これはありきたりなラヴストーリーではなくて
ありきたりなラブストーリー (5217)
検索用Nコード:N6435HM
作者:しいな ここみ先生
の二次創作です
作者のしいな ここみ先生より許可をいただいております
「陽菜」が「ひな」か「はるな」かわかりませんでした(汗)
きょうも立ちくらみがする。
いつのまに朝起きて、いつのまに制服に着替えていたのだろう。
それどころか、きのうの朝。登校のために家を出てからの記憶が思い出せない。
なんの授業をうけて、だれとしゃべって。そして、どうやって帰ってきたっけ?
そんなだから、きょうが何曜日なのかもろくにわかってはいない。
きのう眠るまえに、カバンの教科書とノート、準備したっけ?
あやしいものだけど。それを確認する余裕があるほど、ひどい貧血持ちのあたしの朝は早くない。
髪にいれるブラシもそこそこに、トーストをかじりながら駆け出すのが日常。たしか、きのうは焼けたパンを、うけとって咥える時間すらなかった気がする。
そして、そのきのうのこと。
家を出たあたりで襲われた、強い立ちくらみ。
だれかの呼ぶ声がして。そのあと、強く、だけど優しくなにかに包まれた気がすると。
——あたしが気がついたら。部屋のベッドのうえで目を覚まして、また、つぎの朝を迎えているのだった。
はっとして、時計をみるとそろそろ家を出なければいけない時間。とは言うものの。きのうとはちがい、きょうはまだパンを咥える時間はある。
「もぉっ! お母さん、きょうも起こしてくれなかった!」
非難めいてはいるけど、これがあたしのおはようのあいさつ。
声かけたわよぉ、って、のんびりした返事をするお母さんから。焼けたトーストをうけとり、口に咥えると。
リビングを飛び出して、靴を履き、玄関を抜けて学校へといそぐんだ。
あたしの家の前には、狭くて見通しの悪い車道がある。
「いってらっしゃい、陽菜」
あたしがそこを無事に渡って、そのさきにある角を、曲がるところまで。毎朝、お母さんは見送ってくれるんだよね。
だけど、貧血持ちのあたしは。
きのうはトーストを咥えてなかったから、はらぺこのまんま。ひどい立ちくらみを起こしてしまったのは、きっとそのせいだ。
あれはたしか、家を出たあたり——目のまえにある、この車道を渡ろうとして、ちょうどまんなかあたりで……。
うぅっ、なんか、うまく思い出せない。
立ちくらみは、脳の右上から視界を白く塗り潰していった。
そして、やっぱりだれかの呼ぶ声。そのあと、強く優しく包まれるあたし。
あやふやな記憶をたどりながら、トーストをかじっていると。その塩分のおかげか、きょうは立ちくらみもなく、車道を渡ることができた。
そして、なぜだか。
あたしは、うしろをふりかえって、お母さんの顔を見る。
車道を無事に渡ったあたしに、ほっとした笑みを浮かべているみたいだけど。そこにはいくらか、さみしそうなものが混じってるように見えるのは、あたしの気のせい?
だけど、お母さんはいつものように。このさきの角で曲がるまで、あたしを見送ってくれた。
いつも思うんだけど。
こんなふうにトーストを咥えて、曲がり角を走ってたら、素敵な男のコとはちあわせるんじゃなかろうか。
ありきたりなラヴストーリーなら、そんなはじまりもいいけどね。でも、アニメとかなら「ありきたり」でも、現実にそんなことがあったら、むしろ「ありきたり」じゃあないってば。
そんなふうに考えながら、走って角を曲がるあたしに。
ついに、キター!!
ぶつかったのは、おなじ年ごろに見える男のコ。
長身でサラサラ髪の、ちょっと皮肉そうな目元をした、なかなかの美形だけど。やや童顔が抜けきってないあたり、そんなにか年上とも思えない。
変なデザインの黒い学ラン(?)をすらりと着こなして、ぶつかった勢いあまってたおれそうなあたしの肩を、しっかり抱きとめてくれた。
ずどきゅん♡
あ、これ恋だ。
はじまる。はじまってしまったのだわ。
肩を抱かれたまま、その顔から目を離せないでいるあたしに。彼は、ため息を吐きながら言った。
「ったく、ようやくかよ。
低い鼻、どこにもぶつけてねえな?
だったら、とっとと行くぞ」
声優さんにしたいような、透明感のあるイケ声。台詞に棘あるような気もするけど。そこがまたいいのだ。——って、行く? あたし、いまから学校なんどけど???
