えるのかい?」
「にゃん~、スキルとしては出てないけどちょっと使えるにゃん」
「属性魔法を身につけるには、隠れた魔法を手に入れないといけないから大変だものね」
「にゃ」
隠れた魔法??
「そうだったにゃん?」
「ギルドの売店で手に入る一般魔法だけじゃなくて、オリジナルだったり、師匠から伝えられる直伝魔法がないと技術としては身につかないと聞くよ」
「にゃあ、初耳にゃん!」
オリジナル魔法なんてあるんだ!?
「錬金術師は魔法にも詳しくないといけないからね。使える魔法は多いに越したことはないよ。もちろんすべてが技術として結びついている必要はないけども」
「生活魔法は便利にゃんね~」
「おや、生活魔法を既に学習しているんだね。マレビトさんには珍しいな、いいことだよ」
にゃふふん、生活魔法には自信がありますにゃん。
といっても生活魔法って、NPC魔法師的には基礎中の基礎らしいけどね。そもそもこの世界のNPCが魔法を学ぶときには、生活魔法から入るそうだから。
なんでも通常人間(大枠)には、一部の特殊な種族を除き、魔力を属性に変換する機能が備わっていないんだそうだ。生来の魔力で属性魔法を使おうとしても、その魔力は無属性ですらない濁った魔力に過ぎず、属性を伴う魔力でしか発現しない『属性魔法』を扱うことは出来ない。だからまず魔力を属性に変換するところから学ぶ必要があるんだって。
『生活魔法』に親しむことがより多くの属性を扱うために必要なこと、と魔法師ギルドの書庫にある『基礎から始める魔法読本~これで君も魔法師になれる!~』にあった。…この本が魔法師ギルドにあることについては議論の余地がある。
まあつまり『生活魔法』を覚えておくと、他の属性魔法をラーニングできる可能性が高まるらしい。猫が『無属性魔法』をラーニングできたのも、元はと言えば『生活魔法』のおかげだったのかもしれない。
さてさて、紐付き封筒の中身は情報やレシピだそうで、掃除によって見つかった分はすべて猫にくれるそうだ。なんと太っ腹。
ちなみにいくつ封筒を作ったか覚えてないそうで、掃除続行すればレシピ獲得の可能性もあるっぽい。いや、でもまずは猫は目先のレシピが気になるにゃん!
「まず、これは『貝殻』から作るレシピだね」
「本命のレシピにゃんね」
赤い紐のレシピは『歪真珠』のレシピ。レシピというか、貝殻100個圧縮すると出来るよ!という単純なものなんだけど、圧縮に使う属性の組み合わせで色合いが決まる…とかそういう話が書いてあった。
「貝殻から圧縮して作られる『歪真珠』は、最低品質で出来上がることから、『変成』や『錬成陣』の素材として最適なんだ」
「なるほどにゃん…!?」
そ、その発想はなかった…!
『貝殻』は全部が低品質のアイテムなんだけど、これを圧縮するとまず通常品質の『貝殻』になる。通常品質の『貝殻』もアクセサリーの素材として使えるそうなので、猫はここで錬金術としては終わりだと思ってたんだよね、不要アイテムじゃなくなるし、通常品質になるから。
だってそもそも通常品質までしか変化しない、というのが錬金術なのだ。だからこれを圧縮にかける発想がなかった。
ちなみにここからは火で圧縮すると失敗するらしいので、レシピを聞けて大正解。
「レシピ教えてもらっちゃっていいにゃん?」
叔父さんもといバルトロさん、マルコくんの話だと『貝殻』で生活してるっぽかったけどいいんだろうか。
「『貝殻』については、僕はそろそろやり尽くした感があるから、他の誰かの意見も聞いてみたかったんだ。それから、この内容が別のアイテムでも使えるのかには興味がある。マレビトさんは、僕よりもいろいろな素材に触れる機会がありそうだ」
ううむ、わからなくはない、か?
「それに『歪真珠』は『変成』や『錬成』してもそれほど希少価値は上がらないから、使いにくいんだよ。これをどう扱うかにも興味があるかな」
「販路の拡大にゃんね~」
なるほど、需要が少ないアイテムってことか。
希少価値が上がらないってことはレア度が大したことないんかな? アクセサリー界隈ではどんなもんなんだろ。後でガラス工装飾師のティアラさんや、裁縫互助会のクランマスターヘレナさんにでも聞いてみよう。新しい素材なら喜んでくれそうだ。
最初に出てきた緑の封筒は、属性変化しやすいアイテムについての情報が入っていた。お、これはなかなか嬉しい。
しかも不要なアイテムじゃないから圧縮には不向き、と思っていた『薬草』が属性変化の影響を受けやすいらしくて、かなり裏切られた感がある。『薬草葉』でも『薬草(若葉)』でもなく通常品質の『薬草』じゃないとダメってあたりが罠だな!
