15.鏡月夜に訪うもの
「対象確認……『R+No.005-α』!」
「型番かよ!?」
盾を蹴ってザラリと音を立てながら地面に降り立ったのは、おそらく探していた『闇人形』なんだろう。
金属のドレスは小札があちこち取れてぼろぼろ。それでも鋭さは失われず、人形が身動ぎするたびにザラリと耳障りな音を立てる。
ふらついているのは足が歪んでいるからだろう。引きずった跡って、もしかしてこれだったのだろうか。歩くことが難しいからか、移動はバネのように飛び跳ね、鎧を引きずっている。
顔は件のペストマスクではなく、半分崩れてはいるが人間の容貌。とはいえ、左側は目が剥き出しのロボットのような造形をしている。
右側が可憐な少女の面差しを残しているだけに、ちょっと目を背けたくなる悲惨さがある。しかもこれが、シャイアネイラさんそっくりという。
人形は髪が黒いので本来ならかなり違って見えるんだろうけど、残念ながらほとんど抜け落ちてしまっていて、疎ら。
腕についてもあちこちおかしく、全体的にかなり部品がなくなっている。
オークション出品時の写真ではここまでひどくなかったはずなんだけど、これはいったい?
猫がマジマジと観察していると、闇人形は身悶えするようにふるえ、甲高い叫び声を上げた。
うぇっ、硬直!
直ぐにどこからか回復が飛んできて癒してもらえたけど、叫びは聞いちゃいけないやつか。
「ありがとうにゃん~!」
誰かわからんがお礼だけは言っておこ。続けてぽわぽわバフが飛んできた。おお、精神抵抗上がるやつやら魔法防御上がるやつやら。ありがたやありがたや~。
猫がいま出来るのは光源確保するくらいだろうから、とりあえずちょっと下がりつつ『灯』をいくつか上げておく。
「シャイアネイラ、闇人形は破壊しても構わないかい?」
ポユズさんが尋ねると、シャイアネイラさんは真っ暗な目を彼女へ向ける。
「…動きを止めて。あの子を、ころさないで」
「闇人形の死とはどの状態だ?」
エドさんが横から聞く。たしかにそこは気になる。一度は倒してオークション出品された状態から生き返ってるわけだし。
「あの、人形の死とは、精霊石の破壊です。今の人形の状態では劣化が激しく、融合が無効化しかけています。であれば、核となる精霊石だけを残すことが可能なはずです。精霊石さえ無事であれば、他の破損は問いません」
答えたのはシャイアネイラさんの車椅子を押している女性だ。
「ナナちゃん!」と歓声が上がってたので、彼女がナナちゃんなんだろう。黒髪姫カットポニテ、華奢で黒装束……さては、シノビだな?
ていうかNPCのPTみんな黒装束黒頭巾なんだよ。ジョンさんだけが変なわけじゃなくて、ここはシノビの里かなにかだったの??
「精霊石はどのあたりにある? 頭か、腹か?」
「頭です」
てことは頭だけ確保か~。絵面が悪そう。
「首から下は破壊OK! 頭だけ守れとよ!」
エドさんが言うと、皆思い思いに答える。フーテンさんは微妙な顔をしてた。
大魔法師は部位狙いとか無理だもんな…。
基本はタンクのヤマビコさんがガッチリと足止めしつつ、周囲がポコポコと撃ったり魔法を放ったり。
デバフも掛けていたようだが、人形相手には掛かりづらかったようで、バフに切り替わっている。
7割方生産の硝子連合はほぼ魔法師で構成されており、戦闘のメインはフーテンさんたちPTだ。
NPCたちのPTも魔法支援のみで、前へは出ていない。闇人形、小さいから複数接敵難しいのだろう。
囲めればいいけどさすがにそれは警戒されているようで、闇人形は泉を背にしか動かない。
しかし闇人形自体がすでにかなり負傷済みということもあって、そう掛からず闇人形の腕が砕かれた。ヤマビコさんのシールドバッシュ、からの切り返しで、闇人形の首がスパンと飛ぶ。
おや、思ったより呆気なかったな。
クエストしっかりやったからかね? などと呑気に考えていたら、泉がぼうっと金色に輝いた。
森の泉の暗い水面に、金色の月が映る。それはまるで穴が開くように揺らめき、泉を覆い尽くすように広がっていく。
しかしそれは一瞬で、金色の光はあっという間にかき消えた。
月が現れて消えた、てこと??
