14.かくて月は満ちる
なんかヒントないかな~、と転がったまま『真円の書』を開く。残念ながら栞はなし。さすがに毎回挟まってたら便利すぎるし、1日1回とかだろうか? よくわからん。
錬成陣で出来るアイテムの性能は、元になる素材の品質とレア度に依存する。とはいえ錬金術のいう『素材の品質』は、低ければ低いほどいい、という矛盾。
錬金術はあくまでも生産であり、魔法技術じゃないので、製作には道具と素材(と生産者のLV)が重要になる。
なんとなく低品質の方がMP多めに入る!と思い込んでたけど、逆で、最低品質の方が入る。…そういえばそうね?
『七宝魚の鱗』を圧縮して属性素材に出来たから、この低品質鱗は上位アイテムだろうて思い込んでたけど、そうでもなかったのかもしれない。レア度は上がってるけど、錬金術的には素材加工の余地が減ったようなものだもんね。
てことは『鍵魔法玉』とかも、もしかして別の最低品質素材で作った方が成功しやすかったのかもしれない。失敗、失敗。
思い込みって怖いね。
とはいえ、猫が他に持ってる初心者素材の最低品質より『七宝魚の鱗』の低品質の方が、あれこれ成功しやすいのも体感として事実だったりする。
違いはレア度と属性だ。
魔物のLVが違うから、それだけレアリティが違うんだよね。レア度高い方が、より多くの魔力を込められるんだと思う。
『七宝魚の鱗』、属性ついてるし、ほんと万能選手。でも残念ながら最低品質は脆すぎて錬成陣に使えない。実に惜しい…!
他に猫の持ってるレア度の高い最低品質といえばこれ。『魚竜の鱗』だ。
うーん、明らかに水属性。
いや、でもそうだ、逆に虫はもう火で払ってもらうことにして、消すための水っていうのもありなのでは?
……それなら猫は『ミスト』覚える方がよかったのでは!?
………。
…うん、はい。
いざというときは、浄水の樽いっぱいあるしな。フーテンさんも前に山盛り樽買ったって言ってたし、後で話して預からせてもらお。猫のがルイと鞄の分、戦闘用アクセしてる彼らより積載量多いはず。
せっかくだから『魚竜の鱗』も使いたいとあれこれ考えてみたけど、猫に使える水魔法じゃ全然持ち腐れだろうから、今はお蔵入り。
代わりにもう一度『光の粉(劣)』を作ってから、光属性の鱗に粉パラ拡大『灯』『パウダー』。よし、これは成功!
『閃光の粉』になった。
説明は『衝撃を与えるとまばゆく光る』。量は大さじ1ほど。これ、いいのでは? 目眩まし粉だ。いい感じの嫌がらせアイテム。でも粉のまま使うより、なんかに詰めて閃光弾みたいにしたい。やっぱり『ガラス瓶』?
それとも、そういうのを包むものがあるんだろうか。毒薬とかにはありそう。既に出来上がってるアイテムから素材を逆算するのはなかなかめんどくさい。今度掲示板ででも調べてみようっと。今日はいいや。
ちなみに『パウダー』拡大『灯』『パウダー』だと『魔法の粉(光)』で大さじ1だった。これが正解だな。
ついでにふと思いついて『パウダー』『灯』『ジュエル』で試したところ、『光魔法石』が出来た。玉じゃない!?
効果は玉と変わらないようだが、角ばってるので攻撃力が高そうな気がします。『ジュエル』なのにやっぱりブリッツだけど、まあいいや。
そして『閃光の粉』になる組み合わせで『ジュエル』を試したら『閃光石』になった。生産いらんかった。やったぜ。
その後もあれこれ実験してみたが、他によさそうなアイテムは生まれなかった。まあ光と水に絞って実験したし、猫に使える魔法なんて少ないから、そうそう新アイテムなんて生まれんわな。
使えそうなものを残りで量産することにして、『魔法の粉(光)』をだいたい5掴み分ほど、『光魔法石』を30個、『閃光石』を5個。
これで『七宝魚の鱗』の低品質は使いきり。買い取りで集めた最低品質も使いきりだ。『光の粉(劣)』も作るなどしてたらあっという間に溶けたぜ。
鱗の最低品質はまだあるけど、圧縮しようにも釜が羽根で塞がってるので、錬成陣は在庫切れ。
本日の錬金術を終わります!
また買い取りせねば~~。
後は一応、MP減らしつつ『ミスト』読んでおくかな。
そんなわけで、みんなで予定を合わせて迎える黒月夜当日。
今は夕暮れ。
あれから進展は特にない。
昼時間のあいだに、夜時間を休憩無しで過ごせるように仮眠を取る人や、現実の作業をすべて片付けてくる人なども多かったので、アライアンスもバタバタだったのだ。
猫も今日はちょっと遅めのログイン。
大人数で時間を合わせるって、なかなか大変だ。畑レイドの神父さんが暴れたのも、みんなの予定合わせを無駄にしてしまったという焦りからだったんだろうな~、などと改めて思ったり。
硝子連合とのアライアンスに加えて、ジョンさんたちNPC6人のPTもアライアンスに合体している。
猫はよく知らないが、皆は既知のNPCたちらしい。ちなみに風邪は完治した、と本人たちは主張している。
ポユズさんいわく、完治ではないけどほぼ治ってはいるのでまあいいか、とのこと。
なおシャイアネイラさんもこのPTに入っている。車椅子に乗ってるけどね。護衛はNPCたちがするので心配ご無用とのこと。
ほ、ほんとに? ヨボヨボのお爺ちゃんNPCもいるけど大丈夫? お爺ちゃん、実は凄腕の人だったりするんだろうか。杖をついてプルプル系なので気になる…。
NPC合流は事前に話があったとかではなく、シャイアネイラさんが例の大穴の泉に「あの子がいる」と言い始めたので、NPCはNPCで大穴の泉に集合する予定だったみたい。
そして何人かで探し物の神から「鏡月の夜の泉で待ちなさい」と神託を得た我々マレビト一同と泉で合流した次第。
そしてあちらのPTリーダーであるジョンさんから「頼むぞ」とか言われたら勝手にアライアンスに合流されてしまったのだ。
いいよなんて一言もいってないのに!!