自宅では逆に『薬草』で取るのが難しいので、マケボか露店で買うことにしよう。
最後に出てきた青の封筒は、『変成』のレシピだった。
マルコくんからクエストをもらったときは、まだ『変成』が使えなかったから、ここでレシピが出るのはちょっと意外。猫のLVや使えるアーツに応じて、見つかる封筒の数が違ったりするのかもしれない。てことはもう少し探したら真円錬成陣用のレシピが見つかったりして??
さておき、『変成』のレシピは『歪真珠』にまつわるものだ。こちらはレシピというより実験の記録といったところ。『歪真珠』同士を合わせて15属性で試すとどうなるのかなどが書かれていて、とても助かる。『貝殻』100個で『歪真珠』1個じゃ気軽に実験も出来ないもんね。ありがたや~。
「このレポートもとってもありがたいにゃん!」
「それはよかった。もし君も何か行き詰まってる実験があったり、試してほしいアイテムがあったりしたら気軽に教えてくれると嬉しいよ」
「にゃん~、猫は自力でのレシピ発見はまだしたことがないにゃん…」
「そうか……、錬金術はお金がかかるものね…」
まだまだ猫は素人だから、の気持ちで発言したら、思いのほか悲壮な同意の顔をされてしまった。ち、違わないけど違うんだ。
「にゃ、にゃあ~、猫がいま気になってるのは『錬金術』と精霊の関係にゃんね」
「『錬金術』と精霊?」
「そうにゃん。『錬金術』の素材になるアイテムには精霊が入れるのが気になってるにゃ」
「それはそうさ、人族が精霊なしでその現象を再現しようとした結果が『錬金術』なんだから」
「にゃん???」
いわく、『錬金術』といえばお約束なのが『賢者の石』。それがこのゲームでは『精霊石』のことであるらしい。必ずしもイコールではなくて、つまり、生命が入った石、ということだ。精霊なしで『精霊石』のようなものを作ることを目指している。
このゲームの『錬金術』が最終的な目的として求めるのは、黄金の錬成ではなく生命の創造。その目標にめちゃくちゃ似てる!というんで参考にされているのが『精霊石』であり、精霊装身具、というわけらしい。
ははあ~。
「『魔道具』は精霊装身具を参考にして、的確に、機能的に、誰もが手に入るものとして普及させたものなんだよ」
「にゃあ…知らなかったにゃん~」
バルトロさんの話によると、この世界の一般的なNPCは精霊を持つことが出来ないらしい。特に大都市にいるものほどその傾向が強く、精霊は血につくと言われているのだとか。ほうほう。
でもマレビトが精霊使いになれることを考えると、血筋というより神の加護の有無なんじゃないか?という気も少々。
「『錬金術』は神に嫌われる職業と言われているんだ」
「そうだったにゃん!?」
猫、嫌われてた!?
「『錬金術』は自然の摂理をねじ曲げるからだ、などとよく言われているね。たとえばちょっと前に話題になったものに、植物を巨大化させる薬がある」
これは少ない土地から多くの作物を育てるのに大いに役立つ薬だったが、自然を歪めるとして、禁制品になってしまったらしい。
「しかしこれがあれば飢えるものは確実に減る。嘆かわしいことだよ」
「にゃん~…」
いや、植物って繁茂するとヤバいヤツもあるからなんとも言えないよね。たとえば葛とか、ドクダミとか…。何事も適正というものはある。
しかしそういう怪しげな薬、『調薬』じゃなくて『錬金術』で作れるんだな。『錬成』かな?
「神殿にも『錬金術』にまつわる神はいないだろう? 世界の怒りに触れて堕ちたと伝えられているんだよ…」
「そういえば神殿にはいなかったにゃんね」
とはいえ総合神殿にいない神様なんてたくさんいる。釣りの神とか、縁結び系の神さまとか。
それに、自由都市は『錬金術』と魔道具によってダンジョンに頼らない都市を作った、ていうんだから、もし『錬金術』が神に嫌われてるならとんだ邪教都市じゃない??
………バルトロさん、もしや中二病が治ってないのでは……!?
「猫はあちこち旅することもあるから、錬金術の神さまを見つけたら教えるにゃん!」
「ああ、堕ち神に近づきすぎるとみいられるというよ。気をつけて…!」
なんだろう、そうとしか思えなくなってきてしまった。
バルトロさん…。マルコくんには内緒にしておくにゃ。
自由都市の機構について→2章26話
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