50.滑る絨毯は空飛ぶ夢を見るか
「そいつはスプーキー・インプですな!」
改めてペンギン氏に、シーツお化けについて聞いてみるとあっさりそんな返事がきた。
ちなみにペンギンは通りかかったネズミの着ぐるみプレイヤーが「ペンギンいい加減学習しろや!」と言いながら直してくれた。「ありがてえありがてえ」とペンギンは拝んでいた。…落ちるのはよくあることっぽいな?
ぬいぐるみ店主って、商人LVが高ければ動けるし歩けるはずなんだけど、ぬいぐるみの可動域に制限されてしまうので、大抵のぬいぐるみは倒れると起き上がれない欠陥を抱えている。唯一無二の勝ち組がテディベアだ。いや、かれらも頭大きいから結構苦戦してるか?
ペンギンを直してくれた着ぐるみは先々で落ちたり倒れてるぬいぐるみを直していたので、そういう巡回をしてるボランティアかなにかなんだろうか。メルヘン………。
「スプーキー・インプにゃん?」
はい。
シーツお化けこと、スプーキー・インプについて。
「雨の日にしか現れないし、シーツ被ってるので中身が定かではないのですが、いたずら大好きなので中身はインプだろうってことでそう呼ばれてるやつらです」
「メエメエ様じゃないにゃんね」
「たぶん違うと思います。猫さんは『働かない工房主』クエです? それとも『プライドを捨てろ!』です?」
「にゃん?? 猫じゃなくてフレがクエスト踏んでるにゃん。『布を見つけて』ってクエストだって言ってたにゃ」
「んん? そのクエは聞いたことないですね。第三の追加クエかな? タイトルから察するに、布がなくなってそれを探してほしいってクエですよね?」
「そうにゃん。プライドが高くて自分以外の布が選ばれるのは許せないような工房主だって言ってたにゃん。拗らせてるお弟子がいるみたいにゃ」
「んん、クエストとしては『プライドを捨てろ!』の方っぽいですね。えー? あれ、人間関係の修復がメインで、クエストに布はあんまり関係なかったと思うんですけど」
「にゃあ」
ペンギン氏がネタバレ大丈夫かと聞くので、猫はそもそもの流れを知らんしオッケーすると、クエストの流れを教えてくれた。
仕事そっちのけで1枚の白い布を何枚も何枚も製作している工房主に、弟子が不信感と不満を抱くところから始まるクエストらしい。師匠は何かに魅入られておかしくなってしまったのでは?と依頼が入るわけだ。
しかしそもそも工房主がこだわって何度も織り直しているのは、弟子に贈る求婚の布だった。弟子はそれを知らされていない。弟子は年の少し離れた師匠を愛し、そして素晴らしく尊敬しているが、その布にかける謎の情熱だけは理解できていなかった。
「他の納期も迫ってるのにあの布にばかりかかりきりで…」と不審がる弟子と、本当のことを言えず「うるせえ、俺の仕事に口を出すな!」とか言っちゃう師匠でこじれにこじれているところを、プレイヤーが愛の宅配便をするクエストだそうだ。
「いやあ、伝書鳩のようにふたりの間を飛び交い愛の言葉を伝えるシーン、あまりにも、あまりにも虚無でしたね…。口からだけでなく目と鼻からも砂糖がとまらない、愛の花粉症クエストでした」
「にゃん~、布は行方不明にならないにゃんね」
「なりませんなあ。むしろ何枚も織って、織りすぎたからと、後で売ってくれるくらいです」
品質のよい綿、亜麻、毛織、麻と選び放題なので、虚無クエではあるが人気の高いクエストだという。
うーん、全然違う感じするな?
