44.托卵泥棒
斥候風お兄さんが、別の大きな木の根本に寄りかかっていたPTに話しかけている。しばらくなにか話していて、PTから1人、男性が猫の方へ来た。
「ここの托卵は当たり外れでかいけどいいんか、猫ちゃん?」
人族男性、黒髪、壮年というちょっと珍しいキャラだ。どうやら前のBOSSを倒したPTらしい。
托卵の当たり外れがでかい、とは?
「参考までにハズレは何が出るにゃん?」
「わりとなんでも出る。ペングーも出るし、ついでに蛇も出るし、なぜか魚も出る」
「なんでもありにゃん」
「リアルで卵生のやつは何でも出るんじゃねえかて言われてたな。ちなみに大当たりはワイバーン、大ハズレはジェリ」
「ジェリまで!?」
本当に幅広いな!
「相対的に当たり確率ひっくいのよ。なんなら他の卵もあるけど、ほんとに托卵でいいんか?」
「いいにゃんよ~! もらっていってもいいにゃ?」
「今から5分ならBOSS部屋入っても問題ないから、さくっと卵取りな。他の卵は残しといてな」
「もちろんにゃん! 猫はジンクスは守る方にゃん、ありがとうにゃん~!」
BOSSは倒すと再出現までに少し時間がかかる。ランダム系は特にちょっと長めにかかる。
そしてその再出現のパターンにも何種類かあって、この『ワイバーンの巣跡地』は、BOSS再出現前5分以内で足を踏み入れた人間のLVを参照し、BOSSが選出される、らしい。
こうして順番待ちしてるのも、自分たちが倒すBOSSを自分のLVに合わせるための微調整であるらしい。場合によっては順番待ちをしている人の中から自分よりちょい上、ちょい下の人に頼んで、ちょうどいい(戦いたい)LVのBOSSを出してもらったりもするんだって。
前の人がBOSS倒したあとも残ってるのは周回もあるけど、今回は次の人のBOSSを出すためにいたらしくて、猫はタイミングがよかった。
そんなわけで順番待ちのプレイヤーに断って、先にBOSS部屋へいれてもらう。
猫が居座ってBOSSレベルを変えないように、ということだろう、さっきの男性もいっしょだ。
BOSS反応がないとわかっているので、気楽なもの。
BOSS部屋はインスタンスになっていて、一際大きな木々の間を通ると確認が出る。
『ここから先は特殊エリアです。侵入しますか?』
特殊エリアはインスタンスになっており、中はBOSSがいなければそのまま通り抜け出来るし、いたら戦う、という具合だ。
インスタンスなのに複数PT同時に処理しないのか?という話だが、この手のランダムBOSSは1室しかないもんなんだって。
というのもたまにレイドボスが出て『氾濫』というイベントが起きるそうだ。『氾濫』が起きると特殊エリアが拡張され、BOSS前エリアにいた人もレイド参戦が可能になる。
BOSS待ちの人たちは、それも期待しているんだって。鳥というか、稀に出る竜がうまい、とのこと。なるほどねえ。
はい、を選択して特殊エリアに侵入。
インスタンスそのものは大きいが、巣は直径5m程度とそれほどの大きさではなかった。いや十分大きいな。ワイバーンのときは直径30mとか聞いたから、それに比べると、という話だ。
「ニッコークジャビだったんよ」
鳥でクジャビ……たぶん孔雀だな。
「にゃあ、羽根が高く売れる?」
「そそ、今でかい羽根が売れ筋でな」
…それってもしかしてロマンが関係してるやつ?
