23.無道の蜘蛛
ナナちゃんちは、いわゆる村長さんちポジションにある大きな家だ。
代々精霊使いの大家であるらしく、ルイネアのシャイアネイラさんも、ナナちゃんの先祖を頼って身を寄せにきたとかなんとか。だから隠者が指すのはナナちゃんの先祖なのか、それともシャイアネイラさんなのかは今となっては不明なんだって。
幼少期から人形のシャイアネイラさんと共に育つので、人形に興味を持ち、人形遣いも嗜むようになるのがナナちゃんの一族だったらしい。
ちなみに精霊使いのチュートリアルは、ナナちゃんがマンツーマンでしてくれた。だいたいは大岩へ向かうまでに話してくれた内容で、それに追加で細かい部分の補足。
たとえば『固定』は同化率70%を越えてから行わないと精霊の力が出しきれないとか、月の石には『ムーンキャッチ』以外に『ムーンストーン』があるとか。
ブローチの名前が変化したのは月を一巡りしたからで、その名前は、月の組み合わせと季節に由来するとか。
猫の場合、季節は春、赤月夜をまだ見ていないので、春の季から赤月夜がない季節がピックアップされた……のだと思われる。つまり蛇目の季の赤月は、本当は五番目の月、今は鏡月なんだろう。
気の長い話だが、季節毎にずらして月を見ていけばその季節の鏡月夜がいつか割り出せる。とてもめんどくさそう。
他にも精霊は生まれた月夜によって個性があって、その個性の違いによって入りやすい住処に違いが出るとか。
精霊使いの肝は『固定』にあるらしい、とか。やっぱりロマン装備であってた。
前からちょっとそうっぽいな~とは思っていたけど、やはり精霊はアイテムと組み合わせて強化する、準生産的なスキルだったねえ。
なお精霊の同化率は、時間と絆値、それから住み処の相性によって上昇するようだ。そしてどれだけの時間をかけても、相性の悪い住み処だと60%から上がらなかったりもする。
『結び』や『繋ぎ』とつくタイプの神さまはご縁系の加護なので、積極的にお参りするといいらしい。効果は微々たるものだけど、塵も積もればなんとやら。
しかし精霊を住ませたい石が決まってるなら、無理に石と相性の悪い精霊を宛がうより、石と相性の良い精霊を新しく探す方が結果的に早かったりもする。そこはケースバイケースだってさ。
ちなみに、固定したときに精霊の効果がスキルのものは、精霊に対してアイテムが適切かつ同化率が高いもの、だそうだ。
固定する精霊に対してアイテムが不足していたり、同化率が低かったりするとスキルではなくアーツになるし、アーツの使用によって耐久値が減ってしまう。場合によっては、石の耐久値全損による破壊で精霊ごと失われてしまうこともあるらしい。
同化率7割、気をつけよう。
あとは、そうそう、漬け物石の精霊。
ああいう装備品ではなく、生産道具アイテムの精霊は、また別の挙動なんだって。
生産道具そのものというより、生産道具に装備させるというイメージだ。つまり、生産道具に特殊スキルを使えるようにさせる。それにより樽に漬け物石をオンすると味噌醤油が出来るようになるわけだ。だから漬け物石さえあればどんな樽でも味噌醤油が作れるようになる。もちろん品質の違いはあるけど。
『固定』しなくても使えるけど、『固定』するとよりよい品質のものが作れるし、『固定』『融合』『昇華』を駆使していけば、ひとつの石で万能に調味料を作れる石になったりするらしい。とはいえ調味料は作成に時間がかかるらしいので、これが最適解ってわけじゃないだろうけど。
ナナちゃんからは精霊使いチュートリアルの修了証として『ムーンストーン』の通常品質と『石包みの紐チャーム』をもらった。これで精霊を捕まえてアクセサリーにして身につけなさい、てことだろう。
