14.錬金術と金のなる木・前
別の場所、だけど、ここも書庫かな?
錬金術ギルドの書庫が本屋っぽい室内だとすると、ここは図書館。そんな感じに違うけども。
「転移罠か」
「ここ、たぶん学園都市の図書館ダンジョンじゃないか?」
「ワーオ。行ったことある人~?」
フーテンさんが点呼を取ると、リーさんとポユズさんが手を上げた。
「火気厳禁ダンジョンね。魔物は本とマルモと、本からでる『ブックマック』っていう妖精?悪魔?みたいなやつ。デバフがめんどくさいだけで、攻撃はそこまで強くない」
「あと『書の番人』ていう鎧甲冑の魔物も厄介だよ。魔法きかない、物理も堅い。攻撃力は高くないけど無視しようにもどこまでも追ってきてめんどくさい。あとは『エフェメラ』ていう空飛ぶ紙。回避高くて魔法反射、付きまとってきて魔物を呼ぶ。総じて危険は少ないけどうざったい敵が多いね」
「たしか1層はマルモしか出なかったはず? でも見た感じ、ここはそんなに浅いとこじゃないかも。本の密集具合で変わってくるから。…というか、むしろかなり深いと思う。私、ここまで密集してる本棚は見たことないもの」
ブックマックというのは栞の魔物だろうか?
マルモは、ネズミ型の魔物全般の呼び名だ。狐がポルクス、ウサギがミミットのように、ネズミはマルモ。
エフェメラは、たしか切手とかの郵便物のことも指したはずなので、そっちかな?
「セーフティエリアだからそこまで焦ることはねえな。問題はなんでここに飛ばされたかだ。リーはなにかわかるか?」
冷静に話してるのはエドワーズさん。小人族なのでおそらく斥候型と思われる。猫の先輩ポジション?
「本の題名は『錬金術と金のなる木』だったわ。内容は読む前に光ってわからなかった」
「『錬金術と金のなる木』とな?」
「たしかにあれは罠っぽい仕掛けではあったけど、書庫からして初心者が到達することを想定してるよね。てことは、罠というよりボーナスステージの可能性が高くない?」
「初心者が自分だけじゃ心配だからと余所へ助けを求めた結果、助けを求められた方のLVに合った階層に連れてこられる例のパターン?」
「まだその仕様直ってなかったんかワレェ!」
そんなバグがあるの??
ヤマビコさんが切れてるが、それはたしかに直ってないといかん仕様だな?
「ここで錬金術で何か出来そうなことないか?」
「猫の錬金釜は使用中だったからマイルームにあるにゃん」
「私も錬金釜は持ち歩いてないわ」
錬金術って生産スキルだもんねえ。お外で使うことは想定していない。いや、露店で使ってたけど。錬成陣は持ってるけど、まだ使ったことないし。
ちなみに『ダンジョン』と名のつく場所はセーフティエリアからもマイルームへ入ることが出来ない仕様だ。『フィールド』のセーフティエリアならば可能。
屋外型のダンジョンもあるので、うっかりフィールドと思い込んでて入れないとかよくあるらしい。逆に屋内型のフィールド(洞窟とか)もあるので、入れないと思ってたのに入れるやん!とかもあるらしい。確認大事。
そんなわけでここは『ダンジョン』で、マイルームへ取りに帰ることは出来ない。
フーテンさんたちがダンジョン内でも装備変更したりしてないのは、舐めプなわけでなく、戦闘用装備を今持ってないのである…!
