第9話 朱翡
テレビアニメ 〔機神英雄伝アタル〕 の主人公は、現代日本で暮らしていた10歳の小学4年生男子、アタルこと 〔翠川 任〕。
そしてヒロインは異世界・蓬莱山の王女であり、アタルをそこへといざなった、やはり10歳ほどの赤髪の美少女、フェイ姫こと 〔朱 翡〕。
ある日アタルは住んでいる町の公園で、その辺りでは珍しい赤い小鳥を見つけた。気になって見ていると、小鳥は公園の池に飛びこんだ。
そして、そのまま浮かんでこない。
心配になったアタルが池のへりから身を乗りだし、のぞきこむと──ザバァ! 目の前の水面が割れ、下から赤髪の少女が現れ、アタルに抱きついて水中へと引きずりこんだ。
『がぼぼぼぼぼぼぼぼっ‼』
溺れ死んだと思ったアタルだったが、気づくと地面に横になっていた。だがそこは故郷から遠く離れた異世界・蓬莱山だった。
そして、そばでアタルが起きるのを待っていた、赤い髪で天女のような服装をした少女こそ、小鳥に変身して現代日本まで出向き、アタルをその地に連れてきたフェイ姫だった。
『救世主アタル、ようこそ蓬莱山へ!』
フェイの話によれば蓬莱山は今、邪悪なる暗黒龍の軍団によって支配されており、民は圧政に苦しんでいる。
暗黒龍を倒せるのは蓬莱山に伝わる秘宝 〔赤の秘石〕 と 〔青の秘石〕 に選ばれた継承者たちのみ。赤の継承者は代々の蓬莱山の姫がなるが、青の継承者は現実世界に生まれる定め。
フェイは暗黒龍に石にされた父王に代わり蓬莱山の王族として民を救うため、青の継承者こと予言された救世主アタルを、現実世界から招いたとのことだった。
その異世界側の一方的な都合に、アタルは納得しなかった。
『この人さらい! 家に帰せ!』
『それが、もうできないのです』
現在の蓬莱山は暗黒龍の魔力による結界に閉ざされ、外部との往来ができなくなっている。フェイはこれを突破して現実世界へ行って帰るために赤の秘石の力を使いきってしまった。
同じことは青の秘石ではできない。赤の秘石が自然回復するには数百年かかる。アタルが元の世界に帰るには暗黒龍を倒して結界を解くしかない。
フェイはそう語った。
他に選択肢がなく、アタルはしぶしぶ救世主を引きうけ、青の秘石の力で動く機神・翠王丸を得て、フェイと2人で蓬莱山を救う旅を始めた。
こんな経緯なので、アタルはなかなかフェイに心を開かなかったのだが──
『アタル様、お下がりを!』
『お、おう! 任せた……』
暗黒龍の手勢──それも元は蓬莱山の善良な住人だったのに洗脳されて悪の手下にされた者たちに襲われる時、アタルはてんで役立たずだった。
アタルが翠王丸で戦えば、その強すぎる力で操られているだけの罪もない人たちを殺してしまう。彼らを殺さずに撃退するには生身で、しかも手加減して倒さねばならない。
そんな芸当、アタルには無理だった。平和な日本で生まれ育ち武道の経験もなかったアタルの戦闘力は、まさに子供のケンカレベルだったから。
『ハァッ‼』
対してフェイは強かった。王族としての英才教育で物心ついたころから習っていた剣術は一流の腕前。アタルの神剣・翠王丸とよく似た剣を刃を潰して振るい、殺さずに敵兵を無力化する。
だが、そんなフェイも敵が機神を持ちだしてくると無力だった。さすがの達人の剣も、全高5メートルのロボットの装甲には歯が立たない。
『あ、アタル様! バトンタッチです‼』
『ようし、任せろ! 翠王丸ーッ‼』
そこでアタルの出番となる。全ての機神はコクピットが亜空間にあり、機体が撃破されてもパイロットは無傷のまま脱出するだけなので、アタルでも相手を殺す心配なく戦えた。
『必殺! 屠龍剣‼』
『グワァァァァーッ‼』
視聴者からは 〔必殺〕 の部分にツッコミが入った。
『やったぜッ♪』
『さすがです! なんて力任せで無駄の多い戦いかた! それでも勝ててしまう翠王丸の性能! それでこそ伝説の機神‼』
『うるせーっ! 今に見てろ⁉』
このように、アタルが戦えない時はフェイが戦い、フェイが戦えない時はアタルが戦う──互いに支えあわないとやっていけなかったため、アタルのフェイへの態度も次第に軟化していった。
その力関係も変わっていく。
アタルは旅のかたわらフェイから剣術を習い、翠王丸の性能に助けられながらも実戦を重ねて、実力をつけていった。
そして物語中盤、アタルがフェイには及ばずとも生身でも剣で戦えるようになり 〔生身では足手まとい〕 という印象が薄くなったころ、それは起こった。
フェイの赤の秘石が力を取りもどした。
暗黒龍軍団・四天王の一角、紅炎龍を倒したことで、その力を同じ 〔赤〕 の属性をもつ赤の秘石が吸収した結果だった。そうと分かると、フェイは迷わずアタルに告げた。
『元の世界にお帰りください』
『はっ⁉』
『今なら秘石の力で暗黒龍の結界を破り、アタル様を元の世界へとお連れできます。さぁ──』
『なに言ってんだよ⁉ ここでオレが帰ったら蓬莱山の人たちはどうなるんだ!』
『もうよいのです‼』
実はフェイは初めから自分たちの世界の問題に別の世界の人のアタルを巻きこむことに罪悪感を覚えていた。だが民を守る王族としての使命感から心を鬼にしてアタルを招いたのだ。
反発されていた当初のほうが気が楽だった。だがアタルが苦しむ人々を目の当たりにして正義感から戦いに前向きになっていくにつれ、フェイの自責の念は膨れあがり限界に達していた。
だがアタルは聞きいれなかった。
『今さらなんだよ! 暗黒龍に苦しめられる人々を、そしてなにより、その人たちを助けようと必死に戦うオマエの姿をこんだけ見せられたあとで、見捨てて帰るなんてできるもんか‼』
『アタル様……!』
そこへ暗黒龍軍団の機神が襲ってきた。翠王丸で応戦するアタルだったが、敵はこれまでよりも強く苦戦する。あわやというその時、迷いを振りきったフェイの声が響いた。
『翡王丸ーッ‼』
フェイの呼び声に応えて現れたのは、形は翠王丸そっくりながら色違いの赤い機神、翡王丸。
アタルの神剣・翠王丸とは対になる、フェイが持つ神剣・翡王丸。そして力を取りもどした赤の秘石の2つが揃い、ようやく召喚が可能になった、フェイの機神だった。
『わたくしも戦います! これからは、機神でも‼』