第99話 難題
数分後。
2人は酒場でテーブルを囲んでいた。
アキラは緑髪緑眼、古墳時代の剣士風な格好のままで。セイネは有名なそのPC名とバニーガールの姿を隠す効果のある、灰色のフード付マントで全身を覆った格好で。
はぁ、とセイネが溜息をつく。
「ごめんなさい。わたしの判断ミスよ。帰る前に軽くひと戦闘、なんて甘かった。まさかドッペルゲンガーがあんなに強いとは」
「セイネが謝ることないよ。敵をナメてたのはボクも同じだし」
「ふふ。ありがとう」
ここはアキラとセイネが現在の本拠に指定している、世界樹・第2宮の学園都市にある傭兵ギルド宿舎の1階。
ここから離れた場所の空中で自分たちの乗機そっくりに変身したドッペルゲンガーと戦って敗れた2人の内、セイネは死に戻りによる瞬間移動でここまで帰ってきた。
セイネの乗機シメオンがHP全損して撃破された時、ドッペルゲンガーの変じた黒いシメオンの剣はそのコクピットを貫いており、パイロットのセイネ自身もその剣にかかって死亡していた。
一方。
操縦室が機体の一部として存在する聖骸夫であるシメオンと違い、操縦室が亜空間にある機神である翠天丸は、機体が撃破されてもパイロットは死なない。
もう1体のドッペルゲンガーが変じた黒い翠天丸の剣に両断された翠天丸から空中に投げだされたアキラは、乗降時に発生する青い光に包まれ運ばれ、真下の地面にそっと降ろされた。
そこは森だった。
学び舎であり研究機関である魔法学校の存在する第2宮の土地は、人口密集地の外には豊かな自然が広がっていて、さまざまな魔法のアイテムの素材が採取できる。
それは自然に落ちている・生えている・埋まっているものに限らず、エネミーを倒した時に戦利品として得られる、その体の一部というものもある。
そんなエネミーの中でも特に強力なのが、甲羅や繊維が聖骸夫の素材になる巨大モンスター 〔聖獣〕 であり、それがその森には多くいる。
アキラの敵う相手ではない。
機神・翠天丸が大破してしまったことで、その召喚具であり生身での武器でもある神剣・翠天丸も折れて使えなくなってしまったのだから。
聖獣と遭遇すればやられるし、遭遇しないとしても徒歩で学園都市まで戻るのは時間がかかりすぎる。
どうしたものか考えた末、アキラはこのゲーム自体からログアウトして再ログイン、その際の出現先を学園都市の傭兵ギルドに指定するという方法を思いついて実践し、セイネと合流した。
「じゃあ、買いものに行こうか?」
もともと空の散歩の途中で 〔町に帰って、2人で同じサイズの飛行メカを購入しよう〕 と話していた。予定はやや狂ったが、どの道こうして帰ってきたのだから。
「ちょっと待って」
「うん?」
「乗機のサイズを一緒にして、スピード揃えて空の散歩をやりなおしても、またあのドッペルゲンガーが現れたらそこで中断よ。今のわたしたちじゃチャンバラであいつらには勝てない」
「場所を変えればよくない? あんな強いヤツが出てこない安全な空域でなら」
「それがね。アナタを待ってるあいだに調べたんだけど、ドッペルゲンガーってどのフィールドにも出現するらしいの。このゲームのプレイ時間が一定を越えたプレイヤーのアバターの前に」
「えっ⁉」
「多分、ゲームに慣れたころに上達具体を確認する試練として用意されてるのね。倒しちゃえば二度とその人の前には現れないけど、倒せない限りは何度でも出てくる」
「厳しすぎない? アイツに勝てないプレイヤーは、どこ行ってもアイツが現れてやられちゃうってことでしょ。いくらやっても勝てなくって嫌になって、このゲーム辞めちゃう人が続出しちゃう。運営はそれでいいのかな」
「そんな人が続出してたら、プレイヤーから運営への非難で騒ぎになってるわ。でも、なってない。掲示板でドッペルゲンガーについて語ってるスレッドを見たけど、そこまで強敵と思われてなかった。遭遇した人たち、みんな結構サクッと勝ってるのよ」
「あれに⁉」
自分とセイネは手も足も出なかった、あのドッペルゲンガーに簡単に勝てるような猛者ばかりなのか、このゲームは。ドッペルゲンガーの出現条件からして、その人たちのその時点での総プレイ時間は自分たちと変わらないのに。
アキラは今まで自分がプレイヤー全体の中でどの辺りの腕前なのか実感することはなかったが、かなり下のほうらしいと思うとさすがに気落ちした。
「ちょっと待って」
「え?」
「確かにドッペルゲンガーはすでにたくさん倒されてる。でも、それはわたしたちの時とは条件が異なるみたいなのよ。戦場が地上だったか空中だったか。あと、倒した時の得物が剣のような近接武器だったか、銃のような射撃武器だったか」
「うん……」
「討伐報告を見ると、圧倒的に射撃が多かった。地上でも空中でもね。次が 〔地上で近接〕 で……こう言うと失礼だけど、アルさんほど近接メチャ強ってワケじゃない人でなくても倒してたわ」
「残りは 〔空中で近接〕 か……僕たちと同じ条件だね」
「それで勝ったって報告が1件もないの。気になって調べたら、どうもその条件で戦うこと自体がレアケースみたい。ドッペルゲンガーとに限らず、他のエネミーとやPC同士の戦闘でも」
「そんなに珍しい……? メカ同士の空中チャンバラなんて、ロボットアニメの定番なのに」
「アニメではね。でも、このゲームでは違う。三次元的な空中戦だと、二次元的な地上戦より剣の間合いまで接近するのが難しいのはアキラも感じてるでしょ?」
「確かに。それで、みんな面倒がってやらないってこと?」
「面倒って人もいるでしょうけど、多くはないと思う。だってこのゲームのプレイヤーは大抵アニメでロボット同士の空中チャンバラを見てて、自分でもやってみたいって思うでしょうから」
「そっか。そうだよね」
「だから空中チャンバラはやりたいけど、実際に空中戦をすると剣の間合いまで接近する前に射撃でカタがついちゃうってのが、空中チャンバラが少ない理由のまず1つ。そして、もう1つは」
「もう1つは?」
「接近しても上手く戦えないのよ、みんな。PC同士でやると下手同士のヘボ戦になる。そしてNPC相手だと……瞬殺される。わたしたちみたいにね」