ちょっと気になるけど猫は空気が読める子よ。
「きっときれいな羽根にゃんね~」
「ハハ、成金みたいなやつだよ」
ニッコークジャビは金色の羽根で、ピッカピカらしい。巣に金物を溜め込むので、金銭効率がそこそこいいのだとか。
男性はニッコークジャビを出すのにちょうどいいLVらしく、野良PTで駆り出されているらしい。こうして猫についてきているのも、このまま残ってLV参照されるためもあるそうだ。
「こっちがクジャビ、それが托卵」
「わかりやすいにゃんね」
巣の中には一抱えほどある金ぴかの卵が5つ、それから小振りで透き通った卵?がひとつあった。あらきれい? 大きさは20cmほどの楕円形、こっちが托卵。
「タマゴのかたちからすると鳥じゃないから、ハズレの可能性高いぞ。魚でもないから、陸上飼育は出来そうだが」
魚とか両生類とか、水生のタマゴは濡れてるからわかるんだって。これは乾いてるから違う、と。なるほどなるほど。
「鳥はもういるし、陸上飼育出来るなら問題ないにゃん!」
元々は托卵泥棒で鳥を狙う手はずだったが、その前にピジョネの楽な捕まえかたを教えてもらってしまったから、予定が狂った。
でも托卵泥棒はせっかくだからやっておきたくて。
ちょっと透き通ったタマゴ?を持ちあげてみると、思ったよりズッシリと重く、固い。そしてひんやりしている。なんか水晶っぽいんだが、え、これほんとにタマゴで合ってる?
インベントリに入れて確認したいところだが、生きてるタマゴは砕かない限り、インベントリには入れられない制約がある。タマゴ売りはマケボじゃ不可というわけだ。
ちなみに魔物の卵は砕くと30秒で跡形もなく消える。魔物を倒すのと同じ扱いになるそうで、経験値も入るが、微々たるもの。ドロップはなし。
一応、タマゴのなかには無精卵もあって、これは料理に使えたり、装飾品に加工できたりと使い道も多い。この無精卵を砕いた場合のみわずかながらドロップがある。
丸のまま取る方が素材としては優秀なのだが、そのままのタマゴは『鑑定眼』『真贋』などで鑑定してないとインベントリにはしまえない仕様。
『鑑定眼』は『真贋』の上位スキルだ。『真贋』『総合知識』のLVを上げるといずれ手に入る。たくさん本読まないとね!
猫も『真贋』持ちの端くれ、ちょっとタマゴを見てみると、たしかにこれはなにか“ある“タマゴだ。有精卵。まあ托卵されてるしな。
他のもわかるんだろうか、と見ると、金ぴかタマゴの1個には反応がなかった。これだけ、なにも“ない”タマゴ。
「にゃん~、このタマゴは無精卵だと思うにゃん」
「おっ?」
男性に教えてみると、早速持ち上げ、インベントリにしまって目を輝かせる。
「ありがとな! 金のタマゴは高く売れるんよ!」
一抱えはある大きなタマゴだもんな。金の殻もいろいろ使えそうだし。なお巣のタマゴは1個残せば十分だが、不慮の事故で壊れたりしたときが不安なので2、3個残しが普通らしい。2個くらいなら持ち出しても問題ない。
「猫は見た目のわりに高LVだったりする?」
「初級コスプレするほど猫は悪趣味じゃないにゃんよ~! なんでにゃん?」
猫の装備は、初心者服の錬金術圧縮で得られる装備として知られている。大商人で初心者シリーズを変換するサービスをしている人などもいて、初心者服卒業後の定番になりつつある。
だから特に『ウィザード』シリーズ=初級の代名詞っぽくなってるそうな。『ウィザードハット』のMP増強効果はほとんどの職で有用だからね。ガチャになってるから他のがあふれてお安いというのも、初心者が手を取りやすくなっている。ボレロも今はかなりお値段が下がった。
「初級から『真贋』持ちは珍しいからな」
男性のLV帯では『真贋』持ちは少なく、テイム以外ではタマゴに全く期待しない人が多いんだって。
「そうにゃん?」
「後回しスキルの代表格だぞ?」
後回しスキル――必要性は理解するが、取るのは今じゃないスキル、ともいう。
PT内に1人いればかなり嬉しいクエスト向けスキルだが、『総合知識』がないと片手落ちとあって、戦闘一辺倒になりがちなゴリラ商人候補が取るにはかなりビミョーなスキルなのだとか。
ワイバーンの巣でたむろするのは中級、40LV前後の人が多いらしくて、そのLV帯だと『真贋』持ちはかなり珍しいみたい。上級になると持ってる人は増えるんだって。
フーテンさんもたぶん持ってるんだろね。
さてさて。
猫も托卵をいただいていこう。このままでは持っていけないので、『テイム』しなければ。
まず小手調べの『テイム』……お、抵抗がある。てことはやはりこれ、石みたいだけどタマゴなんだなあ。何のタマゴなんだろ。
失敗したし、念のため『チャームアップ』からの『テイム』、むむむ、タマゴのテイムは簡単って聞いたんだけどな。
『テイム』『テイム』『テイム』『テイム』『テイム』……、おっ、いけた!