『ムーンストーン』は『ムーンキャッチ』よりもずっと小さい半透明の乳白色の石で、現実の月長石とも似ている。傾けると現れるシラー(きらめき)が青ではなく金系なのが、月長石との違いだろうか。
『石包みの紐チャーム』はペチカちゃんからもらった『組み紐の石包みペンダント』と構造的には同じだが、素材と長さが違う。こちらはしっかり縒った麻糸っぽい素材で、短め。ペチカちゃんのは色糸も使った組み紐で長めに作られているので、雰囲気がかなり異なっている。
こういうアイテムも作り手によって結構、個性が出るものなんだね。
そして気になる『精霊使い』の就職は、この場で『精霊使い』のジョブをもらうことが出来た。見習いじゃないのは、すでに精霊を2体以上持っているから。1体だと見習いらしい。3体なのに駆け出しにはなれなかった、残念。数だけじゃなさそう。
『精霊使い』にギルドはないので、各地にいる精霊使いから課題や情報をもらってランクアップしていく。いわゆるフリージョブってやつ。
ギルドで依頼を達成してランクアップ出来るものはギルドジョブ、自分でクエストや師匠を探してランクアップするのがフリージョブ。戦闘職の派生、剣士とか短剣士、盾士みたいなのはフリージョブがほとんどらしい。
猫も『狩人』から『投擲士』を派生させたければ投擲の師匠を探さないといけないわけだ。
生産にも一部そういうのはあるらしくて、たとえば裁縫から紡績師が派生するのは、ギルド経由ではなく師匠経由だったりするそう。
ちなみにギルドジョブ・フリージョブという呼び分けはプレイヤー間の通称で、ゲーム内で特に区別されてるわけではない。
精霊使い、完全ノーヒントで他の師匠探してね~て話ではなく、精霊使いは妖精族に多いジョブなので、妖精族の街には互助会があったりもすると聞いた。ただ精霊使いにしか開かれない門だから、『ムーンストーン』のアクセサリーに精霊を入れて装備しておくといいんだって。
ちなみに人形遣いのチュートリアルはここでは受けられなかったそうだ。ナナちゃんから学園都市行きのクエストを出されるって、硝子連合のナマナマさんが言ってた。ナマナマさんはシャラさんみたいな人形が欲しいんだって。なかなか通好みですな。
……はい、閑話休題。
なぜナナちゃんの家の話になったかといえば、ジョンさんはナナちゃんちに住んでるからだ。もちろん別棟だけども。
ジョンさんの部屋は普通にフツーの民家の部屋だったのでなんか意外だった。シンプルでテーブルと椅子とタペストリーしかない。いや、棚ひとつないのが逆に違和感あるな…? ミニマリストなの?
最近復刻されてる平成ゲームだったら、タペストリーに『調べる』てやるとなんか出てきちゃいそう。
フーテンさんは早速ジョンさんから『イザヨイの書(巻ノ一)』を借りれたようだ。やはり読めないし、インベントリに入れてソートすると教本の位置にくるから教本で合ってるっぽい、とのこと。
借り物だからかレンタル期限があるらしい。3時間だって。なので猫のイベントは見ずにマイルームへ帰っていった。フーテンさんは教本読書には水晶玉が不可欠なモグリだ、仕方あるまい。
仕方ないので猫は一人でジョンさんと向き合う。ちなみにようやくアイコンが友好の緑になりました。黄緑ですけど。なんなのこの微妙な色は。
「そなたに我が一族、無道ノ蜘蛛の術を伝授する」
「にゃん??」
なんかわからんこと言い出したぞ。
邪道系ってまずどのスキルに該当するか、それからその中でも毒系統とか、急所攻撃とか、そういうふうに教えてくれるって聞いたんだけども。
「無道ノ蜘蛛の術にゃ?」
「左様。道なき無を渡るべく、機を読み、糸を張り、紛れ潜む術よ」
ふむ…、たぶん『隠れる』の派生かな? 罠系っぽい感じもあるから『狩人』も影響してそう。
待ち伏せ罠のアーツ?
