63.赤月夜には赤いものを
呪いが解けた猫たちは、改めて冒険者ギルドで依頼を確認してみることにした。
ほら、メエメエ様に布を納めるクエストだったから。あれ、誰に納めるんだろ??てなって。
「いやもう、私のせいですごいこんがらがってましたよね…! ほんとすみません!」
「にゃん~、猫もこんがらがってたにゃん、お互い様にゃん」
ペチカちゃんは大変落ち込んでいる。まあ、最初に彼女から聞いた話が混乱の大元だといえばそうなんだけど、猫も途中から呪われてたから人のことは何も言えない。
一応、こういう理由で全然情報収集出来てなかったごめんなさい、て話はアライアンスでもしたけど、むしろ「情報収集任せきりでごめんにゃん~!」と謝られてしまった。他にもうひとりでもいたらもっと早く気づいてただろうから、と。
そういえばたしかに! でも別行動してたし、みんなは生産してたし、こればかりは仕方ないねえ。
「遺跡に布を納める依頼? ああ、工房は解決したのかい? そりゃよかった。今夜、メエメエ様に布を納めないと大雨が心配だからな、頼んだぞ」
思わずペチカちゃんと顔を見合わせてしまった。
そこはメエメエ様のままなのか。
そういえば、猫が最初にナザール工房へ行ったときにはまだハンカチ破れてなかったのか。てことは、そこまではちゃんとメエメエ様であってた? や、ややこしいなこれ!
「メエメエ様って、なんにゃん?」
「巨大な羊だな。元々はこの付近に住んでた人形遣いの飼っていた羊だったが、飼い主が亡くなって野生化してるらしい」
「にゃあ」
ご存命!?
ていうか人形遣いの飼ってた羊なら人形の可能性もある?
「なんで布を欲しがるにゃ?」
「それはわからん。わからんが、昔にいたテイマーが羊は布を欲しがってると言い始めて、実際布を納めると雨が止むってんでそれからずっと続いてる」
何度か布が納められず盗まれて雨が続いたこともあり、それ以来、真面目な冒険者にしか頼んでないのだとか。
羊に布を渡すのは、もし人形なのだとしたら自分を直す?とかかなあ。だとしても、なんで雨が止むのかは謎なんだけど。
「一応、ぬいぐるみはぬいぐるみとして、布も用意した方がよさそうにゃん?」
「ですね、万全を期していきましょう!」
ギリギリになってしまって申し訳ないけど、とアライアンスで反物についてお願いしてみたら「そんなこともあろうかと用意しておきました!」とすでに織られていた。さすがだ…! そしてアライアンスチャットで答えてくれたのがなにげに嬉しい。にゃんにゃんして慣れてくれたのだろうか。
さて。
そんなこんなで夜時間になった。
時間指定は夜だけど、それより前に遺跡に行っちゃダメとは言われてないので夕方くらいからボチボチ遺跡前集合。
ちなみにププちゃんを里へ送り届けるミッションは、ププちゃんのお洋服を作っていた3びきの子ブタwithオオカミが行ってくれることになった。そこに護衛として、ショーユラさんとオードリーさんが加わるかたち。
ペチカちゃんは最後まで悩んでいたが、冒険者ギルドの依頼が指名依頼になってたことから、ププちゃんの里同行はあきらめた。アライアンス組んでるから、里へは一緒に行かなくても大丈夫そうだったしね。
ちなみに里はなんと、ミニダンジョンがあった場所らしい。あれって人形遣いの村じゃなかったのか? その跡地に住んでらっしゃる?
遺跡班はそれ以外全部。
途中で「やっぱりイベントなんて私には無理ですぅ!」とビビってしまった人も出たのだが、皆の説得でちゃんと来ている。せっかくのイベントなんだし「事前クエストにも参加したのにでないなんてもったいないにゃん!」と猫も説得しました。
事前に「森でも敵には襲われない」と告知されてるから、たぶんBOSS戦はないしね。
でも一応念のため~てことで戦闘装備のある人はみんな、戦闘装備に着替えている。
ティアラさんたち硝子連合もほぼ戦闘装備ではあるが、獣のお面だけはつけている。気に入ったのだろうか?
