34.白昼の追放劇
さて、書庫を出てテイマーギルドの外へ。眩しい~。
魔法師ギルドにしても農業ギルドにしても別棟だから外に出ないといけないのがめんどくさいね。
両方ともさっき行ったところだというのもまた、ちょっと億劫だ。仕方ないんだけども。
でもまあ、忘れないうちに行っておかないと。
「――まっ、待ってくれよ!」
魔法師ギルドへ入ろうとすると、後ろから突然、大声がした。
思わず振り向くと、ちょっと先の道で座り込む小さな猫の獣人と、それに対する6人の人族――違う種族も含むけど、まあだいたい人族。
猫が呼び止められたのかと思って驚いたけど違ったらしい。しかし周囲も同じく呼び止められたのかと思ったようで、プレイヤー、NPC問わず立ち止まって件の集団に注目している。
あ。座り込んでるの、よく見たら猫の獣人じゃなくて風猫族だ。同胞にゃーん。珍しい。
「何度も言わせるなよ、もう話は終わりだって言っただろ?」
「そんな、いきなり追放とか言われても俺、困るよ!」
お? なんだなんだ。
こんな白昼堂々、なにが始まるんだ?
見たところ、風猫族含む7人はすべてプレイヤーだ。
マレビトは都市に入るときに受ける面談(?)の中でめちゃくちゃ長い都市注意事項を流し込まれる。その中で『喧嘩しない』『喧嘩と誤解されるような言い合いをしない』『とにかく大声で会話しない』『そもそも街の中で大声を出さない』という、衛兵の苦労が忍ばれるような注意事項があった。
つまり、通常ならこういうのはさくっと通報、衛兵さんが飛んできて注意の流れになるのだが――、うん、はい。流れがすごく気になります。
追放? 追放しちゃうの? こんなとこで?
プレイヤー間でささっと視線を交わしてうなずくと、それぞれ後方腕組で見守る姿勢になった。
どうぞどうぞ、続けてくれたまえ。
いや、だってあまりにもベタじゃん。こんなのどう考えても仕込みでは??
通報件数が多ければ多いほど衛兵さんは迅速にやって来るので、衆人環視の中でこんなんやるのはあまりにもデメリットがでかい。
だからほら、自由都市には演劇場があって劇団も結構いるって以前聞いたし、案外それの宣伝だったりするのでは?
『風猫族だからって追放されたけどテイムしたモンスターが最強でした~今更すがってきたってもう遅い!~』みたいな公演があるのかもしれない。……そんな都合のいい魔物がいるわけないが、それはそれ、作中劇には夢がなくちゃね!
とはいえ、追放とかいじめのような話が事実ならそれはそれでよろしくない。明確なハラスメント行為に対しては通報がお約束であるからして。
流れ次第では普通に衛兵にも運営にも通報するので、ちょっと楽しみたい野次馬根性を許してほしい。
「だからさ、俺らのPTでやっていくなら、ちゃんと成果出せって、1週間期限をやったじゃないか? お前、結局何も出来てねえじゃん」
「攻撃力は弱いし、魔法もカス、MP貧弱。何なら出来るんだよ?」
うわあ…。
めちゃくちゃテンプレだけど、これはこれで他人事じゃなく胸が痛いな…?
風猫族を見下ろして次々と言う、人族青年二人。装備が革鎧なので、街着を別枠で用意するほどじゃない中級者、だろうか。街着としての冒険者コスというジャンルもあるらしいので、実際のところはわからない。
ちなみに服装で引っかける街クエも変わってくるらしいので、冒険者コスも実用性はある。生産系のクエストを街中で引きたい場合は、エプロンとか作業着でうろつくといいって掲示板で見た。
プレゼントボックスから出る『自由なる~』装備とか『学園都市装備』なんかの、職専用装備が出るやつは、そういう職クエを引くためのキーにもなってるって噂。
「それは、従魔を呼び出させてもらえないからじゃないか!」
対する風猫族が両手をあげて反論する。
黒白ハチワレ型風猫族、一人称からするとおそらく男性? しかし声は高い。
プレイヤーの声はどうとでもなるけど、風猫族はデフォルトで男女問わず高めの声になっている。小型種族は、地人族を除きその傾向。もちろん低い声に変更することも出来るけどね。ちなみにエドさんも、喋ることは渋いが声は子ども声である。
「PT枠消費する従魔は、PTじゃ呼ばないのがマナーだろ?」
「そんな、後で人が増えたからって……」
「なによ、わたしが悪いって言うの!?」
青年二人の背後から出てくる少女、服装から察するにヒーラー。
あー、なるほど、そういう感じ。
テイマーメインはソロ専門か、テイマー同士じゃないとPT組めないって、よく聞く。テイマー同士でも、出す従魔の数で経験値配分変わるからいろいろ大変らしいし。
ミニダンジョンでもペチカちゃんはその辺言及してペペちゃんを下げようとしてくれたんだけど、猫がペングーの挙動を見たいから、出しておいてもらってたんだよね。その頃にはルイのLVも上限来てたし、特に焦って経験値欲しいこともなかったし。
「何もしないくせに消耗品代だの、ポーション代だのってすぐ言い出すしさ」
「PTで使う消耗品はPT費用から出す約束だっただろ!?」
「はぁー? だから、PTならちゃんと仕事してもらわないとさ。DPS低いし、肉壁にもなれない、何も出来てないわけじゃん! アイテムでの回復以外に出来ることあるわけ?」
アアーッ!