「まずはその基礎となる『糸』だ」
ジョンさんが手に何かを握ってこちらへ差し出すので、おそるおそる手を出す。ちょーだいの手。ちなみに猫の肉球はピンク。
ぽとんと手の中に落とされたのは、カセ糸だ。刺繍糸ほどの小さめのカセ糸だが、なんだかキラキラしている。
…あれ、アイテム詳細が出ない?
首を傾げているうちに、ふっと手の中から糸が消えた。
「にゃ」
「これを作り出すことが無道ノ蜘蛛の基礎となる。先にも言った、気を練り高めるための術でもある」
糸を作り出す…、てことはつまり?
「魔力の糸にゃん?」
「左様」
「糸を作る魔法にゃ?」
粉とか石の亜種か?
「魔法ではない。ジヤドウトンジュツだ」
んん? そこで邪道出てくるの?
ログを確認すると『十八道遁術』であるらしい。
な…なるほど??? 無理やり邪道を絡めてきたな?
「十八道遁術が一、無の歩、錬糸の術よ」
ほおん……。
なんかよくわからんけど新しいジョブの系統っぽい気がする。そこはかとなくアジア系の香り。
……いや、わかってる。わかってるけど猫は全力で知らないふりをするぞ!
ジョンさんに教えられるままに『トランスファー』を出したり、『渦』や『接』を使ったりと魔力をあれこれしているうちに、無事に猫の手から糸が出た。
おお、なんか本当に蜘蛛みたい。今なら蜘蛛男ごっこが出来ちゃう。
……いや、思ったんだけど、これ『マジックロープ』じゃない? 『マジックロープ』は教本買っただけでまだ覚えてないからわからんけど、魔力の綱と糸って同系統なのでは???
ま、まあいいか!
「ふむ、さすが某の見込んだ猫。筋が良いな。まさか四半刻もせぬうちに覚えられるとは」
「にゃふふん」
定型句だろうけど褒められるのは気分がよいもの。猫、無属性魔法はなかなか鍛えられてると思うのよ。スキルは持ってないけど。
覚えたようなので確認してみると、特に新しいスキルが出ているとかではなく、普通に無属性魔法欄に『錬糸』があった。
……やっぱり魔法じゃん……。
遁術は!?
「にゃん~? 遁術が覚えられるわけじゃないにゃんね?」
「さもあらん、ひとつの術で身につくほど安い技術ではないぞ」
はい、総合ラーニングスキル理解。おめでとうSPの気配がします。しゅき。
「他のは教えてくれないにゃん?」
「某は無道を得意としておる。他の道も教えられぬではないが、得意なものから教わる方が習得も早かろう」
先生は自分で探しなさいね、か。
というか、教本じゃなくても魔法、覚えられるんだなあ。師匠的存在を見つけると、指導で魔法を授かったり出来るってことか。
でも、あんまり魔法師のNPCって見ないよね。魔力あるNPCが希少って話も関係してくるのかもだが。強いていえば魔法師ギルドの受付さんくらい? あのお人、絶対猛者だからな…。
「技術とは万の川である。やがてそのすべてが海に集まるように、水脈を探し、己が海を成すがよい。5つの歩を修めたなら、走の段を授けよう」
水なのに歩いたり走ったりでややこしいにゃん…。いや、もしかして、泳いだり飛んだりするやつもある感じです?
万川集海なんて知らん知らん、気のせい気のせい。
「道を極め、立派なシノビになるのだぞ」
「アイエエエエ!?」
全力で見ないふりをしてたのに!!!
猫、ついにシノビの道へ!?
実は精霊使いのチュートリアルだけで1話分書いたものの、すでに説明した部分の繰り返し部分も多く、テンポが悪いかなと没に。
ナナちゃん先生回…。
評価、ブクマ、イイネ、感想、誤字報告ありがとうございます。