第92話 母子
現状、空を飛べるSVは存在しない。
そう蒔絵に教わったアキラは、クロスロードでSVと同サイズのメカ・翠天丸で飛行経験を積んでも自分がいずれ実機SVのパイロットになるための役には立たないと考えた。
それは 〔今ないなら今後もない〕 と無自覚に思いこんでいたから。だが、今ないものを作ってはいけない道理などなかった。
それならSV自体も存在していない。
はじめから蒔絵は 〔飛行可能な実機SVくらいワタシが作ってやるから心配するな〕 と言うつもりだったのかもしれない。
だが 〔効率のため将来に役立たないことはしない〕 と楽しみを捨てて苦行に走ろうとしていた自分のために 〔そのほうが非効率だから逆に楽しめ〕 とまず諭してくれたのだ。
自分は、なんて恵まれているんだろう。
こんなに大切に想ってくれるパートナーがいるのに他の女の子に目移りしたこと、その子との別れがつらくて沈んでいたことが、改めて申しわけなくなる。
【翠】
〖ありがとう、マキちゃん。もう 〔こんなことしても無駄になるんじゃ〕 なんて余計なこと考えずに、思いっきりクロスロードを楽しむことにするよ〗
【蒔絵】
〖結構。じゃあ、またね〗
【翠】
〖うん、また〗
自室のベッドでアキラは蒔絵とSNSでDMしていた携帯電話の画面を閉じ、消灯、就寝。長かった土日が終わった。
¶
翌日、月曜日。
アキラ──天王 翠は小学校に行って授業を受け、休憩時間に網彦に土日の報告。少し元気になったと話して喜ばれ……帰宅。
母と今日の予定を話したのち──
自室からクロスロードにログイン。
機神英雄伝アタルの主人公と同じ衣褌を着て剣を背負った、身長120センチメートルで短い緑髪に緑眼の少年、PC 〔アキラ〕 のアバターでログイン先に指定した場所に出現した。
地上世界での日本の東京の中心地、大江戸城の屋上のイカロス王国軍・司令部の建物内にある傭兵ギルド宿舎の個室に。
そこから出ると、廊下ですぐ母を見つけた。超弩級要塞コスモスの地球連合軍の制服を着た、自分と同じ緑髪緑眼の美女PC、母のアバター 〔エメロード〕 に。
「アキラ~♪」
「お母さん!」
手を振って小走りに駆けてくる母に、アキラも駆けよって互いの両手を合わせた。帰宅後リアルで話したばかりの母は、今は夫婦部屋からログインしている。
アキラは今日、母からこのゲームにおけるメカでの飛びかたを教わる約束。さっそくパーティーを組む。
「じゃ、行きましょ」
「うん!」
向かった先は、この建物内の格納庫。
そこでは1機のメカがたたずんでいた。姿は全長20メートルほどの戦闘用飛行機──戦闘機。母の乗機でコスモスの主役機、VC・アドニス──
その巡航形態。
人型と巡航の2形態に変形できるVCはどちらでも駐機でき、母は巡航形態でのほうが好みでそうしているとのことだった。
現実で使われている変形などできない戦闘機と見分けがつかない姿で、底面の各所から着陸装置の車輪を出して接地している。
コクピットは機体先端のとんがりコーンの手前にあり、その上半分は透明な天蓋となっている。それは乗降口を兼ねていて、母が手もとに開いたウィンドウを操作するとパカッと上に開いた。
搭乗には梯子を使う。
前後に長いコクピットの側面に2つの梯子がかかっていて、それぞれ地上から前部座席・後部座席へと伸びている。
この機体は複座式なのだ。
母は普段1人で乗っているが、2人で乗れば操縦と索敵に役割を分担するといった戦いかたもできる。ただ今回は、複座を教習に用いる。
「アキラは後ろに乗ってね」
「はーい」
言われてアキラは後部座席にかかる梯子に向かったが、母は前部座席にすぐ向かわず手もとでウィンドウを操作している。
パッ
母の服装が変わった。地球連合軍の制服から、宇宙服のパイロットスーツに。頭部はフルフェイスのヘルメットで、首から下は体型にぴっちりフィットした気密服で包んでいる。
母のアバター 〔エメロード〕 は、リアルの彼女──美鳥の体より胸が大きく腰が細いようだが、そこはふれないほうがいいだろう。アキラは別のことを聞いた。
「ボク、この格好のままでいいの?」
「平気よ。ゲームなんだもの」
「それもそっか」
ロボット、特にVCのようなリアル系は操縦者の肉体に負荷がかかることが大きく、それを軽減するパイロットスーツを着ずに着用するのは危険であると描写されることが多い。
だが、それは原作での話。
各ロボット作品が参戦しているこのゲームは、リアリティにこだわっている箇所にはとことんこだわっているが、リアリティがゲーム性を損ねる場合は潔く割りきっている。
パイロットスーツについては後者だったか。母が搭乗前に着替えたのは演出というかパイロットとしての役割演技だろう。
アキラまで同じものを着る必要はなく、ただこの日本神話のような服装で科学的な機械に乗るのも場違いだが、気にしていたらSF時空なこの地上世界ではやっていけない。
カン、カン、カン──
アキラは梯子を昇り、開いたハッチの隙間からコクピットの後部に入った。機内は横幅が狭く、前部と後部は前部座席によって仕切られていて、座席の脇に人が通れる隙間はない。
アキラは背負った剣が邪魔だったのでアイテムストレージに戻してから後部座席についた。アバターが自動で手を動かして、シートベルトを締める。
前部座席に母がつき、キャノピーが降りてきて閉まった。
「どう? アドニスのコクピットは」
「コスモスのアニメで見たのとおんなじ! カッコいいね、SF系の操縦席に座るの初めて。一昨日 乗せてもらったお父さんのフーリガンは複座じゃなかったから」
「じっくり見ていいわよ♪ 見終わったら声かけて。それまで発進しないから」
「ありがとう!」
アキラは改めて、狭い機内を見回した。
左右一対の操縦桿、左右一対の足踏桿、という構造は他と変わらないが、そのデザインは現実の戦闘機に使われているものに近いらしく、雰囲気がある。
それらのついた座席が、宙に浮いているよう。
透明なキャノピーからは、そのまま外が見える。そして壁面と前部座席の背面はモニターになっていて、まるで透過したように機外カメラからの映像を表示。
この組みあわせで全周囲視界を実現していた。




