第90話 盲点
ぐりん
「⁉」
翠天丸はアキラの予想以上に前傾した。上を向いていた頭頂部が合体白巾力士のいる斜め下を向くほどに──アキラは、自分が翠天丸の飛行時の操縦方法を勘違いしていたと悟った。
午前中、飛行能力のない翠王丸で空飛ぶ銀雪龍と戦うため、空亀を使った。空亀の操作は、上に乗ったアバター──人でもメカでも──の操作を介して間接的に行う。
空亀に乗った者は、その両足が甲羅に張りつく。
その状態からアバターを前後左右に傾けると、傾けた方向へと空亀は進行する。旋回したい時はアバターの両足を前後互い違いに押し引きする。下降したい時はアバターをしゃがませ、上昇したい時はジャンプするようにアバターの脚を伸ばす。
それが空亀での飛行方法だった。
アキラはてっきり、飛行モードになった翠天丸での飛びかたも同じだと思っていたのだが、どうやら違ったようだ。
空亀では体を傾ける動作はそちらに進行する動作へと変換されるため、一定以上に体が傾くことはなかった。
その感覚のまま、アキラは翠天丸を前進させるつもりで前傾させたのだが、前進することなく勢いよく前傾してしまった。
翠天丸が急降下を始める。
機体が前傾して足裏が上を向いたため、それまで足裏の推進器から下向きに噴射することで機体を空中に浮かせていた力が失われたばかりか、逆に降下を後押しする方向に働いている!
それは一瞬の出来事だった。
そもそも大した高さまで飛んでいたわけではない。頭から合体白巾力士に突っこむまで、コンマ何秒か。アキラの加速した思考は状況を理解できていても動作として出力できることは少ない。
だから、これができただけでも幸運だった。翠天丸に剣を頭上に振りかぶらせ、武器付属スキルを発動させる合言葉を叫ぶ!
「必殺‼」
屠龍剣──と、いつもは続けるスキル名は叫ばずとも 〔必殺〕 だけでスキルは発動する。機神・翠天丸の手にした巨剣・翠天丸がスキルの降下で青く光って一時的に攻撃力を増す!
ズバァン‼
ドガァン‼
その剣を立てたまま翠天丸が突っこむと、屠龍剣の効力と落下の勢いを乗せた剣によって合体白巾力士は脳天から股下まで一刀両断にされてHPが全損し、爆散した。
『おお、カワセミくん!』
『やったじゃん、少年!』
『お見事でござる、アキラ殿!』
『ほぉ、やるじゃねぇか坊主!』
『『おめでとう!』』
クライム、サラ、アル、オル、父、母……仲間たちの歓呼の声。翠王丸から進化した高性能機とはいえ全高5メートルの翠天丸で全高10メートルの合体白巾力士を単機で撃破、それは紛れもない快挙……ただし。
『『『『『『あ』』』』』』
頭を下に向けて高速で降下していた翠天丸の姿勢を立てなおす猶予は、合体白巾力士を斬ったあとにはなかった。
翠天丸はそのまま地面に激突し、その機神英雄伝アタルの後期主役機たるカッコいい機体で、大の字でうつぶせになった格好悪い体勢をさらしていた。
¶
「みなさん、本日はお疲れさまでした!」
「「「「「「お疲れさまでした!」」」」」」
戦闘終了後。
白巾力士たちから救った漁村の傭兵ギルドに帰還したのち、もう夕方ということで、リーダーのアキラの号令でパーティー一同は解散、ログアウトした。
昨日は夕食のあともログインして遊んだアキラだが、今日は日曜──つまり明日は月曜、平日ということで、夜まで遊んでいると翌朝の起床がつらくなる。それは他の6人も同意していた。
そして夕食時、天王家のリビングで。
アキラは両親に改めて感謝を伝えた。
「お父さん、お母さん、昨日今日と、ありがとう。一緒に遊べて、すごく楽しかったよ」
「どういたしまして。ぼくも息子と遊べて嬉しかったよ」
「気晴らしになった? その……」
「うん、なったよ」
母が言いよどんだ理由は分かる。レティのことだ。彼女がクロスロードにログインしなくなってしまって落ちこんでいたアキラを励ますために両親はこの2日間、一緒に遊んでくれたのだ。
母が 〔その子との思い出が詰まった地下世界にいるのはつらいのでは〕 と考えて地上世界に出ることを提案してくれ、昨日は地上世界で遊んだ。
しかしその最後に神剣・翠王丸が折れてしまったので、オルに修理してもらうため地下世界にとんぼ返りすることになった。
それをきっかけに。
レティと一緒にやるつもりだったことを彼女抜きでやることで、形だけでも彼女を吹っきることを思いついて、実行した。
アタルの舞台である蓬莱山を訪れ、銀雪龍を倒して角を入手、それを用いて神剣を進化させ、その神剣で呼びだす進化した機神で戦う。
最後は、相手がレティと一緒に戦って負けた合体黒巾力士とほぼ同じ存在の合体白巾力士だったため、予定していた以上に 〔レティを吹っきる儀式〕 の意味合いが強くなった。
単機で戦うのにこだわったのはそのためだ。
敵を前にして長々と説明してる暇がなかったので仲間たちには前に負けた相手へのリベンジが目的のように話してしまったが。
これらをひととおり、やりとげた。
それでレティのことを忘れられたわけではないが、やるだけやったという達成感から、沈んでいた気分がだいぶ薄れたと思う。だから──
「ボクはもう、大丈夫だよ」
「「そう」」
両親はそれだけ言って、ほほ笑んだ。
¶
就寝前、アキラは蒔絵とSNSのDMで話して今日までのことを報告することにした。レティについては報告するなと言われているので、そこは避けて。
【翠】
〖翠王丸を翠天丸に進化させたよ!〗
【蒔絵】
〖へぇ。原作どおり飛べるの?〗
【翠】
〖うん。でも事前に飛行の操作方法を調べてなかったせいで今日は上手く飛べなかったんだ。他の飛行可能メカと同じらしいから、今度お母さんに教えてもらうことになったよ〗
【蒔絵】
〖アンタ、クロスロードはSVのパイロットになるためにやってんのよね?〗
【翠】
〖もちろん! 〔操る側〕 として!〗
【蒔絵】
〖現状、空を飛べるSVなんて存在しないんだケド〗
翠王丸はサイズも飛べないのもSVと同じなので、その操縦経験は現実世界でSVパイロットを目指す上でも役立つが。
翠天丸での飛行をいくら練習しても、飛べるSVが実在しない以上その経験は現実では役に立たない。
アキラは言われて初めて気がついた。
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