「昔話で、獣のお面を着けた方が出てきてましたでしょう? つけてる人がいた方がいいかと思いまして」
なるほど、一理ある。それを聞いてみんなで獣のお面を被ることにした。
猫はタマゴポケットをしまう。このまま行くと明日生まれるんだけど、タマゴの様子に特に変化はない。ほんと何が生まれるんだろな?
あとは赤月夜なので、アクセサリーに空きのあるルビーにムーンキャッチをつけてもらったら準備完了だ。
裁縫師互助会はみんな着ぐるみだ。彼らが持ついちばん防御力の高い装備であるらしい。
このままでは顔を知らないまま終わりそうな気配。まあ猫は顔を覚えるのは苦手なので、逆に着ぐるみの方が覚えやすかったりするのだが…。
辺りがすっかり暗くなり、明かりにと上げておいた『灯』がゆらゆらと遺跡の影を揺らしている。
大きな石造りの建物の、柱だけが残ったような場所だ。高さ違いで何本も残る柱だが、森の侵食を受けて倒れているものもいくつかある。
残った白亜の柱はまるで石の木か、切り株のようにも見える。
『来た』
エドさんが告げる。
しばらくして、明かりの輪の中にぬぅっと白い塊が現れる。
『デッッカ』
『これは予想外のモフサイズ』
はい。
さすがに体高10m近い羊は予想外だな…!
つまり3階建てよりちょっとでかいと考えてもらえるとわかりやすい。森の浅い場所なら木々より背中の毛がはみ出てる。これでよく森を歩いてこれたな!?
冒険者ギルドで言われた通り、遺跡の柱の足元に布は置いておいたけど…と見守っていると、パタパタとなにかが飛んでくる。
「小人さん!?」
「スプちゃんたち!」
おや??
小人さんやスプーキー・インプたちは里へ行く班と同行していたはずなんだが。
もちろん全部ではなくて、数人、数匹といった具合。それが羊の前へ躍り出て、身振り手振り。
…これは里班で何かあったのかな?
巨大な羊は小人たちの話?を聞き終えると、猫たちを横長の瞳で見下ろした。
『――ついてきなさい』
わあ。
『シャベッタアアアア!!』とアライアンスチャットで叫ばれていたが、気持ちはわかる。
そして声は、チェロの低音に似ていた。羊さん、精霊なのかな?
羊は踵を返したかと思うと、フッと姿を消す。
『えっ、ついていくって、』
どうやって、の声がチャットへ乗る前に、周囲がパッと景色を変えた。
暗いのはそのままなんだけど、足元がうっすらと青く明るくなり、その光る道がまっすぐ前へ伸びている。森の中を行くようで、向こうに大きな光の塊がゆらいで見える。あれが羊さんかな?
『いこう』
エドさんが念のため周囲を調べてから、ゴーサイン。いそいそとみんなで羊を追いかけていく。
道は光が散ったり、集まってきたり、まるで燃えているようにゆらゆらと姿を変える。
『ちゃんと踏んでる地面があるのに、なんだかふわふわしちゃいますね!』
『すごいです…』
『こういう光のヴェール織りたいなあ…!』
『いいね、葉っぱの刺繍したい!』
『ビーズもたくさんつけなくちゃ』
裁縫師互助会がキャッキャしておられる。
しばし道は続き、フーテンさんがしんどそうだったのでルビーに絨毯へ『フライ』をかけてもらうなどして進んだ。
ちなみに『空飛ぶ絨毯(ミニ)』、直立で乗るしかないサイズなので、使用感は『持ち手のないセグ○ェイ』とのこと。
『これ杖持ってる今はいいけど、街中では両手の位置に悩みそ~~』
『腕組んどいたらええ』
『どこの魔人よ』
『強BOSS感出るわね』
『街中で出す意味なくない!?』
たしかに手の位置には悩むかもしれない。お客様の声としてショーユラさんに伝えておくべきか? あえて言わなくても面白いのでいっか!