「そうそう、そのクエストの中に、スプーキー・インプが出てくるのですよ。出てくるといっても名前とミニゲームって感じですが」
ハンカチくらいの布を被ったシーツお化け(ハンカチお化け?)が部屋のなかを飛び交うのを静かに倒す、というミニゲームがクエスト中にあるそうだ。
「イタズラもののインプのせいで、本来ならうまく行くはずのふたりの仲がこじれちゃった…というクエストらしく、まずこのスプーキー・インプを倒さないことには愛の告白まで行かないんですよ。そこでまずインプを誘き出すんです」
「なるほど? どうやって誘き出すにゃん?」
「妖精といえばミルクとクッキー! あとは小さなテーブルクロス……代わりのハンカチがあれば完璧!というわけです」
まさしくフェアリーテイルの世界だなあ!
「そのハンカチはどうやって調達するにゃ?」
「ハンカチは神殿へ行くと買えるんですよ、『愛のハンカチ』が」
「愛のハンカチ」
「はい。愛し合うふたりに危機が訪れたときに使うアイテムみたいですね。ふたりともがよく訪れる部屋に置いておくと、インプが罠にかかる寸法です」
「にゃあ…」
神殿へ行くコースは間違ってなかったけど、出店でハンカチ買う発想はなかったなあ。あれってそういう神頼みアイテムも置いてあったのね。
あ。もしかして、遺跡へ納める布もそこで売ってるのでは? 後でペチカちゃんと行ってみよう。
ちなみに恋愛関連の他、仕事関連をこじらせるインプもいるらしく、『働かない工房主』の方は仕事関連なんだそうだ。
「まあ、中身がわからないから、両方ともたぶんインプのせい!て感じなんですけどね」
「ミニゲームは同じにゃ?」
「同じです。ただこっちは音をたててもいい仕様なので、『働かない工房主』のが簡単でしたねえ」
ふむふむ。
なお『働かない工房主』の方は紡績工房らしく、働くようになるとあれこれ糸が買えるようになるそうだ。
ペンギン氏は『裁縫』とその派生しか持ってないためこの2種類のクエストしか知らないが、おそらく木工や革工にも似たような素材入手のためのクエストがあるだろう、とのことだった。
「ところで先程の『星属性』なんですけども」
「にゃん?」
「それって本当です? 15属性で全部じゃない?」
「もちろん本当にゃんよ~。今のところ18属性まであるみたいにゃん。星属性はある村の運送ギルドで教わったにゃ。『軽』ていう重量軽減する生活魔法だったにゃんね」
「ア、アアー! 裁縫屋がめっちゃほしいやつー!」
運送ギルドか~とペンギン氏はソワソワと左右に揺れている。また椅子から転がり落ちるんじゃないか心配。
生産の付与って持ってる魔法からしか出来ないから、生産してる人はだいたい魔法師になるそうだ。錬金術師も魔法玉、そうだもんね。
生産はお金とSPが嵩む。
「『フライ』ていうのが浮遊魔法だったにゃ。50cmくらいしか浮かないし、浮くだけで移動は出来ない、押したり引いたりすると落ちちゃう魔法にゃん」
「フゥゥアアアー!! 空飛ぶ絨毯出来ちゃうかもしれない! 使えます!? 猫さん使えますぅ!?」
大興奮したペンギン氏は猫の方へ迫ろうとして転がり落ちた。
あー…。
助け起こそうと試みたがやはり重量級だったペンギン氏は猫には無理だった。なんでも据わりをよくするためにペレット(重りの粒)が多めに入ってるらしい。
「これが夢と希望の正体ですよ…」じゃないのよ。
ペンギン氏は転がったまま放置されるが、それでも『フライ』が見てみたいとビチビチするので、猫はルビーを喚び出した。
ちょこん、と地面に現れて猫を見上げるルビー、かわいい。
「ふわあ、ブチョー!? ブチョーじゃないですか!」
「にゃん? ドゥドゥーにゃん」
「妄想タマゴのご出身…!」