これは猫にもクリーンヒットだ!?
思わず頭を抱えてしまうと、周囲のプレイヤーからもチラチラと猫を気遣う気配を感じる。
にゃん…!
ハチワレ猫さんにもクリーンヒットだったのか、膝立ちになっていた猫さんはぺしゃんとアヒル座りになってしまった。風猫族、なにも考えずに地べたに座るとアヒルになりがち。
こっ、これはよくないぞ。
猫はスッスッと手を動かしてポヨンとウィンドウを出した。他のと違い、フチが赤い。
そう、通報画面だ!
いくら劇団の宣伝だとしても、特定種族を貶める内容を往来で喚くのは感心しませんなあ!
周囲もうんうんとうなずいて腕組みから何か操作している。あ、メッセージ付き通報か。猫もそっちにすればよかったな。緊急通報(項目:ハラスメント)にしちゃった。種族ハラスメントを受けています。
まあいいか、事件はいま現場で起きてるのだ。
青年たちの言い分としては、1週間時間をやったにも関わらずPTに貢献しなかった役立たずはPT追放! とのこと。
直接の原因としては、後ろにいる魔子族の少女を新たに加入させたい、彼女の方が何倍も役に立つから、とかなんとか?
PTは6人制限だから、誰か一人抜けなくちゃいけない、一番役立たずだから抜けろって言ったのに、抜けないなら追放って話らしい。
んええ…?
猫にはもう銀河しか見えない。宇宙、果てしないな…。
PT人数越えるならアライアンス組めばいいじゃない。そうしたらテイマーだって活躍出来るのでは?
それとも猫が知らないだけで、アライアンスにはなにかデメリットがあるのか?? 実際組んでみた印象、 人数が多いとワチャワチャするという以外にはなかったと思うけど。
フーテンさんたちPTとアライアンス組んでもらったときには、普通にPT感覚で組めたしなあ。
あ、経験値の割り方か。うーん、たしかにPTと同じように厳密に割るのは難しいのか。
猫が宇宙を背負ってる内に、サーッと駆けつけてきた衛兵が、ササーッと追放する側をひとまとめに捕らえていった。迅速~!
通報件数、さぞ多かったことでしょうね…。
自由都市のギルド前とか、衛兵さんが厳しい上に人の多いところで種族・ジョブハラスメントして追放劇なんかするから…。
そもそもテイマーは別に不人気ジョブじゃないしね。
このゲーム、スキル制だからソロのときはテイマーしてPTでは別のジョブ(スキル)とか普通に出来るもの。テイマー人口はむしろ多そう。
取り残された風猫族のハチワレ猫さんはぽかーんとしていたが、運営からもなにか届いたようで、はっとした様子で虚空を見上げている。
たぶんさっきの追放劇のログを確認したいので提供してほしいとか、そういうメッセージがきているのだろう。
前後の流れを知らないただの悪ふざけを、周囲が勘違いして通報してしまうパターンもある。だから運営から、確認のためにログ提供がお願いされることがあるそう。
ちなみに猫は通報時に前後のデータ提供を承諾済だ。便利機能。
もちろん悪ふざけだった場合でも、往来で大声で紛らわしいことをしたってことで衛兵さんからは注意を受ける。ちなみに今回のように、流れ矢が別の人に刺さってる場合は、悪ふざけでも無罪放免とはいかないそう。
「大声で話さない」「都市の往来でそういう悪ふざけはしない」て諸注意は最初に衛兵さんから出てるので、そこは仕方ない。
これは自由都市のルールで、他の街だともっとゆるいらしいけどね。
住み分けってやつだ。往来で大声出して騒いだり、喧嘩したりしたいなら冒険者の街フロントの方が住みやすい。あそこは街中でPVPしても怒られないらしいから。
自由都市はそうじゃないって話。
なんだか悩んでいる様子なので、そっと近づく。同じ風猫族の誼だ。
「種族ハラスメントで緊急通報したにゃんよ~」
「通報……、君が?」