『クローゼット』という装備のセットを組み合わせて登録しておき、ボタンひとつで着替えが出来る家具があるのだ。これで街用装備と戦闘装備とを切り替えている人が多い。
なぜ街着になるのかというと、鎧とかめちゃくちゃごついし、それだけで重いので買い物にも差し障りがあるからだそうな。他にも上級装備になると周囲に広がってたり浮いてたりしてエフェクトが邪魔だからというのもあるとか。
たしかにCMで見たやつはかなりごつかったし色々ついてたので、あれで街歩いたら邪魔だなと思う。
そんなわけで彼らの戦闘用装備もまた、マイルームのクローゼットの中なわけだ。
「ここで錬金術しろって話ではなさそうだよねえ。工房ってわけじゃないし。回りは本だらけ…これってオブジェクト? 読めないよね?」
「読めないよ、手には取れるけど。たまにブックマックが出てくるから気をつけて」
「何処までセーフティか確認も兼ねて、ちょっと周辺を見てくるわ」
エドワーズさんが本棚で囲まれている範囲を出てみるようだ。
今の私たちは本棚が円形になっていて、本を読むためのソファとテーブルが中心部にある休憩スペースのような場所にいる。テーブルにはランプが置いてある。
フーテンさんが棚から何冊か本を取って、ぱらぱらと捲ってみている。
「うーん、読めない」
「にゃーん。一個だけ気になることがあるにゃん。でもそれをやって好転するかどうかはさっぱりわからないにゃん」
「おお? なに?」
「テーブルの上のランプにゃ。冒険者ギルドのランプは闇で上書きして消すことが出来たにゃん。書庫を見つけたキーがランプなら、ここもランプで重ねてくるかも? でも光魔法だけでここに来る可能性もあるから、違うかもしれないにゃん」
「なるほど、俺は試してもいいと思うねえ」
「そうね。ランプで来た場所ならランプで、というのはわかるわ」
「あとは、エドワーズさんが帰ってきて動けそうなら、椅子を探すにゃん。椅子から見える場所にきっとなにかあるにゃん」
「天丼なあ…。生産職の書庫にあったんやから、戦闘せんでもなんとかなる可能性は高いか」
とりあえずランプにしても、椅子にしても、まずはエドワーズさんの帰りを待つことになった。
ほどなくして特に時間もかからずエドワーズさんが戻ってきた。
「かなり先までセーフティで敵は出ない。たぶんワンフロアまるごと、専用スペースだろうな」
「ワーオ、贅沢な」
「エド、椅子はあったか?」
「椅子? 1脚だけ置かれてる椅子なら結構たくさんあったぞ」
「あれ、意外とめんどくさいやつかな」
エドワーズさんに説明すると、まずはランプをやってみてはどうかとなった。
「椅子は多すぎるから、当てもなく回るより、ランプをやってみる方がいい。あの書庫が暗くて見つからなかったものを明るくして見つけたなら、逆もあるんじゃないか?」
「ならやってみるにゃん。闇魔法は持ってる?」
「うちは闇持ちはいないねえ」
「なら猫がやっちゃうにゃん~」
初心者の杖を出して、ランプの先へ『暗源』をかける。
フッと電気を消したように図書館が真っ暗になり、しばらくすると、非常灯のように足下がポツポツと明るくなった。そしてそれは一本の道を示している。
「おおっ、猫ちゃん冴えてる!」
「にゃ~ん!」
「おもろい仕掛けやなあ、進むにはちいと暗いが、魔物が出んのやったら問題ないやろ。……電気消したら魔物出るとかないな?」
「ない。特に雰囲気も変わらなかったしな」
「そんじゃエド先頭で、真ん中猫ちゃん、あとは適当でいくよ~~」
フーテンさんの適当な配置により、エドワーズさん・ポユズさん、猫・フーテンさん、リーさん・ヤマビコさんの二列順で進む。フーテンさんはやわらか魔法師。この配置で猫は完全に理解した。フーテンさんよりLVの低そうなリーさんより優先で真ん中になるとは…。
てってけと光の導くままに向かっていくと、そこには1脚の椅子が。
「座るのは誰にする~?」
「踏んだし、私が!」
リーさんが前へ出て椅子へ座る。
「この向きだと…、あ、あれね」
「どれ。……あ、なるほど」
そんなすぐわかるやつ?
てってと椅子の後ろへ回ってそちらを見ると、おお、なるほど。
本棚の切れ間から月明りが差し込むのか、床が青みがかった光で照らされている。そちら側に窓かなにかがあるのだろう。
「よし、進むぞー」
エドワーズさん先頭で再び移動。
青みを帯びた床、本棚の角を曲がる。すると廊下が長く続いている。セーフティのままらしく、そのまま進む。
静かで、足音もしなくて、本棚は消えて、普通の壁が続いている。
足元はふかふか沈む絨毯。天井は高い。青白い光だけであまりはっきりとわかるわけではないけど、壁にも天井にもさまざまな装飾が成されていて、豪華なんだけどシックで、なんだか神秘的だ。
どこかの城か神殿の廊下って言われたら信じそう。
なんとなく無言になって廊下を進んでいると、やがてガラスの扉?に突き当たった。
開ける、とエドワーズさんが手振りで示し、みながうなずく。
ギイ、とかすかに軋みをあげつつ、ガラスの扉が開いた。なお観音開き。
広がるのは庭、だろうか。さわさわと揺れる草の音。一面に広がる深い緑。森を模したような庭園の夜空には、大きな白い月。
そして中心には、一本の大きな木が立っている。
「はあん、金のなる木ね~~」
「そうきたかー……」
猫、知ってる。
この木は…CMで見た!
