番外編 夕陽がいない現実(せかい)
今回は、番外編です。
十月に入ったというのに、真夏のような暑い日射しの中、歩く三人組。
一人は、長袖のワイシャツに黒いズボンという学生服の少年。手には下敷きを持って扇ぎながら歩いている。
あとの二人は、赤いリボンタイが特徴的なセーラー服の少女。一人は、髪をツインテールにした小柄な少女。その隣を歩いて少女は、髪をヘアクリップで、纏めていた。
下に向けた顔に表情は、なかった。
「あっちー。 なー真緒 ひな、コンビニ寄ってかねー?」
下敷きを団扇がわりにして、扇いでいた少年が、目の前のコンビニを指差しながら、女子二人に、提案してくる。
「うん。ひなはどうする?」
髪をツインテールに結んだ少女‐真緒が、隣を歩いていた少女に訊く。
「ん? あっ何? ごめん。聞いとらんかった」
ひなと呼ばれた少女は、下に向けていた顔を上げて、真緒に聞き直す。
「いいよ。 渉が、コンビニ寄っていこうって」
「真緒が、行くなら行く」
ひなは、弱々しい笑顔で、答える。
「なら、行こうか」
「うん」
そう返事をしつつも、ひなは、動かない。
後ろから、ふて腐れた顔をした幼なじみの少年が、来るのではと思ってしまう。
「ひな? どうした?」
「ごめん。 また、後ろから夕陽が来るんじゃないかって思ったんよ。 アイツは、死んだのにね」
ひなは、真緒にそう言った。
ひなの幼なじみの少年。平原夕陽は、約二週間前に、学校の帰り交通事故で、亡くなった。
道路に飛び出した、小学生を助けようとして車にはねられて亡くなった。
ひなは、まだ、夕陽が亡くなった事実が受け入られてない。
今でも、どこからか、意地悪な笑みを浮かべて、現れるような気がしてならない。
「ひな。あの」
「それより、アイスでも買おうや」
ひなは、真緒が、何か言おうとするのを遮る。真緒の手を引っ張り、アイスの売り場に行く。
「 どれが、ええかな〜っと」
ひなは、呑気な声で言いながら、アイスを選ぶ。
「これに、しよ。夕陽、半分こしょうや」
ひなは、同じものが二つ入ったチューブタイプのアイスを選んで、気付く。
「 また、やちゃった」
手にしたアイスを戻し、別なアイスを手に取ると、ひなは、レジに向かい支払いを済ませた。
「ちょっと、ごめん。 公園で、待っとくけん」
「えっ ちょっと、待てよ。ひな。だー 真緒、ひなを捕まえてこい」
「 りょーかい」
ひなは、真緒と渉が、そんなやり取りしてるスキに、コンビニを飛び出した。
二人から、逃げるように、近くの公園へ入ると、ベンチに座り泣き出す。
「 なんで、私の前から、おらんくなるんよ。
何も、言わんと。夕陽のばか」
いつもいて当たり前の存在。それが、ひなにとっての『平原夕陽 』という人間だった。
二年前に夕陽とひなは、一度、離ればなれになった。夕陽の父の仕事の都合で、夕陽は、引っ越した。
ひなが、高校入学を機に、この町に引っ越すまで、再会する事は、なかった。
けど、離れても、毎日、他愛ない内容のメールをやり取りしていた。
その事で、ひなは、いつも夕陽と繋がりを持てる事実が、嬉しかった。
けど、今は違う。夕陽は、もうひなの現実には、どこにもいない。
その事実を確認するたびに、ひなの心は、ズタズタになる。
「 ひな。よかった」
「 真緒? 渉くん?」
ひなは、涙と鼻水でぐしゃぐしゃな顔を上げて、友人達を見上げる。
「 この前みたいに、何時間も町中さ迷ってたら、どうしようって思ってきたけど。大丈夫だった」
「 心配かけてごめん」
ひなは、ハンカチで顔を拭うと、こう言った。
「 あの夕陽のせいで、涙の在庫なくなりそうなのに、私の在庫は、まだ尽きそうにないんよ。でも、泣いてばかりおれんわ」
そう言って、真緒と渉の方を向くと、ひなは、笑顔を見せる。
その笑顔は、いつも、彼女が見せる少女らしい笑顔ではなく、どこか、大人びた笑顔だった。
「さて、帰りますか。二人共ありがとね。そして、ごめんなさい。もう、心配させないから」
ひなは、友人達に、宣言すると、空を見上げ、心の中で、生まれて初めて、好きになった夕陽へ宣言した。
ーーー私は、夕陽のいない現実で目一杯、前を向いて歩くから