35.猫のお悩み相談室
NPCお姉さんの案内で喫茶店へ向かう途中、我もついていっていい?というジェスチャーを野次馬プレイヤーたちから受けたので、着いてこれるならオッケーと返しておいた。
その辺は猫に止める権利はないし。GPSを受け取らずとも、追いかけて入れるところなら問題もないんじゃなかろうか?
案内されたのはこじんまりとした、10人も入ればほぼ満席の小さな喫茶店だ。
看板はちゃんと出てたものの、建物の3階にあって一見ではわかりづらい立地。場所もさることながら、飴色のアンティーク家具に囲まれた店内は大変隠れ家感があり、ポイント高い。いいね!
なお、お店の名前は『ニャッコの寝床』。猫推し!
なおGPSなしでも問題なかったようで、狭い店内はプレイヤーで満席である。そもそも着いてきた野次馬さんもそこまで多くなかったので、2人席ふたつ、4人席ひとつできっちり収まっている。
猫たちはカウンター席。
泣いちゃったハチワレ猫さんがリラックス出来るように、と出されたのはラヴツレミルクティー。猫も同じのをもらった。
『ラヴツレ草』のお茶だ。いい香り。
猫のベランダハーブ農園で育ててたんだけど、今は種を増やしたところで、まだハーブとしての収穫は出来ていない。ミルクが合うのはいいな。黒糖かなあ、ほんのり甘くて美味しい…。
温かいお茶を飲んだことでハチワレ猫さんも少し気持ちが切り替わったのか、改めて猫にお礼と、謝罪をしてくれた。
「ありがとう、あと路上であんなんやって、ほんとすんませんでした…」
「にゃん~、むしろ密室で起きるよりよかったと思うにゃん? ああいうのはよろしくないにゃ」
「そう…なのかな…。俺なんて、言われても仕方ないし……、あ、でもその、風猫族全体がそうってわけではもちろんなくて! 俺が、悪かったから」
なんだか大変に自信をなくしておられる?
ああいうの日常的にいわれていると自己肯定感すり減っちゃうんだろな。追放系あるある。あるあるしとる場合か。
「さっきも言ったけど、言われてたのは風猫族の種族特徴だったにゃん? だから通報したにゃん。猫たちにはどうにもならないとこにゃん。そこを言われたらもう生まれ変わるしかなくなっちゃうにゃんよ~」
「生まれ変わる…か…」
なんだか更にデデーンと落ち込み始めたハチワレ猫さんを、喫茶店の店主なお姉さんが慰め、猫がちょいちょい突っ込みつつ、聞き出した話はこうである。
ハチワレ猫さん改め、ケータくん。彼は第三エディションが告知される3日前にゲームを始めたらしい。
「始めたと思ったら『第三エディションが来る!』てCMが始まってさァ。第三来るってわかってたら、来てから始めたのに…」
間が悪くて運がない方だ、とは本人談。
第三エディションからは最初からマイルームがついてるという話を横目に見つつ、マイルーム開通クエストをし、第三エディションでは学園都市ガチャがついているという話を横目に見つつ、自由都市ガチャで我慢した。
第二にはお使いクエストがなかったのでLV上げは地道で大変、メインストーリーなんてほとんど追いかけられず、第一からの人とはあまり話が合わなくて、PTも組みづらい……など、など。
溜め込んでますなあ。
猫は第三エディションからはじめたからあまり詳しくないんだけど、第二エディションは新規参入が置いてかれがちなバージョンだったらしいんだよね。というか、元々第二エディションは発売後わりと短いスパンで出たので、初心者支援も何もなかったのだ。
しかしその後しばらく追加エディションが出なかったので、結果的に手にとれるものが第二しかなくて、間が空いてる分、差が開いてしまっていたというか。
だからこそ第三エディションは手厚い初心者支援が追加されることになったらしいんだけど。
そしてその第二と第三の隙間に入ってしまったからこその鬱憤が、ケータくんにはいろいろあるらしい。
第三エディション実装後に価値が落ちたスキル、逆に価値が上がったスキルっていろいろあるみたいだしねえ。
まあバージョンアップで仕様が変わったりするのはよくあることだ。新スキルが上位互換だったりさ。
それに実は風猫族って、第二エディションから登場した種族だったりする。
第二エディションってエリア拡張に自由都市と辺境伯領、両方来たから、自由都市枠で風来坊種族、辺境伯領で陣営固定種族が増強されたのだ。
ちなみに辺境伯領で追加された陣営固定種族の最たるものが巨人族。巨人といっても身長4mとか飛び抜けたでかさではなく、190~250cmという普通の人族に紛れるタイプの巨人族。ルイネ北東側の辺境伯領に所属。