ゲームの現在の時間軸ではすでに失われたとされる木。――通称、ルイネの林檎。
第一の都市『廃都ルイネ』からメインストーリーの流れを追っていくと伝説として語られる、その昔この地にあったらしい『生命の果実』だ。
『生命の果実』とはなにか?というと、私もメインストーリーはざっと攻略サイトで見ただけだから、詳細には知らない。
かつてルイネの人々はこの果実によって永遠の命を持っていたらしい。そしてそれを巡って争いが起こり、不老ではあったが不死ではなかったルイネの民は、この木があるから不幸になってしまった、とルイネの木を斬り倒してしまったそうな。
しかしそれで戦争が終わるわけもなく、ルイネの民は戦争の捕虜になったり逃げ出したりと、散り散りに世界へと散っていった。
それが今のエルフっぽい種族で、ポユズさんはそのルイネの民――ルイネアというルイネの生き残りという設定である。
まあプレイヤーのルイネアはルイネが平穏だった頃に眠りについていた若者が目覚めて現代に甦った設定なので、長寿種族ではあるが、長い年月を生きていたわけではなく、下駄もあんまりない。魔力特化でエルフみたいな種族、というだけである。
ただ陣営がルイネ固定なので、なんらかの闘争が起きるとルイネ陣営として駆り出される宿命らしい。その代わりルイネアの秘密のお店とか使えるとかなんとか。
閑話休題。
ルイネの林檎はルイネアによって失われたが、実は世界の各地にその種は芽吹いていたらしい。あとルイネが滅びた背景には他にもいろいろあったり、なんだり。
『廃都ルイネ』に街が復興せず滅びた遺跡のまま放置されているのにもその辺に理由があるとか。
猫はメインクエストはまだ触れてないし、お使いクエストも途中なので、伝聞だらけだね。
ちなみに『生命の果実』はあくまでそういう伝説があったというだけで、ルイネの林檎がそうだったわけではないらしい。
実際、ルイネの果実には人を不老にする効果はない。つまり伝説の『生命の果実』ではない別物なのだ。
とはいえまったく効果がない果物でもない。有用な果物だが、育てているのが見つかると奪われたり争いになったり、あるいは斬り倒されたりするため、隠されて育てられているそうな。
そんなわけで、ここは隠された木のひとつ、というわけか。
「ちゃんと実もなってるなあ」
「カウントダウンしてそうなものもないし、1個ずつもいだら終了するやつかね、こりゃ」
「じゃあ、もいでいきますかぁ」
「あっ、待ってほしいにゃん! もぐ前にこの庭で採取がしたいにゃん! 採取スポットがいっぱいにゃん!」
もうすぐ帰れるならぜひこの採取スポットを! 触らずに帰るなんてそんなもったいない!