『タマゴのテイムに成功しました』
『孵化まで71:59:58』
3日か、思ったより早く孵化するんだな。
タマゴの名付けは、孵化したときになるらしい。暫定タマちゃん。
「意外と苦戦してたな」
「タマゴは簡単って聞いてたのに話が違うにゃん~」
「レア度とLVによってはそういうこともあるらしい。レア種か、LV帯が上なんじゃないか?」
「それなら儲けたにゃん!」
テイムしてしまえば、インベントリに入れることも出来る。ただし、時間経過はしない、というやつ。
ひとまず荷車の中に置いてみると、早速ルビーがやってきてぴたりとくっついた。おお?
抱卵するという感じではないが、そういえば使役主と従魔の両方が交代で抱卵した場合って刷り込みはどうなるんだろ?
実は牧畜ギルドはランクアップしててもなんか嫌で、前回行かなかった。ちゃんと行って調べないとダメか~。
わからんことは今気にしても仕方ない、用は済んだのでさっさと行かねば。
「ありがとにゃん~、お陰でいいタマゴが手に入ったにゃん!」
「どういたしまして。何が孵ったか教えてな」
別れ際にフレが投げられたので承諾。
猫は来るもの拒まず去るもの追わずの精神だ。
「3日後のおたのしみにゃん~!」
「おう。じゃあな~」
そのまま通り抜けてオッケーとのことだったので、手を振って、BOSS部屋の向こう側へ!
工事道は本来はアルテザから巣までだったが、せっかくなのでついでに、とポーツの街道まで通した道だ。
猫はここを逆流してきたので、到着はアルテザ側の道。
視界が変わると、開けた平原の中に見えてくるのは、色とりどりに塗られた壁。なんだかとってもファンシーだが、これが森のそばに作られた開拓の街アルテザの特徴だ。
冒険者の街フロントが戦うものの街、港街ポーツが物流と商人(と釣り)の街ならば、アルテザは樵と狩人、そして職人たちの街だ。
採取、伐採、そして狩猟、革工に木工、大工に裁縫と、いわば生産職の聖地その2なのである。ちなみにその1はもちろん鉱山と鍛冶の街ドゥーアだ。
検問はわりとあっさり。自由都市と比べればどこも軽いといえばそう。
荷車と一緒に入った猫は、門兵からは商人と認識されたようで、「よい取引を!」と見送ってもらえた。こういうのもいいね。
街の中へ入ると、ルイのLVが上がった。久しぶりの移動経験値。がっつり入るから嬉しい。
街中は高い建物が多くて、ところどころ変な建物もあったりして、自由都市にはない面白さがある。観光も楽しそうだな!
観光名所スレはチェックしてきたけど、アルテザスレも改めて目を通しておかないと。
でもまずは運送ギルドで荷下ろしかな。ルイの頑張りを称えなければ!
タマちゃん(仮)が仲間になった!
さて何が孵ることやら…。
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