47.街着完成と怖い話
改めて装備欄を見直すと、『トミコのハンカチ』はめちゃくちゃ耐久が低い。ブローチを刺すと布が傷むというからには、なるべく早く『ジャボ』を手に入れた方がいいだろう。
そんなわけで目指すはスーちゃんの工房だ。工房通りに入って、ちょっと脇道に逸れたところにあった。
看板によるとスザンヌ工房だそうな。
「まあまあ、おトミちゃんの紹介ならなんでも言ってちょうだい!」
『トミコのハンカチ』を見た工房のおばさまがそう言って、説明するとすぐに『ジャボ』が出てきたのだから、トミちゃんには感謝である。
おトミちゃん、すごい…!
ちなみに『亜麻布』は綿布より軽く通気性がよく、それでいて丈夫なのが特徴。いわゆる『ぬののふく』的なものなら、綿で作るより防御力と耐久は高く、重量は軽く仕上がるらしい。ほうほう、布装備向けの一段上の素材なわけか。
一方でクッション性に乏しく、鎧下などには向かないという特徴があり、重量級装備をする人にはオススメしないんだって。
『亜麻布』といえば素朴な風合いの布地が多いが、こちらは珍しい繻子織の工房。繻子、いわゆるサテンは、糸ではなく織り方で布に光沢を出す。
そのため、こちらの工房の布は肌触りはさらっと、光沢はつやっとしているが、風合いはしっとりとした落ち着いた艶のある布に仕上がっている。
……とは工房のおばちゃんのセールストークだ。
なるほどたしかにそんな感じ。
だから『ジャボ』だってふんわりしっとり、いい感じに仕上がってきた。そう、在庫ではなくわざわざ作ってくれたのである。はやーい!
うっかりオーダーメイドになったけど「おトミちゃんの紹介だからね」と価格は控えめ。とはいえ分類としてはアクセサリー、しかし効果は耐久+1と渋い。お値段7万z。
ただのオシャレ布アクセにこの価格、とも思うが、オシャレ装備だからこその価格ともいえる。
オーダーメイドなのだから当然購入だ。
「それじゃあつけてみせて!」
おばちゃんに促され、着用。
『合体可能なアクセサリーがあります。合体しますか?』
おお?
アクセサリーの合体は、素体となるアクセサリーをつけるか、同じようなアクセサリーを2個以上つけると発生することがある。
例えば『チャーム』系のアクセサリーを複数つけると合体するのは有名な話だ。この場合、効果を打ち消しあってしまうこともあるので注意が必要になる。
同じく『チャーム』で、『チェーンベルト』などを装備すると『ベルトチャーム』として合体したりもする。
アクセサリー枠は常に激戦区なので、合体はありがたい機能だ。
早速『はい』を選択すると、『蛇目月の襟飾り(合体)』となった。
ブローチと合体!
「うんうん、しっかりはまってるね!」
「ジャストフィットにゃん、ありがとうにゃん~!」
ジャボはブローチ系を合体させるための装備なのかな、もしかして。
ひょっとするともう1個つけられたりするのかもしれん、と試しに『ムーンキャッチ』のブローチをつけようとすると、おばちゃんに止められた。
「そのブローチはちょっと大きくてバランスが悪いわ。もう少し小さいのだったら大丈夫だけど」
なるほど、ブローチの大きさか。
ブローチの大きさはそのまま石の大きさであり、石の大きさは石のレア度や、品質に関わってくる。
宝石類は石のレア度と品質が結構複雑。
例えば石は大きくても宝石の含有量が低いと『原石』になるし、同じ『トパーズ』でも『グリーントパーズ』などと特徴が付記された石の方がレア度が高くなる。
『原石』の採掘や研磨は、やってみるまで何が出るかわからなくて沼なんだとか、なんとか。
『ムーンキャッチ』はだいたいどれも同じ大きさだから、ブローチを重ね付けするとしたら別の石で作らないとダメそう。魔宝石とかなら結構小さいのもあるから、そういうやつかな。
まあ、これは街着だからそこまでいっぱいアクセサリーつけれなくても全然構わないんだけどね!