「お~。猫ちゃん『採取』持ちか。どうぞどうぞ。お好きなだけ採取しなされ」
「んじゃ俺も採るわ~素手やけど」
「俺も」
「それなら私も!」
「にゃ~ん!」
採取持ちのリーさんとエドワーズさん、ヤマビコさんを巻き込んで採取を開始。ありがたや。
『月光草』や『夜露草』など本で見たけど初めての草がいっぱいだ。そんな中にも出る雑草にちょっと癒しを感じる。生きろ…そなたは美しい…。抜くけど。
キノコも生えてたのでたくさん採った。小石?なんかキラキラしてる石も拾った。あと枝も。
牧草はさすがに生えてなかったけど、ルイも呼びたかったなあ。ダンジョンの中への直接召喚は、セーフティエリアでも無理みたいだ。『召喚』ならダンジョンでも直接呼び出せるらしいけど。
見たことがないけど何か気になる草があったので『経過』をかける。香草はこうすると雑草と区別がついたし、育つか花が咲いたら何かわかる気がして。
フーテンさんが寄ってきた。
「『農業』してるの?」
「『経過』をかけてるにゃん。この草、なんか気になるにゃん」
『流水』で水撒きもする。
「息するように魔法で農業するにゃん…」
「にゃ~ん、蕾が出来たにゃん」
「猫ちゃん、その花もしかして」
「フーテンさんわかるにゃん?」
「マンドラコラじゃないかな~?」
「にゃん?」
私は『経過』をかけつつ首をかしげた。
「マンドラコラは花が咲くと死にます」
「にゃん!??」
一歩遅く、花は咲いた。
LVが上がってしまった…。
「焦ったにゃん! LV14になったにゃん!?」
「あはは、結構上がったねえ~」
「ごめん! もしかしてセーフティ抜けるとこあった!?」
エドワーズさんが慌てて走ってきてくれたが、フーテンさんが笑っている。
「聞いて~~猫ちゃんひとりでマンドラコラ倒しちゃった」
「はあ!!? マンドラコラいたの!?ここに!? なんで!?」
「いやあ、なんか最初は5cmくらいだったから、たぶん敵じゃなかったし、敵じゃないまま死んだなあ~」
「育ててたら花が咲いたにゃん。花が咲くと死ぬにゃん?」
「ええ??」
混乱するエドワーズさんをフーテンさんに託し、私はせっかく花を咲かせたので種を採りたい。しかしマンドラコラが大根だとするとヤツはアブラナ科…自家受粉はしない可能性が高い。
うーむ。花のまま抜いて保管して、庭に別のアブラナ科を置いて交雑させるか。大根の種を入手しなければ。
そうと決まればこのマンドラコラは抜こう。
「死んでれば抜いても安全にゃん?」
「安全、安全。ただの草だよ~」
ちゃんと許可をもらったのでそっと手で掘り、抜いていく。
あらまあ。
「わりと可愛いにゃん」
グロテスクなよくあるマンドラコラを想像してたら、思ったより丸っこくて可愛い。丸っこく瑞瑞しいボディにちんまりとした手足。
「あー、これはシュガーマンドラコラだね~。出てこなくてよかったわ…。めっちゃ厄介なやつ」
「シュガー…。砂糖が取れますにゃん?」
「そう。ヤマビコに聞いてみて~」
ヤマビコさんに聞いたところ、根をすりおろして乾燥させると砂糖になるらしい。
そんなバカな。
「ときどきレシピが雑になるんよ」
ちゃんとした砂糖というかサトウキビから作る本格的なレシピもあるそうだ。魔物から作るレシピはざっくりとした雑なものが多いらしい。
ちなみにシュガーマンドラコラは『妖精の砂糖』というアイテムになるとか。
「料理ラーニング中なんやって? やったら素材LV的に作るのきついと思うわ。売った方がええで」
「砂糖がほしいにゃん~猫には作れないにゃん?」
「マンドラコラ売って砂糖は買いなさい。俺が買うて、売ったげるから。ラーニングならあと卵と牛乳、バターやったっけ?」
「そうにゃん!」
「戻ったら倉庫から出してくるから待っとり」
やったぜ。料理ラーニングの道が見えたぞ!
「そろそろ採取はいいか? じゃあ実をもぐぞ」
「まずはランちゃんからどうぞ!」
どうぞしてもらったので『軽業』で木登りをして、実を探していく。
「『軽業』か。『騎乗』狙いかな」
「そうにゃん~」
「そのまま俺たちの実も取って~~」
「任されたにゃん~」
なるべく美味しそうな赤い実を選んでもぐ。6個目をもぐと、視界を光が覆って、一瞬の後に真っ暗になった。
そして書庫に戻る……と思いきや、錬金術ギルド前に戻ってきていた。
メインストーリーに触れるまでに10万字近くかかる小説があるらしい……。
次回、後編と銘打ってるけど清算と感想回。冒険のお代わりはないよ。この小説はそうそう冒険しない仕様なんだ。
評価、ブクマ、イイネありがとうございます。
猫がうろうろしてるだけでなかなか進まない話ですが、まったりお付き合いください。
240429 表記揺れ修正(魔術→魔法)