「筋力がなくて攻撃力が弱い、魔力とMPが低い、防御とHPも低い、ぜーんぶ風猫族の種族特徴にゃん? 風猫族ならみんなそうにゃん。こんな往来でいきなり猫のこと罵られたから、通報したにゃん! ついでに周りの人も猫かわいそうって通報してくれたにゃん~。猫のためにも協力してくれるとありがたいにゃん?」
猫のため、をぐっと強調すると、彼は慌てたように手を動かした。たぶんログ提供を承諾してくれたことだろう。よきかな~。
友だちだったとしても、往来でああいうことするのはよろしくない。個室だったら見逃された、というかわからなかったんだろうけどさ。
いや、ほんとなんで往来でやったんだ…? 謎すぎるな。
「ええと、あの、ごめんなさい」
「にゃん~? 同胞が謝る要素は何もないにゃん。むしろ様子見してたから通報するのが遅くなってごめんにゃん」
「様子見…、えっ、見てたってこと!?」
ハッとしたように周囲を見渡すハチワレ猫さんは、ようやく後方で腕組してる野次馬たちが目に入ったようだ。すごく驚いていた。
「そりゃこんな往来で大声出したらみんな見るにゃん」
「あっ、そ、そうか、PT会話じゃなかったからか…!」
PT抜けたら、当然使えないもんねえ。アライアンスでもないし。
てことはわりと日常的にああいう感じだったのか、PT会話で。うわあ…。
「最初は劇団の宣伝かと思ったにゃんよ~」
「劇団!?」
「知らないにゃん? まあ猫もあんまり詳しくはないんだけど、自由都市には演劇場があって、劇団もたくさんいて、結構人気って聞いたにゃんよ~。だから、新しい劇の宣伝なのかと思ったにゃ」
「劇……はは、たし、かに…」
言われていたことを思い返して客観的に考えたのか、ハチワレ猫さんはがっくりと肩を落とした。
ぺしゃんとアヒルになった太股の上に、ポツポツと水滴が落ちる。
ありゃ、泣いてしまった…。
このゲーム、笑顔が出来るのだから当然、涙も出る。むしろリアルよりその辺の機微が出やすい設定になっている。感情の波や高ぶりに合わせて表情が勝手に動くのも良し悪しよな。
ちなみに感情表現としての表情変化は、感度も選べる。感度ほぼ0にすれば、鉄面皮の無表情キャラになることも可能だ。
しかしNPCも表情を見るので、多少オーバーなくらい出てる方がいいって話もきく。元々の設定がこっちの世界基準なんだろうから、変に弄らん方がいいのでは、みたいな。
猫も弄ってない派。だってどのくらい直していいかわからんのだもん。
しかし、これでは猫が泣かせたみたいになってしまったな。このまま放置していくのも気が咎める。
「にゃあ…。ここじゃ人通りの邪魔になるから、ちょっと何処かで休んでいくにゃん」
「あっ、あの、あのあの、あのあのあの!!」
シュパッと野次馬から手が上がる。
「ねっ、猫さんたち、良ければ、うちの喫茶店に来ませんか!」
手を挙げてくれたのは、なんとNPCのお姉さんだ。
おお、こんなことってあるんだね。この辺に喫茶店があるとは知らなかった。ラッキー、棚ぼただ!
「ありがとうにゃん、お邪魔するにゃん~!」
「わ、わあ! ありがとうございます! こっちです!」
ぽわっと顔を赤くしたNPCお姉さんがGPSを投げつつ、猫たちを案内してくれる。
ええええ、まさかのクエスト表示だ…。
何のクエストなのこれ!?
ハチワレ猫さんは頭上にハテナが山ほど浮かんでそうな顔をしていたが、猫が促すと立ち上がってくれた。
よしよし、行くぞ、きっと君が主役だ!
風猫族は特になにもしなくてもクエストを引っかける種族。
猫、おぼえた!
ついにNPCに続き、プレイヤーの風猫族が登場。
猫、もらい事故するの巻。
自由都市は商人の街なので、衛兵さんがいろいろ厳しめ。
ライフ系ゆるふわ民と、殺伐系戦闘民族は森とたたら場で暮らそう。共に生きよう。
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