「色々探して試してみるにゃん~」
「組み合わせを楽しむといいよ!」
アクセサリーの組み合わせか。
……散財沼の気配がしますね。しばらくは近寄らんとこ。
お役御免となった『トミコのハンカチ』は、耐久も不安なのでインベントリへそっと仕舞う。
『トミコのハンカチ』『蛇目月のブローチ』『タマゴポケット』だったアクセサリー装備が、『ジャボ』を入手して『蛇目月の襟飾り』になったおかげて1枠空いた。
早速、『探検家のリュック』が装備できる。
うむ、インベントリひろびろ、いっぱい持ち運べるにゃん!
これで『運搬』『交易』をアピールする商人街着としては完成でよいのでは?
次は戦闘用装備か。
ナザールさんとこも気になるが、今は特に青く染めて欲しいものはないので、行っても世間話になっちゃう。
うーん、どこから行くべきか…。
工房を出ると、雨が降っていた。
おお、久々に入るぞ雨ゾーン……いや、これは街全体で降ってる?
雨ゾーンは、街中で同じ時間帯でも雨が降ってるイベントゾーンだ。ちょいちょいあって、偶然入り込む他、フラグを持っていると入り込んだりしてしまうらしい。
それとは別に街全体、フィールド全体で短時間降る雨というのもあって、こちらは滅多にない。フィールド全体の方は、天気予報が出ているので調べればすぐわかる仕様。雨のときしか現れない魔物、植物、ダンジョン、その辺はお約束だよね。
アルテザは雨が多い街と聞いたことがある。だからこそ森がこれだけ繁茂しているのだとか? 水源としても知られた土地らしい。
古着屋の軒先で雨宿りしていると、通りの洗濯物がバタバタと取り込まれていったりして、ちょっと面白い。ゲームの中でも生活があるの、さすがライフ系もあるゲームよな。さすがに洗濯はないけど………、ないよね?
一瞬ちょっと気になってしまった。はい、『クリーン』『クリーン』。無駄にキラキラさせとこ。
ヒラヒラとひるがえるシーツが見える。ありゃ、あんなところにあるなんて、飛んでっちゃったのかな?
拾いにいくイベントとかあるだろうか、と眺めている内にシーツを見失い、雨はすっかり止んでいた。
あー、雨の内にやらなきゃいけない時限イベントだったのかも?
『ランさん、今お暇ですか?』
さて雨も止んだし行くか、と思ったらペチカちゃんからメールだ。
珍しいな、最近はお手紙が多かったのだが。
『大丈夫にゃんよ~』
『わあ、よかったです。今アルテザにいるんですけど、ちょっと変わったクエストを踏んでしまったみたいで…、あの、私だけだと無理そうなので断ろうか悩んでいたところなんです。そしたら、ランさん、アルテザにいるみたいだったんで』
『クエストにゃん?』
ペチカちゃんが踏んだクエストってだけでちょっと身構えてしまうんだが。
いったいこのエンジョイ勢はまた何を拾ってきたんだろうか。
『日付が明日の夜だったんで、赤月夜関連かな?て思って踏み込んでみたんですけど、観光スレで精霊スポットとしてはあがってなかったし、なんか話の内容からして全然違うかもしれなくて。もし、赤月夜の予定決まってたら無理には言いませんので! あの、怖い話大丈夫ですか!?』
『猫は見えるやつ大丈夫にゃんよ~~』
『よ、よかったあ! 私こわいやつほんとだめで! お願いしますたすけてくださいーー!!!』
ぽわんとGPSが飛んできたので早速向かう……前にちょっとマイルームで空っぽのリュックにいろいろ補充しておこう。といってもマイルームのタンスにいれてるものもほぼ野菜くらいで、あんまりないんだけども。猫ったら歩く倉庫。
…そういえば怖い話ってなんだろう?
