65.神さま巡り
『月光姿変、身裡引力』
『生まれ、巡れ、世を育むものよ、世を作り直すものよ。共にあり、共に暮らせ。かたちとなれ』
息の合った音と共に、ふわりと光の玉が頭上からあふれ、こちらへ降ってくる。スーッと寄ってきた精霊がまずロニのブローチへ吸い込まれた。
そしてもう1匹、ふわふわと近づいてくる光はちいさなちいさなウサギだ。
それは猫の前で止まって、戸惑うようにふるえている。
「にゃあ、友だちになってくれるにゃん?」
手を差し出すと、ウサギはちんまりと猫の手に乗った。おお、温かい。これは精霊関連では初めての感覚だ。
ちょっと感動していたら、ウサギはまごまごしている。あ、石を用意しないといけないのか。『ムーンキャッチ』にも『カーバンクルの魔宝石』でもロニのブローチにも入らない新パターン。
とりあえず購入してあった魔宝石、宝硝子各種、魔石、と出していったが反応がない。なかなかこだわり派でらっしゃる!
あ、そういえば宝石も持ってた。『スフェン』と『トパーズ』。これは畑レイドの巨大ノシシから入手したやつ。
ウサギはようやく納得いったようで、『トパーズ』に入ってくれた。やったぜ。
宝石も持ち歩いておくもんだなあ。
『面嵌命、月光授』
『光を集めよ、魔の器を助く』
後者は、ムーンキャッチに月光を集めると成長する、て話を言ってるのかな?
でも前者はなんだろ? 使い方? お面に嵌めると月光を授ける、てなんだろうか。
運送神の精霊が醤油や味噌の漬物石だったみたいに、この獣の神から授かる精霊にも独自の利用方法があったりする?
『何狭間崩去、心留』
『育め、蝕め、燃えて貫け、離れはせぬ』
足元のふわふわした毛がさざ波のように動いて消えていく。うわ、うわうわ、こけるこける! 座ってるのに転ける!
そのままポーイと放り投げられるような感覚のあと、落ちる! …と思ったら、なにかに跳ね返って止まった。
ヒェ…。
「びっ……くりしましたね!?」
「ドキドキにゃん~」
ぼよん、ぼよんと上下に揺れる、なんだかセーフティネットみたいなものが足元にあるらしい。しばらくすると揺れもおさまった。リアルだったら酔ってたな、これ。
落ち着いてから周囲を見回すと、やはり暗いんだけどぼんやりと上の方が光っている。光は8つ。
「……蜘蛛?」
「ヒィ!?」
『あらあら、あらあら、正体を見破られてしまったわね』
コロコロコロ、と木琴のような音色の笑い声。
「裁縫の神さま……ですか?」
『ええ。そして私は縁を結びに来たの。縁を結びに』
ペチカちゃんは加護を持っているから、声に聞き覚えがあったのかもしれない。そして猫よりきっとはっきり見えるのだろう、上を向いてから、そっと目をそらしていた。虫苦手なタイプなのね。
『ここは何者の手も及ばぬ場所。世を越えて絆を繋いだのでしょう、さあ、はぐれないよう、結びなさい、繋ぎなさい』
アトノ島と同じく、ここで名前をつけていきなさい、てやつだな。
まずロニはいつもとおなじくロニのままだ。ただいつもより輝いているし、ブローチも『五光のブローチ』と名前が変わっている。 5つの月を経たからだろう。
おそらくこれ以上の月光パワーアップはないから、固定して昇華も検討したい。まずは新しい住み処を探してあげねば!
ロニは生まれたばかりの精霊らしく主張が少ないので、ちゃんと意を汲んであげられるかちょっと心配だ。頼むぞ、『魔物の心』。
お次は『トパーズ』に入った方。ウサギの形で、色は茶色。『トパーズ』が土属性だし、この子も土属性かな?
『精霊に名前をつけてください』
「ロミコ」
いわんやおトミちゃんから取った。そのままトミコにしようかとも思ったけど、本当のおトミちゃんにもしかしたらまた会えるかもしれないし、精霊はロ縛りでいきたいので、この名前だ。
ペチカちゃんもうんうん悩んでいたが、ちゃんと名付けることが出来たらしい。ぱ、パパちゃんになってしまったのか…!?