さっきまで、お母さんに見送ってもらっといて。死角にはいったとたん、いきなり学校サボりの、初対面の男のコと逃避行? まさに「ありきたり」だけど「ありきたり」じゃないラヴストーリーじゃないの!?
「なぁにが、ラヴストーリーだ。
てゆうか、ようやく道を渡って、角を曲がれたんだろ?
いいかげん、思い出しやがれ」
あれ? あたし、声に出してた?
それより、ようやくってなに?
思い出せ???
たしかに、あたしのきのうの記憶は。
家のまえの車道を渡りきるまえに、立ちくらみがして途切れてる。
……ちょっと待って。
きのうだけじゃない。
あたしが、学校へとむかう朝の風景を思い出そうとすれば。いくらさかのぼっても、きのうとおなじように。車道のまんなかで立ちくらみがして、途切れてしまうのだ。
そしてかならず、だれかの呼ぶ声と、包まれる感覚。
それ以外に、あたしはなにひとつ思い出せない。
「そうだ。
それだけしか思い出せないだろ?
しかたねえよな。なんせ、記憶する脳みそがねえんだから——おまえら幽霊にはさ」
は? 幽霊???
素敵な男のコを目のまえにしながら、細く抜いた眉毛をブサイクに寄せるあたしに。彼はかまわず、ことばをつづける。
「車道のまんなかで、貧血おこして車に轢かれたのさ。
あそこ見通し悪いんだもんな、災難だったな。
でもまぁ……」
ちら、とあたしの顔を見て、うんざりしたように。
「じぶんが死んだことに気づかねえで、一ヶ月も同じ朝をくりかえすとは。
日曜日も、祝日も。つきあわされるほうの気も知らずによくやるよ」
彼のことばは、ふつうなら質の低いドッキリにもならない、コウトウムケイなものだったけど。
なぜか、いまのあたしには、すんなり信じられた。
ほかのことを思い出せないのも、考えたことがこの男のコにわかっちゃうのも、あたしが幽霊だから。だとしたら、彼は何者なわけ? それに、お母さんは——
「あぁ、おれか。
申し遅れたな。おれはあんたたち担当の死神だ。
あんたが道を渡りきって、その角を曲がるまであの世に連れてけねえから、それまで待ってやったんだ」
どうやら、強い未練があるとうまく成仏(?)できないらしく。その未練を残さないために、あたしの登校を、毎日、一カ月ほども見守ってくれていたらしいのだ。
あんたは、あたしのお母さんか?!
思わず、つっこみをいれたくなるあたしだったけど、そのまえに。さっき、彼の台詞にさえぎられた疑問が、またよみがえってきた(幽霊なのに)。
「どうゆうこと?
あたしが幽霊なら。お母さんはどうして、あたしを見送ってくれてるの?
あたしのことばに返事だってしてくれてたじゃんか」
そんなやりとりのことまでは知らねえよ、と。またひとつため息を吐きながら、彼はこたえる。
「そこまでは思い出せねえか。
てゆうより、それにも気づいてなかったんだなってほうが正確だな」
何のこと? あたしは問いただしたかったけど。知るのが怖いって、みょうな不安をおぼえて、声に出すのを抑えた。
でも、意味ないや。あたしの考えたことってば、彼に筒抜けなんだもん。
「おまえ、立ちくらみで意識を失いかけたとき、声を聴いたりとか、包まれる感覚とかあるだろ?
あれってなんだと思う?」
なんだと思うって、きかれても。
考えれば、わかるのかもしれない。でも考えたくもない。
不安だって言ったでしょ? なんとなく、考えるのが怖いのだ。
「言っただろ?
おれはあんた『たち』担当の死神だって。
あんたが道を渡りきって、角を曲がれないと、この世に未練が残っちまう人間が、もうひとり——こころあたりないか?」
あたしは、その質問のこたえを。
考えるまでもなく、思い浮かべてしまった。
——お母さん!!
そうだ。あたしと会話できたり、このすがたを見ることができるのも。お母さんまで幽霊だったとしたら、不思議じゃない。
不思議なのは、なんでお母さんまで幽霊になっちゃったことだ。お母さん、死んじゃったの? そんなの嫌だよ!
「立ちくらみのあと、聴こえた声はだれのものだと思う?
それから、抱きしめられるような、強く優しく包まれる感覚の正体はなんだと思う?