…なおNPCと合同アライアンス、これはイコールBOSS戦確定なんだって。「そうじゃなきゃNPCが来ても強制参加するわけないからね~」とのこと。
なるほど、理不尽には訳がある…。
あれこれ探してみたけど、BOSS戦を避けられそうな要素はなかった。猫たちは持ってない技能から攻める線があったのかもしれない。
といっても、硝子連合には『裁縫』持ちもいたし、大体のスキルは揃ってたと思うんだけども。
いや、BOSS戦が悪いっていうわけじゃないんだけど、前回BOSS無しだったし、生産職にも異界の扉防衛っていうなら、無しルートもあるのかな~て気になっちゃって。
猫、戦闘ではお役に立てないので肩身が狭いぜ。
そうそう、ちゃんと陶芸の人、地人族男性のバンザイさんにも『魔陶片』も渡して、鑑定してもらったりもした。
バンザイさんも『陶芸』持ちなのと、装備が作務衣なので覚えやすい人だ。なおヤマビコさんと意気投合していた。
『魔陶片』と『魔真鍮』があったのにガラス関連アイテムがなかったことを知ったティアラさんはじめガラス工たちは、次々と倒れ屍になり「公式」とダイイングメッセージを書いた。
どこで手に入れるんだそのアクションは…。使いどころ限定的すぎない?
「これから怖い話をします…」
ナマナマさんが思い詰めた顔で言う。ココロさんも沈痛な面持ちだ。
周辺の硝子連合たちはきょとんとしている。どうしたどうした。
「実はいつの間にかインスタンスになってて助けを呼べない…!!」
「マ!? ……マ!!!」
「これだから村モノはぁ!!」
「陸の孤島やだー!!」
「我、生産職ぞ!?」
実は猫、知ってた。
というか、『調薬』で事態が動いた辺りですでにインスタンスだったよ、ほんの少しいた他のプレイヤー、消えてたもん。『調薬』がフラグだったというより、おそらく硝子連合と猫たちが合流したのが原因と思われる。
『ある程度人数が揃わないと発火しないタイプのイベントだったのかもね』とリーさんが言ってた。
たしかに、必要スキル多すぎるもんね。
そんなわけで日もかなり落ち、カラスがカアカア山へ帰っていく、そんな時分。
そろそろ助けの来ないBOSS戦が始まりそう。
みんな嵩張る戦闘装備になり、三々五々散っている。嵩張るからくっついておけないって大変だな。
猫も黒月夜なので、ルイのスカーフを『ムーンキャッチ』のアクセサリーに変更。それから、レトのがま口も『ムーンキャッチ』に変更した。
鏡月は鏡月で黒月とはまた別かもと考えると、もうちょっと欲張っておきたい。
なのでもうひとつ、ルイのツールバッグも『ムーンキャッチ』に…と思ったが、こちらは『青月明』のアクセサリーと変更。既に色月明になっているアイテムがどうなるのかの実験だ。
もうちょっと並べたいけど、さすがに隙間がない。
猫もスカーフを変えたいところだが、ルイたちのオシャレ装備と違って猫のはステータス上昇装備。ヨワヨワの猫が更にヨワになるわけにはいかないのだ。
…ルイやレトのステータス増強アクセサリーも、そろそろちゃんと考えないとなあ。
こうして鞄装備が持てなくなっていくのだなあ、と感慨深いものがあるが、しかし鞄は猫たちの主要装備だと思ってもいる。悩むところ。
実際、今回の猫の主なお役目は運搬係だしね。
昼間の内にフーテンさんたちから水入り樽をお預かりしておいた。斯々然々話したら、空の樽にも浄水を詰めてくれたのでありがたい。猫のMPだと全部に詰めるの大変だからね。ルイと猫でぎっしり詰めて、これで山火事対策は万全。
皆にも何樽か配っておくことになり、水魔法師の人族男性、エンジェルさんにとても感謝された。ひとりで山火事対応になるかもと戦々恐々だったらしい。いざというときはバケツリレーだ。
『ミスト』は覚えてきたけど、教本によると濃霧程度で、火を消すまでの水量は出ないっぽい。でも周囲に水があると濃度が増すらしいから、泉の傍だしなんとかなるといいね?
暗くなってきたので時間拡大の『灯』を掲げると、ポユズさんが続き、フーテンさんたちもそれぞれ『光源』で続く。
泉の上で腕を組んで番人をしてた妖精が、大きな耳をぴるぴると動かして、ハッと顔を上げた。そしてそのまま、すぅっと闇のなかに消えていく。
周囲の森を風が吹き抜け、木立が大きくざわめく。一際強く、風――。
「くるぞ!」
エドさんが鋭く声を上げ、ヤマビコさんが前に出た。今日は鎧装備だ。兜も被ってるのでごつくて最初、誰かわからなかった。
巨大な盾を掲げると、盾がぼんやりと光る。その一瞬の後、耳をつんざくようなけたたましい金属音と共に黒い影が落ちてきた。
ついに月が満ちました。
そしてBOSS戦の始まりです
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