ドキドキしていたが、ポピーちゃんだそうだ。なるほど、パパちゃんは先送り。
『善き縁を約束しましょう。約束を。仲良くなさい。途切れぬ絆を。……さあ、お帰り、世を越えて。越えた世界の向こう側、繋がりは綻びを結び直す。さあ、繋がる』
コロコロコロ、と笑うように木琴の音色が降り注ぎ、足元が消えて、またふわりと浮遊感に襲われる。でもさっきと違って勢いはない。浮きながら、ゆっくり落ちていく。
ザワザワと木擦れが聞こえて、目を開けると見上げるほどの林檎の木と、光る羊が佇んでいた。
『おめでとうございます。異界の扉の防衛に成功しました。DP20を入手しました』
『おめでとうございます。月の軛より囚われ人を解放しました。SP10とDP20を入手しました』
『月の軛より、古き隣人を救いだしました。『ルイネアの使命』についての情報が新たに解禁されます』
『おめでとうございます。狭間に林檎が根付きました。界の揺らぎの安定まで 0/1000』
お祝いアナウンスがいっぱいだ。
アライアンスのみんなもほぼ同時に戻ってきていたみたいで、アライアンスチャットも賑わっている。
『SPキター!?』
『マレビトダンジョンくるー!?』
ちなみに裁縫師互助会は事前にムーンキャッチを買うだけは買っていたそうで(なにしろお金持ちなので)、精霊を捉える準備は万端だ。
SP10については、互助会では常にSPは20余らせるようにしてるそうだ。苦手なスキルが出てきたときに、そのくらい残しているとあきらめの判断がつくから、とのこと。
ショーユラさんもそのタイプ。
逆に戦闘職のオードリーさんはSPがなかったので、赤月夜に向けてLV上げに励み、LVUPお祝いSPで確保してきたらしい。というか学園都市方面での用事ってそのLV上げだったんだそうな。なるほど。
『思い出した。私はストルミ・レイニ。アルテザの人形遣い』
『祈りの心』から再び出てきた精霊は光の玉ではなく、1人の女性の姿になっていた。
『ルイネアの精霊は女性しかおらんのか?』
『精霊化すると女性になる説』
『男は勇敢に戦って死んだとかそういうやつでしょうか?』
『戦乱の時代ならそういうの、たしかにありそうね』
『いや待って半裸の獣面の男はどうなったの!?』
『それな!』
そこは猫も気になる。
『ルイネアは人形遣い多かったんかね?』
『精霊使いが多かったのだと思いますわ』
うん。やっぱりまず精霊使いになって、その後に人形遣いになるっていう分岐なんだろうねえ。
精霊のストルミさんがさっと手を上げるとスプーキー・インプと小人たちが彼女の元へ集う。そしてストルミさんがかれらに手をかざすと、小人たちは身振り手振りでこちらへなにかを訴えてくる。
特に互助会のヘレナさんに集っていて、彼女は右往左往している。
『たぶん妖精女王の人形を出してほしいんだと思うにゃん』
『ああ! そういうことですね!』
ヘレナさんは目を輝かせてうなずき、インベントリから人形を取り出した。
すると小人たちは人形を抱えて、ストルミさんの方へ一直線。
精霊のストルミさんが1体の小人の背中に触れると、その小人はてきぱきと人形の背中を開けて作業し始めた。小人の動きに合わせてストルミさんの手が動くので、まるでマリオネットを操っているみたいだ。
そして今度は別の小人たちがショーユラさんへ集る。
ここはショーユラさんもわかったらしく、『祈りの心』をかれらへ手渡した。
人形製作がしたいナマナマさんや、裁縫師互助会、それにショーユラさんがガン見する中、作業は進み、しばらくすると背中は閉じられた。
『やはり『真鍮線』を『祈りの心』に絡めていくのが正解でしたね。それにしてもあの模様はすばらしいです!』
『あんなレース編み、編みたーい!』
『繊細かつ優美! なんにでも応用がききそう! 編みたい…!』
互助会には大人気の作業だったが、ナマナマさんとショーユラさんは苦い顔だ。
『糸かけの順番教えてくれたらかろうじていける…か?』
『いや~~ぼくの苦手分野でしたね! 編み物は無理なんですよね! スキルも捨ててるしなー!』
『そこは分業ですわよ! 運営も推奨していることですし』
『はっ、そうですね!』
アライアンスチャットで話し合われる中、無事出来上がったらしい人形の中へストルミさんが吸い込まれる。
すると妖精女王の人形はゆっくりと目を開き、くるりとその場でターン。そして優雅にショーユラさんへお辞儀した。
「ありがとう。あなたが私の主になるのね」
見た目に似合わず子どものような声で人形が告げる。
妖精女王はいわゆる1/3ドールと同じようなサイズ感で、身長は60cmほど。
「よろしくお願いします!」
ショーユラさんがそういって手を差し出すと、ふわりと飛んで、その腕にちょこんと乗る。テディベアの腕に乗るお人形さん、どっちが本体かちょっと迷う絵だな。
羊は感涙にむせび泣いていたが、これまでの経緯については語ってくれた。
まずここには人形遣いの村があったが、そこに異界の扉が繋がってしまい、村は飲み込まれてしまったこと。
そしてこれ以上異界が広がるのを防ぐために、ストルミさんが生け贄となったこと。
「寡聞にして知らないのだが、ルイネアには異界の扉に生け贄を捧げる文化があったのかい?」
『ルイネアはこの現世を守るために生まれた原初の精霊の子……と言い伝えられているわ。私たちに他の生き物のように死が存在しないのは、異界が広がるときその身を捧げるため。私たちはそのとき、異界を塞き止める壁になる』
なかなか重たい話が出てきたな。
プレイヤーのルイネアがそれを迫られるシーンはさすがに出ないだろうけど、逆にNPCルイネアはそれによって死を迎えることがあるわけか。
「はい! 林檎があるとなんで大丈夫なんですか?」
オスシさんが手を上げて聞く。
「林檎は原初の木。世界を繋ぎ、現世を守る。そして異界をも繋ぎ止めてきた。現世を守るのに、これほど適したものは他にない。……けれどこの木は、人の争いによって失われつつあった。まだ、滅びてはいないようだけれど」
権力者が林檎を狙って戦争云々っていうのも、不老不死の実だからじゃなくて、こういう実利ある効果の方を求めているのかもしれない。
…まあ戦争フェイズには入りたくないので、猫はその辺ノータッチなんだけどね!
評価、ブクマ、イイネありがとうございます。