第93話 教習①
前部座席の様子はこの後部座席からは見えないが、どうなっているかは超弩級要塞コスモスのアニメで見て知っている。後部座席との違いは、前方視界の得方くらいだ。
モニターではなく、天蓋より前にある透明パーツの風防を通して見る。周りが全て透けて操縦席が宙に浮いているように見えるのは同じなので、パイロットからの見えかたは後部座席と変わらない。
(こんなところかな?)
アキラはVCアドニスの後部座席にいる自らのアバターを操作し、スティックを握らせ、ペダルを踏ませた。
「お母さん、もういいよ」
「はい、それじゃ出発!」
前部座席の母の掛け声とともに、アドニスが動きだす。それと同時にアキラのふれているスティックとペダルが──現実と仮想現実の両方とも──ひとりでに動きだした。
VCの操縦席は前部も後部も作りは同じで、どちらからでも機体を操縦できる。ただし操縦権を持てるのは片方だけで、操縦権のないほうのスティックとペダルは入力を受けつけなくなる。
そして、前後どちらに操縦権がある場合でも、そのスティックとペダルは同期して動く。つまり操縦権のあるほうにいる搭乗者の行った操縦が、もう一方にも反映される。
これが教習に役立つ。
教官に操縦権がある場合、生徒はその操縦動作をスティックとペダルを通して体感できる。
生徒に操縦権がある場合、教官はスティックとペダルを通して生徒が正しい操縦動作をしているか確認できる。
これらを交互にくりかえし、教官から生徒に操縦技術を伝授する。コスモスのアニメでも描かれていた。現実の練習機に同じ機能があるのかは、アキラは知らないが。
ウィーン……
巡航形態のアドニスの底部から生えた着陸装置の先の車輪が回転──その様子が透過した床ごしに見える──機体を自動車のように進ませている。
そしてアドニスは格納庫から出た。
頭上に青空が広がる。
眼下に灰色の滑走路。
ここは大江戸城の、地上3500メートルの屋上。
今、出てきた軍司令部の建物以外は全面が飛行場になっている。大小さまざまな飛行機が発着して、中にはこちらと同じくPCが操縦していると思われるメカの姿もあった。
「アドニス、いっきま〜す!」
ゴォッ‼
母は適当にすいている場所に陣取ると、後端の2つのエンジンノズルから青炎の排気を噴射して、機体を前に加速させた。
滑走路の上を真っすぐ前進……していたところに、上昇する動きも加わる。機体の翼が空気の流れに乗ったことで、アドニスが空中に浮きあがったのだ。そのまま飛行場の終端を通りこし──
未来都市・東京の上空へと飛びたった。
¶
現実世界では皇居がある位置にある大江戸城を発ったアドニスは南東に向かい、東京湾を越え、千葉県を越えて、太平洋の上空まで来たところで静止した。
「それじゃ、訓練開始よ♪」
母が言うと、前方に光エフェクトでできた輪がいくつも出現した。上は空、下は海ばかりで分かりづらかった距離感が、それらのおかげで分かるようになる。
母の講義が始まった。
「可変機は人型と巡航形態とで操縦方法が変わるわ。アキラの翠天丸も鳥の姿の巡航形態に変形できるから可変機ね。ではまず、このまま巡航形態での飛びかたを教えます」
「はい!」
「アキラは6自由度のことは知ってたわよね。あらゆる動きは 〔前後に動く〕〔左右に動く〕〔上下に動く〕 の3軸からなる位置移動と、〔前後に傾く〕〔左右に傾く〕〔左右を向く〕 の3軸からなる回転運動の、合わせて6軸からなるって」
「うん!」
「巡航形態では機体にこの6軸を直接入力して、そのとおりに動かせるわ。ウィズリムって2つのスティックと2つのペダル、どれも1つで6自由度の全てを入力できるじゃない。だからどれか1つでも操縦可能で、そういうモードにもできるわ」
「違うモードもあるってことだよね」
「ふふっ、そのとおり。4つ中3つも使わなくなるなんて味気ないしね。違うモードでは、6自由度を4つの装置で分担するの。それぞれ使わない機能はロックしてね」
「スティックもペダルも普通は6軸も動かないもんね。動きを制限して普通の奴っぽくするんだ」
「そゆコト。それで、まずは位置移動だけど。〔前後に動く〕〔左右に動く〕〔上下に動く〕 の3軸とも左スティックで入力するわ。アキラも左スティック、ちゃんと握ってて」
「握ってるよ」
「それじゃあ、前から!」
ゴッ!
空中で停止飛行していた機体が、再び前へと進みだした。同時にアキラの左手の中でスティックが前へとスライドする。
「後ろ! 左! 右! 上! 下!」
母が口頭で合図する度、機体はその方向へと移動し、またアキラが握った左スティックを同じ方向へとスライドする。
なるほど分かりやすい。
「次は回転運動だけど、まず3軸の内2つ、〔前後に傾く〕〔左右に傾く〕 を右スティックで行うわ。まずは、前傾!」
グイッ!
「うわっ⁉」
アキラの右手の中でスティックが前に倒れると同時に、機体も前に倒れていく。機体の先端が真下の海を向き……そのまま1回転して元に戻る。
「後傾~~左傾~~右傾~~っ」
母の言うほうに右スティックが倒れる度、機体もそちらに傾いて、毎度1回転。アキラは4度、海を頭上に見ることになった。空亀では決して頭が下を向くことはなかったので違いを感じる。
「目、回った?」
「ううん、平気」
「じゃ、最後に 〔左右を向く〕。これも右スティックで行うわ。スティックをひねったのと同じ方向に機体も回る。やってみるわね」
「うん」
ぐいーん……
アキラの右手の中でスティックがひとりでに動き、上から見て時計回り↻に向きを変える。機体はそれに同期して、同じ方向へと回転した。
ぐいーん……
今度は逆、反時計回り↺に。
「これで全部!」
「で、実際に飛ぶ時はこれらを同時に使うんだよね」
「そう。簡単なようだけど、3軸回転 全ての制御をスティック1本に詰めこんでるから意外と難しいとこがあってね」
「たとえば?」
「具体的には 〔左右を向く〕 を他のと一緒に入力しようとしてできなかったり、他のを入力している時に入力するつもりのない 〔左右を向く〕 を入力しちゃったり」
「なるほど。気をつけるよ」
「じゃあ試しにやってみて。操縦権を譲渡!」
「操縦権を受理!」