いまのところ辺境伯領は3つあるけど、それぞれの陣営はまだ明確に別れてなくてまとめて辺境伯陣営となっている。まあ人数少ないからね~。
辺境伯陣営所属の陣営固定種族は、戦闘能力が高めなのが特徴だ。獣人族でもピューマ型とか、ウマ型とか。代わりに、生産能力が低い。
第三エディションでの種族追加は獣人族にちょいちょいバリエーションが増えたのと、あと妖精族に魔法特化の魔子族が追加されたくらい。
新しく入ってきた子が魔子族だったのも、ケータくんはその辺のコンプレックスが刺激されてしまったのかもしれない。
「第三からやってたら俺だって魔子族とか他の種族にしたのに」みたいな。
話を聞いてると、風猫族でのPTプレイって大変なんだなあ、と思えてくる不思議。
追放PTとは、第三エディションが出るちょっと前という不遇な時期が合致したもんで意気投合して遊んでたメンツだったらしい。
もしかしてリアル知り合いなんかなあ、と思ったがそういうわけではなかったようでほっとした。リアル繋がりだと切りたくても切れなかったりするからねえ。ゲーム外でのハラスメントは、ゲームのようにミュートブロック出来んし。
そこそこ仲良くやってきたけど、第三エディションが出てしばらくすると、よく文句を言われるようになったそうな。
いちばん大きいのはやはり移動速度問題。これは小型種族全般そうなんだけど、いろいろ背景設定でカバーしてる種族も多い。
たとえば小人族はそもそもが早足で小走り気味に走るのが普通っていう設定があって、普通に歩いても早い。その分スタミナは減りやすいんだけど、小人族はスタミナがそもそも多めなので、相対的に気にならないのだとか。
それから魔子族はうっすら浮いているので、歩き方がスケートで、そこそこ早い。フーテンさんのブーツでの補填みたいな感じ。慣れるまでは癖が強いが、慣れると楽だし、むしろ歩くのは早い方になる。
その辺、最小種族なわりに風猫族は設定がない…というか、設定画からして騎乗してるんだよね。つまり自分で歩くな何かに頼れってことなんだと思われる。
だから猫は、ルイに乗って解決している。
でも、PTテイマーだとそこも難しい。
猫も先日フーテンさんたちPTに入れなかったり、分断させちゃったりなことがあったのでわかる。だからPT用を考えて、召喚獣でも騎乗用個体をスカウトしてこようか迷っていたりする。
とはいえ召喚獣はMPコストかかる。MP少ない風猫族にはそこがネックだ。
猫としてはそれ以上に、ルイと離れたくないのもある…。
召喚獣は単純に召喚時間に応じて共鳴上がっていく仕様だし、そう考えるとほとんどしまいっぱなしの、マジで騎乗専用の子になってしまう。て考えると結構悩むところ。
……いや、まあ、ルイも戦闘その他には利用しない騎乗専用個体といえばそうなんだけども~~。
でもルイと同じサイズくらいの子にして、将来的には二頭立てで荷車を引いてもらうのもよいのかもしれない。しかし召喚タイプのロバなんているんだろうか?
閑話休題、風猫族の移動問題。
ケータくんは移動速度が早くなるスキル『韋駄天』を取って解決したらしい。SP10をかけて…というか、このためだけに元々取ってなかった『運搬』を取ったらしいので、実質SP20を移動のために使った、と。スタミナ向上の『健脚』は悩みに悩んで保留にしたんだって。
「でも、ダンジョン潜るのに『運搬』は絶対便利にゃん?」
「……荷物持ちにさせられただけだった。お荷物が荷物持ってちょうどいいって…」
う、うーん。
「う、うううん!」
突然の大きな咳払い。音の方を振り向くとプレイヤーお姉さんが立ち上がっている。
「猫ちゃんたちに割り込んじゃってごめェェん! でもちょっと黙って聞いていられなくてェ!」
自由都市では比較的珍しいカラフルなサーモンピンク髪、インナーカラーがネイビーのワンレンボブ、獣耳にお尻尾。尖り耳で大きめなので猫か狐か、どっちだろ?
街着ではなく、近接戦闘職とわかる装備をしている。…たぶんだけど、冒険者コスだなこれは。
そんな冒険者スタイルなお姉さんは、ズンズンとやってきてケータくんの隣に座ると、彼の方を見てキリッと言った。
「君の組んでたPTはクソなので、まず忘れよう!」
ハイ。
そこから種族差別するやつはいないわけではないが、街中で追放とかするやつは明らかにおかしい、異常である、と力説するお姉さん。
うんうん。
しかしケータくんはなんだかびっくりしたように聞いている。
え? あれ? 猫もああいうのはよろしくないって言わんかったっけ??
……、同じ風猫族が言うより、追放した側と同じ人族がいうほうが説得力がある、的なやつ?
