第98話 復体
アキラが初め 〔黒い人型ロボット〕 だと思った敵2体は、近づいて見てみると 〔人の形をした黒い靄〕 だったと分かった。
この世界樹に、出典の聖騎士タンバリンに、そんなモンスターがいた記憶はない。このゲームのオリジナルだろうかと、いぶかしんだ時──その姿が変わった。
色は相変わらず黒いものの、不定形だった靄が明確な輪郭を持った存在へと実体化。大きさは元の姿から縮み──片方はもう片方のさらに半分ほどにまで縮んだ。
「セイネ、あれ!」
『そういうことね』
敵2体の変化した姿は、アキラの乗っている全高5メートルの機神・翠天丸と、セイネの乗っている全高10メートルの聖骸夫シメオンを、それぞれ黒く塗りかえたよう。
【ドッペルゲンガー・翠天丸】
【ドッペルゲンガー・シメオン】
アキラは敵を前にしてその頭上の名前アイコンなんてのんびり見ていられないと今まで読んでいなかったが、気になってチラ見してみたらそう書かれていた。
おそらく変身前は【ドッペルゲンガー】だけだったのだろう。
それは現実世界で報告される超常現象の一種、同一人物が同一時刻に別々の場所で目撃されること、また目撃された 〔本人ではないほう〕 を差す言葉。
そんなことが本当にありえるのか、あるとしてその原理は、というのは今は関係ない。ドッペルゲンガーは創作家にとって魅力的な題材であり、昔からよく利用されてきた。
アキラの知る範囲でも、主人公の姿と能力をコピーした敵が出現する、主人公が自分自身との戦いを迫られる、というのは漫画・アニメ・ゲームで人気なお約束だ。今、自分たちの前に現れたのも、このゲームにおけるそういう敵なのだろう。
『アキラは黒い翠天丸を!』
セイネが言うや、彼女のシメオンは剣を抜いて黒いシメオンに向かって飛翔した。お互い、自機のコピーと戦おうという判断。
「了解!」
大型機からすると小型機はチョコマカして攻撃を当てづらく、小型機からすると大型機は一撃の攻撃が重すぎて怖く、どちらも戦いづらい。サイズ差のある相方のコピーとより自機のコピーと戦うのが正解とアキラも思えた。
「行こう、翠天丸‼」
クイッ──ボッ‼
アキラは両スティックのトリガーを引いて翠天丸の左右の背面スラスターを噴射、機体を高速飛行させ、脚部の振りで舵を取って黒い翠天丸のいるほうへと向かわせた。
2体のドッペルゲンガーたちのほうも、互いのコピー元を対戦相手と定めたようだ。黒いシメオンはセイネのシメオンに、黒い翠天丸はこちらに向かってくる。
徐々に迫りくる、禍々しい黒に染まった愛機の同型機を見据えながら、アキラはそれとどう戦うべきか思考を巡らせた。
(電気玉はどうする?)
翠天丸が翠王丸のころから変わった点は外見と、翼とスラスターがついて飛行能力を得たことと、全体的な性能が底上げされたことくらいで、他はあまり変わらない。
攻撃手段は、射撃では手のひらから発射する雷属性の 〔電気玉〕、近接では両手剣の 〔巨剣・翠天丸〕、また剣に一撃だけ攻撃力上昇と竜特効を付与するスキル 〔屠龍剣〕。
そして全身の 〔雷属性吸収〕 能力。
黒い翠天丸がこちらの本物と同じ能力を持っているなら、電気玉を撃ってもダメージは与えられない。
だが、先日やはり雷属性を吸収する日蜥蜴にしたように、フェイントや目くらましとしてなら有効だ。
ただそれは、した直後に攻撃するのでないと意味がない。地上では直後に剣で攻撃できる間合いで電気玉を撃ったが、踏んばりが効かず位置調整が難しい空中で同じことをできる自信はない。
(よし、電気玉はナシ!)
瞬きするほどのあいだにそこまで考え、アキラは翠天丸に背中から剣を抜かせて両手で持たせた。ほぼ同時に、前方の黒い翠天丸も同じく剣を抜いた。
1対1。
剣対剣。
分かりやすくていい。
「勝負!」
気合いの声を叫ぶが特別なことはしない。相変わらず敵機を見据えたまま前進を続けながら、集中力を研ぎすませて針路を微調整していく。向かってくる敵機とギリギリですれちがうように。
翠天丸の剣は、右肩に担ぐように構えたままで。
すれちがう一瞬に、この剣を振る──気はない。
それをすれば重い剣を振った慣性で機体がスピンして姿勢が崩れる。剣を当てづらくなるし、もし外れたら敵に大きな隙をさらしててしまう。
なら、すれちがいながら剣をそっと横に差しだし敵機にぶつければいい。それだけでも剣に乗った突進のエネルギーによって充分なダメージを与えられる。
だから注意するのは剣を差しだす右側に敵機が来るよう位置取ること、剣が届く近い距離ですれちがうこと、ただし近づきすぎて機体ごと敵機にぶつからないようにすること。
相手も同じことを考える。
なので下手すれば相討ちになる。それが嫌なら、すれちがう一瞬に機体をズラして敵機の伸ばした剣をよけながら自機の剣は当たるよう位置取らねばならない。
この戦法は練習している。まだチュートリアル道場のタロス先生を相手にしか、したことはないが。それを実戦でどこまで再現できるか、やるだけやってみるだけのこと。
黒い翠天丸の顔がハッキリ見えるほど近づいた。これから一瞬のあいだにすれちがう。さぁ、いよいよその時──
ゴッ‼
「えっ⁉」
ズパァァァンッ‼
黒い翠天丸が横に差しだした剣に斬られ、翠天丸は腹部から上下2つに分断された。自らは剣を持つ腕を伸ばす前の、肩に構えた姿勢のまま。
つまり、なにもできずにアキラは負けた。
それまで一定だった互いの接近速度が急に増した──すれちがう直前になって敵機が加速したことで意表を突かれ、反応できなかったのだ。
敵の作戦が自分と同じではなかったのも意外だった。
敵機が急加速したということは元は全速力で飛んでいなかったということであり、それは自機も同じだった。速度が上がるほど精密な位置取りは難しくなるため、あれより速くするという発想がアキラの頭にはなかったのだ。
「うわぁっ!」
翠天丸は撃破され消滅したが、その機内亜空間にいたアキラは無事で、青い光に包まれて通常空間へと復帰した。
そして投げだされた空中で目撃したのは、セイネのシメオンが黒いシメオンの手にした剣に貫かれ、背中からその切先を生やしている姿だった。