猫としては幽霊とかそういう話だと思ってオッケーしたけど、これで人間関係怖い話とかだったら猫も聞かなかったことにしたい。いや、人間関係怖い話にはペチカちゃん強そうだし大丈夫か。
ペチカちゃんがヘルプを出していたのは行政施設前だった。怖い話とかいうから街外れとかにいるかと思ったら違った。行政施設はだいたい街の中心部にあるのでアクセスがいい。
迷うことなくさくっと合流。
「わあ~~ありがとうございます~~!」
来ただけでめっちゃ感謝された。
また装備が変わってるなペチカちゃん。よきかなよきかな。
羽衣はそのままだけど、まず髪型が耳下ツインテールになって髪飾りがついているし、服装もかっこよくなっている。紺に銀の刺繍の入ったカジュアルな燕尾服――狩猟コートに、レースのペチコート、ロングブーツ。
これは開けましたな、学園都市装備。
魔法師にしては見たことない服なので、後で聞いてみよっと。
そしてサイドには肉体美に磨きがかかったマッスルミミットのピピちゃんがダブルバイセプスを決めており、逆サイドでは相変わらずちんまりしたブルーペングーのペペちゃんが毛繕いしている。あ、でもペペちゃん、前より青くなったな。
早速PTを作成、加入して、立ち話もなんなので、とペチカちゃんオススメのベンチに来た。
オススメのベンチとは?と思ったが、観光名所になりそうな大きな木に吊り下げられたブランコ状のベンチで、オススメも納得。木漏れ日がきれいだ。
いわく「故障していたのを直したところだそうで、まだ名所スレにも載ってない穴場スポットなんですよ!」とのこと。さすがだ。
ちなみにまだ小型サイズのペペちゃんの移動は、ピピちゃんが小脇に抱えていた。たまにダンベルのように扱われているが、ペペちゃんは喜んでるように見えるのでいいのだろう。
いろいろな移動方法があるな…。
ブランコに並んで座って、ペチカちゃんにゆらゆら揺らしてもらいつつ(猫は足が届かない…)、話を聞く。
「怖い話なんてどこで拾ってきたにゃん?」
「それが…、元々は、街のお手伝いクエストをやっていたんです」
ペチカちゃんの話はまとめるとこうである。
街中お手伝いクエストをしている内に、NPC好感度があがってきたのか違う依頼をされた。それもこなしていくと、ちょいちょいチェーンし始めたらしい。
明確に繋がってるわけではないんだけど、あれ、この話前にも聞いたような?というのが増えてきたのだという。
それが『消える布の話』と、『メエメエ様』という謎の存在だ。
まず前者の消える布の話。
これは工房などでよく聞くもので、染色前の白い布が行方不明になることが最近よくあるのだという。
アルテザでは布1枚、糸1巻くらいであれば「妖精が持っていった」とおおらかに許す風習があるらしく――もちろん「盗られたくない布や糸なら厳重に管理しろ」という戒めも込めての話だが――それほど問題になっているわけではない。
しかしいろいろな工房で「布が消えた」話を聞き始めたそう。
そして後者のメエメエ様。
アルテザの人たちは、通り雨のことを『メエメエ様が通る』と呼ぶのだそうだ。
そしてこのメエメエ様について聞くようになってから、ペチカちゃんは雨ゾーンへ入ることが増えたらしい。
メエメエ様とは白い塊でふわふわ、ヒラヒラした妖精と考えられている。
ペチカちゃんはこの消える布とメエメエ様は、何らかの関係があるものなのでは?と考えて聞き込みを続けた。
すると――
「出会ってしまったんです」
「にゃん」
「シーツお化けに……!!」
「にゃん???」
し、シーツお化け?
「小雨の夜だったんですけど、大きな布が、こう、風もないのにふわふわ~~、ヒラヒラ~~と飛んでいきまして。雨降ってるのに、濡れてなくて、うっすらぼんやり、光ってるんですよ。で、そのシーツがこっちを振り向いてですね」
「シーツが振り向くとは」
「顔が! あったんですう!!」
「にゃあ」
「顔っていうか、目と口? ですかね、こう、裂いたみたいな。それがついてて、振り向いて、ニタァ……と!」
ペチカちゃんは顔を覆い、「めちゃくちゃ怖かったんですよう!」と叫んだ。
……どうしよう、予想以上に怖くない話だった。
商人風の街着が完成した!
マッスルミミット→2章31話
ブルーペングー→2章41~42話
雨ゾーン→猫が雨を過ごした話は特に存在しませんが、遊んでる間ずっと晴れなわけではないはずなので「久々」としています
評価、ブクマ、イイネ、感想、誤字報告ありがとうございます。
アルテザのお化け編のはじまりはじまり。