お姉さんは、まず追放側PTの不備を指摘し、種族差別しないやつだってもちろんいるんだから、合うやつを探していこうね、という話をしたあと、さらに転生についても言及する。
「ほんとにもうこの種族イヤ!ていうんだったら作り直しも視野に入れていいけど、風猫族って体の軽さでいうとトップクラスだから、どの種族に転生しても『動きが鈍い』『体が重い』て感覚はついて回るらしいよ。そこだけ要注意ね!」
それ、掲示板で読んだことあるな。風猫族じゃないけど、作り直しの話。
種族同じでもジョブやLVの補正ってかなり大きいらしくて、転生すると、とにかく体が重くて動きが鈍い、何もかもきつい!て感じなんだって。
これはどのゲームもそういうもんだけど、VRは身体感覚を伴う分、その辺が顕著。だからVRゲームのリセットって、機能としてはあるけど現実的じゃない、て意見が多い。猫もそう思う。
このゲームではそれに加えて、種族差がバカにならない、かなり操作性が違うって噂もある。
まあ魔子族なんか通常歩きがスケートって時点でかなり違うが、そこまで特殊なのじゃなくても、たとえば獣人族は五感が鋭いって設定で、そこを人間の脳で補足・知覚するために、レーダー機能が別途備わってたりするんだって。気配が近づくと音がする、とか、嗅覚で特定の臭いを辿るときは臭いが見える、とか。
だからそれがあるのに慣れてると、消えるとかなりしんどいらしい。
作り直しはともかく2体目が無理って言われるのも、この辺の操作性の違いが大きいそう。
両方とも同種族の同性同体型、同スキルで育てるならギリいける。でもそれって2体目やる意味、あんまりないよね? という。
「あと、自虐と思って聞き流すようにはしてたけど、君が言ってることも十分種族差別になっちゃってるからね、もし作り直すなら、ちゃんとその辺直してからの方がいいよ」
「あ……」
お。
おおお、黙って聞いていられなくて、てそっちか!
さてはいい人だな、お姉さん。
ケータくんもハッとした顔で猫を見る。
「あの、ごめん! 俺、そういうつもりじゃ全然なくて…!」
「にゃん~、猫は気にしてないにゃんよ~。たしかにそういう側面もあるだろうけど、風猫族にはそれを置いても余りある魅力があるにゃん」
「ややや、余計なお世話だった!?」
はわわ、と口許に手を当てて焦るお姉さんに、猫は察する。
……さてはお猫さまの下僕だな?
「にゃん~、お気持ちとっても嬉しいにゃん!」
食らえ、渾身の『背景にお花が飛ぶ・ラララアクション』!
ちなみにこれは野菜売りのおばちゃんが教えてくれました。おばちゃん、完売すると歌うのだ。
NPCは仲良くなるとオススメアクション教えてくれるらしい、掲示板調べ。好感度上がってるって目に見えてわかる情報は嬉しいもの。
さておきこのアクションは、その名の通り背景にお花が飛び、このアクションを発したプレイヤーは歌うように左右に揺れる。つまり、にゃんかわアタックである。
会心の一撃! お姉さんは心臓を押さえてうずくまった!
ダイイングメッセージが「猫ちゃん」だ…!
……こんな短期間に再び見ることになるなんて、『ダイイングメッセージ』アクション、意外と使いどころがあるのかもしれんな…。
「風猫族の魅力って…、そんなのあるのかよ?」
えっ?
今のお姉さんのアクションを見て言う?
お姉さんも屍のまま目を見開いているぞ。起きて。
いや、うん。わかる、ゲーム性能的な話ね。
ならば答えようじゃないか。
「もちろんとびきりのがあるにゃんよ~!」
(また中途半端な位置で週末が来てしまった…)
『ラララアクション』は村人街人など多くのNPCが持ち、教えてくれるアクション。
使うとバックコーラスが「ラララ~」と鳴るが、自分で「ラララ~」て言わない限りプレイヤーが自動で歌ったりはしない。左右に揺れるだけ。
歌うとラララアクション終了時に『ラー↑』という高めのバックコーラスが入り盛り上げてくれる。
この後に聴衆が『喝采アクション』をいれるのがお約束である。
なおダイイングメッセージアクションは3章14話。
評価、ブクマ、イイネ、感想、誤字報告ありがとうございます。
次回更新は6/23(月)です。
今週もお疲れさまでした。
今日の一冊で紹介された作品は『下野紘・巽悠衣子の小説家になろうラジオ』(通称なろラジ)でも紹介されるらしい…という噂は聞いていたのですが、それがいつの回になるのかというのがまったくわかってなくて(すみません)。
前回だったようで、アーカイブがYouTubeにUPされていました。第298回、23分頃から。
自作がラジオで紹介されるというのも不思議な体験ですね。これも読んで楽しんでくださった皆さんのおかげです。動画のコメントで言及してくださった方も、ありがとうございます。