そんな夜のハイキングを終えて、たどり着いたのは村だった。
うん、予想はしてたけど、廃村ミニダンジョンだ。猫たちが2回めを終えたときくらいには片付いている。泉までしか見てなかったんだけどね。
分断していた3びきの子ブタwithオオカミたちともここで合流。
夜の廃村にはあちらこちらで篝火が焚かれ、小人たちが家を建てている。村を片付けようとしているのだと思ってたけど、そうじゃなくて村を再建しようとしているのかな、これ。
ペチカちゃんが遺跡の柱の下へ持ち込んだ布は小人たちによってあれやこれやと相談しながら(雰囲気)、切り出されている。
大きなかたちを切り取ったり、小さなかたちを切り取ったり。切り取った布を縫う班もいたりして。何かを作っている?
かと思えば、端切れからふわりと新しいスプーキー・インプが生まれたり。
そして新たに生まれたスプーキー・インプも、瓦礫を運んだりと家を建てる小人の手伝いをしている。
うーん、これはミニダンジョンももう少し進めておいた方がよかったのかも。後悔先に立たずですなあ。
『…ルイネアよ』
巨大なモフ羊はいつの間にか縮んで、通常よりちょっと大きいくらいの羊になっていた。馬サイズくらい。しかし縮んだ分なのか、光量は増している。眩しい。
「なにかな」
ルイネア、と呼ばれたのでポユズさんが前へ出た。裁縫師互助会にもルイネアはいるんだけど、ブンブン首を振ってたので。
『ここに我が主、レイニの御霊は眠る。林檎の代わりに眠る。覚えておいておくれ』
「……わかった。覚えておくよ」
林檎の代わりにルイネアが眠る……、てなんか逸話でもあるのかな? 種族クエストとかのやつ?
『………ごめん、何もわからない…! なんなんだ突然!?』
『種族クエストとかの内容かと思ったら違うんかい!!』
『全然! 『ルイネの林檎』の話なんて種族クエストには欠片も出てこなかったよ!』
『林檎とルイネア続報来た!?て思っちゃった』
『そんなの僕だって知りたい』
ないのか~。
でも十中八九メインストーリーの内容に擦ってる話よなあ。
『林檎持ってたら何か出来たのかもだけど、箪笥に取りにはいけないものね』
『ダンジョンやで』
『まあルイネの林檎なんて重いもの普通、インベントリに入れておいたりしないわな』
『猫、持ってるにゃん』
『ランちゃん!?』
はい。
このゲーム、持てる量は重量で決まるからか、重要アイテムほど重い。重量のみならず枠制限もあるし、重たい『ルイネの林檎』は携帯には向かない。
しかし、ルイの積載量をギリギリまで攻めるのに林檎はちょうどよかったのだ。
そもそもそんなに狩りをしない猫は枠がね、あんまり埋まらないので。
『せっかくだし、使ってみるにゃん?』
『そうだね。後で箪笥から林檎渡すから、ランのを借りてもいいかい?』
『猫が引っ掛けたイベントだし、猫の使っても構わないにゃんよ~』
『いやいやいや、猫ちゃん上位職も従魔の種族進化もまだでしょ。林檎は大事になさい』
『そうだよ。もしかしたらこれは僕の種族クエストに繋がるかもしれないんだから、僕が払うよ』
それもそうか。
でもイベント気になるし、この林檎使いたいのは猫なのでかまわんのよ。とはいえ、くれるというならもらっちゃう。
『ルイネの林檎』をトレードしてポユズさんに渡すと、彼女はそれを具現化させ、羊へ見せるように差し出した。
「これで、君の主のために何か出来るだろうか」
『おお……』
羊は呻くようにそう言い、一歩、二歩とポユズさんへ近づいた。
た、食べられたりしない? 大丈夫? 見た目が完全に羊だからソワソワしてしまう。
『おお、香しき紅、大地の理、重なる世界の鎖よ。……おお、出来るとも。林檎は、我が主を軛より解き放つ』
んんん??
ようやくの赤月夜。
また中途半端なところで切れてしまった…。
評価、ブクマ、イイネありがとうございます。
今週もお疲れさまでした。
次回更新は8/5(月)です。