第91話 効率
蒔絵からの返信を見て、アキラは血の気が引いた。動悸がして、喉が渇き、手汗がにじむ。人生で指折りの失敗。
アキラは有人操縦式人型ロボットがまだ普及していなかった幼稚園・年少組のある日、そのパイロットになると蒔絵に誓い……
小学4年生の今年、ひと月前にその手のロボットの世界初の実用品 〔SV〕 が世に出たことで、その夢は 〔SVのパイロットになる〕 という実像を得た。
アキラはSVの操縦技術を磨く手段を求めた。
現状それが可能なのはSVの操縦機器と同じ操縦桿と足踏桿を用いたVRコントローラー 〔ウィズリム〕 対応のVRゲーム、その中でもロボットの操縦を主にする 〔クロスロード・メカヴァース〕 だけだった。
アキラはSVの練習のためにクロスロードを始めた。
そしてクロスロードではさまざまな版権ものを出典とする架空のロボットのみならず、仮想現実で再現された実在のSVに乗ることも可能だった。
なら、ゲーム開始時にもらえる初期機体にはSVを選ぶのが筋だったが、アキラが選んだのはアニメ 〔機神英雄伝アタル〕 の前期主役機 〔翠王丸〕 だった。
自らがパイロットを志すきっかけともなった、最も好きなロボット……自らそれに乗って操縦する誘惑に抗えなかったから。
だが脇道に逸れてはいない。
翠王丸は全高475センチメートル、そのサイズは平均的なSVと同じで、ゲーム内での操縦感覚もSVと変わらない。事前にネットでそう確認した。
それなら翠王丸を操縦することは、そのままSVを操縦する練習になる。将来のための努力と、アタルファンとしての欲望を両立できる。
ただ、そこで安心したのがまずかった。
その理屈は飛行能力のない翠王丸には適用されても、翠王丸が進化して飛行能力を得た後期主役機 〔翠天丸〕 には適用されないことには頭が回っていなかった。
また現在リリースされているSVに注意を払っていなかったのもまずかった。その情報を追っていればSVに飛べる機種などないことなど、蒔絵に指摘されずとも分かっただろうに。
その蒔絵が。自分がロボットを 〔操る側〕 になると決めた時、自分のためのロボットを 〔作る側〕 になると誓ってくれた彼女が。そのためにアメリカのマサチューセッツ工科大学に留学中のIQ300の幼馴染が。いずれ自分用のSVを作ってくれるので、他のSVには興味が湧かなかったから。
なんにせよ悪いのは自分だ。
初めから翠王丸でなくSVを選んでいれば。または翠王丸を選んだとして、新たに得る機能がSVの練習に繋がるか常に考えていれば。
だが……ギリギリセーフのはずだ。
翠天丸による飛行はSVの操縦に、将来に結びつかない無駄な時間となってしまうが、幸い自分は翠天丸に進化させたばかりで、飛行は一度しようとして失敗しただけ。
これがすでに何時間も何十時間も飛行したあとだったら目も当てられなかったが、崖っぷちで踏みとどまっていた。
アキラは心を落ちつけ、蒔絵に返信を打った。
【翠】
〖飛べるSVがないの、知らなかったよ。ごめんなさい、反省してる。翠天丸には今日なったばかりで、まだ飛んでないから大丈夫。お母さんから飛びかた習うのはキャンセルするね。今後、翠天丸の飛行モードは封印して遊ぶから〗
【蒔絵】
〖先走んな。ワタシはアンタが〔飛べるSVがない〕って知ってるかどうか確認しただけ。誰もそんな縛りプレイしろだなんて言ってないでしょ〗
【翠】
〖えっ? でも、いつか実機に乗る時の練習にならないことなんて、やってる暇ないよ。将来に繋がることに専念しないと。ボク、要領 悪いし〗
【蒔絵】
〖効率厨なんてよしなさい。アンタIQ低いんだから〗
ストレートな罵倒が来た。
【蒔絵】
〖低いIQでいくら考えたって大して効率よくなんてならない、むしろ悪化する可能性もある。考えても考えなくても大差ないのよ、アンタらIQの低い人間は。やることなすこと、ワタシらIQの高い人間から見れば無駄の塊〗
【翠】
〖それはそうだろうけど、じゃあボクはどうすればいいの? 実機で使わない技術を磨いていいってことにはならないよね?〗
【蒔絵】
〖その 〔技術を磨く〕 とか 〔将来の役に立てる〕 って考えをやめなさい。もちろんアンタは将来に繋げるためにクロスロードをやってる、それはいい。でも 〔役に立たないから〕 って面白そうなこと我慢して窮屈なプレイして、アンタ楽しい?〗
【翠】
〖楽しくはないけど〗
【蒔絵】
〖ならダメよ。IQ300のワタシが本当の効率いい方法を教えてあげる。それは楽しみながらやること。クロスロードでアンタがやってみたいと思うこと全部やって思いきり楽しみなさい。
翠天丸で飛んでいいし、SVと操縦感覚が違う大型機にも乗っていいし、SVじゃ撃てない超兵器も撃っていい。
そこには確かに、実機に乗る時には使わないものも含まれる。そのままでは役に立たない。でも 〔応用〕 なら効くわ〗
(応用!)
アルがリアルで修めている剣術を、ゲームでそのままは活かせずとも応用して、あの強さを発揮しているのを想起したから。
蒔絵のその言葉はアキラの胸に響いた。
【蒔絵】
〖どれほど応用が効くか分からないし、中には本当に無駄でしかないものもあるでしょう。でもね、いっぱい楽しんだ分アンタは強くなるわ。無駄を省いて楽しまずに苦しみながら努力しても、あまり強くはなれない。トータルでは楽しんだほうが効率的!〗
【翠】
〖うん。なんとなく分かった気がする〗
【蒔絵】
〖別に無理して納得しなくてもいいのよ? 考えかたは人になにか言われたからって、そうそう変わるもんじゃないんだし〗
【翠】
〖いや! ホントに納得したから‼〗
【蒔絵】
〖ならいーケド。もしまた〔無駄になるんじゃ〕って不安になったら、ワタシのことを思いだしなさい〗
【翠】
〖マキちゃんの今の言葉を?〗
【蒔絵】
〖じゃなくて。アンタがクロスロードで扱ったどんな架空の技術もワタシが再現してやるってこと。リクエストされれば。あんま現実離れしたのだと時間かかるケド。取りあえず飛べるSVなら安心して〗
【翠】
〖それって!〗
【蒔絵】
〖飛べるSVはまだない。ならワタシが第1号を作るチャンスじゃない。SVの発明で先を越された借りを返してやるわ‼〗