嘆くペンギン氏によると、ブチョーという鳥BOSSがいるらしい。通称「鳥ダンジョン」と呼ばれる学園都市方面の山岳ダンジョンに出没。もちろんこの小さなサイズではなく3mほどの巨体なんだって。愛くるしいわりにかなり狂暴だそうだ。
ちなみにそのダンジョンのBOSSにはカチョー、ジチョーなどもいるらしく、弊社ダンジョンなどとも呼ばれている。弊社のブチョーからパワハラ(物理)されるのを楽しむプレイがあるとか知りたくなかったな…。
「てことはご本鳥は飛べないんですねえ」
「飛べないけど、『フライ』が出来るにゃん」
「空を飛ぶ夢をみた鳥…、いいですな。ペンギンとして大変共感します」
うんうん、と転がったままうなずいたペンギンは懐(ぎっしりモフの胸羽毛)をゴソゴソして、1枚の絨毯を出した。
赤と青と緑、鮮やかな色合いを四角を縁取りした幾何学模様で織り上げた、いかにも!な the 絨毯だ。しかしサイズはやはりミニ。展示品よりも更に一回り小さくて、ランチョンマットサイズ。
「こちらは試作した『何がなんでも滑る絨毯』です」
「何がなんでも」
「たとえ象に踏まれても滑ります。何人乗ってもダイジョーブ! です、サイズ的にひとりしか乗れませんが」
「大丈夫じゃないにゃん」
「ナイスツッコミ!」
ビッと羽を立てて猫を称えたペンギン氏が、今度は羽を揃えて絨毯を差し出してくる。
「こちらに『フライ』を掛けてみてもらえませんか!?」
猫がいいともダメとも言わないうちに、「ツピ!」と鳴いたルビーがペンギン氏の上に乗った。
あ。こらこら、人の上に勝手に乗ってはいけません。
チ、ピッ、と鳴きつつペンギンの腹に上り、絨毯をしげしげと点検する。
……点検が長いな、ルビー。
ちなみにレトは猫の肩の上からそれを眺めている。勝手に飛び出さないのは安心だ。
「ぼく、今ぬいぐるみでよかった! これ本体でやられてたらプルプルはあはあしちゃって変質者でしたね!」
こそこそ、とペンギン氏が言う。ずっと手を上に掲げたままでいるので気持ちはわかる。
しばらくしてようやく満足したのか、ルビーは片手をスサッと上げ、「チピーッ」と鳴いた。
絨毯がペンギン氏の手から浮かび上がる。お。
「と、飛んだぁ~~!!」
「浮いたにゃん」
そういう魔法だからね。
ペンギン氏の大興奮を他所に、ルビーはペンギン氏の手をテンテンと上っていき、ソイヤ!とばかりに大ジャンプ。
浮遊している絨毯に飛び乗った。
おお!?
「「と、飛んだぁー~~!!」」
シューッとルビーを乗せて宙を滑っていく絨毯に、思わず猫も声をあげる。
……あ、落ちた。
風圧に勝てなかったのか、ころころとルビーが転がり落ちる。ヂヂーッと怒りの声をあげていたが、絨毯は止まらずにそのまま滑っていった。
あ、あああー…!
「勝手に乗ってごめんにゃ、今回収してくるにゃん!」
「あ、大丈夫です、露店で出したアイテムには強制返還機能ついてますんで! それより、いいデータでした。スケボーというよりサーフィンでしたね! ということはパーマはやはり『不動』……いや、『足場不問』の方が? 配合は『よくスベ』より『ややスベ』…いや、『ちょいスベ』で十分かもしれません……」
寝転がりながら目をかっ開いてぶつぶつ言うペンギン氏こわい。
何か閃いたらしいけど、猫はどうすれば。
Q.なんで「ぼく軽い」とか嘘ついたんですか
A.一度手を差しのべると引っ込みがつかず「重!」とかいいながらもみんな助け起こしてくれるからです(ペンギンのぬいぐるみ・アルテザ在住)
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次の更新は7/15(月)です。
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