記憶になくても、もうわかるはずだ」
彼の言うとおり。
あたしにはわかってしまった。
そんな! お母さん、なんでそんなことしたの?!
「……幽霊には、涙腺もないはずなんだけどよ。
なんでか、流れるもんなんだよな」
ぶっきらぼうな口調とはうらはらに。
彼はあたしの涙を指で拭うと、そっと右手を握る。
「左手は、そっちだぜ」
そのことばにふりかえると。いつのまにか、お母さんがあたしのすぐうしろにいた。
お母さんは彼にかるく頭をさげると。あたしの左手と、彼の右手をじぶんの両手とつないで。三人はちいさな輪をつくるふうになった。
そして、かるい浮遊感。
天使の歌は聴こえないけど、なんとなくわかる。
これで、あたしたちはこの世のとサヨナラするのだ。
ふと、お母さんの顔を見ると、ものすごく優しい顔をしてくれてる。
よかった。あたしが車に轢かれたとこなんて見たら、お母さんはどんなきもちになるんだろう? すくなくとも、いまのお母さんの顔からは、それを知れるような、つらさや苦しみは感じられなかった。
そっか。
あたしの未練は。
目のまえで車に轢かれたところを見せちゃったお母さんに。ちゃんと渡りきるところを見送ってもらって、安心させたいってことだったんだ。そのために、一ヶ月もつきあってくれたのは、死神だけじゃなくて、もうひとり。
きっと、お母さんの未練も、そんなあたしを無事に見送ることだったんだね。
それが叶ったから、あたしたちふたりはこうして、もう未練もなくあの世へ逝けるんだ。
ぜんぶが、わかった。
これが、ありきたりのラヴストーリーではなくて。
これは、特別な母と娘の絆の物語だって。
そして、この物語はハッピーエンドとは言えないけど、決してバッドエンドじゃないってことも。
変わらず、優しい顔をしてくれるお母さんに。
あたしはもう、なんで幽霊になっちゃったのかをたずねようとはしなかった。
言ったでしょ?
ぜんぶ、わかったって。
あるいは、あたしの考えが死神の彼に伝わってしまったように。幽霊であるお母さんの考えてることも、あたしに伝わってしまったのかもしれない。
車道のまんなかで。立ちくらみから意識を失うあたしに聴こえた、あの声。そして、強く優しく包まれる感覚。
お母さんだ。
倒れるあたしのことを、迫る車なんて関係なく。
大声で名前を呼んで駆け寄ると、守ろうと抱きしめてくれたのだ。
そして、それは。この一ヶ月、おなじように車道を渡りそこねたあたしのために、毎日くりかえされた。
ありがとう、お母さん。
結局、ふたりとも轢かれて、幽霊になっちゃったけど。
お母さんが、あたしを守ろうとしてくれたこと、すごく嬉しいよ。
ずっと気づけなくてごめんね。
あやまりたいと思ったあたしに。そんなの気にしなくていいのよって、こんどはたしかにお母さんのきもちが伝わった。
もうそれ以上。
未練も、あやまることもなく、微笑みあってこの世を去り逝くあたしたち母と娘。
その手をとって、あの世へと導きながら。あいかわらず皮肉めいたイケ声で、死神の彼は言う。
「ありきたりなラヴストーリーじゃなくて残念だったな。
でもまあ、救いのない物語でもなかっただろ?」
ちゃちゃをいれる彼の左手を、つないだあたしの右手でつねってやると。その綺麗な童顔が、痛みに歪む。
うるさい。
いい場面なんだから、邪魔しないで!
痛みに歪んだ顔を確認したら、あたしはもう彼のほうを向くことはなかった。
あともう少し。叶うかぎりは、お母さんの顔を見ていたかったんだ。
とはいえ、死神の彼にも感謝はしている。
あたしたち母娘の想いが叶い、未練を残さずあの世に逝けるまで待っててくれたこと。
死神の仕事だとしても、あの皮肉っぽいぶっきらぼうなしゃべりかたのなかに、優しさがあること。
幽霊のあたしには、なんとなく、感じとれた気がした。
たしかに。
これが、ありきたりのラヴストーリーではなくて。
これは、特別な母と娘の絆の物語だったんだけど。
そんなとこ。
あなたのこと。
やっぱりちょっと好きになっちゃってたよ♡
原作のオチの部分を、ストーリーのメインにして再構成しました。
てか、長い!!
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