振り返るように頭上を仰げば、ちょうど蝕が起きるかのように金の月はみるみる欠けていくところだった。
いや、今日は黒月夜だから、本来の月に戻っただけなのかも。
今の一瞬だけが鏡月夜?? それとも何度かこうなる?
「へいラン、パス! シャイアネイラまで!」
「にゃん!?」
人形の生首をそんなカジュアルに投げられても困るんですけど!!?
ひとまずキャッチ。
そして前方で上がる悲鳴。
「ひええええええ!!?」
「うげ……きもちわる」
「なにこれぇ…」
皆が気持ち悪がっているのは人形の生首ではなく、泉からザワザワ出てきた、巨大な何かだ。
ヘドロの塊のようで、全容はうかがい知れない。こびりついた真っ黒な何かをボトッ、ボトッとこぼしながら水から上がってくるのだが、その落ちた黒いのが地面につくやいなや、かさかさと虫のように這って広がる。
おお、泥に見えるのは虫の塊ってことか。猫は別に虫は苦手じゃないけど、この量はさすがにぞわっとするやつ。
「オオサンショウウオー!?」
「天然記念物守れないゲームいくない!」
「対象確認……『墜ちし荒ぶる魂』!」
「「「しずまりたまえー!!?」」」
ノリがいいな!
『堕ち神ってことは第三の祠関連か~~』
『調べ損ねたにゃんね~』
『『今はいる、今はない』だっけ? 神はまだいるけど祠がないってことだったのかもしれないわねえ』
『なるほどなあ。祠を立て直すイベントとかなかったんか? 『木工』?』
『あったとしたら『大工』だろうな。『木工』には板材納品くらいしか出てなかったし、納品してもお代わりくるだけだった』
『派生ジョブが必要ってことは、この墜ち神戦は規定路線っぽいね』
なお例によってBOSS登場ムービー(?)なので見守りの姿勢である。
泉から這い出た姿は、小山のように巨大なオオサンショウウオ。
真っ黒だからか、目はないように見える。頭の横に角のような歪な突起がついていて、ちょっとウーパールーパーっぽい。いや、あれも山椒魚か。
ブラックウーパールーパーなのかもしれん。
泉から完全に這い出してきた巨大山椒魚が身震いして泥の雨を降らすと、ようやく動けるようになった。
うええ、開幕撒き散らされた泥のせいで、あちこちの地面がウゴウゴしている。
「ランちゃん、行って!」
「任せるにゃん~!」
リーさんがルイと猫に素早さ向上、魔法抵抗値上昇のバフをかけてくれる。
そして猫は人形の生首を抱えて、シャイアネイラさんの元まで一直線。インベントリに入らない持ち物は、騎乗者が運ぶのがもっとも安定する。ルイに乗った猫が適任ってわけだ。
「シャイアネイラさん、これでいいにゃん?」
ぼんやり虚ろな車椅子の美少女に、片面だけ美少女の面差しの人形の首を差し出す。
シャイアネイラさんはふるえる真っ白な手を差しのべて、猫から人形を受け取った。そしてぎゅっと胸へ抱き締める。
「ああ、かあさま、ようやく…」
感慨深げにため息を吐き、剥き出しの瞳に口づける。そして突然に、シャイアネイラさんはくたりと力を失った。
えっ、と慌てて手を伸ばそうとすると、さっとその間に割り込む影。
ジョンさんだ。
「シャイアネイラ殿は気分の優れぬ様子。今は遠慮していただこう」
んん??
なんか今、違和感があったんだけども。
考えようと足元に視線を落とした途端、ぎょっとした。泥虫の群れがこっちまできてる!?
当然、といおうか、アライアンスは阿鼻叫喚だ。きぃ! 今はこっちが先だ。後でしっかり問い詰めてやるぞ、ジョンさんめ!!
とりあえずは駄目元で拡大した『灯』を地面にぶつけてみる。推定クロッコこと泉闇虫は怯んだりひっくり返ったりはするが、残念ながら消えない。
虫がジタバタしている様子を見て、思いついて『クリーン』をかけるとジュワッと溶けた。が、範囲がめっちゃ狭い。拡大しても半径1mいくかどうか。
くぅ、『プランツ・サンクチュアリ』が欲しいぜ。
『クリーン』効くなら、錬成陣でも『灯』じゃなくて『クリーン』を込めておけばよかった。実際に見るまで、虫系に浄化が効くのすっかり忘れてたや。
ルイに集る虫だけは『クリーン』で駆除しつつ、山火事起きそうな辺りのヘルプに加わる。
「なぎ払ええええ―――!!」
「はいなぎ払わない!」
「落ち着け! キモいだけで被害はそこまでない!」
「キモいだけで精神的被害がMAXやべーーーんじゃい!!」
「それはそう」
「だからといって山火事は許されない!」
「でも増えすぎるのもどうかと思うんだよねー!」
「山火事・オア・虫風呂だあ!」
「山火事一択じゃね!?」
「ダメに決まっておろうがあ!!」
闇虫によるプレイヤーデバフの威力がやばい。
いやいや、山火事にさせないために火魔法を止め続けたせいで、虫が増えて泥だまりになり、更なる混乱を引き起こしている…!
『クリーン』効くなら『浄水』でいいのではとバシャバシャかけて回りつつ救出に向かう。さすがに『クリーン』よりは鈍い効き目ですぐに溶け消えはしないが、殺虫剤程度には効き目がある。
つまり効き目的には『灯』と同程度なのだが、この場で殺虫剤は大変喜ばれた。
「ありがてえありがてえ…」
「水を売ってくだされ…」
「樽返してくれれば今はそれでいいにゃんよ~」
この泉闇虫、ウゾウゾして気持ち悪いのももちろんなんだけど、何気に吸い付かれる?というか、近くにいる虫を倒さないで放置してると5とか10程度のチマチマしたダメージが継続で入ってくるようだ。
今のところこんなもんだけど、放置してたら虫の量でダメージも増えていきそうな予感。
少ないとはいえ、5秒毎に入るとなると猫には地味にきつい。ルイやレトにも入っちゃうし。硝子連合も半生産だから、HPの上がる生命にはあまり振ってない模様。
ついでにひっくり返って動かなくなっていても「近くにいる」と判断されてしまうようで、消滅まで持っていかないとダメっぽい。
幸い、浄水を撒いて動かなくなった虫であればタレイアさんたち虫嫌いな人々も火力を間違えず適切に対処できそうだ。
浄水を撒き終えた人とは空の樽と浄水入りの樽を交換。
「適宜対策しないと厳しいですわね。どうやら無限湧きのようですし」
「にゃん~…」
一回消したらそれで終わりではなく、闇墜ち大山椒魚がぶるっと身震いする度に泥が飛んできて、その泥から闇虫が出てくる仕様。なかなか厄介。
ついでに身震いの仕方によっては泥の雨が一定範囲にドバドバ降り注ぐ。こちらはもちろん広範囲攻撃、更にデバフも入るっぽい。うへえ。
おかげで猫は泉まで近づけないし、硝子連合も交代交代でしか攻撃可能範囲に入れなくなっている。
というのも、硝子連合、ヒーラーがいないのだ。
火属性の回復魔法、水属性の回復魔法という各『属性魔法』の中にある「回復効果を出す魔法」は使えても、回復属性の魔法は持ってない。そりゃ半生産で『回復属性魔法』なんてまず取らない選択肢だろう、わかる。
とはいえその分、ポーションの物量は豊富だし、セルフ回復は問題ない準備をみんなしてきている。でもセルフ回復で攻撃もするって、当然だけど大変なんだよなあ。
フーテンさんたちのところはヤマビコさんが盾兼ヒーラーで、サブヒーラーはリーさん。共に範囲回復や全体回復系のヒーラーではない。
NPCのPTはやはりシャイアネイラさんの護衛という名目が大きいようで、下がった位置で待機している。ときどきこちらにもバフをくれたり、闇虫の排除を手伝ってくれたりはするけど、どうもこのPTにもヒーラーはいないっぽい。
ううむ、圧倒的ヒーラー不足。
畑レイドがいかに贅沢だったか身に染みちゃうね。
泉から山道にかけてが扇状に広がる地形なので、おそらく泉から巨大山椒魚を山道まで誘き寄せ、みんなで叩くという形に持ち込むのが正解と思われる。泉から離れれば泥攻撃もなくなるのだろうし。
しかしさすがに、水棲生物を水から離すのは容易ではないようだ。
BOSS戦のあとにBOSS戦が始まるよくあるパターン。
一方その頃、ヒーラー農家たちは圧倒的火力不足にあえいでいた――。隣の芝生が今日も青い。
評価、ブクマ、イイネ、感想、誤字報告ありがとうございます。
今週もお疲れさまでした。
次回の更新は5/20(月)です。
(BOSS戦の途中で週末になってしまう不覚……)